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番外編3
結婚披露宴 4
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マーガレットは脳裏に広がる恐怖の光景、地獄絵図を想像して震え上がった。
(なんとしても止めなければ……!)
いくらリュセットが酷い仕打ちを受けていたとはいえ、いくら自分が煮え湯を飲まされていたとはいえ……それでも拷問を受けるような光景は見たくないというのがマーガレットの心情だった。
マーガレットは振り返りアンリ王子を見やる。
「失礼ながらアンリ王子、辞めさせて下さい。これでは程のいい辱めではありませんか」
しずしずと会釈をしながらもマーガレットは強く断言した。けれどアンリ王子はにっこりと微笑む顔を崩さずにマルガリータの背中を視線で追っている。
その隣では訳がわからないというようにアンリ王子とマルガリータを行ったり来たりと視線を送るリュセットの姿。リュセットはマーガレットへと視線も投げ、何が起こるのか? と訴えかけている様子。アンリ王子はそんなリュセットの手をそっと取り、空いた片手で頬杖をついた。
「まさか、辱めなどではありませんよ。私自身、特殊な環境に身を置いていた経験があるため、そういった変わったものが好きなのです。ですから私は純粋に心から、変わったダンススタイルを見れることを楽しみにしています」
(……透き通るような白い肌をしているけれど、腹の中は真っ黒じゃない……!)
にっこりと微笑み続けるアンリ王子は、足を組み直してさらにこう言った。
「……ところで、義母上は踊っては下さらないのでしょうか?」
「私は……」
イザベラが口ごもる中、アンリ王子はさらに畳み掛ける。
「踊りを見ればきっと、王妃もあなたのことを敬い、ここに住むことを強く願うに違いありませんが……」
残念です、とでも言いたげに眉尻を落としたその微笑みはイザベラの背中を後押しした。
「そうですわね……少し踊ってみるのも悪くないかもしれませんわね」
(なんでそうなる!)
マーガレットは奥歯を噛み締めて、身を翻し、ドレスの裾を持ち上げて駆け出した。行先はもちろん、マルガリータが向かう先。
(踊ってみるのも悪くないかもって……社交ダンス以外踊ったことないでしょーが! 何が品格だ! 踊ったこともないようなヘンテコなダンス踊った日にはみんなの笑い者だってなぜ思わない!?)
マーガレットは人の間を縫いながら、懸命に走る。マルガリータの歩くスピードなど簡単に追い抜けるはずだと確信しながら。
(だいたい、百歩譲ってアンリ王子の言うことが本当で王妃がそれを楽しみにしていたとしても、そんな盆踊りにもならないような踊りを見せられて王妃が敬うとは思えないでしょ!)
どれだけ脳内地位と財産しかないのか。そんな風に憤りを感じていたその時だった。
「きゃっ!」
マーガレットはがくりと足を引っ張られるような、何かに引っかかるようなそんな感覚に思わず膝を着いてしまった。
苛立ちながら焦って走ったせいで、足がもつれたのかと思い、脱げた靴を見やると——。
「あっ……」
マーガレットの靴は無残にもヒールがパックリと折れていた。
下駄の鼻緒が切れる。靴紐が切れる。……昔から靴に何かが起こると不吉なサインだと、マーガレットの前世からくる記憶がそう言っていた。このヒールが折れた様子も、不吉なサインだと思わざるおえない。もしくは、またこの物語がそうさせているのか……そんな風に考えて背筋にひやりとした冷気が走った。
この大広間がざわつき出したのは、ちょうどそんな時だった。
「まぁ、はしたない」
「鉄板の上で何をやっているのだ? 踊っているようにも見えるが……?」
「あのようなダンス見たことがないわ。それにあの表情……まるで拷問を受けているようではないの」
そばにいる人々が口々にそう囁いている様子を聞いて、マーガレットは顔を青ざめた。
(……間に合わなかった!)
マーガレットは立ち上がり、もう一方の靴も脱ぎ捨て、人だかりに向かって再び走り出した。
「……失礼いたします、通していただけますか!」
マーガレットは壁のような人だかりを押しのけ、人々がいる中心へと抜け出た。そこでは鉄板の上で踊るように、足を代わるがわる下ろしては上げ、上げては下ろし……それを繰り返すマルガリータの姿があった。
ーー熱い鉄板の上に素足は長時間置けず、片足をあげてはもう一方の片足が焼けただれるため、もう一方の足を下ろし、片側を上げる。その姿はまるでダンスを踊っているように……。
そんなホラーな童話の結末を思い出し、マーガレットは叫んだ。
「マルガリータお姉様、早くこちらへ!」
苦痛に顔を歪めながら滑稽に踊るマルガリータに手を差し伸べる。けれどマルガリータは鉄板の上で脱いだ靴を再び履こうと必死になっている様子で、きっと声は届いていない。靴はなかなか上手く履けず、鉄板の上を転がるように踊っている。その結果、マルガリータは鉄板の上で転んでしまった。
ドシンという大きな音を立て、尻もちをついているマルガリータの姿を見て、マーガレットは本能的に駆け出した。
自分も裸足だということなどすっかり忘れてしまったように。
「マルガリータお姉様!」
そう言って一歩鉄板の上に足を踏み出した瞬間、マーガレットは飛び跳ねた。
(なんとしても止めなければ……!)
