【完結】道は違えた。

ゆー

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道は違えた。

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 苦しめられた民衆たちの手で、もうすぐこの王国は終わるだろう

 国王の護衛騎士であり、近衛騎士の副団長でもあるウミ・カヴァイエは、王城の廊下を歩きながらふとそんなことを考えた。

 二ヶ月に渡る攻防の末──そう、二ヶ月しか保たなかったのだ──王家の敗北は確定し、多くの者は王家を見捨てて逃げ出してしまった。だが、副団長である彼は最後まで王家のために戦うつもりだった。それが家の使命、騎士の誇り、滅びるとわかっても主君を見捨てない。最期まで忠誠を尽くす。その決意で彼の足取りには一片の迷いもなかった。

 王宮の窓から、外を見る。城下町では民衆たちが武器を手にして行進していた。彼らの顔は怒りに満ちている。王宮を陥落させられるのも、時間の問題だろう。

 革命の機運が高まり、このようなことを引き起こしたのは全て王族や高位貴族の圧政が原因だ。それに対する怒りが爆発したのだ。もはや我らに止める術はない。

 ふと、彼は弟に想いを馳せた。民衆を率いる革命軍のリーダーとして弟が参加しているらしい。弟のことを想うと胸の奥から熱いものが込み上げてきた。

 あんなに小さく、いつも自分の後をついてきていたというのに……。

 王家の盾という家の使命すら捨て、家族を裏切るという道を選んでまで、弟は自分の信念に従って行動している。兄としては誇らしい限りだった。

 ……独裁政治による圧政、増える税。明日すら見えない民衆と栄華を尽くす上位身分。革命軍が正しいと、ウミだってわかっていたのだ。

「……リクに殺されるのなら、本望だな」

 ウミはポツリと弟の名を口にした。

 そして、視線を前に向ける。

 多くの人がいた王宮は今や見る影もない。みな、自分可愛さに逃げ出してしまい、残っているのは二十人ほど。

 残っている者は、王家のために命を投げ出せる者だ。彼らは紛れもなく王家に仕える臣下であった。

☆☆☆☆

 城壁が突破されてしまった。その報告を受けた瞬間、ウミは拳を強く握り締めていた。

 負け戦だ。しかし、我々は最期まで、王家のために戦うつもりだ。例え勝ち目のない戦いであろうと、逃げることはない。
「……行くぞ!」
 ウミの声に呼応して、残っていた全員が立ち上がった。
 さぁ行こう。我らの王を守るのだ。

☆☆☆

 玉座へと続く廊下。ウミの前には弟がいた。

「兄さん……」

 三年ぶりにみた弟は昔の面影を残しながらも大人びており、凛々しい表情をしていた。

「久しぶりだな」

 ウミの言葉を聞いて、リクの顔が歪んだ。訴えるように、口を開く。

「兄さん、王家なんて捨ててくれ。もう、王家に勝ち目は──」

「お前の言う通りかもしれない。だが、俺は王家の騎士だ。王家の盾、カヴァイエ家の嫡男だ。……王家に勝算がないことなど、とうにわかっている。しかし、俺は、ここで死するとしても、王家の、君主のために戦う。……俺まで、裏切るわけにはいかないのだ」

