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本編
家路
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「お帰りなさいませ」
マーガレット達が家路に着くと、出迎えてくれたのはリュセットだった。どこか息が上がり、頬が火照っているのが気になるところだが、マルガリータもイザベラも、舞踏会の余韻に浸っていたせいでそのことには気づかなかった。
「今日の舞踏会はいかがでしたか?」
弾けんばかりの華やいだ表情でそう言うリュセットの顔が直視できず、マーガレットは彼女の隣を通過して自室へと向かった。
「お母様、お姉様、それにリュセット。私は体調が優れませんので先に部屋で休みますわ。おやすみなさい……」
まるで通夜のような声でそう言うマーガレットはリュセットとは真逆だ。むしろ本来であれば、家に取り残されていたはずのリュセットがそうであるべき反応だ。
「まぁマーガレットお姉様、大丈夫ですか?」
リュセットが心配してマーガレットの腕に触れようとしたが、それを拒否するかのようにマーガレットは避けた。振り向きもせず、歩む足も止めず。
「大丈夫よ。ありがとう」
いつもんと違う様子に余計心配な気持ちになるが、リュセットはキッチンに戻りお湯を沸かしに行った。いつも帰ってくるとイザベラは紅茶を飲むからだ。
「ああ、もう少しでルイ王子は私をダンスに誘おうとされていたのに……! あのどこの馬の骨ともわからない令嬢に持っていかれてしまいましたわ!」
マルガリータは悔しさを滲ませながら、ダイニングのテーブルに腰を下ろし、履いていたヒールを脱ぎ捨て、着ていたペチコートと共に床へと脱ぎ捨てた。
「マルガリータ、脱ぎ散らかすなどだらしがないよ。せっかく買ったばかりのものを大事になさい。明日もこれを着て行くんだからね。そういうところが社交の場でも出るんだよ」
「灰かぶり、これらを私の部屋に運んでおいてちょうだい。ちゃんとコートはハンガーにかけるんだよ」
マルガリータは面倒くさそうにリュセットを呼びつけて、これらを片付けるように命令した。ちょうど紅茶のポットを持ってダイニングに現れたリュセットは、嫌な顔など一つ見せず、微笑みながらそれを了承した。一旦ティーセットをテーブルに置いてからそれを拾い上げ、マルガリータの部屋へと持って行った。まるで使用人のように。
「しかし唯一ルイ王子と踊ったあの娘、どこのご令嬢だろうねぇ? 全く見覚えもなければ、シャーメイン夫人でさえご存知ではなかったのは不思議だね。あの方は社交界では顔が広い方だから」
「きっと最近出てきたどこかの成り上がりの令嬢ではございませんの。もしくは片田舎の令嬢かもしれませんわ。ああ、どちらにしても腹立たしい!」
リュセットがダイニングに戻ってきたちょうどその時、そんな二人の会話が聞こえて、思わず笑ってしまった。するとマルガリータはその様子を見逃さず、不快な気持ちを押し隠そうともせず噛み付いた。
「灰かぶり、あなたは一体何がおかしいというの!」
リュセットはしまったと思い、顔を引き締めた。明らかにマルガリータ達の会話はリュセットのことだ。内容は自分の悪口に対するものだが、そこは気にならず、ただ自分の存在に二人が気づいていないことに驚き、愉快な気持ちになっていた。
「い、いえ。それよりそのご令嬢はどのような方だったのでしょうか?」
「ふん、知らないよ。ルイ王子とダンスを終えた後、楽しそうに広間内の食事に遠慮なく食べて。まるで家畜の豚じゃあるまいし。やはりお母様、あの者は由緒正しいお家柄の出ではないのですわ」
話している間に、確信したとばかりにマルガリータそう言い切った。
「挙句頼んでもいない私にオレンジやらフルーツなど差し出してきて……まるで私がお腹をすかせていたかのように振舞って、忌々しいわ」
「そんな……!」
リュセットは思わず弁解しそうになった口を、寸前のところで止め、ポットに入っている紅茶を二人の空いたカップに注ぎいれた。
