上 下
27 / 84

27.暖炉の炎

しおりを挟む


ヒース・コートの敷地に到着した事で張り詰めていた緊張が解れ、脇目も振らずに屋敷の中へと駆け込んだ。

ひんやりと冷たい空気に満ちているものの、恐ろしい程に寒い外から比べると屋敷の中は天と地ほどの差があるように思えた。

風と雪が無いって素晴らしいわ‥‥!


玄関ホールで仁王立ちしながら怖い顔をしていたロイスは今の私の状態を見てぎょっとし、パッと姿を消したかと思うと、素早く私の側へともう一度姿を現した。

「カサンドラ、凍りつきそうじゃないか!」

ロイスは焦った様子で私の状態を確認しようと忙しなくブルーの瞳を動かした。 カサンドラはロイスに微笑もうとしたものの、寒さで震える唇は動いてくれない。

「‥‥ロイス‥。 約束通り、戻って‥来たわよ」

「誰がこんなに冷えきってまで真夜中に戻って来いと言った?」

「‥‥日にちは、約束から過ぎてしまったけど‥」

「いいから早く暖炉に火を起こすんだ。 体を温める必要がある」


先程の屋敷までの駆け足で殆んど体力を使い果たしたらしく、よろよろと応接間の暖炉の前に行ってドサリと力無く座り込む。
長時間寒さに晒されたせいで硬直している腕を何とか動かし、漸く念願の暖炉の炎を見ることが出来た。

「‥‥暖かい‥‥」

暖炉の炎に手を翳して震える指先を温める。 体の中の氷が暖かい炎を前にして溶け出しているようだ。
芯まで冷えきって強張っていた体から漸く緊張が抜ける。


ロイスは私が落ち着くまで何も言わず、ただ側で見守ってくれていた。
きっと私をひどく叱りつけたい筈なのに、此方を見つめる彼の瞳はとても気遣わしげだった。

しばらく暖炉で体を温めた事で体の震えも収まり、はぁ‥‥と肺の冷たい空気を吐き出した。 
それを合図に、ロイスが眉を潜めながら声を掛ける。

「この酷い雪道をどれくらい歩いてきた?」

「‥‥三時間くらいかしら?  覚えていないわ」

「なんでそんな愚かな真似をしたんだ。 凍え死んでたかもしれないんだぞ‥!」

「‥‥そうね。確かに何度も死にそうだと思ったのよ」

「お前にも考える頭くらい有るだろ。それとも、その綺麗な頭の中は空っぽなのか?」

「人を案山子みたいに言わないでくれない?」

「無茶をする分、案山子より質が悪い」

そうは言っても、あの場合は仕方が無かったのよ。 私はこれ以上無いほどの最良の選択をしたわ。

そうは思っても口には出さなかった。 ロイスが心から私の身を案じてくれている事は確かなのだから。  
それに私も、あの恐ろしい出来事は話したくない。 思い出したくもない。
だから私は反論せず、僅かに肩を竦めて見せるだけに止めた。


大分部屋も暖まってきたので雪で濡れたローブを脱ぐと、その下に着ている服を見たロイスが微妙な顔をした。
カサンドラと目が合うと、彼は片方の眉を上げて再び口を開く。

「その格好は何なんだ?」

「『医師志望の青年』のように見えるでしょう?」

「気でも触れたのか? 
………まさかとは思うが、その格好で彷徨いてないよな? 頼むから違うと言ってくれ」

何時も偉そうなロイスが動揺するのが面白くて、瞳を煌めかせながらニンマリと微笑む。

「すれ違う女の子みんなが私に夢中だったわ」

「君は本当に……とんでもない人だな……」

「似合ってる?」

「レディは普通、そんな格好しないもんだろ」

「私はするわ」

「どうしてお前はそうなんだよ」

「ロイス、似合ってる?」

わざわざもう一度尋ねる私に、ロイスは呆れたように溜息を一つ吐いた後、首を横に振った。

「君はドレスの方が似合うだろ」

「それなら着替えて来るわ。もう随分と体が温まったから」

「もう少しそこに座ってろ。風邪引くぞ」

そうは言っても雪で湿った服が肌に張り付いて冷たい。このままでいる方が風邪を引きそうだった。
何時にも増して過保護になっているロイスを何とか宥め、一度寝室へと行ってドレスへと着替えた。



再び応接間へ戻った時、既にロイスは部屋に居なかった。
ロイスがカサンドラの前に姿を現している時以外、彼が何処で何をしているのかは分からない。
もしかしたらゴーストも眠るのかもしれない。或いはヒース・コートの何処かに居るのかも。


ふとある事を思い出したカサンドラは、帰って来た時に放り出したままだった鞄を漁って、ショールに包んでいたナイフを取り出した。

これを目にしただけでも恐ろしくなるわ……。
でも……

手にしたナイフを暖炉の炎にかざし、持ち手に彫られているのが何か確認してみた。
そしてハッと息を呑み、驚いて瞳をまんまるに丸めた。


ナイフの柄に彫られていたのは、姉の元婚約者フレデリックの生家。

エヴァンズ侯爵家の紋章だった___




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。

しげむろ ゆうき
恋愛
 男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない  そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった 全五話 ※ホラー無し

【完】愛していますよ。だから幸せになってくださいね!

