サンドリヨン 〜 シンデレラの悪役令嬢(意地悪姉役)に転生したので前職を生かしてマッサージを始めました 〜

浪速ゆう

文字の大きさ
上 下
67 / 114
本編

家路

しおりを挟む
「お帰りなさいませ」

 マーガレット達が家路に着くと、出迎えてくれたのはリュセットだった。どこか息が上がり、頬が火照っているのが気になるところだが、マルガリータもイザベラも、舞踏会の余韻に浸っていたせいでそのことには気づかなかった。

「今日の舞踏会はいかがでしたか?」

 弾けんばかりの華やいだ表情でそう言うリュセットの顔が直視できず、マーガレットは彼女の隣を通過して自室へと向かった。

「お母様、お姉様、それにリュセット。私は体調が優れませんので先に部屋で休みますわ。おやすみなさい……」

 まるで通夜のような声でそう言うマーガレットはリュセットとは真逆だ。むしろ本来であれば、家に取り残されていたはずのリュセットがそうであるべき反応だ。

「まぁマーガレットお姉様、大丈夫ですか?」

 リュセットが心配してマーガレットの腕に触れようとしたが、それを拒否するかのようにマーガレットは避けた。振り向きもせず、歩む足も止めず。

「大丈夫よ。ありがとう」

 いつもんと違う様子に余計心配な気持ちになるが、リュセットはキッチンに戻りお湯を沸かしに行った。いつも帰ってくるとイザベラは紅茶を飲むからだ。

「ああ、もう少しでルイ王子は私をダンスに誘おうとされていたのに……! あのどこの馬の骨ともわからない令嬢に持っていかれてしまいましたわ!」

 マルガリータは悔しさを滲ませながら、ダイニングのテーブルに腰を下ろし、履いていたヒールを脱ぎ捨て、着ていたペチコートと共に床へと脱ぎ捨てた。

「マルガリータ、脱ぎ散らかすなどだらしがないよ。せっかく買ったばかりのものを大事になさい。明日もこれを着て行くんだからね。そういうところが社交の場でも出るんだよ」
「灰かぶり、これらを私の部屋に運んでおいてちょうだい。ちゃんとコートはハンガーにかけるんだよ」

 マルガリータは面倒くさそうにリュセットを呼びつけて、これらを片付けるように命令した。ちょうど紅茶のポットを持ってダイニングに現れたリュセットは、嫌な顔など一つ見せず、微笑みながらそれを了承した。一旦ティーセットをテーブルに置いてからそれを拾い上げ、マルガリータの部屋へと持って行った。まるで使用人のように。

「しかし唯一ルイ王子と踊ったあの娘、どこのご令嬢だろうねぇ? 全く見覚えもなければ、シャーメイン夫人でさえご存知ではなかったのは不思議だね。あの方は社交界では顔が広い方だから」
「きっと最近出てきたどこかの成り上がりの令嬢ではございませんの。もしくは片田舎の令嬢かもしれませんわ。ああ、どちらにしても腹立たしい!」

 リュセットがダイニングに戻ってきたちょうどその時、そんな二人の会話が聞こえて、思わず笑ってしまった。するとマルガリータはその様子を見逃さず、不快な気持ちを押し隠そうともせず噛み付いた。

「灰かぶり、あなたは一体何がおかしいというの!」

 リュセットはしまったと思い、顔を引き締めた。明らかにマルガリータ達の会話はリュセットのことだ。内容は自分の悪口に対するものだが、そこは気にならず、ただ自分の存在に二人が気づいていないことに驚き、愉快な気持ちになっていた。

「い、いえ。それよりそのご令嬢はどのような方だったのでしょうか?」
「ふん、知らないよ。ルイ王子とダンスを終えた後、楽しそうに広間内の食事に遠慮なく食べて。まるで家畜の豚じゃあるまいし。やはりお母様、あの者は由緒正しいお家柄の出ではないのですわ」

