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しおりを挟む「もううんざりだ! オフィーリア、君との婚約は破棄させて貰いたい」
それは誘われてからずっと楽しみにしていたオペラ鑑賞の夜、華やかで美しい内装のオペラ開場のエントランスホールで宣言された。
私の婚約者ローランド・レイトンによって。
男らしいハンサムな顔は憤慨しているせいで赤らみ、とある“ちょっとした騒動”のせいで先程まで一分の隙きもなく美しく着飾っていたタキシードも、丁寧に整えられていた艷やかな黒い髪も乱れている。オペラが始まる前から既に疲れた様子の彼はそれでも気品があって美しい。
ローランドの美しい淡紫色の瞳が普段よりも色濃く輝いている事にぼうっと見惚れていると彼は目を細めて此方を睨み、何を考えているんだと問うように片方の眉を釣り上げた。
「まぁ、それは‥‥‥どうしてこんなにも突然に? 理由を聞いてもよろしいかしら」
もちろん理由なら痛いほどわかっている。この“ちょっとした、取るに足りない騒動”のせいだ。
それでも顎を上げて堂々と真っ直ぐローランドを見つめて反論をする事にする。何故なら私は間違った事はしていないのだから。
「理由だと‥? オフィーリア、この光景を見てもわからないのか? この惨状の発端が誰か、忘れたなんて言えない筈だ」
まるで騒々しい周囲の様子に今初めて気が付いたと言わんばかりに辺りを見渡してわざとらしく驚いたように瞳を丸くして見せる。もちろん忘れていない、悲劇の発端は紛れも無く私なのだから。
先日ローランドからオペラの誘いを受けた時から夢見心地だった。まだ開演したばかりのオペラをローランドと一緒に観る事が出来るのだと楽しみにしていた。
だからこそ、人が溢れるオペラ会場の入り口で人混みに紛れて一人の酔っ払った紳士が二人連れの女性に不埒な言葉を掛けていた。
ローランドがエスコートしてくれていた私のそばで行われていた非道な行いに我慢出来ず、考えるより先に手に持っていたレティキュールで酔っ払った不埒な紳士の頭を引っ叩いていた。
突然頭を叩かれた紳士は一瞬怯んだものの叩かれた方、つまり私の方へ激高した様子で詰め寄ってきた。驚いて思わず一歩後退りしてしまった私を庇うようにローランドが前に出た事で、胸ぐらを掴まれたのは私ではなくローランドとなった。
酔った紳士がローランドに向かって拳を振り上げるのを目にした私は紳士の注意を少しでもローランドから逸らさなくてはと思い立ち、今度は持っていたレティキュールを紳士の方へ投げつけた。
投げつけたレティキュールは酔った紳士に当たる事は無かった、紳士の拳がローランドに当たる事も無かった。
レティキュールは酔った紳士の近くにいた別の若い男性の頭に当たり、自分の方に飛んできたレティキュールに驚いたせいで手元を狂わせたらしい酔った紳士の拳は、また別の方向に居た体格の良い男性の頭にヒットした。
それからはもう周囲の血気盛んな紳士達の乱闘騒ぎとなってしまい、もうそろそろオペラが開演しそうな時刻だというのに招待客全員オペラどころではなくなってしまった。
オペラを観に来ていた女性達は乱闘騒ぎに怯えて殆ど馬車に戻ってしまったし、男性はこのエントランスホールで惨劇を繰り広げている。
私はというと乱闘に巻き込まれそうになったものの咄嗟に人混みからローランドが押し出してくれたおかげで少し離れた所で呆然としていたが、背が高くて男らしく大柄なローランドは人混みから抜け出せずに飲まれてしまった。
暫くしてようやく人混みから脱出してきたローランドは怒り心頭な様子で私のレティキュールを握り締めていた。
そして彼が私に言い放ったのが冒頭のセリフとなる。
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