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本編
結婚式 4
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「マーガレット」
凜と通る声が、マーガレットの鼓膜を揺さぶった。
長い間聞くことのなかった、愛おしい声。マーガレットの脳内で反芻していたあの声が呼ぶ、自分の名。
夢の中で何度もルイ王子はマーガレットの名を呼んだ。その声を聞いて振り返ると、夢はいつも暗闇に飲まれて目を覚ます。そんな悪夢のような夢ばかり見る毎日。
(これも、夢なの?)
けれど、マーガレットの脳ははっきりとしていた。脳が、体が、逃げろと言っている。マーガレットはその警鐘に従うように、一歩、また一歩と後ずさる。
「マーガレット、逃げるな」
ルイ王子のその言葉に、聴衆は一斉にルイ王子の視線の先にいるマーガレットへと向けた。矢のように突き刺さる視線。それはまるで、いばらのように。マーガレットを捕まえては、動けなくしようとしているようだった。
そんな視線を振り切って、マーガレットは駆け出した。ルイ王子の視線に比べれば聴衆の視線など比較にもならない。
(どうして……? どうなってるの……?)
大広間の後方扉を押し開けようとした瞬間——。
「逃げるな」
あの甘い香りに包まれて、マーガレットの鼻腔をくすぐる。その香りが、マーガレットを捉えて離さないとでもいうように。
「……なんで」
マーガレットは力なくその場に溶けるようにして、腰を下ろした。
「マーガレット、話がしたい」
(私の方には、ないわ……)
そう言ってやりたいのに、声が喉の奥に突っかかって出てこない。何かが喉の奥を締め付けていた。
「俺はマーガレットの本心が聞きたい」
扉に手をついていたマーガレット。その手は扉を開けることはなく、ヘタリと地面へと落ちた。背後からルイ王子が囁きかける。
「マーガレット、俺は王位を捨てる。王子でない俺のところに来る気はあるか?」
マーガレットは両手で顔を覆いながら、ドレスの裾に隠れるようにして大粒の涙を流した。肩を揺らし、声を押し殺そうにも、それはうまくいかない。
ルイ王子がここまで自分のことを思ってくれていることに喜びと、喜ぶ自分に罪悪感を感じて、それがマーガレットを苦しめていた。
ルイ王子が王位継承権を放棄するなど考えてもみなかったのだ。王子が王子でなくなれば、この結末はどうなる? そもそもリュセットの結婚はどうなる? 素直に喜べない自分の運命を呪いながらも、ルイ王子を押し返す言葉すら発せられない自分を、心の中で叱咤した。
ちょうどそんな時だった。マーガレットの周りの喧騒が、突然シャットアウトされた。さっきまでざわざわと辺りにいる誰かがコソコソと話す声が耳に届いていた。話の内容は分からなくても、その声は雑音として聞こえていた。
けれどそれが突然、忽然と消えた。つけていたテレビをプツリと消した、あの感覚に近い。すると、さっきまでそばに感じていたルイ王子の吐息も、その甘美な香りも、全てが消えた。
思い切って顔を上げるが、瞳は何も捕まえることができない。視線を向ける先は、闇のみ。上も下も右も左も前も後ろも、全てが暗黒の闇の中。自分だけがぽつんとそこにいた。
(……誰も、いないの?)
言葉に出したつもりの声は、声になっていなかったのか、自分の声すら聞こえない。やがては自分の姿すら見えなくなっていく。まるで黒に侵食されていくように。
そして、マーガレットは完全無二の、無の世界の中へと飲み込まれていった——。
凜と通る声が、マーガレットの鼓膜を揺さぶった。
長い間聞くことのなかった、愛おしい声。マーガレットの脳内で反芻していたあの声が呼ぶ、自分の名。
夢の中で何度もルイ王子はマーガレットの名を呼んだ。その声を聞いて振り返ると、夢はいつも暗闇に飲まれて目を覚ます。そんな悪夢のような夢ばかり見る毎日。
(これも、夢なの?)
けれど、マーガレットの脳ははっきりとしていた。脳が、体が、逃げろと言っている。マーガレットはその警鐘に従うように、一歩、また一歩と後ずさる。
「マーガレット、逃げるな」
ルイ王子のその言葉に、聴衆は一斉にルイ王子の視線の先にいるマーガレットへと向けた。矢のように突き刺さる視線。それはまるで、いばらのように。マーガレットを捕まえては、動けなくしようとしているようだった。
そんな視線を振り切って、マーガレットは駆け出した。ルイ王子の視線に比べれば聴衆の視線など比較にもならない。
(どうして……? どうなってるの……?)
大広間の後方扉を押し開けようとした瞬間——。
「逃げるな」
あの甘い香りに包まれて、マーガレットの鼻腔をくすぐる。その香りが、マーガレットを捉えて離さないとでもいうように。
「……なんで」
マーガレットは力なくその場に溶けるようにして、腰を下ろした。
「マーガレット、話がしたい」
(私の方には、ないわ……)
そう言ってやりたいのに、声が喉の奥に突っかかって出てこない。何かが喉の奥を締め付けていた。
「俺はマーガレットの本心が聞きたい」
扉に手をついていたマーガレット。その手は扉を開けることはなく、ヘタリと地面へと落ちた。背後からルイ王子が囁きかける。
「マーガレット、俺は王位を捨てる。王子でない俺のところに来る気はあるか?」
マーガレットは両手で顔を覆いながら、ドレスの裾に隠れるようにして大粒の涙を流した。肩を揺らし、声を押し殺そうにも、それはうまくいかない。
ルイ王子がここまで自分のことを思ってくれていることに喜びと、喜ぶ自分に罪悪感を感じて、それがマーガレットを苦しめていた。
ルイ王子が王位継承権を放棄するなど考えてもみなかったのだ。王子が王子でなくなれば、この結末はどうなる? そもそもリュセットの結婚はどうなる? 素直に喜べない自分の運命を呪いながらも、ルイ王子を押し返す言葉すら発せられない自分を、心の中で叱咤した。
ちょうどそんな時だった。マーガレットの周りの喧騒が、突然シャットアウトされた。さっきまでざわざわと辺りにいる誰かがコソコソと話す声が耳に届いていた。話の内容は分からなくても、その声は雑音として聞こえていた。
けれどそれが突然、忽然と消えた。つけていたテレビをプツリと消した、あの感覚に近い。すると、さっきまでそばに感じていたルイ王子の吐息も、その甘美な香りも、全てが消えた。
思い切って顔を上げるが、瞳は何も捕まえることができない。視線を向ける先は、闇のみ。上も下も右も左も前も後ろも、全てが暗黒の闇の中。自分だけがぽつんとそこにいた。
(……誰も、いないの?)
言葉に出したつもりの声は、声になっていなかったのか、自分の声すら聞こえない。やがては自分の姿すら見えなくなっていく。まるで黒に侵食されていくように。
そして、マーガレットは完全無二の、無の世界の中へと飲み込まれていった——。
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