49 / 114
本編
贈り物と揉め事 1
しおりを挟む
大きく息を吸い込み、肺が空気でいっぱいになるのを感じた後、肺の中にある空気を全て吐き出すように細く、長く、息を吐き出した。
「よし!」
マーガレットはネックレスのトップを握りしめて、部屋を飛び出した。
廊下を歩いてダイニングへと向かう途中、すでにマルガリータの怒り狂った声が廊下の端まで聞こえていた。まだ完全ではないマーガレットの体はダイニングへ向かうのを拒否しているが、気持ちを奮い立たせるように一歩一歩足を踏み出す。
声がどんどん近くにつれて、マルガリータだけではなくイザベラの声もクリアに届く。マーガレットが部屋に着いた時、二人は険しい剣幕でマーガレットへと視線を向けた。憔悴した体は二人の剣幕に圧倒されかけていたが、気を強く持ち、マーガレットは背筋を伸ばしてテーブルのいつもの席に腰をかけた。
「マーガレット、マルガリータから今聞いた話は本当なのかい?」
「それは、どういう話を聞かれたのでしょうか?」
マーガレットはなるべく微笑みながら、しれっとした様子で返事を戻した。するとその返答をしたのはイザベラではなく、マルガリータの方だ。
「白々しい! さっきのドレスの話に決まっているでしょ。お母様に確認したら買ってないと聞くじゃないの。一体どこから入手したのか教えなさい」
ぴしゃりと言ってのけるマルガリータは扇でマーガレットを差した。頭のてっぺんから湯気でも昇り始めるのではないかと思い始めていたその頃、マルガリータを制しながらイザベラは静かな声色で問いかける。
「マルガリータがマーガレットの新しいドレスを見たというじゃないか。それは本当かい?」
「はい」
マルガリータが再び噛みつくように口を開いたのを横目で見たイザベラは、自分の持つ扇で彼女の口を押さえた。
「マルガリータは少しお黙り。話が進まないじゃないか」
で、と言葉を続けてマーガレットへと投げる。机を痩せ細った指でトンっと叩き再び視線はマーガレットへと注がれる。
「それはどうやって得たんだい? 自分で買えるわけがないし、私はドレスを買わないと約束したばかりだろう?」
「ええ、そうですわ。あのドレスは貰ったのです」
イザベラはほぅ、と眉を上げて扇で顔を仰いだ。隣に座るマルガリータとは相反する表情だった。
「それは一体、誰からなんだい?」
「それは……」
開いた胸元についているネックレスのトップをぎゅっと掴み、心を決めたように顔を上げた。
「お城で騎士団長を務める、カイン様にいただいたのです」
さっきまでは感じの良い反応を示していたイザベラの表情が、突然くぐもった。
「騎士? マーガレット、まさかとは思うけど、騎士と付き合っているわけじゃないだろうね……?」
「いいえ、お母様。彼は……以前私が困ってるところを助けてくださった恩人です」
そして——。続けて口を開いたその時、イザベラに止められていたマルガリータが再び声を荒げた。
「マーガレット、あんたの付けてるそのネックレスも、その騎士から持ったのかしら……? それお城の紋章じゃないの」
そんなものをもらっておいて、本当に付き合っていないのか。そんな風に言いたげな物言いだった。マルガリータはマーガレットをどうにかして懲らしめたいのだろう。それが見て取れて、マーガレットは再び応戦を始めた。
「ええ、そうですわ。ですがお付き合いしているわけではございません」
テーブルに両手をつき、マーガレットは立ち上がってイザベラに向き合った。そして振り絞るようにこう言った。
「私はあのドレスと共にお城の舞踏会の招待状を受け取りました。私はカイン様と共に参加するつもりです!」
そう言い切った。
マーガレットは息を整えて、再び背筋を伸ばす。次に返ってくる言葉に対応するために。
「舞踏会の招待状? マーガレット、あんたお城に行くつもり?」
そう言ったのはマルガリータだ。疑心暗鬼な様子でマーガレットを見上げている。
「はい。招待状をいただきましたので」
「お母様、これはチャンスですわ。マーガレットがお城の舞踏会に参加するのならば、私もそれに乗じて社交の場に参加すれば素敵な殿方と出会うことができますわ!」
誘われたのはマーガレットだというのに、それに乗じようとする浅ましさがマルガリータの表情を醜いものへと変貌させる。いきり立ったマルガリータを再び制し、イザベラはスッとテーブルの上に一通の手紙を差し出した。
「マルガリータ落ち着きなさい。舞踏会の招待状はあんたにも届いているんだよ」
「お母様、なんと人が悪い! なぜそれを早くおっしゃってくださらなかったのですか」
