86 / 114
本編
密談
しおりを挟む
(この時のために)
リュセットの笑顔には曇りや迷いがない。だとすればそれは、リュセットの本心であり、望みだ。
(何度も練習した。何度も何度も、鏡の前で)
顎を引き、少し胸を張る。
(何度も何度も、このシーンをシュミレーションした。何度も何度も、このシーンを想像した。何度も何度も……)
小さく息を吸ってから、口元を綻ばせた。
(だから大丈夫。私は、ちゃんとリュセットを祝福できる)
「おめでとう、リュセット」
笑え、と強く念じるわけでもなく。口角を無理やり引きつるわけでもなく。マーガレットの笑顔は、心からの祝福そのものだった。
「ありがとうございます。マーガレットお姉様」
リュセットはマーガレットに向き合って、喜びをその笑みに乗せていた。
「おめでとう、灰かぶ……ではなく、リュセット。あんたはきっとそういう判断すると思ってたよ。王子様と結婚したくない令嬢などこの世にいないもの」
マルガリータが必死に取り繕う祝いの言葉を述べた。明らかにごま擦りが始まっている。その後に続いたのは、イザベラだ。
「荷物を取りに来たのだろう? 荷造り手伝っておやりなさい」
「大丈夫ですわ。持っていくものはさほどありませんもの」
イザベラが珍しくリュセットに微笑んでいる。さらに彼女の手を取るというおまけ付きだ。
「私が手伝うわ、リュセット。帰ってきたら話をする約束でしょう?」
マルガリータはどこか悔しそうな顔で、マーガレットを見ている。きっと出し抜かれたとでも思っているのだろう。そんなマルガリータのことなど視野にも入れず、マーガレットはリュセットへと歩み寄った。
するとリュセットもマーガレットからの言葉を受け取り、首を縦に振った。
「では、マーガレットお姉様にお願いいたしますわ」
リュセットとマーガレットはそのまま部屋へと足を向けた。廊下を抜けてリュセットの部屋に着いた時、マーガレットは背後を確認してから部屋に入った。イザベラとマルガリータが聞き耳立ててついて来ていないかと思ってのことだった。
部屋の中に足を踏み入れ、扉を閉めた時、リュセットがこう言葉を口にした。
「マーガレットお姉様はこれでいいのでしょうか?」
「なんの話?」
「私が王子様と結婚しても、という話ですわ」
リュセットはマーガレットを見据えている。その眼差しに、どこか強いものを感じた。
リュセットは何かを知っている。リュセットはマーガレットとルイ王子のことを知っている。……そんな風に思えて、思わず固唾を飲んだ。
「教えてくださいませ、お姉様。私はマーガレットお姉様が考えていらっしゃることが知りたいのです」
「……なんの話かさっぱりわからないのだけれど?」
「私は聞いてしまいました。お昼にお姉様がカイン様と話していた内容を」
「……!」
リュセットは揺らぐことがなく、瞳を真っ直ぐマーガレットへと向けている。それを受けて揺らいだのはマーガレットの方だった。
「お姉様がお慕いしていらっしゃった方、マッサージをしていた方は本当はカイン様ではなく、ルイ王子だったのでしょう?」
ジリジリと詰め寄られている。いつも可愛らしいリュセットが、これほど強い圧を感じたことは今までなかっただろう。背もマーガレットよりも低いというのに、今だけはリュセットの方が高いようにも見えていた。
「マーガレットお姉様、安心してください。私はマーガレットお姉様がどういう事情をお持ちなのかはわかりませんが、お姉様の意見を聞いても王子様との結婚は取り消すつもりはありません」
マーガレットの手を取り、リュセットは奥歯を噛み締めているマーガレットの顔を覗き込んだ。
「私はルイ王子にお会いして来ました。とてもお優しいお方です。私のこの服を見たとき、一瞬ですが、とても切ないお顔をされていらっしゃいましたわ」
(そうだった。このリュセットの服は、私がルイ王子にマッサージをするため一度借りたもの。同じものを着ているとなると、きっと頭の切れるルイ王子が私の存在に気づかないわけがない……)
はぁ、とため息をついた後、マーガレットは髪をかき上げながらリュセットのベッドに座った。
「リュセット、まだ時間は大丈夫かしら? 少し話が長くなるのだけれど、いい?」
「はい、大丈夫ですわ。念のため戻りが遅くなることも伝えておいたので」
リュセットはマーガレットの隣に腰を下ろし、口元に笑みを乗せた。
「信じがたい話だとは思うけれど、信じれる範囲で聞いてね」
信じてもらえるかもわからない。けれど多くのことを知ってしまったリュセットに、これ以上言い逃れはできないと悟ったマーガレットは、腹をくくって全てを打ち明ける覚悟を決めた。
「大丈夫ですわ。私はマーガレットお姉様を信じていますから」
その言葉を聞いて、マーガレットも困ったように微笑んだ。本当に真っ直ぐなシンデレラの瞳がとても純粋だったから。
「けれど約束よ。何を聞いても、私がなんと言っても、結婚を破棄するなんてことは言わないで。それが条件よ」
「わかりましたわ。それについては安心してくださいませ。私はもう王子様との結婚を辞退などするつもりは毛頭にないのですから」
マーガレットはリュセットの顔を真っ直ぐに見つめ、言葉の真偽を確かめた。そして、大きく息を吹いこみ、吐き出したと同時に、マーガレットは語り始めた——。
リュセットの笑顔には曇りや迷いがない。だとすればそれは、リュセットの本心であり、望みだ。