 ウミは剣を抜いた。
 兄が、そう言うであろうことはわかっていた。それでも、説得を試みたのだ。大好きな兄と戦いたくなかったから。

「さぁ、リク。我が弟よ。剣を取れ。俺を倒さねば、この先には一歩たりとも踏み入れさせぬ」

「……兄さん」

「殺す気で来い。こちらも王のため、侵入者であるお前を斬らねばならない」

 ウミは構えをとった。リクもまた、覚悟を決めて剣を構える。

 二人は同時に動き出した。互いの刃がぶつかり合う。激しい金属音が鳴り響いた。

 互いに譲らぬ攻防に見えるが、ウミは防戦一方であった。

 刃を交わした瞬間に、弟の方が圧倒的に上だとわかってしまった。弟の一撃は重く、速く、そして的確だった。それは死地である樹海で鍛えてきた技と経験によるものだろう。

 カンっと乾いた音と共にウミの剣が弾かれた。リクの攻撃に耐えたのは3分にも満たない時間。

 勝敗は決した。リクは動きを止め、悲しげな顔をした後、ウミに乞うように言った。

「兄さんの負けだよ。だから、どうか、お願いだから、降伏してくれないか?俺は兄さんを」

 ウミは弟に体当たりをした。リクは不意打ちを受け倒れ込む。その隙をついてウミは剣を拾い上げた。

「まだだ。まだ俺は死んでいないぞ」

 ウミはリクに斬りかかる。リクはそれを受け流した。

「兄さん、どうして……」

「俺は死ぬまで王家の盾であり続けると誓った。それが例えどんな結果になろうとも」

 リクは強く唇を噛み締めた。皇帝を倒すには、兄をも殺さなければならないのか。

 真っ直ぐに迷いなく剣を振るウミとは対照的にリクの手は震えていた。だというのに、実力差が圧倒的過ぎてウミは傷一つつけられない。

 それでも、攻撃を続ける。それはまさしく王家への忠誠の証であり、誇りでもあった。

 だが、そんなウミの攻撃も虚しく、遂に決着がつく。

 リクの剣が、ウミの胸を貫いた。ウミは崩れ落ち、倒れる。もう立ち上がることはできなかった。

 ずっと自分の後をついてくるばかりだと思っていた弟はいつの間にか──

 ごぼっとウミの口から血が吐き出される。

「兄さん」

 リクは倒れているウミを見下ろした。その顔には深い悲しみと苦悩の色が見える。そして、リクは剣を捨てると、ウミのそばに膝をついた。

「……兄さん、俺は……ごめんなさい……」

 何に対して謝っているのだろう。家族を裏切ったことか、王家を切り捨てたことか、それとも、兄を手にかけることになったからなのか。

 謝ることはない、ウミの正義とリクの正義が違っただけだ。ただそれだけのこと。

 道を違えた瞬間。リクが彼女を追いかけ宮廷騎士を辞めたあの瞬間から、こうなることはきっと、決まっていたのかもしれない。

 ウミはかすかに動く右手を動かし、弟に伸ばした。可愛い弟、いつも自分を慕ってついてきた弟、不器用で、努力家で、真っ直ぐな弟。

「……ははっ。ついに……抜かれて、しまったな、」
 ウミは微笑んだ。その笑みは今まで見たこともないほど、嬉しそうに。

「兄さん」


 リクの目からは涙が溢れていた。今更になって、自分の選択が正しかったのか不安になる。

 兄と敵対してでも、守りたいものがあった、一緒にいたい人がいた。けれど、それが本当に正しいことだったのだろうか。兄を殺してまで、叶えることだったのだろうか。


「……リク」

 ウミは弟の頬に触れた。その手はとても冷たかった。

「……お前は間違っていない。後悔など、する必要ない。王家が、消えれば、この国は、良く、なる。……お前の選択は、何もかも、正し…の……」

 この兄は、この期に及んでまで、自分よりも弟のことを想ってくれるのだ。

「あの、子と……しあ、……」

 ウミの手がパタリと落ちた。

「兄さん?……兄さん?」

 リクは兄を揺すったが返事はない。リクは兄を抱き起こした。兄は既に事切れており、瞳孔が開いていた。

「兄さん……兄さん……ごめん……ごめんなさい……」

 リクは必死に兄を呼び続けた。兄を殺したのは自分だというのに。

 この道しか選べなかった自分が憎かった。兄を踏み躙った自分が許せなかった。どうして、こんなことになったんだろう。

 あの時、死地へと向かう彼女を追いかけなければ。あの時、兄の言う通り、王都に帰っていたら。あの時、王家を潰すという第四王子に賛同しなければ。圧政を受ける民に同情していなければ。この国を変えようなんて思わなければ。

 いや、そもそも、あの日、彼女に惹かれなければ。彼女のためなら、全てを捨てられるだなんて、思わなかったら。

 いくつもの後悔が浮かんでは消える。でも、何度やり直しても、自分はきっと同じ道を選ぶのだろう。

 何度繰り返したとしても、兄を切り捨てるのだろう。

「最低な、弟だな」

 リクは自嘲気味に呟き、立ち上がった。

 先に進まねばならない。この国の未来のため。そして、自分の望みのために。そのために、兄すらこの手にかけたのだから。

 倒れたままの兄に背を向けた。振り返りはしない。

 この国を終わらせよう。王族の罪を血で贖おう。そして、彼女と生きる、のだ。

 もう、それ以外、自分には何も残っていないのだから。






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