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本編
本物のヒロイン
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マーガレットはゆっくりと瞼を閉じた。ルイ王子がカインなわけがない。これは何かの間違いだ。これは夢だ。再び目を開けた先にはきっと自分が知らない顔をした王子が立っているはずだ——そんな風に願いながら、マーガレットは再び目を開けた。
——けれどマーガレットの視界に映る王子の姿は、マーガレットのよく知る人物。カインの姿だった。
(……どうしてこんなことに……? 私は、カインは王子じゃないと知っていたからこそ……)
カインがルイ王子なのだとすれば話は別だ。ルイ王子はシンデレラであるリュセットと幸せになるのだ。運命はそう決まっている。
マーガレットは回避できないバッドエンディングへの入り口に立たされている気分だった。
(……けれどもし、ルイ王子がリュセットを好きにならず私のことを好きになってくれたら……?)
一歩一歩と近づくルイ王子を見つめながら、マーガレットはそんな考えがふと脳裏をよぎる。そしてそれはどんどん膨らんで、希望の光のようにも思えてきていた。
(そうよ……リュセットだってルイ王子のことを気にいるとは限らない。それならば……)
その時だった。バタン! と勢いよく開け放たれた扉の音がシンと静まり返ったこの大広間の空気を割いた。静まり返っていた大広間には、扉の開く音でさえ十分なほど響き渡る。
音に導かれるように、誰もが開け放たれた扉へと視線を向けた。もちろん、マーガレットも漏れることなく顔を向けた。するとその扉の先に立っている人物をみて、思わずマーガレットの息は止まった。
絢爛たる出で立ちで大広間にいる全員を一瞬で虜にしたのは、壮麗な淡いブルーのドレスに身を包み、豊かな黄金色の髪を結い上げた姿の令嬢ーーリュセットだった。
「……っ!」
再びこみ上げてくる嘔吐感に、マーガレットはこぼした嗚咽を、口元に当てていたハンカチで必死に押さえつけた。
けれど誰もそんなマーガレットの姿など気にする者はいない。この広間の中で間違いなく主役と化しているのは王でも王子でもなく、入り口に立つあの可憐で美麗なシンデレラだった。
「なんと、美しい……」
誰かがそう言った。それが誰かは分からない。けれどそのつぶやきが引き金となり、この広間にいる人々が口々に声をあげていく。
「美しい方ですわね……けれどどこのご令嬢かしら? 社交界でお見かけしない顔ですわ」
「なんとも……あのような可憐な女性は今まで見たことがない」
「一度ダンスの手合わせをお願いしたい」
マーガレットにはざわつく会場に耳を貸すことも、ましてやその喧騒も、どこか遠くで起きてるような感覚で聞こえていた。リュセットをじっと見つめていたマーガレットだったが、ハッと我に返ったように今度はルイ王子へと視線を戻した。
さっきまで一心に受けていたあの優しい視線は……いつのまにかリュセットへと向けられていた。
大きく目を見開き、驚いたような顔で。
「マーガレット? どうかしたの?」
そばにいたマルガリータが、マーガレットの様子がおかしいことに気がついた。それもそのはず、マーガレットは腰が砕けたように、その場にへたり込んでいたからだ。
「……い、いえ、少しめまいがしたので……」
口がうまく回らない。わなわなと震える唇。そして手足。全てがマーガレットの思い通りにはならない。
それはこの結末も、自分の未来も。
「お姉様、教えてくださいませ……今ルイ王子はどうされていらっしゃいますか……?」
立ち上がる気力もなく、そばに立つマルガリータにそのことを確認する。するとーー。
「ルイ王子は今からあの令嬢とダンスを踊られるみたいだわ……」
マルガリータは面白くなさそうに爪を噛みながらはるか向こうの景色に向けて睨みつけている。そこに立つ人物、リュセットとルイ王子に向けているのは間違いない。
「しかしあの令嬢……どこかで見たことがある気がするわね? どこで会ったのかしら?」
粧し込まれたリュセットの姿にマルガリータですら、まさかあれが自分の家でボロボロの衣装を身にまとい灰にま見れているリュセットだとは気づいていない様子。
けれどマーガレットにはそんなことなどどうでも良かった。
「……お姉様、少し手を貸していただけますか。どうやら私はこの舞踏会の空気に飲まれてしまったようです」
マルガリータは面倒くさそうな顔を向けたかと思ったが、マーガレットに手を貸した。その手を取って、マーガレットは壁伝いにゆっくりと立ち上がった。
視界がクリアになり人混みの中から広間の中心へと視線を向けると、そこにはリュセットの手を取っているルイ王子の姿だった。
「私、気分が優れませんので、先に馬車でお母様達の帰りをお待ちしておりますわ」
この広間にはいくつか出口がある。全てはこのメインイベントのために閉じられ、開け放たれたのはあのリュセットが入ってきた扉だけだった。
マーガレットの立つ場所の近くにも出口はあり、そこから外へと抜け出した。扉を出ると入り口に立つ使用人に声をかけられたが、それに応じる気力もなく、ただ扇で顔を隠しながら力なく歩き出した。
人気のない通りに出た時、扇で必死に隠していた涙をハンカチで拭いながら、両手に顔を埋めて泣いた。
ルイ王子と知らずに出会い、彼に惹かれ口づけを交わした、つい数時間前のことを思い出して……。
「……うっ」
嗚咽を必死に殺しながら、マーガレットは口元を何度も何度も拭った。そうやってあの記憶とルイ王子の感触を消し去ろうとでもするように——。
——けれどマーガレットの視界に映る王子の姿は、マーガレットのよく知る人物。カインの姿だった。
(……どうしてこんなことに……? 私は、カインは王子じゃないと知っていたからこそ……)
カインがルイ王子なのだとすれば話は別だ。ルイ王子はシンデレラであるリュセットと幸せになるのだ。運命はそう決まっている。
マーガレットは回避できないバッドエンディングへの入り口に立たされている気分だった。
(……けれどもし、ルイ王子がリュセットを好きにならず私のことを好きになってくれたら……?)
