伯爵令嬢カサンドラの償い〜罪悪感でどうにかなりそうなので、過酷な土地で罪を贖ってみる〜

りんめる

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43.ガールズトーク

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結局、カサンドラは殆どクイン一家の役には立たなかった。

アラベラの父のミスター・クインは気の良い男性で、たった一人の家族である娘をとても大切にしているのが私でも一目で分かる。
住んでいる村には娘と同じ年頃の子が殆ど居らず、娘に友人が出来て嬉しいと言ってくれた。

仲のいい父娘を見ていると、カサンドラは無性に両親に会いたくなった。

感情の赴くままリュクス・ガーデンに帰る事が出来れば良いのに。けれどまだ決断できない。

もしお父様の私を見る目が変わってしまっていたら?
お母様に人殺しだと責められたら?
そんなの耐え切れない。
それにシャーロットはもう両親に会う事すら許されないのに、私だけ罪を忘れるなんて許されない。

だから今はクイン父娘の仲間に入れて貰える事を有り難く感じていた。





今日の空の様子を見る限り、予定通り明日にはグレスティンへ帰れそうだった。

クインの家で過ごす最後の夜、カサンドラはアラベラと同じ部屋、同じベッドで眠る事になった。

こうして誰かと一緒に眠るなんて何歳以来かしら?

幼い頃は頻繁にシャーロットのベッドに潜り込んだものだが、そんな事も何時からかしなくなっていた。
どうしてだろう‥……?
落ち着かなくて身動ぎすると、隣から秘密めかした声が聞こえてきた。

「カサンドラ‥‥もう眠ってしまいました?」

「いいえ。 何だか眠れなくて‥‥」

カサンドラの嘘つき。眠れないのは何時もの事でしょう?

「貴女は本当にマーメイドではないの?」

「ええ、残念だけど」

「それなら何処かのお姫様?」

「違うわ」

「ならレディでしょう? 随分と世間知らずですから」

カサンドラは横になったまま、肩を竦める真似事をした。

「ただ何も出来ない人間かもしれないわね。自分でもうんざりしちゃうわ」

そう言うとアラベラはクスクスと小さく笑みを溢した。
そして少し黙り込んだ後、躊躇いがちに再び口を開いて質問を繰り出す。

「あの、カサンドラ。貴女は婚約者は居ます?」

アラベラは体制を変えて此方に顔を向け、好奇心に煌めく瞳を向けてきた。
彼女の瞳は蕩けた蜂蜜のようでとても美しい。
カサンドラもうつ伏せになって肘をベッドにつき、アラベラの方へと顔を向けた。

「その質問はノー、と答えるべきね」

「それなら恋しく想う人は?」

「恋しく想う人?」

カサンドラは眉を潜め、思考を巡らせてみる。

誰か居るかしら?
私は舞踏会に二度しか参加していないし、そのどちらも夫を探すどころでは無かった。

それなら社交界以外では?
というか、どうして急にこんな話をしているの?

答えに困っている私を見つめていたアラベラが助け船を出してくれた。

「どんな男性が好きですか?」

「私の?」

「はい」

「そうね‥‥…」

それなら私にも答えられそう。
昔からよくシャーロットとこっそり話していた話題だから。

「放蕩者はダメ。誠実でユーモアのある人が良いわ。
夫だからというだけで妻を無理矢理言いなりにするのではなくて、同等の立場で協力し合うの。
子供が好きで、愛情深くて………。
あと、チェスやトランプ遊びで私に勝てる人。  何故か私って負け知らずなのよ。
でもそんなの、勝負にならなくてつまらないでしょう?」

突然ズラズラと理想を述べだしたカサンドラに、アラベラは驚いた様子でパチパチと瞳を瞬いた。

「チェスですか?」

「えぇ、そうよ。他のボードゲームでも良いけれど」

「瞳の色や顔立ちではなく?」

「生涯を共にしたいかの判断基準に、容姿は関係ないわ」

「‥‥‥……。」

「でも婚約者が居る人はイヤ」

「‥‥‥…‥…。」

アラベラが驚いて固まっているのを見て、漸く不必要な事までぺらぺら喋っていた事に気付いた。
カサンドラは誤魔化すように微笑む。

「アラベラ、貴女はどうなの? 婚約者は居る?」

そう聞いた途端、アラベラはパッと頬を赤らめた。
そして恥ずかしそうに躊躇った後、小さく頷いた。

「はい。まだ婚約したばかりですが‥…」

「まぁ、素敵ね! どんな人なの?」

「ラルフという漁師です。 幼馴染みなんですけど、ずっとわたしを愛していたと言われて‥…」

「なんて素晴らしいの! アラベラ、もっと話を聞かせてくれないとダメよ」

「そんな、恥ずかしいです‥‥」 

「結婚式は何時なの?」

「来月なんです…」

「あら、随分と早いのね!」

「『婚約を決めたなら早く結婚しよう』と言われて…。 ラルフは、長すぎる婚約期間には意味が無いからって」

「きっと貴女が欲しくて堪らないのね」

それを聞いたアラベラは更に顔を赤らめた。
恋するアラベラはとっても可愛い。
自然とカサンドラも幸せな気持ちになって微笑む。

「その人の何処を好きになったの?」

「それは‥‥」


カサンドラとアラベラは結局、空が白み始めるまでずっと話し続けていた


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