(何度も練習した。何度も何度も、鏡の前で)
顎を引き、少し胸を張る。
(何度も何度も、このシーンをシュミレーションした。何度も何度も、このシーンを想像した。何度も何度も……)
小さく息を吸ってから、口元を綻ばせた。
(だから大丈夫。私は、ちゃんとリュセットを祝福できる)
「おめでとう、リュセット」
笑え、と強く念じるわけでもなく。口角を無理やり引きつるわけでもなく。マーガレットの笑顔は、心からの祝福そのものだった。
「ありがとうございます。マーガレットお姉様」
リュセットはマーガレットに向き合って、喜びをその笑みに乗せていた。
「おめでとう、灰かぶ……ではなく、リュセット。あんたはきっとそういう判断すると思ってたよ。王子様と結婚したくない令嬢などこの世にいないもの」
マルガリータが必死に取り繕う祝いの言葉を述べた。明らかにごま擦りが始まっている。その後に続いたのは、イザベラだ。
「荷物を取りに来たのだろう? 荷造り手伝っておやりなさい」
「大丈夫ですわ。持っていくものはさほどありませんもの」
イザベラが珍しくリュセットに微笑んでいる。さらに彼女の手を取るというおまけ付きだ。
「私が手伝うわ、リュセット。帰ってきたら話をする約束でしょう?」
マルガリータはどこか悔しそうな顔で、マーガレットを見ている。きっと出し抜かれたとでも思っているのだろう。そんなマルガリータのことなど視野にも入れず、マーガレットはリュセットへと歩み寄った。
するとリュセットもマーガレットからの言葉を受け取り、首を縦に振った。
「では、マーガレットお姉様にお願いいたしますわ」
リュセットとマーガレットはそのまま部屋へと足を向けた。廊下を抜けてリュセットの部屋に着いた時、マーガレットは背後を確認してから部屋に入った。イザベラとマルガリータが聞き耳立ててついて来ていないかと思ってのことだった。
部屋の中に足を踏み入れ、扉を閉めた時、リュセットがこう言葉を口にした。
「マーガレットお姉様はこれでいいのでしょうか?」
「なんの話?」
「私が王子様と結婚しても、という話ですわ」
リュセットはマーガレットを見据えている。その眼差しに、どこか強いものを感じた。
リュセットは何かを知っている。リュセットはマーガレットとルイ王子のことを知っている。……そんな風に思えて、思わず固唾を飲んだ。
「教えてくださいませ、お姉様。私はマーガレットお姉様が考えていらっしゃることが知りたいのです」
「……なんの話かさっぱりわからないのだけれど?」
「私は聞いてしまいました。お昼にお姉様がカイン様と話していた内容を」
「……!」
リュセットは揺らぐことがなく、瞳を真っ直ぐマーガレットへと向けている。それを受けて揺らいだのはマーガレットの方だった。
「お姉様がお慕いしていらっしゃった方、マッサージをしていた方は本当はカイン様ではなく、ルイ王子だったのでしょう?」
ジリジリと詰め寄られている。いつも可愛らしいリュセットが、これほど強い圧を感じたことは今までなかっただろう。背もマーガレットよりも低いというのに、今だけはリュセットの方が高いようにも見えていた。
「マーガレットお姉様、安心してください。私はマーガレットお姉様がどういう事情をお持ちなのかはわかりませんが、お姉様の意見を聞いても王子様との結婚は取り消すつもりはありません」
マーガレットの手を取り、リュセットは奥歯を噛み締めているマーガレットの顔を覗き込んだ。
「私はルイ王子にお会いして来ました。とてもお優しいお方です。私のこの服を見たとき、一瞬ですが、とても切ないお顔をされていらっしゃいましたわ」
(そうだった。このリュセットの服は、私がルイ王子にマッサージをするため一度借りたもの。同じものを着ているとなると、きっと頭の切れるルイ王子が私の存在に気づかないわけがない……)
はぁ、とため息をついた後、マーガレットは髪をかき上げながらリュセットのベッドに座った。
「リュセット、まだ時間は大丈夫かしら? 少し話が長くなるのだけれど、いい?」
「はい、大丈夫ですわ。念のため戻りが遅くなることも伝えておいたので」
リュセットはマーガレットの隣に腰を下ろし、口元に笑みを乗せた。
「信じがたい話だとは思うけれど、信じれる範囲で聞いてね」
信じてもらえるかもわからない。けれど多くのことを知ってしまったリュセットに、これ以上言い逃れはできないと悟ったマーガレットは、腹をくくって全てを打ち明ける覚悟を決めた。
「大丈夫ですわ。私はマーガレットお姉様を信じていますから」
その言葉を聞いて、マーガレットも困ったように微笑んだ。本当に真っ直ぐなシンデレラの瞳がとても純粋だったから。
「けれど約束よ。何を聞いても、私がなんと言っても、結婚を破棄するなんてことは言わないで。それが条件よ」
「わかりましたわ。それについては安心してくださいませ。私はもう王子様との結婚を辞退などするつもりは毛頭にないのですから」
マーガレットはリュセットの顔を真っ直ぐに見つめ、言葉の真偽を確かめた。そして、大きく息を吹いこみ、吐き出したと同時に、マーガレットは語り始めた——。
0
お気に入りに追加
95
あなたにおすすめの小説

小説主人公の悪役令嬢の姉に転生しました
みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
