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中編
しおりを挟む「長旅お疲れ」
「ありがとう、お邪魔します」
彼は、私を家にあげる。
「コーヒーでいい?」
「うん」
彼は、二人分のマグカップにコーヒーをいれ、手渡す。
「ありがとう」
私はそれを受け取りながら、向かいに腰をおろした彼の姿を見ていた。
まだ寝癖が残る髪に、部屋着のラフな格好。
いつものようにコーヒーを飲みながら、いくつかの雑談をしていたが、次第に話も尽きてしまった。
私が喋らない限り、話を始めることのない、静かな時間。コーヒーを飲みながらスマホをいじる彼。
私は、両手で抱えたマグカップに視線を落とす。
「あのね」
視線を落としたまま、私は言った。
「ん?」と彼はスマホから目をあげずに相槌を打つ。
ねぇ、私、四時間もかけて来たんだよ。スマホなんかに目を向けないで、こっちを見てよ。
そう言えたなら、どんなに良かっただろう。以前の私なら、きっと言っていた。でも、もう言う必要はない。
「どうしたの?言いたいことがある顔をしてるけど」
不自然に黙り込んだからか、彼は、スマホから顔をあげ、私を見た。
その視線から逃げるように、私は下をむく。
手の中にあるマグカップは、既に冷めていて、手のひらを暖かくはしてくれない。
出先で寄った店でお揃いだと、笑いあったマグカップ。
彼の家で飲むコーヒーは、いつも砂糖を多めに入れてくれる。
でも、それももう終わりなのだ。
そのために、今日はここに来たのだから。文面に頼らず、最後は会って伝えることが、私たちが過ごした日々に対する誠意だ。
「……私たち、別れよう」
「え、」
言えた。私は言ったぞ。そう自分を褒める反面、もう後戻りができないのだという現実が私を押しつぶそうとのしかかる。
「なんで?」
彼はそう言ったっきり黙り込んでしまった。
沈黙が流れる中で私はそっと顔をあげる。そこにあったのは、酷く傷ついた彼の顔だった。
私は、少し面食らった。
彼は、私の前ではいつも余裕な顔をしていたから。
その顔が見れただけで、もう充分だと、そう思ってしまった。
彼の中で、多少は私が大きな存在であれたのではないか。
それだけで、もう……。
「別に、嫌いになったわけじゃないよ」
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あの頃は、本当にそうなることを疑ってもいなかった。
彼は何か言おうとして口をとじ、また何かを言いかけて口をとじる。
それを何度か繰り返した後、言った。
「そっか」
なんで、どうしてと騒ぐ訳でもない。みっともなく泣いて縋る訳でもない。そんなことをしない人だと、私はよく知っていた。
少し息が苦しかった。
私は、彼の目を見ることができずに、コーヒーに映る自分の姿を見つめていた。
「わかった」
その声が微かに震えているような気がしたのは、私の願望だろう。
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