64 / 114
本編
大広間 2
しおりを挟む
久しぶりに袖を通す豪華なドレス。腰の締まりもスカートの膨らみも、駆けると足にまとわりつく長い裾の煩わしさも、全てが懐かしいものだった。
もうほとんどの人が城の中に入っているせいか、建物の入り口は人の気配がない。唯一立っている数人の警備兵と招待状を確認しようとする使用人のみだった。
リュセットがその建物の入り口に立つと、使用人も警備兵も目を見開いてリュセットを見つめている。その光景は先ほどの門番をしていた警備兵と同じものだった。なんとも居心地の悪い光景に、リュセットはひとまず招待状を差し出した。
「あの、招待状をお持ちしました」
不審者だと思われているのかと一瞬どきりとしたリュセットだが、使用人はすぐさまハッと我に返りそれを受け取った。招待状の内容も確認しようとはせず、それを掴んで口どもりながら扉を開けた。
「し、失礼いたしました。どうぞお入りくださいませ」
「ありがとうございます」
使用人の様子に訝しげに思いながらも、リュセットは足を踏み入れた。そしてすぐに振り返り、使用人に再度声をかけようとすると、使用人も警備兵も皆がじっとこちらを見ていた。
「あ、あの……?」
振り返るとは思っていなかったのか、警備兵はすぐさま入り口から立ち退き、知らないふりを決め込んでいる。
「何かお困りですか?」
その言葉は使用人の言葉ではなく、背後からだった。
声に導かれるように振り返ると、ちょうど正面玄関を入ってすぐにある階段から颯爽と現れた男性。風貌からして貴族だ。年齢はリュセットとさほど変わらないように見える。
「いえ、化粧室へ行きたいと思いまして」
「それでしたら、女性用は左手奥にありますよ」
男性が指し示す方向に目を向けて、再び視線を上げる。微笑みながら階段の上からリュセットを見下ろすその男性は、どこか人懐っこさを感じた。
「ありがとうございます」
リュセットが丁寧に会釈をすると、その男性はさらにこう言った。
「早く化粧室へ行った方がいいかもしれません。今中ではメインイベントであるダンスが始まるみたいですよ」
「まぁ、そうなのですね」
リュセットは再びトイレへと視線を向ける。そんなメインイベントがあるのであれば、トイレは後回し……そうしたいところだが、鏡を見て自分の姿を確認してからの方がいい気がした。さっきから皆がリュセットの顔を見て変な反応をしているからだ。
「あの、私の顔に何かついていますでしょうか……?」
勇気を出してそう聞くと、男性は首を傾げた。サラサラの金色の髪が、男が首を傾げたせいで背後で結んでいた髪が肩に乗った。
「いいえ、何もついておりませんよ」
「そうですか……ではドレスがどこか汚れているとか……」
リュセットは独り言のようにそう呟き、その様子に男はさらに首を傾げた。
「いいえ。なぜそんなに神経質に思われているのですか?」
「先ほどから皆様に変な顔で見られているような気がしているので……」
リュセットはスカートの裾を持ち上げて、背後を見やる。さっき走った時に泥が跳ねたのかもしれないと思ったのだ。だけどそんなリュセットの様子に、階段上のあの男性ははははっと声をあげて笑った。
端正な顔が大きな口を開けて笑っている。美しい人はたとえ表情を崩して笑っても美しいものなのだと、その時リュセットは思った。
「それはきっと、あなたがとてもお美しいからでしょう」
「えっ」
「皆がその優雅なドレスと、優美なあなたを見て惚けていたのだと思いますよ」
普段そんなことを言われ慣れていないリュセットは、頬が赤らんでいくのを感じていた。そんな風に言ってくれたのはリュセットの人生で父親のウィルヘルムだけだったのだ。少し照れた後、この男性がただのリップサービスでそう言ってくれているのだと気付き、再び会釈を返した。
「素敵なお褒めの言葉、ありがとうございます。身に余るお言葉ですわ」
「その様子だと、信じていらっしゃらないですね?」
男性は階段を一歩一歩降り、リュセットの前までやってきた。
「そろそろメインイベントが始まった頃でしょうか」
「そうなのですね。申し訳ございません、私が引き留めてしまいましたわね」
男性はリュセットの手を取り、エスコートするように歩き出した。
「構いません。私は別に出るつもりはありませんので」
「そうなのですか? それはもったいない」
リュセットの言葉に男性はふふっと笑った後、再びこう話し出す。
「あなたにとっては良いことがきっと待っているでしょう。なに、少し遅れて登場する方が返って目立っていいのですよ」
男がなにを言っているのか分からず、ただ首を傾げているリュセットにこの男は再び微笑んだ。
「こちらの話です。さぁこの扉を開ければ大広間ですよ。それでは楽しんで……」
男は扉を勢いよく開けて、リュセットを扉の前へと押し出した。
すると周りの目は一瞬でリュセットに注がれている。と、同時に、その美しさに固唾を飲んでいるのが目に見える。一瞬空気が張るような、静けさが広間の中に広がっていた。
それと同時に、リュセットの美貌がそばにいる男の存在をくすませ、それに乗じて男は身を隠すように扉の影に隠れた。
「言ったでしょう? 少し遅れてど登場する方がいいんです。そうすればあの堅物もあなたに目が行かずにはいられない」
誰に言うわけでもなくそう呟いて、リュセットが広間の中に足を踏み入れたのをそばで確認していた。
「まぁ、あなたの美しさならそんな必要もなかったかもしれませんが……」
その言葉を最後に、男はその場を立ち去った——。
もうほとんどの人が城の中に入っているせいか、建物の入り口は人の気配がない。唯一立っている数人の警備兵と招待状を確認しようとする使用人のみだった。
