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8.涙の理由と強がりの結果

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振り返るとすぐ後ろにロイスが立っていた。
それも苛立ちを露にするように鋭い瞳で此方を酷く睨み付けながら。

「お前を心配している奴に酷い言い種だな。一体何様のつもりなんだ? 
お姫様にでもなったつもりか」

 「‥‥‥…。」

「あいつは君をお姫様のように扱っていたじゃないか。
親切に君を助けようとしたのに、それの何が不満なんだ?」

お姫様扱いですって? 
私がよそ者だから少し好奇心が湧いただけよ。
それに、私は助けて欲しいなんて一言も言っていない。親切の押し売りなんて要らないわ。


彼の言葉なんて聞かないよう自分に言い聞かせながら、応接間に戻って肘掛け椅子に座り、先程まで読んでいた本を手に取る。
近くに険悪な雰囲気のロイスの気配を感じた。


気付いた事だけれど、彼の喜怒哀楽は周囲の空気に影響を与えるらしい。
部屋中に立ち込める冷たい空気とピリピリと肌に感じる細かな刺激で彼が怒っている事がわかる。


「何で自暴自棄になっているのか知らないが、自分を哀れむなら好きにすれば良い。
ただし周囲の善良な人間まで巻き込むのは止めろ」

「‥‥‥…。」

「どうして意地を張ってあいつを頼らないんだ?
本当に一人で何でも出来ると思っているのか?  とんでもなく甘やかされた、何も知らない小娘だな」

「‥‥‥…。」

「いいか、良く聞け。
あいつの家を訪ねてきちんと非礼を侘び、食事と薪を分けて貰うんだ。
どちらも必要なのは自分でも分かってるんだろ?
シダル夫妻は親切な人間だ。お前のような意地っ張りでも助けてくれるさ」


どうしてゴーストに説教なんてされなくちゃいけないの?
私の事に口を出す権利なんて無い筈なのに。


視線を上げて暖炉の方を見てみると既に炎が小さくなっているのが分かる。
確かに薪は必要だ。


何を言っても頑なに反応を示さない私に、とうとうロイスの怒りは頂点に達した。
暖炉のおかげで暖かい筈の部屋は突如身も凍るような冷気に包まれ、せっかくの大切な炎も消えてしまった。

彼の強い怒りが恐ろしくてぎゅっと目を閉じるものの、どんなに待っても罵倒の言葉が聞こえてくる事はなかった。 変わりに‥‥


「勝手にしろ」


ただそれだけだった。 

部屋の空気は再び元通りになり、恐る恐る目を開けるとロイスの姿はどこにも無かった。



消えた炎をぼんやりと見つめていると、どうしてか頬に冷たい涙が伝った





ロバートの言う通り次の日も霧が晴れる事はなかった。むしろ昨日よりも霧が濃くなっている気がする。

それでもカサンドラは屋敷の庭に出て落ちている枝を探していた。
薪はもう殆ど残っていない。あとの数本は非常用に取っておくとして、他に燃やす物が必要だった。
 
幸いにも広大な敷地にはヒースだけでなく木も生えてるので、木の側には折れた枝が落ちている。
どうしてもっと早く気が付かなかったんだろう?
これであの口喧しいゴーストに文句は言わせない。

昨日あれから今まで、カサンドラの前にロイスが姿を現す事は無かった。どうやら本格的に怒らせたらしい。
ちらりと屋敷を見上げて肩を竦める。

勿論よ、言われなくても勝手にさせてもらうわ。
指図する人なんて私には必要ないもの。




どんどん霧は濃くなって今では手を伸ばした先すら見えない程だった。
もっと薪になる枝を集めたかったけれど断念するしかない。
そうでなくとも昨日から殆ど何も食べてない上、慣れない寒さで凍えてしまいそうなのだから。



「‥‥っ‥!!」

体が弱って注意散漫になっていたカサンドラは、足元が急な傾斜になっている事に気付かずに坂に足を取られて悲鳴を上げる間もなく傾斜を一番下まで転げ落ちた___






冷たく湿った空気が頬に触れ、カサンドラは漸く意識を取り戻した。

どのくらい気を失っていたのかしら?
あちこち痛む体をゆっくりと起こして辺りを見渡すと既に薄暗くなっていた。霧は相変わらずだが、幸い先程よりは少しだけ薄らいだ。


上を向いて滑り落ちた傾斜を見上げる。そこまで酷い傾斜でない事に感謝したくなった。
これくらいなら身体中が痛くても上れる。

立ち上がろうとすると酷い頭痛と寒さに襲われてふらついたが、何とか動けそうだったのでやっとの思いで急な坂を上りきり、霧に浮かび上がる建造物の輪郭を頼りに屋敷に戻った。



割れそうな程ズキズキ痛む頭に耐えながら湿って冷たいローブを脱ぎ捨て、氷のような体を一刻も早く暖めようと応接間の暖炉の前に座り込んで炎に手をかざす。

既に炎が小さくなっていて余り暖かくない。 せっかく探した枝は全て落としてしまった。

悩み抜いた末に残っていた薪を全て暖炉へ放り込むと、漸く真っ赤な炎が大きくなって部屋を存分に暖めてくれた。


これで薪は無くなってしまった‥。
この霧がずっと晴れなかったらどうしたら良いのかしら‥‥?

カサンドラには分からなかった







風が窓を叩く音で目を覚ます。
いつの間にか暖炉の前にある動物の毛皮の敷物の上で蹲って眠ってしまったらしい。
ここ数ヶ月ずっと悩まされていた悪夢すら見ずに深い眠りに落ちていた。

気が付くとカサンドラは昨夜の寒さが嘘のように酷い暑苦しさに襲われていた。 寒いのに体がとても熱い、意識が朦朧として何も考えられない。

外は嵐らしく窓を打ち付ける風の音がどんどん大きくなる。
 霧は晴れたのかしら? 今なら昨日落としてしまった枝を探しに行ける‥‥?



再び沈んでいく意識の中で自分の名前を呼ぶ声が聞こえた気がした



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