 話している間に、確信したとばかりにマルガリータそう言い切った。

「挙句頼んでもいない私にオレンジやらフルーツなど差し出してきて……まるで私がお腹をすかせていたかのように振舞って、忌々しいわ」
「そんな……!」

 リュセットは思わず弁解しそうになった口を、寸前のところで止め、ポットに入っている紅茶を二人の空いたカップに注ぎいれた。

「きっと、おすそ分けしようと思ったのではないでしょうか。それほど美味しいフルーツでした……いえ、だったのかもしれませんわ」
「ふん、頼んでないね」

 マルガリータはティーカップを掴み、一口それを飲んでその会話を終わらせた。

「まぁそれよりもマルガリータ。男性は王子だけではないからね、明日はどこかの公爵様を捕まえるんだよ」
「わかっていますわ、お母様」

 マルガリータは再び紅茶を飲んだ後、思い出したようにくくっと笑いを噛み締めた。

「しかしマーガレットときたら……あの子はきっと、あのカインとかいう騎士とうまくいかなかったようですわね」
「えっ、それはどういう……?」

 そう聞いたのはリュセットだった。マルガリータのティーカップに紅茶を注ぎなおしていた手が空中でピタリと止まった。

「あの子ずっと様子がおかしかったからね。帰るときも泣きはらしたような顔をしていたし……」

 先ほどまでは憤慨していたマルガリータが、今では心底楽しいと言いたげに笑っている。

「多分あのドレスが原因なのかと思うのですが、お母様もマーガレットのドレスを売るなんて人の悪い」
「ああでもしないと、向こうの気持ちがもっと盛り上がってしまったらどうする気だい。まぁ、そんなことくらいで上手くいかなくなる程度の間柄でよかったけどね」

 リュセットは思わずマーガレットの部屋の方角に目を向けた。

「さぁ、ひとまず明日も舞踏会があるんだからマルガリータはさっさと寝なさい。サンドリヨン、あんたも今日と同じで二人の準備を手伝うんだから寝坊するんじゃないよ」
「灰かぶりは舞踏会に行けないものね。お城の中はとても煌びやかでまるで夢の中のような建物だったよ。見れなくて可哀想な灰かぶり」

 マルガリータは嫌味を込めてそう言った。クックと笑いながら歪んだ口元を扇で隠しながら。

「そうですわね。けれど私は想像するだけで十分ですわ」
「ふん、強がっちゃって」

 反応が今ひとつだったせいか、マルガリータは鼻息荒く席を立った。リュセットはまだ、数時間前のお城の出来事で頭がいっぱいだった。夢のような時間に酔いしれるように、鼻歌を歌いながらマルガリータが残したティーカップをキッチンへと下げて行った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小説主人公の悪役令嬢の姉に転生しました

みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
第一王子と妹が並んでいる姿を見て前世を思い出したリリーナ。 ここは小説の世界だ。 乙女ゲームの悪役令嬢が主役で、悪役にならず幸せを掴む、そんな内容の話で私はその主人公の姉。しかもゲーム内で妹が悪役令嬢になってしまう原因の1つが姉である私だったはず。 とはいえ私は所謂モブ。 この世界のルールから逸脱しないように無難に生きていこうと決意するも、なぜか第一王子に執着されている。 そういえば、元々姉の婚約者を奪っていたとか設定されていたような…?

悪役令嬢、第四王子と結婚します!

水魔沙希
恋愛
私・フローディア・フランソワーズには前世の記憶があります。定番の乙女ゲームの悪役転生というものです。私に残された道はただ一つ。破滅フラグを立てない事!それには、手っ取り早く同じく悪役キャラになってしまう第四王子を何とかして、私の手中にして、シナリオブレイクします! 小説家になろう様にも、書き起こしております。

悪役令嬢に転生したら手遅れだったけど悪くない

おこめ
恋愛
アイリーン・バルケスは断罪の場で記憶を取り戻した。 どうせならもっと早く思い出せたら良かったのに! あれ、でも意外と悪くないかも! 断罪され婚約破棄された令嬢のその後の日常。 ※うりぼう名義の「悪役令嬢婚約破棄諸々」に掲載していたものと同じものです。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う

ひなクラゲ
ファンタジー
 ここは乙女ゲームの世界  悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…  主人公と王子の幸せそうな笑顔で…  でも転生者であるモブは思う  きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…

悪役令嬢はモブ化した

F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。 しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す! 領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。 「……なんなのこれは。意味がわからないわ」 乙女ゲームのシナリオはこわい。 *注*誰にも前世の記憶はありません。 ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。 性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。 作者の趣味100%でダンジョンが出ました。

処理中です...