「きっと、おすそ分けしようと思ったのではないでしょうか。それほど美味しいフルーツでした……いえ、だったのかもしれませんわ」
「ふん、頼んでないね」
マルガリータはティーカップを掴み、一口それを飲んでその会話を終わらせた。
「まぁそれよりもマルガリータ。男性は王子だけではないからね、明日はどこかの公爵様を捕まえるんだよ」
「わかっていますわ、お母様」
マルガリータは再び紅茶を飲んだ後、思い出したようにくくっと笑いを噛み締めた。
「しかしマーガレットときたら……あの子はきっと、あのカインとかいう騎士とうまくいかなかったようですわね」
「えっ、それはどういう……?」
そう聞いたのはリュセットだった。マルガリータのティーカップに紅茶を注ぎなおしていた手が空中でピタリと止まった。
「あの子ずっと様子がおかしかったからね。帰るときも泣きはらしたような顔をしていたし……」
先ほどまでは憤慨していたマルガリータが、今では心底楽しいと言いたげに笑っている。
「多分あのドレスが原因なのかと思うのですが、お母様もマーガレットのドレスを売るなんて人の悪い」
「ああでもしないと、向こうの気持ちがもっと盛り上がってしまったらどうする気だい。まぁ、そんなことくらいで上手くいかなくなる程度の間柄でよかったけどね」
リュセットは思わずマーガレットの部屋の方角に目を向けた。
「さぁ、ひとまず明日も舞踏会があるんだからマルガリータはさっさと寝なさい。サンドリヨン、あんたも今日と同じで二人の準備を手伝うんだから寝坊するんじゃないよ」
「灰かぶりは舞踏会に行けないものね。お城の中はとても煌びやかでまるで夢の中のような建物だったよ。見れなくて可哀想な灰かぶり」
マルガリータは嫌味を込めてそう言った。クックと笑いながら歪んだ口元を扇で隠しながら。
「そうですわね。けれど私は想像するだけで十分ですわ」
「ふん、強がっちゃって」
反応が今ひとつだったせいか、マルガリータは鼻息荒く席を立った。リュセットはまだ、数時間前のお城の出来事で頭がいっぱいだった。夢のような時間に酔いしれるように、鼻歌を歌いながらマルガリータが残したティーカップをキッチンへと下げて行った。
マーガレット達が家路に着くと、出迎えてくれたのはリュセットだった。どこか息が上がり、頬が火照っているのが気になるところだが、マルガリータもイザベラも、舞踏会の余韻に浸っていたせいでそのことには気づかなかった。
「今日の舞踏会はいかがでしたか?」
弾けんばかりの華やいだ表情でそう言うリュセットの顔が直視できず、マーガレットは彼女の隣を通過して自室へと向かった。
「お母様、お姉様、それにリュセット。私は体調が優れませんので先に部屋で休みますわ。おやすみなさい……」
まるで通夜のような声でそう言うマーガレットはリュセットとは真逆だ。むしろ本来であれば、家に取り残されていたはずのリュセットがそうであるべき反応だ。
「まぁマーガレットお姉様、大丈夫ですか?」
リュセットが心配してマーガレットの腕に触れようとしたが、それを拒否するかのようにマーガレットは避けた。振り向きもせず、歩む足も止めず。
「大丈夫よ。ありがとう」
いつもんと違う様子に余計心配な気持ちになるが、リュセットはキッチンに戻りお湯を沸かしに行った。いつも帰ってくるとイザベラは紅茶を飲むからだ。
「ああ、もう少しでルイ王子は私をダンスに誘おうとされていたのに……! あのどこの馬の骨ともわからない令嬢に持っていかれてしまいましたわ!」
マルガリータは悔しさを滲ませながら、ダイニングのテーブルに腰を下ろし、履いていたヒールを脱ぎ捨て、着ていたペチコートと共に床へと脱ぎ捨てた。
「マルガリータ、脱ぎ散らかすなどだらしがないよ。せっかく買ったばかりのものを大事になさい。明日もこれを着て行くんだからね。そういうところが社交の場でも出るんだよ」
「灰かぶり、これらを私の部屋に運んでおいてちょうだい。ちゃんとコートはハンガーにかけるんだよ」
