サンドリヨン 〜 シンデレラの悪役令嬢(意地悪姉役)に転生したので前職を生かしてマッサージを始めました 〜

浪速ゆう

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本編

消えた言葉 2

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「お姉様……?」

 リュセットの心配そうな声にハッと我に返った。ちょうど窓を背にして立っていたリュセットはアリスの存在に気づいていない様子だ。

「大丈夫。もう、大丈夫よ……」

 そう言って再び窓の外に目を向けるが、そこにはアリスの姿はなかった。元から誰もいなかったかのように、窓の外では木々が風に揺れているだけ。

「先ほど、何を言おうとなさったのでしょうか? この世界の結末とはなんのことでしょう?」
「あ、ああ。ええと……」
「私が何かしなければならないようなことを言っていたようですが」

 マーガレットはそっと喉に触れた。喉の様子を確かめるように触れた後、再び口を開いた。

「アリスは魔法が使えるから……もしかすると未来が見えていたのかもしれないわ。だってリュセットは幸せになると言っていたもの」
「……まぁ! けれど、それがなぜ忠告なのでしょうか?」

 嬉しさ半分といったところだろう。リュセットは一瞬微笑んだが、すぐさま眉根を寄せて首を傾げている。

「わっ、私にはそれが忠告に聞こえたの! だって私の可愛いリュセットが幸せにならない未来など、想像もできないもの。もしならないのならば、私がそういう道に導かなければって!」
「まぁ、マーガレットお姉様。リュセットはそのお気持ちだけで十分幸せですわ」

 苦しい話の運びではあるが、リュセットがマーガレットの言葉を信じている様子にホッとした。

「それで、お姉様はどうして前世の記憶をお持ちなのでしょうか。それも魔法使いのお力なのでしょうか?」
「たぶんだけれど、違うわ」

 マーガレットは以前アリスが言っていた言葉を思い返していた。
 アリスは言った。あなたはだあれ、と。あなたはマーガレットのようで、マーガレットではない、と。それはつまり、アリスですら満里奈がマーガレットに転生したことを知らなかったことになる。

「私は前世で本を読むのが好きで、よく図書館……貸本屋のようなところへ行っていたの。その時突然地震が起きて、私は本の下敷きに。目が覚めたら私はマーガレットとしてここにいたのよ」
「目が覚めたらって……それは物心がついた時、というわけではないのですか?」
「ええ。約二ヶ月前くらいの話よ」
「そんなに最近のことなのですか。もっと昔の話かと……」

 リュセットは思わず口に手を当てて驚いた。

「私は二ヶ月より前の記憶がないの。代わりにあるのが前世の記憶なの」
「そんな……」
「だからね、その前世の記憶が私に言うの。王子様だけはやめろって。理由は詳しく言えないけれど、前世でちょっと色々あって私は王子様と名のつく人が嫌いなの」
「それでルイ王子のことを……?」

 マーガレットはコクン、と一度だけ首を縦に揺らした。
 結末が言えない以上、マーガレットに思いつく理由はこれしかなかった。

「けれど、ルイ王子は——」
「リュセット。何度も言ったように、全ては過去なの。もし本当にルイ王子が私を慕っていたとしても、今はもうそんな気持ちもないはずよ。だから安心してあなたはルイ王子と結婚してちょうだい」
「……」

 ルイ王子がマーガレットを慕っていたとカインが言っていた。それを聞いてしまったリュセット。リュセットの立場からして、そんな王子と結婚をしたいと思うだろうか? ましてやその相手が義姉であるマーガレットだというのに。
 そんな風に考えると正直不安がある。けれど、それでもリュセットはお城から帰宅した時、王子と結婚すると言ったのだ。初めは拒否していたにも関わらず。

(きっとあの王子のことだ。うまいことリュセットに言ってくれたに違いない)

 マーガレットはルイ王子にあれだけ酷いことを言い、酷い仕打ちをした。いくらルイ王子がマーガレットに好意を抱いていたとしても、所詮はただの好意だったのだろう。きっと、本当に愛していたわけではなかったのだと、マーガレットは思っていた。王子ともなるとプライドもある。女性に不自由していない王子が、女性にあんな言い方をされたのだから、と。

「私の意志は変わっていませんわ。王子様と結婚いたします」

 その言葉を聞いて、マーガレットはホッと胸を撫でおろした。手を胸元に当てながら。

「そうと決まれば早く支度をしなければ。馬車を待たせているのでしょう?」
「はい。ですが、持っていくものは特にありませんわ。ここにあるトランクの中のものと、父の写真だけですから」

 そう言ってベッドの下から取り出した古びたトランク。リュセットはその中に大切なものをしまうようにしていたのだ。そしてベッドサイドテーブルに置かれている父親ウィルヘルムの写真だけを持った。

「私は少し友人達に挨拶をしたいので、お姉様は先にお母様達の元へ戻っていてくださいませ」
「そう、わかったわ」

 リュセットの言う友人とは、あのネズミなどの生き物だろうとマーガレットは思い、言われた通り先に部屋を出ることにした。
 扉を開けて廊下に出た、ちょうどその時だった。

「マーガレットお姉様、最後に一つだけ聞かせてくださいませ」

 リュセットは父親の写真立てを抱きしめながら、こう言った。

「お姉様は、ルイ王子のことをお慕いしていらっしゃったのは間違いない、ですわよね……?」

 マーガレットは胸元に手を当てながら、笑って返事を戻した。

「……さぁどうだったかしら? もう忘れてしまったわ」

 そう言って、部屋の扉を閉めた——。
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