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本編
結婚式 5
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涙を流していたはずの瞳。暖かな涙が伝っていた頬。それを覆うように隠していた両手。それら全てが見当たらない。
その存在はたとえ見えなくとも、そこにあると感じていたはずなのに、すでに感じない。
マーガレットは再び泣いた。泣けているのかも分からない状態で、叫べているのかも分からない環境で、泣き叫んだ。
全てを壊した罪から。全てを無くした孤独感から。
本が好きな少女が、物語の世界を崩壊させた罪悪感から。
全てを崩壊させるということは、全てを無かったことにするということ。全ては無の中に消え去る。それはまるでブラックホールのように。
シンデレラというおとぎ話と共に、イザベラもマルガリータもリュセットも、そしてルイ王子でさえ消えてしまった。その罪の重さに、マーガレットはしゃくりあげながら、泣き喚く。決してそれは誰に知られることもなく。同時に、自分自身さえ聞くことも、感じることもなく。
王子様を愛してしまったがゆえに、愛している本の世界を壊してしまった。消してしまった。そして——やがて自分もそうなるのだろうと、マーガレットは感じていた。
自分自身が消えるのはいいと思っていた。簡単なことだ、消えてしまえばこの気持ちも、この感情も、愛も、全ては無に還るのだから、と。
そんな風に思いながら、マーガレットが絶望の淵に立たされていた、そんな時だった。
——私は祈る。あなたの幸せと、あなたの運命を。
……それは、どこからともなく聞こえたような気がした。
闇の中、無の中で、聞こえる声。感じる音。
——祈りは願い。願いは希望。
その声は、暗い闇の中から聞こえているようで、はたまた自分の中から聞こえるような。そんな不思議な感覚だった。
——希望はきっと、奇跡を呼ぶわ。
何もないはずのこの空間で、マーガレットは一筋の光を見た……気がしていた。
——パンパン! と、何かを叩く乾いた音が響き渡る。と同時に、聖歌隊の天使のような旋律がマーガレットの周りを優しく包み始めた。その聖歌隊の美声がどんどん小さく、やがて鳴り止んだとともに、別の声がマーガレットの耳に届いた。
「ご来城の皆様、もう一つの報告は私がいたしましょう」
そんな声に導かれるように、マーガレットの目の前は真っ暗闇から突然の光が差し、それは徐々に大きく広がり、ホワイトアウトした。その眩しさからマーガレットは思わず瞼をぎゅっと閉じた。
「王位継承権を辞退した兄である、元ブルゴーニュ王室第一王子、ルイ=アルトワに代わり、私、第二王子のアンリ=ジュリウスが王位継承を引き継ぐものとする」
(……第二、王子……?)
聞き慣れないその言葉に、マーガレットは瞼をそっと押し上げた。それに合わせて、両手で塞いでいた顔をあげた。
自分の姿が見える。と同時に、マーガレットは再びあの大広間の中にいた。しっかりと目を開き、辺りを見渡すと誰もが玉座に顔を向けている。さっきまで感じていた視線は、すでに別の方向へと向けられていた。
マーガレットもそれに習って視線を上げると、高台の玉座の前には、取り残されたリュセットの姿……そしてその隣にはあの、男爵だと名乗っていたアンリが立っていた。
「本日は私と、リュセットの結婚のためにわざわざ来城してくれたこと、誠に嬉しく思っている」
アンリ王子はそう言って、リュセットの手を取った。同時にリュセットは微笑みながら、アンリ王子を見つめて頬をほんのり赤らめた後、視線はゆっくりとマーガレットへと向けていた。
そのリュセットが向ける笑みの意図と、意味を、マーガレットは考えあぐねいていた。
(……アンリ、王子? リュセットと、アンリ王子の結婚……?)
マーガレットは意味がわからないといった様子で、目を瞬せた。すると再び、甘い香りがマーガレットの鼻先をかすめる。
「マーガレット、立てるか? 皆の注目がアンリに向いている今の間に、この広間を出るぞ」
そう言って、ルイ王子はマーガレットの手を引いて目の前の扉から外へと飛び出した。足に力が入らず、ふらふらとしたおぼつかない足で、マーガレットは懸命にルイ王子についていく。
ルイ王子はそんなマーガレットの歩調に合わせながら、振り返った。太陽の下に出た時、ルイ王子がほんのり微笑んでいるのがわかり、マーガレットは思わず足を止めた。
「いっ、一体……どういうことなの?」
状況が理解できないままだが、少し気持ちが落ち着いてきたマーガレットは、ルイ王子と向き合い、さらに言葉を繋ぐ。
「今日の結婚は、リュセットとルイ王子のものではなかったの? そもそもあなたには弟がいたの?」
疑問は多数ある。どれから消化すればいいのか分からない。そんなマーガレットの様子を見つめていたルイ王子は真っ直ぐマーガレットを見つめながら薄い唇を開いた。
「ああ、アンリは俺の弟だ。病弱だったあいつは、俺とは違い、外に出ることも叶わなかったからな。一説では死んだとまで噂が流れていたほど、あいつの幼少時代は過酷なものだった」
確かに言われてみればどこか線の細い男性だとマーガレットは思った。肌の色も白色と言うには白すぎるようにも見えた。それは陽の光を浴びていない証拠でもある。
けれどそれよりも疑問なのは……。
「彼は田舎の男爵貴族だと言っていたわ……」
マーガレットが困惑した様子でそう言うと、ルイは声を立てて笑った。
「それはアンリに騙されたのだろう。リュセットと結婚をするのも、ゆくゆく王位を継ぐのもアンリだ」
