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本編
靴の片割れ 2
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(お金さえあれば誰でもいい。たとえそこに愛などなくとも……相手が例え浮気性でも。お金があればそれで幸せ……そんなの、幸せなわけないじゃん)
枕に顔を埋めて、大きなため息をついた。
その時だった。部屋の扉をノックする音が聞こえて、マーガレットは顔を上げた。
「はい」
「リュセットですわ、マーガレットお姉様」
その言葉に、マーガレットはベッドから飛び起きて、扉へ向かった。
「リュセット、丁度いいところに来てくれたわ。私もあとでリュセットのところへ行こうと思っていたの」
「そうでしたか。ご用はなんでしょう?」
「先にリュセットの要件を聞くわ。どうかしたの?」
マーガレットはリュセットの手を引いて部屋に招き入れ、そのまま扉を閉めた。
「いえ、お姉様は大丈夫かと思いまして……」
リュセットのこの言葉は、ダイニングでのやり取りのことを指して言っているのだと安易に想像がついた。
「ええ、大丈夫よ。お母様達と言い争うなどいつものことでしょう?」
マーガレットは微笑みながら、心配気な表情をしたリュセットに安心させようとそう言った。けれど、どうやらリュセットの言っている“大丈夫”とは別のことを指していたらしい。
「それもそうなのですが……その、昨夜お城でお会いした際にまた、泣いていらっしゃったようですし。昨夜は話したくなさそうでしたので、あれ以上聞かなかったのですが、心配で……」
リュセットの言葉にマーガレットは、満面の笑みを見せた。
「大丈夫よ。あれは言ったでしょう、ただ目にゴミが入ってしまっただけだと。暗がりで全然取れなくて、大変だったの」
そう言ってマーガレットはリュセットの肩を抱いた。
けれどリュセットの顔は曇ったまま、まだ晴れない。そんなリュセットの顔を覗き込んでいると、リュセットの薄くて淡いピンク色をした唇がこう言った。
「それに、カイン様との事も……」
「リュセット、それはもういいの。全部終わった事だから。後悔もないし、何もないわ。本当よ? だからリュセット私のことは気にしないで?」
マーガレットはお日様のように笑顔を振りまく。その様子を見て、心配した様子だったリュセットの顔にも笑顔が溢れた。
「わかりましたわ、マーガレットお姉様」
マーガレットはあれから笑顔を作る練習はたくさんしていた。笑っていればきっと、心は晴れると信じて。
「ところでマーガレットお姉様の用とはなんでしょうか?」
「それなんだけど……」
クローゼットの中に隠していたあのガラスの靴の片割れを、リュセットに見せた。
「実は、片方を落としてしまったの」
「片方だけ? 一体どちらに?」
「あのお城の中でよ。帰る時に片方が無い事に気がついたのだけど、気づいた時にはもう家に帰ってきた後だったの……」
マーガレットはリュセットに怒られる覚悟でそう言った。もしかしたら嫌われるかもしれない……そこまで覚悟の上だった。
けれどリュセットは怒る事もマーガレットに幻滅する様子もなく、マーガレットが差し出した片方の靴を受け取った。
「いただいたものなのでとても残念ですが、仕方がないですわね。いただいた方にはお詫びをしておくので大丈夫ですわ」
「……怒ってないの?」
「ええ、怒っていません」
そんな風に言って微笑むリュセットの笑顔には嘘偽りは見受けられない。このガラスの靴はアリスから貰ったものに間違いはなく、人から貰ったものだからこそ、リュセットの性格からすれば怒りはしなくとも悲しむのではないかと考えていたマーガレットにとって、この反応は意外だった。
「もちろん靴がないのは残念ですが、片方あれば私はあの舞踏会の日々を思い出すことができます」
ガラスの靴を胸に抱き、リュセットは夢見る様子で瞳をきらめかせた。
「初めてのお城での舞踏会。綺麗なドレスに、たくさんの貴族の方々。そんな中で私は王子様とダンスをしたのです。きっともう一生味わうことのない出来事ですから、この靴も履く機会はもうないと。だから気になさらないでください」
ガラスの靴は、ちゃんとリュセットの元へと戻ってくる。それを知っているマーガレットは、夢見るように話すリュセットに向けて微笑みをこぼした。
「その、ルイ王子とは昨夜もダンスを踊ったの?」
マーガレットは胸元に手を当てて、リュセットが宝石のように輝く瞳を向けてこう言うのを、静かに待った。
「はい」
美しく咲き誇る花のように、リュセットは頬を赤らめて笑っている。そんな彼女の様子を見て、マーガレットも笑った。同時に、胸元に当てていた手をだらりと地面へと下ろしながら。
「ねぇリュセット」
「はい?」
「……ううん、なんでもないわ」
——もしルイ王子にプロポーズされたら、リュセットはどうする?