いくらリュセットが酷い仕打ちを受けていたとはいえ、いくら自分が煮え湯を飲まされていたとはいえ……それでも拷問を受けるような光景は見たくないというのがマーガレットの心情だった。
マーガレットは振り返りアンリ王子を見やる。
「失礼ながらアンリ王子、辞めさせて下さい。これでは程のいい辱めではありませんか」
しずしずと会釈をしながらもマーガレットは強く断言した。けれどアンリ王子はにっこりと微笑む顔を崩さずにマルガリータの背中を視線で追っている。
その隣では訳がわからないというようにアンリ王子とマルガリータを行ったり来たりと視線を送るリュセットの姿。リュセットはマーガレットへと視線も投げ、何が起こるのか? と訴えかけている様子。アンリ王子はそんなリュセットの手をそっと取り、空いた片手で頬杖をついた。
「まさか、辱めなどではありませんよ。私自身、特殊な環境に身を置いていた経験があるため、そういった変わったものが好きなのです。ですから私は純粋に心から、変わったダンススタイルを見れることを楽しみにしています」
(……透き通るような白い肌をしているけれど、腹の中は真っ黒じゃない……!)
にっこりと微笑み続けるアンリ王子は、足を組み直してさらにこう言った。
「……ところで、義母上は踊っては下さらないのでしょうか?」
「私は……」
イザベラが口ごもる中、アンリ王子はさらに畳み掛ける。
「踊りを見ればきっと、王妃もあなたのことを敬い、ここに住むことを強く願うに違いありませんが……」
残念です、とでも言いたげに眉尻を落としたその微笑みはイザベラの背中を後押しした。
「そうですわね……少し踊ってみるのも悪くないかもしれませんわね」
(なんでそうなる!)
マーガレットは奥歯を噛み締めて、身を翻し、ドレスの裾を持ち上げて駆け出した。行先はもちろん、マルガリータが向かう先。
(踊ってみるのも悪くないかもって……社交ダンス以外踊ったことないでしょーが! 何が品格だ! 踊ったこともないようなヘンテコなダンス踊った日にはみんなの笑い者だってなぜ思わない!?)
マーガレットは人の間を縫いながら、懸命に走る。マルガリータの歩くスピードなど簡単に追い抜けるはずだと確信しながら。
(だいたい、百歩譲ってアンリ王子の言うことが本当で王妃がそれを楽しみにしていたとしても、そんな盆踊りにもならないような踊りを見せられて王妃が敬うとは思えないでしょ!)
どれだけ脳内地位と財産しかないのか。そんな風に憤りを感じていたその時だった。
「きゃっ!」
マーガレットはがくりと足を引っ張られるような、何かに引っかかるようなそんな感覚に思わず膝を着いてしまった。
苛立ちながら焦って走ったせいで、足がもつれたのかと思い、脱げた靴を見やると——。
「あっ……」
マーガレットの靴は無残にもヒールがパックリと折れていた。
下駄の鼻緒が切れる。靴紐が切れる。……昔から靴に何かが起こると不吉なサインだと、マーガレットの前世からくる記憶がそう言っていた。このヒールが折れた様子も、不吉なサインだと思わざるおえない。もしくは、またこの物語がそうさせているのか……そんな風に考えて背筋にひやりとした冷気が走った。
この大広間がざわつき出したのは、ちょうどそんな時だった。
「まぁ、はしたない」
「鉄板の上で何をやっているのだ? 踊っているようにも見えるが……?」
「あのようなダンス見たことがないわ。それにあの表情……まるで拷問を受けているようではないの」
そばにいる人々が口々にそう囁いている様子を聞いて、マーガレットは顔を青ざめた。
(……間に合わなかった!)
マーガレットは立ち上がり、もう一方の靴も脱ぎ捨て、人だかりに向かって再び走り出した。
「……失礼いたします、通していただけますか!」
マーガレットは壁のような人だかりを押しのけ、人々がいる中心へと抜け出た。そこでは鉄板の上で踊るように、足を代わるがわる下ろしては上げ、上げては下ろし……それを繰り返すマルガリータの姿があった。
ーー熱い鉄板の上に素足は長時間置けず、片足をあげてはもう一方の片足が焼けただれるため、もう一方の足を下ろし、片側を上げる。その姿はまるでダンスを踊っているように……。
そんなホラーな童話の結末を思い出し、マーガレットは叫んだ。
「マルガリータお姉様、早くこちらへ!」
苦痛に顔を歪めながら滑稽に踊るマルガリータに手を差し伸べる。けれどマルガリータは鉄板の上で脱いだ靴を再び履こうと必死になっている様子で、きっと声は届いていない。靴はなかなか上手く履けず、鉄板の上を転がるように踊っている。その結果、マルガリータは鉄板の上で転んでしまった。
ドシンという大きな音を立て、尻もちをついているマルガリータの姿を見て、マーガレットは本能的に駆け出した。
自分も裸足だということなどすっかり忘れてしまったように。
「マルガリータお姉様!」
そう言って一歩鉄板の上に足を踏み出した瞬間、マーガレットは飛び跳ねた。
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