なぜ騙したのか。マーガレットの中で腑に落ちない事柄がどんどん増えていく。
その存在はたとえ見えなくとも、そこにあると感じていたはずなのに、すでに感じない。
マーガレットは再び泣いた。泣けているのかも分からない状態で、叫べているのかも分からない環境で、泣き叫んだ。
全てを壊した罪から。全てを無くした孤独感から。
本が好きな少女が、物語の世界を崩壊させた罪悪感から。
全てを崩壊させるということは、全てを無かったことにするということ。全ては無の中に消え去る。それはまるでブラックホールのように。
シンデレラというおとぎ話と共に、イザベラもマルガリータもリュセットも、そしてルイ王子でさえ消えてしまった。その罪の重さに、マーガレットはしゃくりあげながら、泣き喚く。決してそれは誰に知られることもなく。同時に、自分自身さえ聞くことも、感じることもなく。
王子様を愛してしまったがゆえに、愛している本の世界を壊してしまった。消してしまった。そして——やがて自分もそうなるのだろうと、マーガレットは感じていた。
自分自身が消えるのはいいと思っていた。簡単なことだ、消えてしまえばこの気持ちも、この感情も、愛も、全ては無に還るのだから、と。
そんな風に思いながら、マーガレットが絶望の淵に立たされていた、そんな時だった。
——私は祈る。あなたの幸せと、あなたの運命を。
……それは、どこからともなく聞こえたような気がした。
闇の中、無の中で、聞こえる声。感じる音。
——祈りは願い。願いは希望。
その声は、暗い闇の中から聞こえているようで、はたまた自分の中から聞こえるような。そんな不思議な感覚だった。
——希望はきっと、奇跡を呼ぶわ。
何もないはずのこの空間で、マーガレットは一筋の光を見た……気がしていた。
——パンパン! と、何かを叩く乾いた音が響き渡る。と同時に、聖歌隊の天使のような旋律がマーガレットの周りを優しく包み始めた。その聖歌隊の美声がどんどん小さく、やがて鳴り止んだとともに、別の声がマーガレットの耳に届いた。
「ご来城の皆様、もう一つの報告は私がいたしましょう」
そんな声に導かれるように、マーガレットの目の前は真っ暗闇から突然の光が差し、それは徐々に大きく広がり、ホワイトアウトした。その眩しさからマーガレットは思わず瞼をぎゅっと閉じた。
「王位継承権を辞退した兄である、元ブルゴーニュ王室第一王子、ルイ=アルトワに代わり、私、第二王子のアンリ=ジュリウスが王位継承を引き継ぐものとする」
(……第二、王子……?)
聞き慣れないその言葉に、マーガレットは瞼をそっと押し上げた。それに合わせて、両手で塞いでいた顔をあげた。
自分の姿が見える。と同時に、マーガレットは再びあの大広間の中にいた。しっかりと目を開き、辺りを見渡すと誰もが玉座に顔を向けている。さっきまで感じていた視線は、すでに別の方向へと向けられていた。
マーガレットもそれに習って視線を上げると、高台の玉座の前には、取り残されたリュセットの姿……そしてその隣にはあの、男爵だと名乗っていたアンリが立っていた。
「本日は私と、リュセットの結婚のためにわざわざ来城してくれたこと、誠に嬉しく思っている」
アンリ王子はそう言って、リュセットの手を取った。同時にリュセットは微笑みながら、アンリ王子を見つめて頬をほんのり赤らめた後、視線はゆっくりとマーガレットへと向けていた。
そのリュセットが向ける笑みの意図と、意味を、マーガレットは考えあぐねいていた。
(……アンリ、王子? リュセットと、アンリ王子の結婚……?)
マーガレットは意味がわからないといった様子で、目を瞬せた。すると再び、甘い香りがマーガレットの鼻先をかすめる。
「マーガレット、立てるか? 皆の注目がアンリに向いている今の間に、この広間を出るぞ」
そう言って、ルイ王子はマーガレットの手を引いて目の前の扉から外へと飛び出した。足に力が入らず、ふらふらとしたおぼつかない足で、マーガレットは懸命にルイ王子についていく。
ルイ王子はそんなマーガレットの歩調に合わせながら、振り返った。太陽の下に出た時、ルイ王子がほんのり微笑んでいるのがわかり、マーガレットは思わず足を止めた。
「いっ、一体……どういうことなの?」
状況が理解できないままだが、少し気持ちが落ち着いてきたマーガレットは、ルイ王子と向き合い、さらに言葉を繋ぐ。
「今日の結婚は、リュセットとルイ王子のものではなかったの? そもそもあなたには弟がいたの?」
疑問は多数ある。どれから消化すればいいのか分からない。そんなマーガレットの様子を見つめていたルイ王子は真っ直ぐマーガレットを見つめながら薄い唇を開いた。
「ああ、アンリは俺の弟だ。病弱だったあいつは、俺とは違い、外に出ることも叶わなかったからな。一説では死んだとまで噂が流れていたほど、あいつの幼少時代は過酷なものだった」
確かに言われてみればどこか線の細い男性だとマーガレットは思った。肌の色も白色と言うには白すぎるようにも見えた。それは陽の光を浴びていない証拠でもある。
けれどそれよりも疑問なのは……。
「彼は田舎の男爵貴族だと言っていたわ……」
マーガレットが困惑した様子でそう言うと、ルイは声を立てて笑った。
「それはアンリに騙されたのだろう。リュセットと結婚をするのも、ゆくゆく王位を継ぐのもアンリだ」
なぜ騙したのか。マーガレットの中で腑に落ちない事柄がどんどん増えていく。
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