さこの
恋愛
「僕の事愛してる?」 「はい、愛しています」 「ごめん。僕は……婚約が決まりそうなんだ、何度も何度も説得しようと試みたけれど、本当にごめん」 「はい。その件はお聞きしました。どうかお幸せになってください」 「え……?」 「さようなら、どうかお元気で」  愛しているから身を引きます。 *全22話【執筆済み】です( .ˬ.)" ホットランキング入りありがとうございます 2021/09/12 ※頂いた感想欄にはネタバレが含まれていますので、ご覧の際にはお気をつけください! 2021/09/20  

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……

希猫 ゆうみ
恋愛
スチュアート伯爵家の令嬢レーラは裏切られた。 幼馴染に婚約者を奪われたのだ。 レーラの17才の誕生日に、二人はキスをして、そして言った。 「一度きりの人生だから、本当に愛せる人と結婚するよ」 「ごめんねレーラ。ロバートを愛してるの」 誕生日に婚約破棄されたレーラは絶望し、生きる事を諦めてしまう。 けれど死にきれず、再び目覚めた時、新しい人生が幕を開けた。 レーラに許しを請い、縋る裏切り者たち。 心を鎖し生きて行かざるを得ないレーラの前に、一人の求婚者が現れる。 強く気高く冷酷に。 裏切り者たちが落ちぶれていく様を眺めながら、レーラは愛と幸せを手に入れていく。 ☆完結しました。ありがとうございました!☆ (ホットランキング8位ありがとうございます!(9/10、19:30現在)) (ホットランキング1位~9位~2位ありがとうございます!(9/6~9)) (ホットランキング1位!?ありがとうございます!!(9/5、13:20現在)) (ホットランキング9位ありがとうございます!(9/4、18:30現在))

【完結】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます。2度目は絶対に飼殺し妃ルートの回避に全力をつくします。

yukiwa (旧PN 雪花)
恋愛
*タイトル変更しました。(旧題 黄金竜の花嫁~飼殺し妃は遡る~) パウラ・ヘルムダールは、竜の血を継ぐ名門大公家の跡継ぎ公女。 この世を支配する黄金竜オーディに望まれて側室にされるが、その実態は正室の仕事を丸投げされてこなすだけの、名のみの妻だった。 しかもその名のみの妻、側室なのに選抜試験などと御大層なものがあって。生真面目パウラは手を抜くことを知らず、ついつい頑張ってなりたくもなかった側室に見事当選。 もう一人の側室候補エリーヌは、イケメン試験官と恋をしてさっさと選抜試験から引き揚げていた。 「やられた!」と後悔しても、後の祭り。仕方ないからパウラは丸投げされた仕事をこなし、こなして一生を終える。そしてご褒美にやり直しの転生を願った。 「二度と絶対、飼殺しの妃はごめんです」 そうして始まった2度目の人生、なんだか周りが騒がしい。 竜の血を継ぐ4人の青年(後に試験官になる)たちは、なぜだかみんなパウラに甘い。 後半、シリアス風味のハピエン。 3章からルート分岐します。 小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。 表紙画像はwaifulabsで作成していただきました。 https://waifulabs.com/

〖完結〗私が死ねばいいのですね。

藍川みいな
恋愛
侯爵令嬢に生まれた、クレア・コール。 両親が亡くなり、叔父の養子になった。叔父のカーターは、クレアを使用人のように使い、気に入らないと殴りつける。 それでも懸命に生きていたが、ある日濡れ衣を着せられ連行される。 冤罪で地下牢に入れられたクレアを、この国を影で牛耳るデリード公爵が訪ねて来て愛人になれと言って来た。 クレアは愛するホルス王子をずっと待っていた。彼以外のものになる気はない。愛人にはならないと断ったが、デリード公爵は諦めるつもりはなかった。処刑される前日にまた来ると言い残し、デリード公爵は去って行く。 そのことを知ったカーターは、クレアに毒を渡し、死んでくれと頼んで来た。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全21話で完結になります。

【完結】婚約破棄、承りました。わたくし、他国で幸せになります!

影清
恋愛
ごきげんよう、わたくし人を殺めてからの自殺コンボをかましてしまう予定の公爵令嬢ですの。 でもたくましく生きた女性の人生を思い出し、そんなのごめんだと思いました。 何故わたくしを蔑ろにする者達のせいで自分の人生を捨てなければならないのかと。 幸せを探して何が悪いのでしょう。 さぁ、いらない国は捨てて、大切な家族と新天地で暮らします! ※二日に一回更新予定です。 ※暴力的・残酷な描写は予告なく出てきます。 ※小説家になろう、アルファポリス、カクヨムに掲載中です。 ※三十話完結予定。

処理中です...