溺愛プロデュース〜年下彼の誘惑〜

氷萌

文字の大きさ
上 下
9 / 174
脱・日陰女子。

9

しおりを挟む


「お前……馬鹿か!」

 レイゾンは叫ぶように言って立ち上がると、すぐさま白羽の手首を掴む。そのまま外の水辺へ連れ出そうとして——何かを思い出したように舌打ちする。
 直後、

「あっ——」

 白羽の身体がふわりと浮く。レイゾンの腕に抱き上げられたのだ。

「レ……」

 不躾に身体に触れられ、真っ赤になって狼狽える白羽をよそに、レイゾンは白羽を軽々と抱えたまま庭への窓を蹴り開け外へ出ると、普段なら白羽が水浴びに使っている水盤へ足を向ける。
 レイゾンは自身の衣が濡れるのにも構わずその端へ腰を下ろすと、白羽に指を冷やすように促した。だが彼の腕に抱えられているからか、水まで手が届かない。

「……と、届きません……」

 不安定な体勢になりながらも水面へ手を伸ばすが、もう少しというところで届かない。レイゾンが、ふん、と鼻を鳴らした。

「もっと頑張れ。早く冷やさなきゃ意味がないだろう」

「やってます! ですが、もう少し水に近づけてくださらないと……」

「っ……文句の多いやつだな。なら落としてやろうか?」

 揶揄うようなその言い方は、白羽のことなどどうとでもできる、と言わんばかりだ。確かに、レイゾンと比べれば遥かに細く華奢な白羽のことなど、彼は片手でどうとでもできるだろう。先刻、有無を言わさず楽々と抱え上げたように。
 だがそんな扱いを受けて気分がいいわけがない。

「っ——」

 白羽は「落とすなら落とせばいい」とばかりに、レイゾンの腕の中で無理やり身体を伸ばし、手を伸ばし、水に触れようとする。レイゾンが慌てたように白羽の身体を抱え直した。

「おい! 本当に落ちるぞ」

「わたしだって、早く冷やしたいのです。抱えていられないなら、好きになさってください。落ちたところで濡れるだけですし、少し痛いだけです」

「お前な……」

 レイゾンは顔を歪めて何か言いかけたが、なにも言わなかった。
 代わりに、白羽が水に触れやすいように抱え直してくれた。
 彼の膝の上に乗るような格好だ。ようやっと、指が水に触れる。触れたところが冷える感覚に、白羽はほっと息をついた。

「しばらく浸けておけ」

 すぐ側から、レイゾンの声が届く。
 
「お前の軽い身体なんか、俺が『抱えていられない』わけがないだろうが……」

 そして彼は文句のようにブツブツと呟く。レイゾンの対抗心に、白羽は思わず小さく笑った。
 そうしていると、レイゾンは器用に自身の衣をさぐり、符を一枚取り出す。なにをするのかと思っていると、それを水に浸した。途端、水盤の水がますます冷たくなった。何某かの魔術が込められていたようだ。

「……手足は、騏驥の命だぞ」

 彼自身も水面に触れ、その冷たさを確かめながら、レイゾンは言った。
 低い、怒っているような声だった。

「注意力散漫にも程がある。……馬鹿が」

「…………申し訳ありません……」

 白羽は、言い返したい気持ちをグッと堪えて、謝った。
「馬鹿」なんて言われたのはいつ以来だろう? おそらく、まだ踊り子だった頃に聞いたのが最後だ。城に来てからは、そんな下品な、直接的な罵倒はされたことがなかった。

(なのにこの方は……)

 二度も。
 …………二度も!!

(…………)

 憤りが込み上げるが、しかし確かに白羽が馬鹿なのだったから仕方がない。レイゾンのことを気にしすぎるあまり、当然しなければならない注意を忘れていた。
 それに、レイゾンの怒りは闇雲に怒っているのではなく——怒ると言うよりもむしろ「叱る」というような雰囲気だった。言葉遣いは荒いが、こちらの身体を本当に気遣ってくれているような。
 
「…………」

 白羽は、水の中の指先に神経を集中してみる。
 火傷したと言っても、ほんの少し触れただけだ。触れたか触れなかったかわからないほど。だから今はもうさほど違和感はない。
 だが。
 一歩間違えれば大変なことになっていた。騏驥の手足——指先は特に気を使わなければならない場所で、少し爪を削り過ぎたことが原因で走れなくなり、そのまま引退——処分された者もいると聞く。
 もし、二度と走れない火傷を負っていたら……。
 想像すると背筋が冷たくなる。
 ——廃用。しかも何とも間の抜けた理由での廃用だ。そんな理由で廃用になり——処分されることになったら、たとえティエンと再会できるとしても合わせる顔がない。  

「……お前、もしかしてドジか?」

 すると不意に。レイゾンがポツリと零すように言った。
 白羽は、しばらくは彼がなんのことを言っているのかわからなかった。独り言にしては声が大きいなと思っていたぐらいで、もうそろそろ冷やすのを止めていいだろうかと、その頃合いを考えていた。

 しかし数秒後——。

「!? も、もしかして私のことを言ったのですか?」

 まさか、と思いつつ尋ね返す。
 身を捩って勢いよく振り返ると、レイゾンの顔が思っていたよりも近くにあり、一瞬、戸惑ってしまう。レイゾンも驚いたようだ。いつもは鋭い黒灰色の双眸が、今は心なしか丸くなっている。
 間近から見つめ合い、どちらの動きも言葉も止まった途端、白羽は今の自分の状態を改めて理解する。
 そして——混乱した。

 どうしてこんな男に——騎士とは言え決して心を許しているわけでもない男に、自分の身体を自由にさせているのか!
 馬の姿の時ならともかく、今は人の姿だ。
 なのにどうして自分の身体は、彼の身体と、こんなに近いのか(しかも薄着なのに!)。そもそもどうして抱えられているのか。
 布ごしに伝わってくる、彼の腕、胸、その強さや逞しさ、温かさ……。
 それらを改めて感じれば感じるほど、白羽はますます混乱する。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・

希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!? 『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』 小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。 ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。 しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。 彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!? 過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。 *導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。 <表紙イラスト> 男女:わかめサロンパス様 背景:アート宇都宮様

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

イケメン副社長のターゲットは私!?~彼と秘密のルームシェア~

美和優希
恋愛
木下紗和は、務めていた会社を解雇されてから、再就職先が見つからずにいる。 貯蓄も底をつく中、兄の社宅に転がり込んでいたものの、頼りにしていた兄が突然転勤になり住む場所も失ってしまう。 そんな時、大手お菓子メーカーの副社長に救いの手を差しのべられた。 紗和は、副社長の秘書として働けることになったのだ。 そして不安一杯の中、提供された新しい住まいはなんと、副社長の自宅で……!? 突然始まった秘密のルームシェア。 日頃は優しくて紳士的なのに、時々意地悪にからかってくる副社長に気づいたときには惹かれていて──。 初回公開・完結*2017.12.21(他サイト) アルファポリスでの公開日*2020.02.16 *表紙画像は写真AC(かずなり777様)のフリー素材を使わせていただいてます。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

旦那様の愛が重い

おきょう
恋愛
マリーナの旦那様は愛情表現がはげしい。 毎朝毎晩「愛してる」と耳元でささやき、隣にいれば腰を抱き寄せてくる。 他人は大切にされていて羨ましいと言うけれど、マリーナには怖いばかり。 甘いばかりの言葉も、優しい視線も、どうにも嘘くさいと思ってしまう。 本心の分からない人の心を、一体どうやって信じればいいのだろう。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

処理中です...