53 / 114
本編
リュセットの憂鬱 2
しおりを挟む
*
マーガレットが家路に着くと、いつものようにリュセットが笑顔で迎え入れてくれた。
「お帰りなさい、マーガレットお姉様」
「ただいま、リュセット」
マーガレットは借りた本をスカートの裾に隠しながら、辺りを見渡した。もしイザベラかマルガリータにこの本の存在を知られると、また厄介なことになる。そう思って警戒していたのだ。
「あら、お母様とマルガリータお姉様はご一緒ではないのですね?」
その言葉を聞いて、マーガレットはホッと肩を下ろした。あの二人より先に戻っていなければいけないところだが、貸本屋で本を目の前にすると、時間を忘れて思わず読みふけってしまっていた。その為、あの二人が先に家に着いているのではないかと不安もあったのだ。
「ああ、ええ。マルガリータお姉様のアクセサリーを買いに行かれたから私は先に帰ってきたの」
「そうでしたか」
リュセットはどこか元気なく、そう返事を戻した。その様子を見て、なぜリュセットが元気がないのかを知っているマーガレットは、彼女の肩をポンと叩いてこう言った。
「大丈夫よリュセット。あなたは大丈夫」
「……それは、どう言うことでしょうか?」
「いいえ、こっちの話よ」
マーガレットはそれ以上何も言わず、ただにっこりとリュセットに微笑みかけている。リュセットは訳がわからないといった様子だが、小首を傾げながらもマーガレットにつられるようにして微笑んだ。
「あっ、そうだわリュセット、私あなたに渡したいものがあるの」
マーガレットはリュセットの手を引きながら、自室へと向かった。スカートに隠していた本を片手で抱え保ちながら。
「渡したいものとはなんでしょう? あら、それにその本はどうなさったのですか?」
矢継ぎ早に質問を繰り広げるリュセット。そんな彼女に、マーガレットは「部屋に着いてからね」とだけ返事を戻し、足早に部屋へと向かった。
すっかり夕暮れで部屋の中がひんやりと冷え始めている中、マーガレットは引き出しの中からあのカインの手紙を取り出した。すでに開いている封を開けて、中に入っている招待状を取り出した。
「リュセット、この招待状はあなたにあげるわ」
招待状手に取り、その内容を読み終えたあと、リュセットは困った顔でそれをマーガレットに返した。
「いただけません。これはマーガレットお姉様のものですわ」
「いいのよ、私はお母様達とお城に向かうし、今朝家に届いた招待状で私も参加できるから」
「けれど、私にはドレスもありません。お母様だってお許しになりませんわ」
悲しそうに目元を細めたリュセットの肩を、両手でそっと触れながら、マーガレットは再び微笑みを携えてこう言った。
「ドレスは私の合うものがあれば着ればいいし、お母様には内緒で向かえばいいのよ。もしリュセットが本当にお城に来たいと思うのであれば、ね」
「ですが……」
リュセットが何を言おうと、マーガレットは招待状を受け取らない。
「それが不要であればそのまま捨てればいいわ。ただ、もしものために持っておいて」
そう、もしものために。
この招待状がリュセットに必要なのかどうかは分からない。リュセットはシンデレラだ。間違いなく、この童話の世界の主人公で、唯一無二のヒロインだ。だからこそ、心配は不要かもしれない、が、マーガレットにはこの招待状が不要なのも間違いない。だから念には念を入れて、リュセットの手元に置いておこうと考えたのだ。
リュセットはドレスを持っていない。それにイザベラは行くのを反対しているため、マーガレット達と同じ馬車ではお城に向かえない。
けれど、リュセットにはドレスも馬車も必要ではないのだ。それは彼女が自分達とは違う形で得ることになることを、マーガレットは知っている。
ならば招待状はどうだろうか? きっと招待状も不要だろう。けれどマーガレットはリュセットに何かしてあげたかった。今朝、ダイニングで家に届いたというあの招待状を見たリュセットの顔は、興奮と喜びに満ち溢れていた。それをマーガレットは見逃さなかったのだ。そして、それと同時に、イザベラがリュセットは連れて行かないと言った時、リュセットの表情がどんどん暗くなるのも見ていた。まるでロウソクに灯った明かりが、ふっと吹きかけた息で消されてしまった時のように。
「……分かりました。マーガレットお姉様がそれほどおっしゃられるのであれば、この招待状はいただいて行きますわ」
その言葉を聞いて、マーガレットはリュセットを抱きしめた。
「もしお城にくるのであれば、楽しんでね」
それは心からの言葉だった。けれどリュセットは何も言わず、ただマーガレットに抱きしめられているだけだった。
マーガレットが家路に着くと、いつものようにリュセットが笑顔で迎え入れてくれた。
「お帰りなさい、マーガレットお姉様」
「ただいま、リュセット」
マーガレットは借りた本をスカートの裾に隠しながら、辺りを見渡した。もしイザベラかマルガリータにこの本の存在を知られると、また厄介なことになる。そう思って警戒していたのだ。
「あら、お母様とマルガリータお姉様はご一緒ではないのですね?」
その言葉を聞いて、マーガレットはホッと肩を下ろした。あの二人より先に戻っていなければいけないところだが、貸本屋で本を目の前にすると、時間を忘れて思わず読みふけってしまっていた。その為、あの二人が先に家に着いているのではないかと不安もあったのだ。
「ああ、ええ。マルガリータお姉様のアクセサリーを買いに行かれたから私は先に帰ってきたの」
「そうでしたか」
リュセットはどこか元気なく、そう返事を戻した。その様子を見て、なぜリュセットが元気がないのかを知っているマーガレットは、彼女の肩をポンと叩いてこう言った。
「大丈夫よリュセット。あなたは大丈夫」
「……それは、どう言うことでしょうか?」
「いいえ、こっちの話よ」
マーガレットはそれ以上何も言わず、ただにっこりとリュセットに微笑みかけている。リュセットは訳がわからないといった様子だが、小首を傾げながらもマーガレットにつられるようにして微笑んだ。
「あっ、そうだわリュセット、私あなたに渡したいものがあるの」
マーガレットはリュセットの手を引きながら、自室へと向かった。スカートに隠していた本を片手で抱え保ちながら。
「渡したいものとはなんでしょう? あら、それにその本はどうなさったのですか?」
矢継ぎ早に質問を繰り広げるリュセット。そんな彼女に、マーガレットは「部屋に着いてからね」とだけ返事を戻し、足早に部屋へと向かった。
すっかり夕暮れで部屋の中がひんやりと冷え始めている中、マーガレットは引き出しの中からあのカインの手紙を取り出した。すでに開いている封を開けて、中に入っている招待状を取り出した。
「リュセット、この招待状はあなたにあげるわ」
招待状手に取り、その内容を読み終えたあと、リュセットは困った顔でそれをマーガレットに返した。
「いただけません。これはマーガレットお姉様のものですわ」
「いいのよ、私はお母様達とお城に向かうし、今朝家に届いた招待状で私も参加できるから」
「けれど、私にはドレスもありません。お母様だってお許しになりませんわ」
悲しそうに目元を細めたリュセットの肩を、両手でそっと触れながら、マーガレットは再び微笑みを携えてこう言った。
「ドレスは私の合うものがあれば着ればいいし、お母様には内緒で向かえばいいのよ。もしリュセットが本当にお城に来たいと思うのであれば、ね」
「ですが……」
リュセットが何を言おうと、マーガレットは招待状を受け取らない。
「それが不要であればそのまま捨てればいいわ。ただ、もしものために持っておいて」
そう、もしものために。
この招待状がリュセットに必要なのかどうかは分からない。リュセットはシンデレラだ。間違いなく、この童話の世界の主人公で、唯一無二のヒロインだ。だからこそ、心配は不要かもしれない、が、マーガレットにはこの招待状が不要なのも間違いない。だから念には念を入れて、リュセットの手元に置いておこうと考えたのだ。
リュセットはドレスを持っていない。それにイザベラは行くのを反対しているため、マーガレット達と同じ馬車ではお城に向かえない。
けれど、リュセットにはドレスも馬車も必要ではないのだ。それは彼女が自分達とは違う形で得ることになることを、マーガレットは知っている。
ならば招待状はどうだろうか? きっと招待状も不要だろう。けれどマーガレットはリュセットに何かしてあげたかった。今朝、ダイニングで家に届いたというあの招待状を見たリュセットの顔は、興奮と喜びに満ち溢れていた。それをマーガレットは見逃さなかったのだ。そして、それと同時に、イザベラがリュセットは連れて行かないと言った時、リュセットの表情がどんどん暗くなるのも見ていた。まるでロウソクに灯った明かりが、ふっと吹きかけた息で消されてしまった時のように。
「……分かりました。マーガレットお姉様がそれほどおっしゃられるのであれば、この招待状はいただいて行きますわ」
その言葉を聞いて、マーガレットはリュセットを抱きしめた。
「もしお城にくるのであれば、楽しんでね」
それは心からの言葉だった。けれどリュセットは何も言わず、ただマーガレットに抱きしめられているだけだった。
0
お気に入りに追加
95
あなたにおすすめの小説

小説主人公の悪役令嬢の姉に転生しました
みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
第一王子と妹が並んでいる姿を見て前世を思い出したリリーナ。
ここは小説の世界だ。
乙女ゲームの悪役令嬢が主役で、悪役にならず幸せを掴む、そんな内容の話で私はその主人公の姉。しかもゲーム内で妹が悪役令嬢になってしまう原因の1つが姉である私だったはず。
とはいえ私は所謂モブ。
この世界のルールから逸脱しないように無難に生きていこうと決意するも、なぜか第一王子に執着されている。
そういえば、元々姉の婚約者を奪っていたとか設定されていたような…?
悪役令嬢はモブ化した
F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。
しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す!
領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。
「……なんなのこれは。意味がわからないわ」
乙女ゲームのシナリオはこわい。
*注*誰にも前世の記憶はありません。
ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。
性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。
作者の趣味100%でダンジョンが出ました。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

王女、豹妃を狩る
遠野エン
ファンタジー
ベルハイム王国の王子マルセスは身分の差を超えて農家の娘ガルナと結婚を決意。王家からは驚きと反対の声が上がるが、マルセスはガルナの自由闊達な魅力に惹かれ押し切る。彼女は結婚式で大胆不敵な豹柄のドレスをまとい、周囲をあ然とさせる。
ガルナは王子の妻としての地位を得ると、侍女や家臣たちを手の平で転がすかのように振る舞い始める。王宮に新しい風を吹かせると豪語し、次第に無茶な要求をし出すようになる。
マルセスの妹・フュリア王女はガルナの存在に潜む危険を察知し、独自に調査を開始する。ガルナは常に豹柄の服を身にまとい人々の視線を引きつけ、畏怖の念を込めて“豹妃”というあだ名で囁かれるのだった。

悪役令嬢に転生したら手遅れだったけど悪くない
おこめ
恋愛
アイリーン・バルケスは断罪の場で記憶を取り戻した。
どうせならもっと早く思い出せたら良かったのに!
あれ、でも意外と悪くないかも!
断罪され婚約破棄された令嬢のその後の日常。
※うりぼう名義の「悪役令嬢婚約破棄諸々」に掲載していたものと同じものです。

悪役令嬢に転生したので、剣を執って戦い抜く
秋鷺 照
ファンタジー
断罪イベント(?)のあった夜、シャルロッテは前世の記憶を取り戻し、自分が乙女ゲームの悪役令嬢だと知った。
ゲームシナリオは絶賛進行中。自分の死まで残り約1か月。
シャルロッテは1つの結論を出す。それすなわち、「私が強くなれば良い」。
目指すのは、誰も死なないハッピーエンド。そのために、剣を執って戦い抜く。
※なろうにも投稿しています
転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜
みおな
恋愛
私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。
しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。
冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!
わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?
それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?
逃げて、追われて、捕まって
あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。
この世界で王妃として生きてきた記憶。
過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。
人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。
だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。
2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ
2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。
**********お知らせ***********
2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。
それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。
ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる