サンドリヨン 〜 シンデレラの悪役令嬢(意地悪姉役)に転生したので前職を生かしてマッサージを始めました 〜

浪速ゆう

文字の大きさ
上 下
54 / 114
本編

舞踏会当日 1

しおりを挟む
 *


 時間は湯水のように、あっという間に過ぎていった。

「おはようございます、マーガレットお姉様」
「おはよう、リュセット」

 朝の挨拶とともにセットで向けられる無償の笑顔に癒されながら、マーガレットは席に着いた。この数日、社交ダンスの練習をさせられ、イザベラが先生を雇っていたせいで、足は棒のように疲れていた。

「あら、おはようございます、マルガリータお姉様」
「おはよう……」

 ダイニングにやってきていることにも気づかないくらい、マルガリータは静かに現れた。その表情は少しばかりやつれていた。マーガレットと同じようにマルガリータも社交ダンスのレッスンに勤しんでいたせいで、毎日疲労が溜まっているのだろう。なにせマーガレット以上にマルガリータは運動という運動をしない。なるべく家からは出ない。歩かない。そういう人間だ。それなのに突然始まったダンスに体が悲鳴をあげていたのだ。

「朝からなんてだらしない顔をしているのマルガリータ。しゃんとなさい」

 まるで鞭のように言葉を放って現れたのは、イザベラだ。

「ですがお母様、体がどうしても重いのです。連日の練習でいくら眠っても疲れが取れませんわ」
「でしたらマルガリータお姉様、私が今からサラダを作りますのでそちらをお召し上がりになりますか?」
「ふん、またビネガーの入ったものでしょ? ふん、そんなもの朝から食べる気になどならないわよ」

 せっかくリュセットが気を使ってわざわざ作ろうと言ってくれているにも関わらず、マルガリータは舌を出しながらそれを断った。連日ディナーのサラダには、ビネガーが入ったドレッシングのものが食卓に並んでいた。
 疲れた体には乳酸がたまる、それを流してくれるのがビネガーに入ったクエン酸なのだと、マーガレットがリュセットに助言していたからだ。
 マルガリータだけではなく、マーガレットの体も疲労が溜まっていた。決して激しい運動ではないが、ヒールのある靴で長時間に渡ってダンスを踊り続けるのは、おてんばだと言われるマーガレットですらこたえていたのだ。そのためせめて食事で疲れを取ろうと食事にも気をつかい始めていたのだ。
 けれどマルガリータにとってそれは喜ばしいことではなかったが。

「まぁきついレッスンも今日までだよ。夜には本番が待っているんだからね」

 イザベラはそう言ってスプーンにスープを掬って一口飲む。

「夕方には準備を全て終わらせてお城に向かうよ。馬車は16時に来るように手配しているんだから、遅れるんじゃないよ」
「もちろんですわ、お母様」

 突然元気を取り戻したように、マルガリータは体を起こして食事にありついた。それもそのはずだ。ズボラな性格のマルガリータが懸命に練習を続けていたのも全ては今夜の舞踏会のため。新しく買ってもらったドレスとアクセサリーに身を包み、お城という絢爛豪華な晴れ舞台へと行くのだ。派手好きで、着飾ることが大の好物であるマルガリータには、今夜の舞踏会がどれほど待ち遠しいものだったか手に取るようにわかる。

「私がルイ王子のお妃になるのですから」

 なんとも気が大きい話だ。マルガリータがどう頑張ろうが、王子はリュセットを見初めるのだ。そしてリュセットに意地悪をしていた悪役令嬢のマルガリータは罰を受けることになる。それは民話伝承である童話ならではの残酷な方法で……。
 マーガレットは白けた目をマルガリータへ向けた後、すぐにリュセットへと視線を移した。リュセットはどこか寂しそうに微笑みながら食卓に並ぶ食事に目を向けている。
 彼女もきっとお城に行きたいのだろう。マーガレットはそう感じていた。

(大丈夫よリュセット。あなたはこの後笑顔が絶えないバラ色の人生が待っているのだから……)

 童話の世界は王子様とシンデレラの結婚式を挙げ、その継母と義姉達の出来事までしか描かれていない。けれど、それでもマーガレットはリュセットならばどこでも幸せな生活を送れると信じていた。これだけひたむきで、前向きな少女であれば。さらに王子様と結婚をしても恥じぬほど、家庭的なリュセットならば、と。

「ところでお母様。ルイ王子はどのような方なのでしょうか? 一度も顔を拝見したことがありませんが」

 そう聞いたのはマーガレットだった。一応リュセットの将来を案じ、ロクでもない王子ではない事を願ってのことだ。

「あら、マーガレットもルイ王子狙いなの? 王子は私のものよ。あなたには騎士がいるのでしょう?」

 嫌味なことを言う時のマルガリータは、本物の悪役令嬢なのだなとマーガレットは思っていた。邪悪そのものが顔から滲み出ている。

「マルガリータ、いらないことを言うんじゃないよ。騎士は認めていないからね」

 ここでカインのことを反論する気はもうない。いくら反発したところで、話は平行線だ。今日お城でカインに会って、できることならばそのまま駆け落ちでもなんでもしたいところだった。このままいけばバッドエンドは免れない可能性が高い。それならばその前に抜け出してしまいたいとこの数日考えていた。
 けれどそれは、カインがマーガレットと同様に惹かれ合っているというのが前提なのだが。まだそこが確証を得ていないため、今日はそれを確認したいと考えていた。そのためにはお城に着いたらこの二人とは別行動を取らねば……ここ数日はそんな事ばかりに頭を使っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小説主人公の悪役令嬢の姉に転生しました

みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
第一王子と妹が並んでいる姿を見て前世を思い出したリリーナ。 ここは小説の世界だ。 乙女ゲームの悪役令嬢が主役で、悪役にならず幸せを掴む、そんな内容の話で私はその主人公の姉。しかもゲーム内で妹が悪役令嬢になってしまう原因の1つが姉である私だったはず。 とはいえ私は所謂モブ。 この世界のルールから逸脱しないように無難に生きていこうと決意するも、なぜか第一王子に執着されている。 そういえば、元々姉の婚約者を奪っていたとか設定されていたような…?

悪役令嬢、第四王子と結婚します!

水魔沙希
恋愛
私・フローディア・フランソワーズには前世の記憶があります。定番の乙女ゲームの悪役転生というものです。私に残された道はただ一つ。破滅フラグを立てない事!それには、手っ取り早く同じく悪役キャラになってしまう第四王子を何とかして、私の手中にして、シナリオブレイクします! 小説家になろう様にも、書き起こしております。

悪役令嬢に転生したら手遅れだったけど悪くない

おこめ
恋愛
アイリーン・バルケスは断罪の場で記憶を取り戻した。 どうせならもっと早く思い出せたら良かったのに! あれ、でも意外と悪くないかも! 断罪され婚約破棄された令嬢のその後の日常。 ※うりぼう名義の「悪役令嬢婚約破棄諸々」に掲載していたものと同じものです。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う

ひなクラゲ
ファンタジー
 ここは乙女ゲームの世界  悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…  主人公と王子の幸せそうな笑顔で…  でも転生者であるモブは思う  きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…

悪役令嬢はモブ化した

F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。 しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す! 領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。 「……なんなのこれは。意味がわからないわ」 乙女ゲームのシナリオはこわい。 *注*誰にも前世の記憶はありません。 ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。 性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。 作者の趣味100%でダンジョンが出ました。

処理中です...