サンドリヨン 〜 シンデレラの悪役令嬢(意地悪姉役)に転生したので前職を生かしてマッサージを始めました 〜

浪速ゆう

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本編

消えた言葉 1

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「前世の記憶、ですか?」

 どうやって伝えようか、そんな風に考えながらもマーガレットは、ゆっくりと言葉を紡いでいく。

「前世ではこことは全く別の世界にいたの。別の人種で、別の人間。満里奈という女性だったわ」
「マリナ……」

 発音しにくいのか、リュセットは片言でそう言った。首を傾げている彼女に、マーガレットはゆっくりと縦に首を振ってさらにこう言葉を繋げた。

「堅苦しい爵位もなく、女性も働き、自立する世界。そんな世界で私は満里奈として、マッサージセラピストとして働いていたの」
「それで、マッサージの技術をお持ちなのですね……?」
「ええ。……その、こんなに突拍子のない話、信じてくれるの?」

 真剣な様子で聞いてくれているのはその瞳を見れは分かる。だがそれでも、思わず確認せずにはいられない。もし自分が逆の立場であれば信じられるだろうか。そんな風に考えていたからだ。
 満里奈の頃は本を読むのが好きだった。たくさんの本を読みファンタジーやSFも読んだ。時には本の世界に没頭し、まるで自分がその世界の一部になったような、主人公になったような気分になることはあった。が、それはあくまでも本の中の世界で、現実ではないと理解していた。だからこそ物語の世界にトリップすることができ、突拍子のないい世界を受け入れられた。それが現実に起きるとは想定していないからだ。
 さらにリュセットはマーガレットとは違い、本を読んで育ったわけでもない。となるとこんな話を信じてもらえるのだろうか……そんな風に考えていたーーが。

「もちろんですわ。先ほども言ったように私はマーガレットお姉様のことを信じています」

 リュセットは迷いなく、そう答えた。そのまま夢見るような瞳で視線を移し、どこか遠くを見るような目をした。

「それに私は魔法使いに出会いました。小さな頃は妖精や魔法使いはいるのだと言われて育ちましたが、それも物語の中の話だと思っていたのです。ですが私は実際に出会ったのです」

 そうだった。リュセットは魔法使いに魔法をかけてもらい、あの舞踏会に行ったのだ。そのことを思い出したマーガレットはリュセットが本当に自分が話す話を信じているのだと実感した。

「そうだったわね。リュセットはアリスに会ったんだったわね」
「お姉様もご存知なのですね!」

 リュセットは活き活きとした様子で視線をマーガレットへと戻す。そんな様子からリュセットがアリスに対して好印象なのがうかがえる。かたやマーガレットからすれば、逆の印象だった。この世界のことについて釘を刺されるからだ。

「アリスは、私に忠告をしてくれたわ」
「忠告、ですか? 一体どのような忠告だったのでしょうか?」

 コテン、と首を傾げる様子が愛らしい。けれどマーガレットは微笑むこともなく、胸を抑えてこう言った。

「この世界の結末を変えてはならない、と」
「この世界の結末……?」

 ゆっくりと首を縦に振り、リュセットの目を見つめながら、再び口を開いた。

「この世界は……で、リュセットは……しなければならないのよ」
「お姉様? 喉の調子でも悪いのでしょうか。途中途中、声が聞こえませんわ」

 マーガレットは思わず喉を抑えた。ヒュッという音を出して、喉が途中で締まるような感覚に襲われたのだ。

「だから……でリュセットは……」

(……どうして?)

「お姉様大丈夫ですか? お水をお持ちしましょうか」

 リュセットが立ち上がろうとしたが、そんなリュセットの腕を掴んで彼女を引き止めた。もう一方の手は喉を抑えながら。

「この世界は……」

 まるで食道を紐でキュッと結ばれるよなそんな感覚に、眉間に皺が入る。

 ——この世界は童話の物語の世界で、リュセットは必ず王子様と結婚しなければならない。

 そう言いたいのに、言おうとすると声が搾り取られるように発せれなくなるのだ。自分の喉の調子を確認している、そんな時だった。
 マーガレットは窓の外に誰かがいることに気がつき、視線をそちらに向けるとーーそこにはあの、プラタナスの妖精、アリスの姿があった。

(……アリス)

 アリスは窓の外で口元に人差し指をそっと添えた。そんな口がこう告げた。

 ——結末を、言ってはいけない。この物語が終わるまでは。

(これは、アリスの魔法……? でも待って、私に魔法はかけれないとか言ってなかった ? あれは嘘だったの? それとも——?)
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