マルガリータは面倒くさそうにリュセットを呼びつけて、これらを片付けるように命令した。ちょうど紅茶のポットを持ってダイニングに現れたリュセットは、嫌な顔など一つ見せず、微笑みながらそれを了承した。一旦ティーセットをテーブルに置いてからそれを拾い上げ、マルガリータの部屋へと持って行った。まるで使用人のように。
「しかし唯一ルイ王子と踊ったあの娘、どこのご令嬢だろうねぇ? 全く見覚えもなければ、シャーメイン夫人でさえご存知ではなかったのは不思議だね。あの方は社交界では顔が広い方だから」
「きっと最近出てきたどこかの成り上がりの令嬢ではございませんの。もしくは片田舎の令嬢かもしれませんわ。ああ、どちらにしても腹立たしい!」
リュセットがダイニングに戻ってきたちょうどその時、そんな二人の会話が聞こえて、思わず笑ってしまった。するとマルガリータはその様子を見逃さず、不快な気持ちを押し隠そうともせず噛み付いた。
「灰かぶり、あなたは一体何がおかしいというの!」
リュセットはしまったと思い、顔を引き締めた。明らかにマルガリータ達の会話はリュセットのことだ。内容は自分の悪口に対するものだが、そこは気にならず、ただ自分の存在に二人が気づいていないことに驚き、愉快な気持ちになっていた。
「い、いえ。それよりそのご令嬢はどのような方だったのでしょうか?」
「ふん、知らないよ。ルイ王子とダンスを終えた後、楽しそうに広間内の食事に遠慮なく食べて。まるで家畜の豚じゃあるまいし。やはりお母様、あの者は由緒正しいお家柄の出ではないのですわ」
話している間に、確信したとばかりにマルガリータそう言い切った。
「挙句頼んでもいない私にオレンジやらフルーツなど差し出してきて……まるで私がお腹をすかせていたかのように振舞って、忌々しいわ」
「そんな……!」
リュセットは思わず弁解しそうになった口を、寸前のところで止め、ポットに入っている紅茶を二人の空いたカップに注ぎいれた。
「きっと、おすそ分けしようと思ったのではないでしょうか。それほど美味しいフルーツでした……いえ、だったのかもしれませんわ」
「ふん、頼んでないね」
マルガリータはティーカップを掴み、一口それを飲んでその会話を終わらせた。
「まぁそれよりもマルガリータ。男性は王子だけではないからね、明日はどこかの公爵様を捕まえるんだよ」
「わかっていますわ、お母様」
マルガリータは再び紅茶を飲んだ後、思い出したようにくくっと笑いを噛み締めた。
「しかしマーガレットときたら……あの子はきっと、あのカインとかいう騎士とうまくいかなかったようですわね」
「えっ、それはどういう……?」
そう聞いたのはリュセットだった。マルガリータのティーカップに紅茶を注ぎなおしていた手が空中でピタリと止まった。
「あの子ずっと様子がおかしかったからね。帰るときも泣きはらしたような顔をしていたし……」
先ほどまでは憤慨していたマルガリータが、今では心底楽しいと言いたげに笑っている。
「多分あのドレスが原因なのかと思うのですが、お母様もマーガレットのドレスを売るなんて人の悪い」
「ああでもしないと、向こうの気持ちがもっと盛り上がってしまったらどうする気だい。まぁ、そんなことくらいで上手くいかなくなる程度の間柄でよかったけどね」
リュセットは思わずマーガレットの部屋の方角に目を向けた。
「さぁ、ひとまず明日も舞踏会があるんだからマルガリータはさっさと寝なさい。サンドリヨン、あんたも今日と同じで二人の準備を手伝うんだから寝坊するんじゃないよ」
「灰かぶりは舞踏会に行けないものね。お城の中はとても煌びやかでまるで夢の中のような建物だったよ。見れなくて可哀想な灰かぶり」
マルガリータは嫌味を込めてそう言った。クックと笑いながら歪んだ口元を扇で隠しながら。
「そうですわね。けれど私は想像するだけで十分ですわ」
「ふん、強がっちゃって」
反応が今ひとつだったせいか、マルガリータは鼻息荒く席を立った。リュセットはまだ、数時間前のお城の出来事で頭がいっぱいだった。夢のような時間に酔いしれるように、鼻歌を歌いながらマルガリータが残したティーカップをキッチンへと下げて行った。
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