サンドリヨン 〜 シンデレラの悪役令嬢(意地悪姉役)に転生したので前職を生かしてマッサージを始めました 〜

浪速ゆう

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「それではお母様、お姉様方、今までお世話になりました。行ってまいります」

 リュセットはトランクを持ち、イザベラ達に会釈をした。リュセットはどこか晴れやかな表情を見せながら、馬車に乗り込む。

「式の日程が決まったら連絡をよこすんだよ」
「はい、もちろんですわ!」

 リュセットはイザベラ、マルガリータの顔を見た後、二人の後ろで微笑みながら見つめているマーガレットへと視線を向けた。

「皆様、どうかお風邪など召されませんように」

 馬車は走り出し、リュセットは馬車の中から手を振りながら去っていく。リュセットを乗せた馬車がどんどん小さくなるにつれ、イザベラとマルガリータは早々に家の中へと引き上げるが、マーガレットだけは馬車が見えなくなるまでじっとその後ろ姿を見送った。

(これで、一つ不安な要素は消えた。あとは自分の身を案じるだけね……)


 *


 それから数日が経ち、リュセットがいなくなってからの家は悲惨なものだった。料理を作れる人間も、掃除ができる人間も、買い物ひとつにしても才がない。そのため、食事は出来合いのものを購入し、出費は自ずと嵩み、そして家の中は荒れていく。そんな荒んだ生活の中で、リュセットから一通の招待状が届いた。

「お母様! リュセットから結婚式の招待状が届きましたわ!」

 興奮した様子のマルガリータの声を聞きつけ、イザベラもマーガレットもダイニングへと集まった。

「どれ、見せてごらん」

 封じ蝋には王家の紋章が刻まれている。金色の雅な封筒を開くと、ルイ王子の誕生日と同じような厚紙を使用した招待状と、一枚の手紙が入っていた。

「……どうやら、一ヶ月後に王子とリュセットの結婚式が執り行われるようだね」

 イザベラがその案内状をテーブルの上に置き、リュセットの手紙を読んでそう言った。マーガレットは招待状を手に取った。
 一ヶ月後にリュセットとルイ王子は結婚式を挙げる。

(……リュセット、良かったね。これであなたは幸せになれるんだから)

 マーガレットは招待状の紙を指でなぞりながら、ほんのり微笑んだ。

「一ヶ月後! それではお母様、私達もそれに合わせてドレスを新調致しましょう。親族の私達が汚らしい格好はできませんわ。靴やアクセサリーも必要になりますわね」

 マルガリータは相変わらず絢爛豪華に仕上げようと考えている。主役はあくまでリュセットだと言うのに。

「そんなお金がどこにあるんだい。結婚式のドレスは買うとして、他は買わないよ」
「そんな! それではきっと周りの参列者の笑い者になりますわ!」

 マルガリータとイザベラの会話から離れるようにして、マーガレットは裏口から庭に出た。

「リュセットは元気かしら?」

 どこからともなく聞こえた声。けれどもう驚きもしない。マーガレットは声のする方を見上げることもなく、返事を戻した。

「元気でしょう。というか、それはあなたの方が知ってることだと思うのだけれど?」
「そうね。そうかもしれないわね」

 アリスはプラタナスの木から飛び降り、マーガレットの背後に立つ。そんな彼女に向かって、マーガレットは空を見上げながらこう言った。

「……以前、私がリュセットに結末を話そうとした時に声が出なくなったのは、アリス、あなたの魔法なの?」

 今日はとても天気が良い。少し暑いと感じるほどだ。きっともう、春は終わりを告げようとしているのだろう。

「いいえ、マーガレット。あれはこの世界の理り。世界の秩序があなたの言葉を縛ったのよ」
「やはり、そういうことだったのね……」

 なんとなく察しはついていた。あの日、窓の外に立つアリスを見たとき、アリスから悪意や邪魔立てしようとする様子は感じられなかったのだ。言えなかったのはこの世界がどうなるかの結末のみ。そうなると、それはこの物語自体がマーガレットに答えを言われるのをよく思わなかったのだろうと推測を立てていた。

「マーガレット、あなたはこの世界が好きだと言ったわよね?」
「ええ」
「では、あなたは今、幸せかしら?」
「……ええ、そうね」

 空返事とでも言うのだろうか。マーガレットはどこか心ここに在らずと言った様子で、そう返事を戻した。

「マーガレット~。マーガレット~」

 アリスは歌う。まるで小鳥が口ずさむように。

「物語の宿命はもうすぐ終わる~。あなたの運命はもうすぐやってくる~」
「……どう言う意味?」

 アリスの言う意味がよく理解できず、マーガレットはやっとアリスへと視線を向けた。けれど、アリスの姿はすでにそこにはなかった。

「マーガレット~。マーガレット~。私は祈る~。あなたの幸せと~、あなたの運命を~」

 歌声は、アリスがいなくなった後もずっとマーガレットの脳内に響いていた。
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