一歩一歩と近づくルイ王子を見つめながら、マーガレットはそんな考えがふと脳裏をよぎる。そしてそれはどんどん膨らんで、希望の光のようにも思えてきていた。
(そうよ……リュセットだってルイ王子のことを気にいるとは限らない。それならば……)
その時だった。バタン! と勢いよく開け放たれた扉の音がシンと静まり返ったこの大広間の空気を割いた。静まり返っていた大広間には、扉の開く音でさえ十分なほど響き渡る。
音に導かれるように、誰もが開け放たれた扉へと視線を向けた。もちろん、マーガレットも漏れることなく顔を向けた。するとその扉の先に立っている人物をみて、思わずマーガレットの息は止まった。
絢爛たる出で立ちで大広間にいる全員を一瞬で虜にしたのは、壮麗な淡いブルーのドレスに身を包み、豊かな黄金色の髪を結い上げた姿の令嬢ーーリュセットだった。
「……っ!」
再びこみ上げてくる嘔吐感に、マーガレットはこぼした嗚咽を、口元に当てていたハンカチで必死に押さえつけた。
けれど誰もそんなマーガレットの姿など気にする者はいない。この広間の中で間違いなく主役と化しているのは王でも王子でもなく、入り口に立つあの可憐で美麗なシンデレラだった。
「なんと、美しい……」
誰かがそう言った。それが誰かは分からない。けれどそのつぶやきが引き金となり、この広間にいる人々が口々に声をあげていく。
「美しい方ですわね……けれどどこのご令嬢かしら? 社交界でお見かけしない顔ですわ」
「なんとも……あのような可憐な女性は今まで見たことがない」
「一度ダンスの手合わせをお願いしたい」
マーガレットにはざわつく会場に耳を貸すことも、ましてやその喧騒も、どこか遠くで起きてるような感覚で聞こえていた。リュセットをじっと見つめていたマーガレットだったが、ハッと我に返ったように今度はルイ王子へと視線を戻した。
さっきまで一心に受けていたあの優しい視線は……いつのまにかリュセットへと向けられていた。
大きく目を見開き、驚いたような顔で。
「マーガレット? どうかしたの?」
そばにいたマルガリータが、マーガレットの様子がおかしいことに気がついた。それもそのはず、マーガレットは腰が砕けたように、その場にへたり込んでいたからだ。
「……い、いえ、少しめまいがしたので……」
口がうまく回らない。わなわなと震える唇。そして手足。全てがマーガレットの思い通りにはならない。
それはこの結末も、自分の未来も。
「お姉様、教えてくださいませ……今ルイ王子はどうされていらっしゃいますか……?」
立ち上がる気力もなく、そばに立つマルガリータにそのことを確認する。するとーー。
「ルイ王子は今からあの令嬢とダンスを踊られるみたいだわ……」
マルガリータは面白くなさそうに爪を噛みながらはるか向こうの景色に向けて睨みつけている。そこに立つ人物、リュセットとルイ王子に向けているのは間違いない。
「しかしあの令嬢……どこかで見たことがある気がするわね? どこで会ったのかしら?」
粧し込まれたリュセットの姿にマルガリータですら、まさかあれが自分の家でボロボロの衣装を身にまとい灰にま見れているリュセットだとは気づいていない様子。
けれどマーガレットにはそんなことなどどうでも良かった。
「……お姉様、少し手を貸していただけますか。どうやら私はこの舞踏会の空気に飲まれてしまったようです」
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視界がクリアになり人混みの中から広間の中心へと視線を向けると、そこにはリュセットの手を取っているルイ王子の姿だった。
「私、気分が優れませんので、先に馬車でお母様達の帰りをお待ちしておりますわ」
この広間にはいくつか出口がある。全てはこのメインイベントのために閉じられ、開け放たれたのはあのリュセットが入ってきた扉だけだった。
マーガレットの立つ場所の近くにも出口はあり、そこから外へと抜け出した。扉を出ると入り口に立つ使用人に声をかけられたが、それに応じる気力もなく、ただ扇で顔を隠しながら力なく歩き出した。
人気のない通りに出た時、扇で必死に隠していた涙をハンカチで拭いながら、両手に顔を埋めて泣いた。
ルイ王子と知らずに出会い、彼に惹かれ口づけを交わした、つい数時間前のことを思い出して……。
「……うっ」
嗚咽を必死に殺しながら、マーガレットは口元を何度も何度も拭った。そうやってあの記憶とルイ王子の感触を消し去ろうとでもするように——。
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