サンドリヨン 〜 シンデレラの悪役令嬢(意地悪姉役)に転生したので前職を生かしてマッサージを始めました 〜

浪速ゆう

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本編

リュセットの憂鬱 2

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 マーガレットが家路に着くと、いつものようにリュセットが笑顔で迎え入れてくれた。

「お帰りなさい、マーガレットお姉様」
「ただいま、リュセット」

 マーガレットは借りた本をスカートの裾に隠しながら、辺りを見渡した。もしイザベラかマルガリータにこの本の存在を知られると、また厄介なことになる。そう思って警戒していたのだ。

「あら、お母様とマルガリータお姉様はご一緒ではないのですね?」

 その言葉を聞いて、マーガレットはホッと肩を下ろした。あの二人より先に戻っていなければいけないところだが、貸本屋で本を目の前にすると、時間を忘れて思わず読みふけってしまっていた。その為、あの二人が先に家に着いているのではないかと不安もあったのだ。

「ああ、ええ。マルガリータお姉様のアクセサリーを買いに行かれたから私は先に帰ってきたの」
「そうでしたか」

 リュセットはどこか元気なく、そう返事を戻した。その様子を見て、なぜリュセットが元気がないのかを知っているマーガレットは、彼女の肩をポンと叩いてこう言った。

「大丈夫よリュセット。あなたは大丈夫」
「……それは、どう言うことでしょうか?」
「いいえ、こっちの話よ」

 マーガレットはそれ以上何も言わず、ただにっこりとリュセットに微笑みかけている。リュセットは訳がわからないといった様子だが、小首を傾げながらもマーガレットにつられるようにして微笑んだ。

「あっ、そうだわリュセット、私あなたに渡したいものがあるの」

 マーガレットはリュセットの手を引きながら、自室へと向かった。スカートに隠していた本を片手で抱え保ちながら。

「渡したいものとはなんでしょう? あら、それにその本はどうなさったのですか?」

 矢継ぎ早に質問を繰り広げるリュセット。そんな彼女に、マーガレットは「部屋に着いてからね」とだけ返事を戻し、足早に部屋へと向かった。
 すっかり夕暮れで部屋の中がひんやりと冷え始めている中、マーガレットは引き出しの中からあのカインの手紙を取り出した。すでに開いている封を開けて、中に入っている招待状を取り出した。

「リュセット、この招待状はあなたにあげるわ」

 招待状手に取り、その内容を読み終えたあと、リュセットは困った顔でそれをマーガレットに返した。

「いただけません。これはマーガレットお姉様のものですわ」
「いいのよ、私はお母様達とお城に向かうし、今朝家に届いた招待状で私も参加できるから」
「けれど、私にはドレスもありません。お母様だってお許しになりませんわ」

 悲しそうに目元を細めたリュセットの肩を、両手でそっと触れながら、マーガレットは再び微笑みを携えてこう言った。

「ドレスは私の合うものがあれば着ればいいし、お母様には内緒で向かえばいいのよ。もしリュセットが本当にお城に来たいと思うのであれば、ね」
「ですが……」

 リュセットが何を言おうと、マーガレットは招待状を受け取らない。

「それが不要であればそのまま捨てればいいわ。ただ、もしものために持っておいて」

 そう、もしものために。
 この招待状がリュセットに必要なのかどうかは分からない。リュセットはシンデレラだ。間違いなく、この童話の世界の主人公で、唯一無二のヒロインだ。だからこそ、心配は不要かもしれない、が、マーガレットにはこの招待状が不要なのも間違いない。だから念には念を入れて、リュセットの手元に置いておこうと考えたのだ。
 リュセットはドレスを持っていない。それにイザベラは行くのを反対しているため、マーガレット達と同じ馬車ではお城に向かえない。
 けれど、リュセットにはドレスも馬車も必要ではないのだ。それは彼女が自分達とは違う形で得ることになることを、マーガレットは知っている。
 ならば招待状はどうだろうか? きっと招待状も不要だろう。けれどマーガレットはリュセットに何かしてあげたかった。今朝、ダイニングで家に届いたというあの招待状を見たリュセットの顔は、興奮と喜びに満ち溢れていた。それをマーガレットは見逃さなかったのだ。そして、それと同時に、イザベラがリュセットは連れて行かないと言った時、リュセットの表情がどんどん暗くなるのも見ていた。まるでロウソクに灯った明かりが、ふっと吹きかけた息で消されてしまった時のように。

「……分かりました。マーガレットお姉様がそれほどおっしゃられるのであれば、この招待状はいただいて行きますわ」

 その言葉を聞いて、マーガレットはリュセットを抱きしめた。

「もしお城にくるのであれば、楽しんでね」

 それは心からの言葉だった。けれどリュセットは何も言わず、ただマーガレットに抱きしめられているだけだった。
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