そんな質問を吐き出しそうになったが、それは愚問だと思い、寸前のところで言うのをやめた。代わりに微笑みだけをその顔に貼り付けて、これから先、近い未来に起こることを想像しながらも、マーガレットは笑い続けていた。
枕に顔を埋めて、大きなため息をついた。
その時だった。部屋の扉をノックする音が聞こえて、マーガレットは顔を上げた。
「はい」
「リュセットですわ、マーガレットお姉様」
その言葉に、マーガレットはベッドから飛び起きて、扉へ向かった。
「リュセット、丁度いいところに来てくれたわ。私もあとでリュセットのところへ行こうと思っていたの」
「そうでしたか。ご用はなんでしょう?」
「先にリュセットの要件を聞くわ。どうかしたの?」
マーガレットはリュセットの手を引いて部屋に招き入れ、そのまま扉を閉めた。
「いえ、お姉様は大丈夫かと思いまして……」
リュセットのこの言葉は、ダイニングでのやり取りのことを指して言っているのだと安易に想像がついた。
「ええ、大丈夫よ。お母様達と言い争うなどいつものことでしょう?」
マーガレットは微笑みながら、心配気な表情をしたリュセットに安心させようとそう言った。けれど、どうやらリュセットの言っている“大丈夫”とは別のことを指していたらしい。
「それもそうなのですが……その、昨夜お城でお会いした際にまた、泣いていらっしゃったようですし。昨夜は話したくなさそうでしたので、あれ以上聞かなかったのですが、心配で……」
リュセットの言葉にマーガレットは、満面の笑みを見せた。
「大丈夫よ。あれは言ったでしょう、ただ目にゴミが入ってしまっただけだと。暗がりで全然取れなくて、大変だったの」
そう言ってマーガレットはリュセットの肩を抱いた。
けれどリュセットの顔は曇ったまま、まだ晴れない。そんなリュセットの顔を覗き込んでいると、リュセットの薄くて淡いピンク色をした唇がこう言った。
「それに、カイン様との事も……」
「リュセット、それはもういいの。全部終わった事だから。後悔もないし、何もないわ。本当よ? だからリュセット私のことは気にしないで?」
マーガレットはお日様のように笑顔を振りまく。その様子を見て、心配した様子だったリュセットの顔にも笑顔が溢れた。
「わかりましたわ、マーガレットお姉様」
マーガレットはあれから笑顔を作る練習はたくさんしていた。笑っていればきっと、心は晴れると信じて。
「ところでマーガレットお姉様の用とはなんでしょうか?」
「それなんだけど……」
クローゼットの中に隠していたあのガラスの靴の片割れを、リュセットに見せた。
「実は、片方を落としてしまったの」
「片方だけ? 一体どちらに?」
「あのお城の中でよ。帰る時に片方が無い事に気がついたのだけど、気づいた時にはもう家に帰ってきた後だったの……」
マーガレットはリュセットに怒られる覚悟でそう言った。もしかしたら嫌われるかもしれない……そこまで覚悟の上だった。
けれどリュセットは怒る事もマーガレットに幻滅する様子もなく、マーガレットが差し出した片方の靴を受け取った。
「いただいたものなのでとても残念ですが、仕方がないですわね。いただいた方にはお詫びをしておくので大丈夫ですわ」
「……怒ってないの?」
「ええ、怒っていません」
そんな風に言って微笑むリュセットの笑顔には嘘偽りは見受けられない。このガラスの靴はアリスから貰ったものに間違いはなく、人から貰ったものだからこそ、リュセットの性格からすれば怒りはしなくとも悲しむのではないかと考えていたマーガレットにとって、この反応は意外だった。
「もちろん靴がないのは残念ですが、片方あれば私はあの舞踏会の日々を思い出すことができます」
ガラスの靴を胸に抱き、リュセットは夢見る様子で瞳をきらめかせた。
「初めてのお城での舞踏会。綺麗なドレスに、たくさんの貴族の方々。そんな中で私は王子様とダンスをしたのです。きっともう一生味わうことのない出来事ですから、この靴も履く機会はもうないと。だから気になさらないでください」
ガラスの靴は、ちゃんとリュセットの元へと戻ってくる。それを知っているマーガレットは、夢見るように話すリュセットに向けて微笑みをこぼした。
「その、ルイ王子とは昨夜もダンスを踊ったの?」
マーガレットは胸元に手を当てて、リュセットが宝石のように輝く瞳を向けてこう言うのを、静かに待った。
「はい」
美しく咲き誇る花のように、リュセットは頬を赤らめて笑っている。そんな彼女の様子を見て、マーガレットも笑った。同時に、胸元に当てていた手をだらりと地面へと下ろしながら。
「ねぇリュセット」
「はい?」
「……ううん、なんでもないわ」
——もしルイ王子にプロポーズされたら、リュセットはどうする?
そんな質問を吐き出しそうになったが、それは愚問だと思い、寸前のところで言うのをやめた。代わりに微笑みだけをその顔に貼り付けて、これから先、近い未来に起こることを想像しながらも、マーガレットは笑い続けていた。
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