リュセットがその建物の入り口に立つと、使用人も警備兵も目を見開いてリュセットを見つめている。その光景は先ほどの門番をしていた警備兵と同じものだった。なんとも居心地の悪い光景に、リュセットはひとまず招待状を差し出した。
「あの、招待状をお持ちしました」
不審者だと思われているのかと一瞬どきりとしたリュセットだが、使用人はすぐさまハッと我に返りそれを受け取った。招待状の内容も確認しようとはせず、それを掴んで口どもりながら扉を開けた。
「し、失礼いたしました。どうぞお入りくださいませ」
「ありがとうございます」
使用人の様子に訝しげに思いながらも、リュセットは足を踏み入れた。そしてすぐに振り返り、使用人に再度声をかけようとすると、使用人も警備兵も皆がじっとこちらを見ていた。
「あ、あの……?」
振り返るとは思っていなかったのか、警備兵はすぐさま入り口から立ち退き、知らないふりを決め込んでいる。
「何かお困りですか?」
その言葉は使用人の言葉ではなく、背後からだった。
声に導かれるように振り返ると、ちょうど正面玄関を入ってすぐにある階段から颯爽と現れた男性。風貌からして貴族だ。年齢はリュセットとさほど変わらないように見える。
「いえ、化粧室へ行きたいと思いまして」
「それでしたら、女性用は左手奥にありますよ」
男性が指し示す方向に目を向けて、再び視線を上げる。微笑みながら階段の上からリュセットを見下ろすその男性は、どこか人懐っこさを感じた。
「ありがとうございます」
リュセットが丁寧に会釈をすると、その男性はさらにこう言った。
「早く化粧室へ行った方がいいかもしれません。今中ではメインイベントであるダンスが始まるみたいですよ」
「まぁ、そうなのですね」
リュセットは再びトイレへと視線を向ける。そんなメインイベントがあるのであれば、トイレは後回し……そうしたいところだが、鏡を見て自分の姿を確認してからの方がいい気がした。さっきから皆がリュセットの顔を見て変な反応をしているからだ。
「あの、私の顔に何かついていますでしょうか……?」
勇気を出してそう聞くと、男性は首を傾げた。サラサラの金色の髪が、男が首を傾げたせいで背後で結んでいた髪が肩に乗った。
「いいえ、何もついておりませんよ」
「そうですか……ではドレスがどこか汚れているとか……」
リュセットは独り言のようにそう呟き、その様子に男はさらに首を傾げた。
「いいえ。なぜそんなに神経質に思われているのですか?」
「先ほどから皆様に変な顔で見られているような気がしているので……」
リュセットはスカートの裾を持ち上げて、背後を見やる。さっき走った時に泥が跳ねたのかもしれないと思ったのだ。だけどそんなリュセットの様子に、階段上のあの男性ははははっと声をあげて笑った。
端正な顔が大きな口を開けて笑っている。美しい人はたとえ表情を崩して笑っても美しいものなのだと、その時リュセットは思った。
「それはきっと、あなたがとてもお美しいからでしょう」
「えっ」
「皆がその優雅なドレスと、優美なあなたを見て惚けていたのだと思いますよ」
普段そんなことを言われ慣れていないリュセットは、頬が赤らんでいくのを感じていた。そんな風に言ってくれたのはリュセットの人生で父親のウィルヘルムだけだったのだ。少し照れた後、この男性がただのリップサービスでそう言ってくれているのだと気付き、再び会釈を返した。
「素敵なお褒めの言葉、ありがとうございます。身に余るお言葉ですわ」
「その様子だと、信じていらっしゃらないですね?」
男性は階段を一歩一歩降り、リュセットの前までやってきた。
「そろそろメインイベントが始まった頃でしょうか」
「そうなのですね。申し訳ございません、私が引き留めてしまいましたわね」
男性はリュセットの手を取り、エスコートするように歩き出した。
「構いません。私は別に出るつもりはありませんので」
「そうなのですか? それはもったいない」
リュセットの言葉に男性はふふっと笑った後、再びこう話し出す。
「あなたにとっては良いことがきっと待っているでしょう。なに、少し遅れて登場する方が返って目立っていいのですよ」
男がなにを言っているのか分からず、ただ首を傾げているリュセットにこの男は再び微笑んだ。
「こちらの話です。さぁこの扉を開ければ大広間ですよ。それでは楽しんで……」
男は扉を勢いよく開けて、リュセットを扉の前へと押し出した。
すると周りの目は一瞬でリュセットに注がれている。と、同時に、その美しさに固唾を飲んでいるのが目に見える。一瞬空気が張るような、静けさが広間の中に広がっていた。
それと同時に、リュセットの美貌がそばにいる男の存在をくすませ、それに乗じて男は身を隠すように扉の影に隠れた。
「言ったでしょう? 少し遅れてど登場する方がいいんです。そうすればあの堅物もあなたに目が行かずにはいられない」
誰に言うわけでもなくそう呟いて、リュセットが広間の中に足を踏み入れたのをそばで確認していた。
「まぁ、あなたの美しさならそんな必要もなかったかもしれませんが……」
その言葉を最後に、男はその場を立ち去った——。
0
お気に入りに追加
95
あなたにおすすめの小説

小説主人公の悪役令嬢の姉に転生しました
みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
第一王子と妹が並んでいる姿を見て前世を思い出したリリーナ。
ここは小説の世界だ。
乙女ゲームの悪役令嬢が主役で、悪役にならず幸せを掴む、そんな内容の話で私はその主人公の姉。しかもゲーム内で妹が悪役令嬢になってしまう原因の1つが姉である私だったはず。
とはいえ私は所謂モブ。
この世界のルールから逸脱しないように無難に生きていこうと決意するも、なぜか第一王子に執着されている。
そういえば、元々姉の婚約者を奪っていたとか設定されていたような…?
悪役令嬢はモブ化した
F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。
しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す!
領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。
「……なんなのこれは。意味がわからないわ」
乙女ゲームのシナリオはこわい。
*注*誰にも前世の記憶はありません。
ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。
性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。
作者の趣味100%でダンジョンが出ました。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

悪役令嬢に転生したら手遅れだったけど悪くない
おこめ
恋愛
アイリーン・バルケスは断罪の場で記憶を取り戻した。
どうせならもっと早く思い出せたら良かったのに!
あれ、でも意外と悪くないかも!
断罪され婚約破棄された令嬢のその後の日常。
※うりぼう名義の「悪役令嬢婚約破棄諸々」に掲載していたものと同じものです。

ブラックギルドマスターへ、社畜以下の道具として扱ってくれてあざーす!お陰で転職した俺は初日にSランクハンターに成り上がりました!
仁徳
ファンタジー
あらすじ
リュシアン・プライムはブラックハンターギルドの一員だった。
彼はギルドマスターやギルド仲間から、常人ではこなせない量の依頼を押し付けられていたが、夜遅くまで働くことで全ての依頼を一日で終わらせていた。
ある日、リュシアンは仲間の罠に嵌められ、依頼を終わらせることができなかった。その一度の失敗をきっかけに、ギルドマスターから無能ハンターの烙印を押され、クビになる。
途方に暮れていると、モンスターに襲われている女性を彼は見つけてしまう。
ハンターとして襲われている人を見過ごせないリュシアンは、モンスターから女性を守った。
彼は助けた女性が、隣町にあるハンターギルドのギルドマスターであることを知る。
リュシアンの才能に目をつけたギルドマスターは、彼をスカウトした。
一方ブラックギルドでは、リュシアンがいないことで依頼達成の効率が悪くなり、依頼は溜まっていく一方だった。ついにブラックギルドは町の住民たちからのクレームなどが殺到して町民たちから見放されることになる。
そんな彼らに反してリュシアンは新しい職場、新しい仲間と出会い、ブッラックギルドの経験を活かして最速でギルドランキング一位を獲得し、ギルドマスターや町の住民たちから一目置かれるようになった。
これはブラックな環境で働いていた主人公が一人の女性を助けたことがきっかけで人生が一変し、ホワイトなギルド環境で最強、無双、ときどきスローライフをしていく物語!

悪役令嬢に転生したので、剣を執って戦い抜く
秋鷺 照
ファンタジー
断罪イベント(?)のあった夜、シャルロッテは前世の記憶を取り戻し、自分が乙女ゲームの悪役令嬢だと知った。
ゲームシナリオは絶賛進行中。自分の死まで残り約1か月。
シャルロッテは1つの結論を出す。それすなわち、「私が強くなれば良い」。
目指すのは、誰も死なないハッピーエンド。そのために、剣を執って戦い抜く。
※なろうにも投稿しています
転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜
みおな
恋愛
私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。
しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。
冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!
わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?
それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?
逃げて、追われて、捕まって
あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。
この世界で王妃として生きてきた記憶。
過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。
人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。
だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。
2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ
2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。
**********お知らせ***********
2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。
それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。
ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる