伯爵令嬢カサンドラの償い〜罪悪感でどうにかなりそうなので、過酷な土地で罪を贖ってみる〜

りんめる

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25.道は一つ。覚悟を決めないと

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あいつだ……あの男だった……

カサンドラは雪に足を取られるのも構わなかった。
吸い込む空気は肺が凍える程冷たかったし、鼓動はいまだにドクドクと嫌な音を立てている。
それなのに雪道をグレスティンの方向へ止まらずに走り続けた。

もうあの宿へは戻れない。それどころか、あの悪魔のような男が追って来られない場所まで行かないと…!


暫くは何かに取り憑かれたかのように必死に走っていたが、やがて疲れに足を縺れさせて雪の上に転がった。
皮肉にも冷たい雪に冷やされたおかげで少しだけ冷静さを取り戻す事が出来た。


私が男の足に負わせた傷は深い。しばらくは動けない筈だし、此処まで足を引きずりながら追い掛けて来るのは不可能だわ。

少しだけ安心したのもつかの間、意味も分からず暗闇の中へ放り出された事の途轍も無い不安と恐怖が襲ってきた。


なんて可哀想なサンディー! 私が何をしたと言うの?

カサンドラは両手で顔を覆いながら泣き喚きたくなるのを、唇を噛み締める事で必死に堪えた。今は嘆いていても仕方が無い。
どんなに自分を哀れんでも、物事は何も解決しないのだ。

暫く倒れ込んだまま荒れ狂う自分の気持ちを落ち着けた後、自分を勇気づけながらよろよろと立ち上がった。

あの男が追ってくるといけないので、この先どんなに宿を見つけても宿泊する事は出来ない。
幸いグレスティンの町までは馬車で一時間程の距離だし、今のところ吹雪は落ち着いている。
宿の部屋でドレスに着替えて居なくて本当に良かった。 
ズボンなら長距離歩く事も出来るかもしれない。

カサンドラには覚悟を決めるしか無かった。


道は一つだけよ、カサンドラ。
 ヒース・コートに到着するまでに私が凍えて死なない事を神に祈るしかないわ。


ふと、自分の鞄と一緒に男の持っていたナイフも咄嗟に掴んで持って来た事を思い出した。
あの時は男の手から武器を奪うのに必死で、今もなおずっと強く握り締めたままだった。

そっと右手を上げて煌めく鋭い刀身を見つめる。
もしこのナイフで胸を一突きされていたらと思うと体が震えてくる。私は何とか命拾いをしたのだ。


持ち手の部分に目を走らせると、何かが柄に彫り込まれている事に気が付いた。
じっと良く見てみたけれど、月の光も街灯の明かりも無いこの場所では何も見えなかった。

ナイフを調べるのを止め、ショールに包んで鞄の中へ押し込むと、再び前を向いて暗い雪道を歩き出した



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