100 / 114
番外編1
探索
しおりを挟む
*
——コンコン。と扉をノックする音が聞こえ、アンリ王子は席に着いたまま返事をした。
「入れ」
その返事に反応して扉が開いた。その先に立っているのは騎士団長のカインだ。
「アンリ王子、お呼びでしょうか」
「カインに頼みがあって呼んだんだ」
カインはどこか疲れた様子をその顔に滲ませた。昨日ルイ王子に無理難題な仕事を増やされたせいだろう。その上、アンリ王子にも脅迫じみた嫌がらせを受けた翌日だ、アンリ王子の頼みという言葉に気が滅入っても仕方がないことだ。
「……一体、どんなご用件でしょうか?」
「この靴を履いていた令嬢を探して欲しいんだ」
そう言って引き出しに閉まっていたガラスの靴を慎重に机の上へと置いた。
「カインも知っての通り、兄上が舞踏会でダンスを踊った相手、あのご令嬢が落としていった靴だ」
机の上で手を合わせて微笑みを浮かべたのアンリ王子と、ガラスの靴を見つめて眉間に小さくシワを刻むカイン。両極端な表情をした二人が、ガラスの靴を見つめている。
「あのご令嬢を見つけて、どのようになさるおつもりでしょうか」
「決まっているだろう。兄上の花嫁候補とするためだよ」
カインは疑心暗鬼な様子でアンリ王子の顔をまじまじと見つめる。そんなカインの様子すらおかしそうにアンリ王子はカインの視線を受けながらも笑っている。
「アンリ王子、昨日お話したことは覚えていらっしゃいますか? ルイ王子はまだ別のご令嬢のことを想っておいでです」
昨日忙しさとアンリ王子の脅しによりカインは渋々口を割った。ルイ王子がマーガレットにドレスを送ったことやこっそり城外で会っていたこと。そして舞踏会の間でカインが目にした二人の様子を合わせて、その後ルイ王子の様子が変なこと。舞踏会一日目までは仲睦まじくしていたにも関わらず、昨日のあの態度といい、結局舞踏会二日目もマーガレットとはダンスを踊らなかったこと。その点から見てもルイ王子とマーガレットとの間に何かあったのは間違いない。
ルイ王子は簡単に女性に好意を示さない。その王子がマーガレットに虜になっていたのだ。昨日はあんな態度だったが、きっとまだルイ王子はマーガレットに対して気持ちがあるのでは……? とカインは踏んでいた。
そこまで話していたというのに、どうしてルイ王子とダンスを踊ったあの令嬢を探しだし、花嫁候補としようとするのかが疑問だった。
「だから言っただろう? 僕はあの令嬢を見つけて兄上の花嫁候補にするんだと。何も結婚しろと言ってるわけじゃない」
アンリ王子は鼻で笑いながらガラスの靴の縁を指でそっとなぞる。
「たとえ僕が兄上に言ったところで、兄上自身が興味を持たなければ結婚なんてありえないだろう? 特に兄上はこのことに関しては頭が相当硬い」
その意見にはカインも深く頷いた。
「だからさ、彼女もただの候補の一人というまでだ。二十歳にもなって結婚どころか相手もいないなど世継ぎの問題もあるし、この国の先が不安だからね」
カインは意外だと言わんばかりに一瞬目を見開いた。アンリ王子とはルイ王子とは違い、普段話す機会が少ない。そのため、勝手なイメージでアンリ王子はこの国のことなどさほど気にも止めていないと思っていたのだ。病弱で、部屋に閉じこもってばかり。挙句呪いのようなあの呪い師の言葉だ。不自由な生活で人との接触も基本的には避け、舞踏会や政にも顔を出せずにいる王子は、気がつけば国民から忘れられるような存在だ。
あのローアン王ですら、アンリ王子に関しては見捨てたような態度を時々見せるほどだ。実の息子だというのに。
「僕がこの国の行く末を考えるのは意外かい?」
アンリ王子はクスリと笑い、何か企むような怪しい視線を送る。そんなアンリ王子を前に、カインは引き締めた顔でこう言った。
「いえ、まさか。王子であらせられるのですから、考えるのは当然のことかと存じます」
「カインは剣の腕が立つのだろう。その上きっと、頭の回転も早ければ機転も利く。……だけど、城の騎士団長としてその表情だけは相手に悟らせてはいけないね」
アンリ王子のその言葉を受け取って、思わずカインはこう思った。
(アンリ王子は表に出ない割に、人の表情を読むのがとても上手い。下手をすればそれはルイ王子より上かもしれない……)
「話が少し脱線してしまったな。本題に戻ろう。カインは大臣と他の従者とともに街を回り、この靴に合う令嬢を探し出せ。いいかい? 女性は誰でもいい、ひとまず皆に試させるんだ。そしてこのことは僕から大臣にも伝えておくけど、花嫁候補を探すように指示を出したのは僕だとは言わないこと。王子からの指示だとだけ言えばいい」
「なぜです? なぜ名を明かさないのですか?」
「死んだ王子からの指示だと皆に言うつもりかい?」
皮肉な言葉にも関わらず、アンリ王子は笑顔だった。邪念を感じさせない朗らかな笑顔。その言葉と表情のギャップに思わずカインは面食らう。
「表に出ない方が何かと楽だからね。むしろその方が動けることもある……騎士であればそのことは理解できるだろう?」
「……はっ」
カインは慎重な面持ちで、アンリ王子に頭を下げた。心の中ではこんなことを思いながら。
(……もう何年も病に伏せていないと聞くアンリ王子だが、昔はいつもアンリ王子の部屋を出入りするのは王妃か医者のみだったと聞く。元気になった後でも体つきや肌の色はルイ王子とは比較にならない……が、頭のキレはどうやら変わらないようだ……)
そうしてアンリ王子の指示のもと、カインはあのガラスの靴の持ち主を探すことになる。アンリ王子はすでにあのガラスの靴の持ち主であるリュセットの名を知っているにも関わらず、それは敢えて伏せたままで——。
——コンコン。と扉をノックする音が聞こえ、アンリ王子は席に着いたまま返事をした。
「入れ」
その返事に反応して扉が開いた。その先に立っているのは騎士団長のカインだ。
「アンリ王子、お呼びでしょうか」
「カインに頼みがあって呼んだんだ」
カインはどこか疲れた様子をその顔に滲ませた。昨日ルイ王子に無理難題な仕事を増やされたせいだろう。その上、アンリ王子にも脅迫じみた嫌がらせを受けた翌日だ、アンリ王子の頼みという言葉に気が滅入っても仕方がないことだ。
「……一体、どんなご用件でしょうか?」
「この靴を履いていた令嬢を探して欲しいんだ」
そう言って引き出しに閉まっていたガラスの靴を慎重に机の上へと置いた。
「カインも知っての通り、兄上が舞踏会でダンスを踊った相手、あのご令嬢が落としていった靴だ」
机の上で手を合わせて微笑みを浮かべたのアンリ王子と、ガラスの靴を見つめて眉間に小さくシワを刻むカイン。両極端な表情をした二人が、ガラスの靴を見つめている。
「あのご令嬢を見つけて、どのようになさるおつもりでしょうか」
「決まっているだろう。兄上の花嫁候補とするためだよ」
カインは疑心暗鬼な様子でアンリ王子の顔をまじまじと見つめる。そんなカインの様子すらおかしそうにアンリ王子はカインの視線を受けながらも笑っている。
「アンリ王子、昨日お話したことは覚えていらっしゃいますか? ルイ王子はまだ別のご令嬢のことを想っておいでです」
昨日忙しさとアンリ王子の脅しによりカインは渋々口を割った。ルイ王子がマーガレットにドレスを送ったことやこっそり城外で会っていたこと。そして舞踏会の間でカインが目にした二人の様子を合わせて、その後ルイ王子の様子が変なこと。舞踏会一日目までは仲睦まじくしていたにも関わらず、昨日のあの態度といい、結局舞踏会二日目もマーガレットとはダンスを踊らなかったこと。その点から見てもルイ王子とマーガレットとの間に何かあったのは間違いない。
ルイ王子は簡単に女性に好意を示さない。その王子がマーガレットに虜になっていたのだ。昨日はあんな態度だったが、きっとまだルイ王子はマーガレットに対して気持ちがあるのでは……? とカインは踏んでいた。
そこまで話していたというのに、どうしてルイ王子とダンスを踊ったあの令嬢を探しだし、花嫁候補としようとするのかが疑問だった。
「だから言っただろう? 僕はあの令嬢を見つけて兄上の花嫁候補にするんだと。何も結婚しろと言ってるわけじゃない」
アンリ王子は鼻で笑いながらガラスの靴の縁を指でそっとなぞる。
「たとえ僕が兄上に言ったところで、兄上自身が興味を持たなければ結婚なんてありえないだろう? 特に兄上はこのことに関しては頭が相当硬い」
その意見にはカインも深く頷いた。
「だからさ、彼女もただの候補の一人というまでだ。二十歳にもなって結婚どころか相手もいないなど世継ぎの問題もあるし、この国の先が不安だからね」
カインは意外だと言わんばかりに一瞬目を見開いた。アンリ王子とはルイ王子とは違い、普段話す機会が少ない。そのため、勝手なイメージでアンリ王子はこの国のことなどさほど気にも止めていないと思っていたのだ。病弱で、部屋に閉じこもってばかり。挙句呪いのようなあの呪い師の言葉だ。不自由な生活で人との接触も基本的には避け、舞踏会や政にも顔を出せずにいる王子は、気がつけば国民から忘れられるような存在だ。
あのローアン王ですら、アンリ王子に関しては見捨てたような態度を時々見せるほどだ。実の息子だというのに。
「僕がこの国の行く末を考えるのは意外かい?」
アンリ王子はクスリと笑い、何か企むような怪しい視線を送る。そんなアンリ王子を前に、カインは引き締めた顔でこう言った。
「いえ、まさか。王子であらせられるのですから、考えるのは当然のことかと存じます」
「カインは剣の腕が立つのだろう。その上きっと、頭の回転も早ければ機転も利く。……だけど、城の騎士団長としてその表情だけは相手に悟らせてはいけないね」
アンリ王子のその言葉を受け取って、思わずカインはこう思った。
(アンリ王子は表に出ない割に、人の表情を読むのがとても上手い。下手をすればそれはルイ王子より上かもしれない……)
「話が少し脱線してしまったな。本題に戻ろう。カインは大臣と他の従者とともに街を回り、この靴に合う令嬢を探し出せ。いいかい? 女性は誰でもいい、ひとまず皆に試させるんだ。そしてこのことは僕から大臣にも伝えておくけど、花嫁候補を探すように指示を出したのは僕だとは言わないこと。王子からの指示だとだけ言えばいい」
「なぜです? なぜ名を明かさないのですか?」
「死んだ王子からの指示だと皆に言うつもりかい?」
皮肉な言葉にも関わらず、アンリ王子は笑顔だった。邪念を感じさせない朗らかな笑顔。その言葉と表情のギャップに思わずカインは面食らう。
「表に出ない方が何かと楽だからね。むしろその方が動けることもある……騎士であればそのことは理解できるだろう?」
「……はっ」
カインは慎重な面持ちで、アンリ王子に頭を下げた。心の中ではこんなことを思いながら。
(……もう何年も病に伏せていないと聞くアンリ王子だが、昔はいつもアンリ王子の部屋を出入りするのは王妃か医者のみだったと聞く。元気になった後でも体つきや肌の色はルイ王子とは比較にならない……が、頭のキレはどうやら変わらないようだ……)
そうしてアンリ王子の指示のもと、カインはあのガラスの靴の持ち主を探すことになる。アンリ王子はすでにあのガラスの靴の持ち主であるリュセットの名を知っているにも関わらず、それは敢えて伏せたままで——。
0
お気に入りに追加
95
あなたにおすすめの小説

小説主人公の悪役令嬢の姉に転生しました
みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
第一王子と妹が並んでいる姿を見て前世を思い出したリリーナ。
ここは小説の世界だ。
乙女ゲームの悪役令嬢が主役で、悪役にならず幸せを掴む、そんな内容の話で私はその主人公の姉。しかもゲーム内で妹が悪役令嬢になってしまう原因の1つが姉である私だったはず。
とはいえ私は所謂モブ。
この世界のルールから逸脱しないように無難に生きていこうと決意するも、なぜか第一王子に執着されている。
そういえば、元々姉の婚約者を奪っていたとか設定されていたような…?

悪役令嬢、第四王子と結婚します!
水魔沙希
恋愛
私・フローディア・フランソワーズには前世の記憶があります。定番の乙女ゲームの悪役転生というものです。私に残された道はただ一つ。破滅フラグを立てない事!それには、手っ取り早く同じく悪役キャラになってしまう第四王子を何とかして、私の手中にして、シナリオブレイクします!
小説家になろう様にも、書き起こしております。

悪役令嬢に転生したら手遅れだったけど悪くない
おこめ
恋愛
アイリーン・バルケスは断罪の場で記憶を取り戻した。
どうせならもっと早く思い出せたら良かったのに!
あれ、でも意外と悪くないかも!
断罪され婚約破棄された令嬢のその後の日常。
※うりぼう名義の「悪役令嬢婚約破棄諸々」に掲載していたものと同じものです。
【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う
ひなクラゲ
ファンタジー
ここは乙女ゲームの世界
悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…
主人公と王子の幸せそうな笑顔で…
でも転生者であるモブは思う
きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…
悪役令嬢はモブ化した
F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。
しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す!
領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。
「……なんなのこれは。意味がわからないわ」
乙女ゲームのシナリオはこわい。
*注*誰にも前世の記憶はありません。
ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。
性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。
作者の趣味100%でダンジョンが出ました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる