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9.ロビー
しおりを挟む次に気が付いた時には見知らぬ部屋のベッドに居た。
ヒース・コートの自室と違って天井が低く、壁は石造りには変わりないが温かみのある色の石が使われている。
部屋に一つだけある扉が小さな物音を立てながら開き、ふくよかで陽気な雰囲気の女性が入って来た。
「あら気が付いたのね。貴方ったらずっと目を覚まさないから、このまま起きなかったらどうしようかと心配してたのよ」
カサンドラが目を覚ました事に一瞬驚きの表情を浮かべた女性はすぐさまベッドの横にある簡素な椅子に座り、起き上がろうとした私を有無を言わせぬ様子で押し留めた。
「まだ起きちゃダメに決まってるでしょ。体力が戻るまで横になってないと」
「あの……此処はどこでしょうか?」
「あたしはカーラ・シダル。そして此処はあたしの家よ」
シダル………という事はヒース・コートの管理をしている人だ。
それにしても何故私はこの夫人の家に居るのかしら?
確か昨日薪になるような枝を探しに行って、傾斜に足を取られて___
思い出して血の気が引いてきたサンドラを見かねた夫人が、元気付けるように温かい手で私の冷たい手を握った。
「酷い熱で倒れてたのよ。ロビーが連れて来たんだけど、あなたは三日も眠ったままで…。
でももう大丈夫、熱はもう下がったわ。 あとは体力を快復させるだけね」
「助けてくださり本当に感謝致します。
でも、もう大丈夫ですわ。宿泊代もきちんとお支払いします」
「何言ってんのよ、隣人同士で助け合うのは当然でしょ。ごちゃごちゃ考えてないでゆっくり休みなさい! スープを温めて持って来るから待てて」
「ちょ、ちょっと……夫人。待って、私……屋敷に…!」
シダル夫人はカサンドラの虚勢に耳を貸さず、気を悪くする風でも無く、ポンと私の手の甲を温かい手で優しく叩いて部屋を出て行ってしまった。
慌てて引き止めようとしたけれど無駄だった。
結局夫人に押し切られる形で体力が快復するまでの間シダル家で過ごす事になった。
熱で三日間ずっと寝たきりだった挙げ句にこの二ヶ月で随分と体が弱っていたらしく、立ち上がるだけでひどい目眩に襲われた。
流石に命の危険を感じたカサンドラは大人しく夫人の好意に甘える事にした。
夜になって昼間は町で仕事をしているロバートが帰宅すると、私の居る部屋までお見舞いに来た。
「本当に驚いたよ。屋敷に雷が落ちたから心配になって訪ねたら、君が倒れてるのが窓から見えたんだ」
「貴方はどうやって屋敷に入る事が出来たの? 鍵は閉まっていた筈だけれど」
私の問い掛けにロバートは申し訳なさそうに控えめに笑う。
「うちはあの屋敷の管理をしていると言っただろう? 管理の為の合鍵があるんだ。それを一度此処まで取りに戻ってから君を連れ出したんだよ」
合鍵。
よく考えてみれば、今までリュクス・ガーデンの物置で放り捨てられていた鍵の他にも同じ鍵が無ければ屋敷の管理など出来ない。
屋敷を綺麗に管理してくれていた事は感謝しているが、その合鍵は是非とも回収しておきたい。
今回は助かったけれど、そう簡単に屋敷に踏み込まれては困る。
不意にロバートの宝石のような美しい緑色の瞳にじっと見つめられている事に気付いた。
何か言いたい事でもあるのかと眉を上げて言うよう促すと、ふわりと穏やかな笑みを返された。
「‥‥何かしら」
「薪も食料も底をついてたんだって?」
「当てこすりするつもり?」
「いいや。あの時どうして僕を頼らなかったんだろうと思っただけだよ」
「やっぱり嫌味を言ってるのね。
おあいにく様、貴方の助けなんて無くても私は‥‥…」
いや、死んでいた。ロバートと彼の両親に助けられてなかったら私は、あのまま熱で弱って死んでいただろう。
そう理解したカサンドラは、此方を真っ直ぐ見つめるロバートの視線から逃げるように自分の手へと視線を落とし、静かに胸の内の言葉を紡いだ。
「本当に何てお礼を言ったら良いのか分からないわ。でも心から感謝しているのよ、ミスター・シダル。 貴方が私を見つけてくれて___」
「ロビー」
「‥‥…え?」
「僕の事はロビーと呼んで」
「え、えぇ‥‥…ロビー。貴方が私の事を見つけてくれたから、私は今こうして生きていられるんだわ」
それを聞いたロバートは蕩けるように優しい笑みをカサンドラへ向け、手を伸ばして私の頬にそっと触れた。彼の手はシダル夫人と同じように温かい。
「助けるのは当然さ。熱も下がったようで安心したよ。君を助けられて良かった」
そう、もう熱も下がった。
一刻も早く体力を快復させてヒース・コートへ戻らないと。
ロバートの説明で、ある予想が生まれてしまった。それを確かめなければならない。
私を助けてくれた人、お礼を言わなければならない人は多分もう一人居る
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