第一王子と妹が並んでいる姿を見て前世を思い出したリリーナ。
ここは小説の世界だ。
乙女ゲームの悪役令嬢が主役で、悪役にならず幸せを掴む、そんな内容の話で私はその主人公の姉。しかもゲーム内で妹が悪役令嬢になってしまう原因の1つが姉である私だったはず。
とはいえ私は所謂モブ。
この世界のルールから逸脱しないように無難に生きていこうと決意するも、なぜか第一王子に執着されている。
そういえば、元々姉の婚約者を奪っていたとか設定されていたような…?
悪役令嬢はモブ化した
F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。
しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す!
領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。
「……なんなのこれは。意味がわからないわ」
乙女ゲームのシナリオはこわい。
*注*誰にも前世の記憶はありません。
ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。
性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。
作者の趣味100%でダンジョンが出ました。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

王女、豹妃を狩る
遠野エン
ファンタジー
ベルハイム王国の王子マルセスは身分の差を超えて農家の娘ガルナと結婚を決意。王家からは驚きと反対の声が上がるが、マルセスはガルナの自由闊達な魅力に惹かれ押し切る。彼女は結婚式で大胆不敵な豹柄のドレスをまとい、周囲をあ然とさせる。
ガルナは王子の妻としての地位を得ると、侍女や家臣たちを手の平で転がすかのように振る舞い始める。王宮に新しい風を吹かせると豪語し、次第に無茶な要求をし出すようになる。
マルセスの妹・フュリア王女はガルナの存在に潜む危険を察知し、独自に調査を開始する。ガルナは常に豹柄の服を身にまとい人々の視線を引きつけ、畏怖の念を込めて“豹妃”というあだ名で囁かれるのだった。

悪役令嬢に転生したら手遅れだったけど悪くない
おこめ
恋愛
アイリーン・バルケスは断罪の場で記憶を取り戻した。
どうせならもっと早く思い出せたら良かったのに!
あれ、でも意外と悪くないかも!
断罪され婚約破棄された令嬢のその後の日常。
※うりぼう名義の「悪役令嬢婚約破棄諸々」に掲載していたものと同じものです。

悪役令嬢に転生したので、剣を執って戦い抜く
秋鷺 照
ファンタジー
断罪イベント(?)のあった夜、シャルロッテは前世の記憶を取り戻し、自分が乙女ゲームの悪役令嬢だと知った。
ゲームシナリオは絶賛進行中。自分の死まで残り約1か月。
シャルロッテは1つの結論を出す。それすなわち、「私が強くなれば良い」。
目指すのは、誰も死なないハッピーエンド。そのために、剣を執って戦い抜く。
※なろうにも投稿しています
転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜
みおな
恋愛
私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。
しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。
冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!
わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?
それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?
逃げて、追われて、捕まって
あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。
この世界で王妃として生きてきた記憶。
過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。
人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。
だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。
2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ
2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。
**********お知らせ***********
2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。
それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。
ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる