サンドリヨン 〜 シンデレラの悪役令嬢(意地悪姉役)に転生したので前職を生かしてマッサージを始めました 〜

浪速ゆう

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本編

貸本屋

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 ギスギスした空気の中、マーガレット達一行は街にある洋服店でドレスを新調した。
 マーガレットは正直どのドレスにも興味が湧かず、マルガリータが店中のドレスを見てまわり、それに引っ張られるようにイザベラもついてまわっていた。
 自分のドレスは不要だからマルガリータに二着買うように助言したのは本心だった。
 もっとも、本音で言えばリュセットに買ってあげてもらいたいところだが、それをイザベラもマルガリータも了承しないことは分かっていた。
 その為いっそのことマルガリータに譲渡しようとの魂胆だった。ドレスを買ってもらっても、マーガレットはカインのもの以外で舞踏会に参加する気はなかったからだ。
 結局マルガリータが選んだドレスは真っ赤な薔薇を想像させるような刺繍が施されている、煌びやかなドレスだった。一方マーガレットにはコーラルオレンジのドレスだ。
 マルガリータはドレスの寸法を直している間、マーガレットは店の外を出た。ドレスは一着の購入となったものの、ジュエリーを買ってもらえることとなったマルガリータの買い物に付き合う気はさらさらなく、先に家に帰ると言ってマーガレットだけが一人、帰路に着いた。
 だがしかし、マーガレットがまっすぐ家に帰るわけもなく。久しぶりに外に出れたのだ、これを好機と称して貸本屋へと向かった。もちろん1グロを握りしめて。
 街のメイン通りから外れたところにひっそりと佇むその本屋は、小さな図書館のような出で立ちだ。小さな入り口を通り抜けると、そこからは羊皮紙の香りが広がる。小さな建物からは想像できないほど、中は広く、天井はお城の宴会場のように高い。

「お嬢さん、何かお探しかい?」

 小さな眼鏡を大きな鼻の上にちょこんと乗せ、背中の曲がったおじいさんは梯子に登りながらマーガレットを見下ろしている。

「あ、あの、専門書はございますか?」

 マーガレットがそう言うと、おじいさんは本棚を力強く押して、梯子を動かした。レールに乗った梯子はガラガラと音を立てながら数列横移動した後、おじいさんの節くれた指が右下の本棚を指差した。

「専門書はあのセクションだ。どういったものを探してるのかね?」
「人体の解剖学とか……医学書があれば少し見たいのですが……」

 するとおじいさんは涼しそうな髪が少ない頭をぽりぽりと掻いた後、再び節くれた指でさっきよりも少し左側の本棚を差した。

「それならその本棚だよ」
「ありがとうございます。少し見てみますわ」

 室内を見渡し、スッと側の本棚に指を沿わせる。本棚のわずかな埃すら恋しいと思える。前世の満里奈の時とは違う本棚。それにそこに並ぶ本たち。動物の皮を舐めして作られた表紙はまるで中世を彷彿させる作り。満里奈は本を紙で読むのが好きだった。その中でも文庫ではなく、ハードカバーのものが特に好きだった。移動中でも手軽に持ち運べるポケットサイズの文庫本は便利が良い上、家の本棚でもかさばらない。が、あのハードカバーの重みと、厚み。そして、ああまさに、自分は本を読んでいるんだと自分の姿に酔いしれる瞬間がとても好きだったのだ。

「あ、あった医学書だわ」

 一つ試しに手に取ったものをパラパラとめくってみる。が、どうやらそれは思っていたものとは違っていた。それは小難しそうな医学書であり、マーガレットが知りたい筋肉の構造や、神経などのものは一切書かれていない。
 他にも手に取って調べてみるが、どれも同じようなものだった。唯一見つけたものはところどころにイラストが掲載されているものの、満里奈のいた世界のような解剖学は存在していないようで、全て端的に書かれていた。これではマッサージの参考にはなり得ない。けれどそのそばにあった本には、ミイラの作り方と称したものが書かれており、思わずマーガレットはそれに魅入ってしまっていた。
 死んだ後の体をどうやって腐敗させずに保存するか。また、ミイラを作るときは内臓は全て取り除くため、解剖学の書物の中に紛れ込んでいるのだろう。

「欲しいものは見つかったかい?」

 気がつけば食い入るように読みふけっていたマーガレット。おじいさんに肩を叩かれるまで、自分がここにいることすらすっかり忘れてしまっていた。

「あ、ごめんなさい。欲しいものはなかったのだけれど、久しぶりに本を手にしたもので、思わず読みふけってしまっていたようです」
「そうかね。それは残念だが、お嬢さんは本が好きなんだね。まるで本に恋でもしているかのような表情をしていたからねえ」

 思わず頬に手を当て、顔を赤らめた。久しぶりの本に囲まれて、マーガレットは最高に幸せだった。それがどうやら溢れ出ていたようだ。

「あの、他にフィクションものの小説などはございますか? 例えば、童話とか」
「童話? そうだね、それならあっち側の本棚を探してみるといい」

 おじいさんは反対側の本棚を指差した。マーガレットはお礼を述べた後、再び反対側の本棚へと向かい、そばにあったものから手に取って中身を確認していく。
 そうして気がつけば辺りは暗く、再びあのおじいさんに声をかけられるまで本の虫と化していた。

「面白いかい?」
「あっ、ごめんなさい。また読みふけってしまいましたわね」

 貸本屋で立ち読みをするのはなんだか申し訳ない気持ちだ。おじいさんがこうしてちょくちょく声をかけてくれるのも、もしかするとそうやって借りずに帰る者を見張っているのかもしれない。

「この本と、あと一冊簡単そうな解剖学の本をお借りしたいのですが、おすすめはございませんか?」
「だったら、これはどうだい? 挿絵も多く、読みやすいとは思うがね」

 おじいさんは迷いなく手に取った本。少し埃が積もったその本と、マーガレットが読んでいたフィクションのものと二冊を借りることにした。

「お嬢さんはウィルヘルムのところのお嬢さんだったのか」

 突然聞こえた懐かしの名前。本の貸し出しには住所と名前、あと家柄を証明するものが必要だった。マーガレットは家の家紋が入ったハンカチを持って来ていた。それを見せた時に、おじいさんはそう言った。

「義父上のことをご存知なのですか?」
「ああ、ウィルが幼い頃からよくここに本を借りに来ていたからね」

 おじいさんは遠くを見つめるような視線で窓の外を見た後「残念だねえ」と、ぽつりと言葉をこぼした。

「それじゃ、返却は一ヶ月後になるからね。それまでにこの店まで返しに来なさい」
「ありがとうございます」

 再び窓の外を見つめるおじいさんに背を向けて、マーガレットは店を後にした。
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