サンドリヨン 〜 シンデレラの悪役令嬢(意地悪姉役)に転生したので前職を生かしてマッサージを始めました 〜

浪速ゆう

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本編

大広間 2

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 久しぶりに袖を通す豪華なドレス。腰の締まりもスカートの膨らみも、駆けると足にまとわりつく長い裾の煩わしさも、全てが懐かしいものだった。
 もうほとんどの人が城の中に入っているせいか、建物の入り口は人の気配がない。唯一立っている数人の警備兵と招待状を確認しようとする使用人のみだった。
 リュセットがその建物の入り口に立つと、使用人も警備兵も目を見開いてリュセットを見つめている。その光景は先ほどの門番をしていた警備兵と同じものだった。なんとも居心地の悪い光景に、リュセットはひとまず招待状を差し出した。

「あの、招待状をお持ちしました」

 不審者だと思われているのかと一瞬どきりとしたリュセットだが、使用人はすぐさまハッと我に返りそれを受け取った。招待状の内容も確認しようとはせず、それを掴んで口どもりながら扉を開けた。

「し、失礼いたしました。どうぞお入りくださいませ」
「ありがとうございます」

 使用人バトラーの様子に訝しげに思いながらも、リュセットは足を踏み入れた。そしてすぐに振り返り、使用人に再度声をかけようとすると、使用人も警備兵も皆がじっとこちらを見ていた。

「あ、あの……?」

 振り返るとは思っていなかったのか、警備兵はすぐさま入り口から立ち退き、知らないふりを決め込んでいる。

「何かお困りですか?」

 その言葉は使用人の言葉ではなく、背後からだった。
 声に導かれるように振り返ると、ちょうど正面玄関を入ってすぐにある階段から颯爽と現れた男性。風貌からして貴族だ。年齢はリュセットとさほど変わらないように見える。

「いえ、化粧室へ行きたいと思いまして」
「それでしたら、女性用は左手奥にありますよ」

 男性が指し示す方向に目を向けて、再び視線を上げる。微笑みながら階段の上からリュセットを見下ろすその男性は、どこか人懐っこさを感じた。

「ありがとうございます」

 リュセットが丁寧に会釈をすると、その男性はさらにこう言った。

「早く化粧室へ行った方がいいかもしれません。今中ではメインイベントであるダンスが始まるみたいですよ」
「まぁ、そうなのですね」

 リュセットは再びトイレへと視線を向ける。そんなメインイベントがあるのであれば、トイレは後回し……そうしたいところだが、鏡を見て自分の姿を確認してからの方がいい気がした。さっきから皆がリュセットの顔を見て変な反応をしているからだ。

「あの、私の顔に何かついていますでしょうか……?」

 勇気を出してそう聞くと、男性は首を傾げた。サラサラの金色の髪が、男が首を傾げたせいで背後で結んでいた髪が肩に乗った。

「いいえ、何もついておりませんよ」
「そうですか……ではドレスがどこか汚れているとか……」

 リュセットは独り言のようにそう呟き、その様子に男はさらに首を傾げた。

「いいえ。なぜそんなに神経質に思われているのですか?」
「先ほどから皆様に変な顔で見られているような気がしているので……」

 リュセットはスカートの裾を持ち上げて、背後を見やる。さっき走った時に泥が跳ねたのかもしれないと思ったのだ。だけどそんなリュセットの様子に、階段上のあの男性ははははっと声をあげて笑った。
 端正な顔が大きな口を開けて笑っている。美しい人はたとえ表情を崩して笑っても美しいものなのだと、その時リュセットは思った。

「それはきっと、あなたがとてもお美しいからでしょう」
「えっ」
「皆がその優雅なドレスと、優美なあなたを見て惚けていたのだと思いますよ」

 普段そんなことを言われ慣れていないリュセットは、頬が赤らんでいくのを感じていた。そんな風に言ってくれたのはリュセットの人生で父親のウィルヘルムだけだったのだ。少し照れた後、この男性がただのリップサービスでそう言ってくれているのだと気付き、再び会釈を返した。

「素敵なお褒めの言葉、ありがとうございます。身に余るお言葉ですわ」
「その様子だと、信じていらっしゃらないですね?」

 男性は階段を一歩一歩降り、リュセットの前までやってきた。

「そろそろメインイベントが始まった頃でしょうか」
「そうなのですね。申し訳ございません、私が引き留めてしまいましたわね」

 男性はリュセットの手を取り、エスコートするように歩き出した。

「構いません。私は別に出るつもりはありませんので」
「そうなのですか? それはもったいない」

 リュセットの言葉に男性はふふっと笑った後、再びこう話し出す。

「あなたにとっては良いことがきっと待っているでしょう。なに、少し遅れて登場する方が返って目立っていいのですよ」

 男がなにを言っているのか分からず、ただ首を傾げているリュセットにこの男は再び微笑んだ。

「こちらの話です。さぁこの扉を開ければ大広間ですよ。それでは楽しんで……」

 男は扉を勢いよく開けて、リュセットを扉の前へと押し出した。
 すると周りの目は一瞬でリュセットに注がれている。と、同時に、その美しさに固唾を飲んでいるのが目に見える。一瞬空気が張るような、静けさが広間の中に広がっていた。
 それと同時に、リュセットの美貌がそばにいる男の存在をくすませ、それに乗じて男は身を隠すように扉の影に隠れた。

「言ったでしょう? 少し遅れてど登場する方がいいんです。そうすればあの堅物もあなたに目が行かずにはいられない」

 誰に言うわけでもなくそう呟いて、リュセットが広間の中に足を踏み入れたのをそばで確認していた。

「まぁ、あなたの美しさならそんな必要もなかったかもしれませんが……」

 その言葉を最後に、男はその場を立ち去った——。
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