「今朝届いたんだ。皆が揃ってから話をしようとしていたのだよ」
マルガリータは招待状を奪い去るように手に取り、中身を確認した。
「……まぁ、まぁまぁまぁ! 本物のお城からの招待状ですわ」
「少し落ち着きなさいマルガリータ。本物に決まっているだろう」
立ち上がったマルガリータが、招待状にキスをしながら、そばに立つリュセットの手を掴んで踊り始めた。普段はリュセットに触れることを嫌がる割に、今日だけは違っていた。それだけ興奮している証拠でもある。
「お城の舞踏会など、珍しいですわね」
小躍りするマルガリータに付き合わされ、まるで操り人形のようにたどたどしく踊るリュセット。そんな彼女は不思議そうに小首を傾げている。それもそのはず、お城に盛大に人を呼んで行う舞踏会など久しく行われていなかったからだ。
「よし!」
マーガレットはネックレスのトップを握りしめて、部屋を飛び出した。
廊下を歩いてダイニングへと向かう途中、すでにマルガリータの怒り狂った声が廊下の端まで聞こえていた。まだ完全ではないマーガレットの体はダイニングへ向かうのを拒否しているが、気持ちを奮い立たせるように一歩一歩足を踏み出す。
声がどんどん近くにつれて、マルガリータだけではなくイザベラの声もクリアに届く。マーガレットが部屋に着いた時、二人は険しい剣幕でマーガレットへと視線を向けた。憔悴した体は二人の剣幕に圧倒されかけていたが、気を強く持ち、マーガレットは背筋を伸ばしてテーブルのいつもの席に腰をかけた。
「マーガレット、マルガリータから今聞いた話は本当なのかい?」
「それは、どういう話を聞かれたのでしょうか?」
マーガレットはなるべく微笑みながら、しれっとした様子で返事を戻した。するとその返答をしたのはイザベラではなく、マルガリータの方だ。
「白々しい! さっきのドレスの話に決まっているでしょ。お母様に確認したら買ってないと聞くじゃないの。一体どこから入手したのか教えなさい」
ぴしゃりと言ってのけるマルガリータは扇でマーガレットを差した。頭のてっぺんから湯気でも昇り始めるのではないかと思い始めていたその頃、マルガリータを制しながらイザベラは静かな声色で問いかける。
「マルガリータがマーガレットの新しいドレスを見たというじゃないか。それは本当かい?」
「はい」
マルガリータが再び噛みつくように口を開いたのを横目で見たイザベラは、自分の持つ扇で彼女の口を押さえた。
「マルガリータは少しお黙り。話が進まないじゃないか」
で、と言葉を続けてマーガレットへと投げる。机を痩せ細った指でトンっと叩き再び視線はマーガレットへと注がれる。
「それはどうやって得たんだい? 自分で買えるわけがないし、私はドレスを買わないと約束したばかりだろう?」
「ええ、そうですわ。あのドレスは貰ったのです」
イザベラはほぅ、と眉を上げて扇で顔を仰いだ。隣に座るマルガリータとは相反する表情だった。
「それは一体、誰からなんだい?」
「それは……」
開いた胸元についているネックレスのトップをぎゅっと掴み、心を決めたように顔を上げた。
「お城で騎士団長を務める、カイン様にいただいたのです」
さっきまでは感じの良い反応を示していたイザベラの表情が、突然くぐもった。
「騎士? マーガレット、まさかとは思うけど、騎士と付き合っているわけじゃないだろうね……?」
「いいえ、お母様。彼は……以前私が困ってるところを助けてくださった恩人です」
そして——。続けて口を開いたその時、イザベラに止められていたマルガリータが再び声を荒げた。
「マーガレット、あんたの付けてるそのネックレスも、その騎士から持ったのかしら……? それお城の紋章じゃないの」
そんなものをもらっておいて、本当に付き合っていないのか。そんな風に言いたげな物言いだった。マルガリータはマーガレットをどうにかして懲らしめたいのだろう。それが見て取れて、マーガレットは再び応戦を始めた。
「ええ、そうですわ。ですがお付き合いしているわけではございません」
テーブルに両手をつき、マーガレットは立ち上がってイザベラに向き合った。そして振り絞るようにこう言った。
「私はあのドレスと共にお城の舞踏会の招待状を受け取りました。私はカイン様と共に参加するつもりです!」
そう言い切った。
マーガレットは息を整えて、再び背筋を伸ばす。次に返ってくる言葉に対応するために。
「舞踏会の招待状? マーガレット、あんたお城に行くつもり?」
そう言ったのはマルガリータだ。疑心暗鬼な様子でマーガレットを見上げている。
「はい。招待状をいただきましたので」
「お母様、これはチャンスですわ。マーガレットがお城の舞踏会に参加するのならば、私もそれに乗じて社交の場に参加すれば素敵な殿方と出会うことができますわ!」
誘われたのはマーガレットだというのに、それに乗じようとする浅ましさがマルガリータの表情を醜いものへと変貌させる。いきり立ったマルガリータを再び制し、イザベラはスッとテーブルの上に一通の手紙を差し出した。
「マルガリータ落ち着きなさい。舞踏会の招待状はあんたにも届いているんだよ」
「お母様、なんと人が悪い! なぜそれを早くおっしゃってくださらなかったのですか」
「今朝届いたんだ。皆が揃ってから話をしようとしていたのだよ」
マルガリータは招待状を奪い去るように手に取り、中身を確認した。
「……まぁ、まぁまぁまぁ! 本物のお城からの招待状ですわ」
「少し落ち着きなさいマルガリータ。本物に決まっているだろう」
立ち上がったマルガリータが、招待状にキスをしながら、そばに立つリュセットの手を掴んで踊り始めた。普段はリュセットに触れることを嫌がる割に、今日だけは違っていた。それだけ興奮している証拠でもある。
「お城の舞踏会など、珍しいですわね」
小躍りするマルガリータに付き合わされ、まるで操り人形のようにたどたどしく踊るリュセット。そんな彼女は不思議そうに小首を傾げている。それもそのはず、お城に盛大に人を呼んで行う舞踏会など久しく行われていなかったからだ。
0
お気に入りに追加
95
あなたにおすすめの小説

小説主人公の悪役令嬢の姉に転生しました
みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
第一王子と妹が並んでいる姿を見て前世を思い出したリリーナ。
ここは小説の世界だ。
乙女ゲームの悪役令嬢が主役で、悪役にならず幸せを掴む、そんな内容の話で私はその主人公の姉。しかもゲーム内で妹が悪役令嬢になってしまう原因の1つが姉である私だったはず。
とはいえ私は所謂モブ。
この世界のルールから逸脱しないように無難に生きていこうと決意するも、なぜか第一王子に執着されている。
そういえば、元々姉の婚約者を奪っていたとか設定されていたような…?

悪役令嬢、第四王子と結婚します!
水魔沙希
恋愛
私・フローディア・フランソワーズには前世の記憶があります。定番の乙女ゲームの悪役転生というものです。私に残された道はただ一つ。破滅フラグを立てない事!それには、手っ取り早く同じく悪役キャラになってしまう第四王子を何とかして、私の手中にして、シナリオブレイクします!
小説家になろう様にも、書き起こしております。

悪役令嬢に転生したら手遅れだったけど悪くない
おこめ
恋愛
アイリーン・バルケスは断罪の場で記憶を取り戻した。
どうせならもっと早く思い出せたら良かったのに!
あれ、でも意外と悪くないかも!
断罪され婚約破棄された令嬢のその後の日常。
※うりぼう名義の「悪役令嬢婚約破棄諸々」に掲載していたものと同じものです。
【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う
ひなクラゲ
ファンタジー
ここは乙女ゲームの世界
悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…
主人公と王子の幸せそうな笑顔で…
でも転生者であるモブは思う
きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…
悪役令嬢はモブ化した
F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。
しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す!
領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。
「……なんなのこれは。意味がわからないわ」
乙女ゲームのシナリオはこわい。
*注*誰にも前世の記憶はありません。
ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。
性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。
作者の趣味100%でダンジョンが出ました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる