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本編
警告 2
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*
ふと目を開けると、マーガレットはベッドの上に横たわっていた。むくりと上半身を起こし、あたりを見やると部屋の中は薄暗く、夕日の朱が部屋の中を染め上げている。
「……あれ、私なんでベッドに……?」
ゆっくりと記憶を辿る。細い糸を手繰り寄せるように、この状況を必死に思い出していた。
「確か、リュセットと裏庭で話をしていて、それから……」
ベッドのそばにはブックライトが小さな明かりを照らしている。そのライトの下には埃がかかるのを避けるためにかけられた布があり、布をのけるとその下にはパンとスープ、そしてグラスに入った水が置かれていた。食事のすぐそばには小さなメモがあり、メモにはリュセットの字でこう書かれていた。
熱があるようなので、少しでも何か口になさって下さい。
薬は水の横に置いておきます。
ーーリュセットより
その手紙を読んで、やっと状況を理解した。裏庭でマーガレットは倒れたのだ。あんなところでうたた寝をしてしまったせいかもしれない。
体が重く、節々が痛い。喉はカラカラだった。熱いと思うのに、同時に寒いとも感じるこの感覚には身に覚えがある。マーガレットはリュセットの用意してくれているスープを二口飲んで、薬を水で流し込んだ。
「……苦い」
良薬口に苦し、とはよく言ったものだ。その苦味に顔を顰めた時、窓の外で何かが動く影が見えた。夕日がそれにより遮断されて、マーガレットは無意識に窓の外へと目を向けた。すると思わずハッとし、息が止まりそうになった。
「……えっ、どうして……?」
蜂蜜のような美しい金色の髪が、朱の色によって焼いたカラメルのように輝いている。逆光で影が差したその表情は、たとえ今は見えなくともどういうものなのかが、マーガレットには手に取るように分かっていた。
透き通るような海の色をその瞳に宿し、少し神経質そうな凛々しい眉。その眉に引っ張られるように鋭く尖る目尻。スッと筋の通った鼻を下れば薄い唇がいつもこう言う。
「マーガレット」
マーガレットは慌ててベッドから飛び起き、窓辺へと向かった。信じられない光景に、これもまた夢なんじゃないかと疑心暗鬼に陥る。そんな感情が窓の鍵へと伸ばしたマーガレットの手を止めた。
『やめた方がいいわよ』
そんな声が耳の奥で響いている。アリスと言う名の女性。彼女がマーガレットに警告し続ける。あれは夢だったのだ。そんな風に思う反面、あれは本当に夢だったのだろうかと思う気持ちも湧いてくる。
『彼とは会わない方がいい』
アリスの言葉がマーガレットを今だに警告し続ける。どうしてそんなことを言うのか。どうしてカインと会ってはいけないのか。
マーガレットは窓ガラス越しに、カインの瞳を真っ直ぐに見つめた。すると、カインはそっと窓に手を当てた。それはマーガレットが鍵を開けようか迷っているその手と重なるように。
「マーガレット、お前からの手紙を受け取った」
そう言って、カインは再びマーガレットを見つめる。窓ガラス越しに重ねた手をぐっと握りしめた後、カインはゆっくりと目を伏せた。
「俺はお前の顔を久しぶりに見て、話がしたいと思ったのだ」
ゆっくりと手は窓から離れていく。その様子に、マーガレットの手には力が加わった。手を伸ばせば届く距離にカインがいる。マーガレットもカインに会って、話がしたいと思っていた。
出会いは最悪。こうして会うようになったのもマッサージというきっかけがあったため。出会って間もないというのに、どうしてそんな風に思うのか、マーガレットは不思議で仕方なかった。
『やめた方がいい』
「会いに来て、悪かった」
アリスの声がカインの言葉と重なって聞こえた。と同時に、カインはマーガレットに背を向けた。それが合図になったかのように、マーガレットは窓の鍵に手を掛け直し、窓を大きく開いた。
「待ってカイン。私も約束を破ってごめんなさい」
窓の桟に片手をつき、そのままぐっと身を乗り出してカインのジュストコールの裾を掴んだ。すると、熱に侵された体は自分が思うよりも重く、体に力が入らない。そのせいで片手では体を支えることができなかったマーガレットは窓の外へ向かって落ちていく。
(また、倒れる……!)
そう思い、硬く瞼を閉じた瞬間、ふわりと甘い香りがマーガレットを優しく包んだ。
「まったく、おてんばは相変わらずだな」
そんな声がマーガレットの耳元を優しく撫でた。
甘い香りに酔いしれそうになりながらも、気を抜くと意識が遠のいてしまいそうだった。せっかくカインと会えたのだ、また意識を失うわけにはいかないと、マーガレットは唇を噛み締めた。するとーー。
「……熱いな」
マーガレットの額に、カインの手がそっと当てられる。外は冷えているせいか、カインの手はとても冷えている。しかしそれが今のマーガレットにとってはとても心地が良い。
「熱があるのか?」
部屋の中を覗き、ブックライトの下に食事と飲み干した薬の包み紙を見つけたカインは、マーガレットを抱きあげながら窓から部屋の中へと足を踏み入れた。
「ゆっくり眠れ。病の時はそれが一番の特効薬だ」
カインは優しくマーガレットをベッドの上に運び、キルトをかけてやる。そのままカインが窓から部屋を出て行こうとすると。
「待って、行かないで……」
マーガレットは甘えたような声で、カインのジュストコールを再び掴んだ。少し驚いたような顔でカインは振り向いた後、再びマーガレットのベッドのそばに寄り、ベッドの端に腰をおろしてマーガレットの手を握りしめた。
「眠るのは怖い。嫌な夢を見そうなの」
子供のようにそんなことを言うマーガレット。けれどそう言いながらも瞳はまどろんでいる。カインはマーガレットの額にかかった髪を優しく押しのけ、そこにキスを落とした。
「俺はお前が眠るまでここにいる。だから安心して眠れ」
甘い甘い香り。ローズとジャスミンを思わせるような、妖艶で、それでいて安心を誘うような、甘い蜜の香り。その香りが部屋に充満し始めた頃、マーガレットは溶けるように眠りに落ちていった。今度は夢も見ず、不安も恐怖も感じず。あのアリスという女性の声も、いつの間にか聞こえなくなっていた。
*
「……やっと、眠ったか」
カインはマーガレットの寝息が一定に落ち着いたのを確認し、ずっと握りしめていた手を解いた。ベッドサイドボードの上に食事の残りとリュセットのメモを見た後、そのすぐ近くにはあのネックレスが置かれていた。
カインはネックレスを掴み、ブックライトに照らしながらそれを見つめた後、それをそっとマーガレットの首元につけた。しばらくマーガレットの寝顔を見つめながら、紋章が刻まれたネックトップのプレートにキスを落とし、そしてマーガレットの額に再びキスをする。
「不思議なやつだ」
誰にいうわけでもなく、ぽつりとそう呟いた後、カインはポケットに入れていた一通の手紙を取り出した。それはマーガレットから受け取ったものとは違い、裏には赤い蝋封がされている。
窓の外に置いてあった大きな箱を取り、それをマーガレットのベッドのそばに置いた後、手紙をそこに乗せた。
カインは再びマーガレットを見下ろしながら、ブックライトに手をかける。するとカチリという音と共にライトは消え、辺りは闇に飲まれた。
「またな、マーガレット」
そんな言葉とともに、ライトを消す音よりも小さなリップ音が部屋の中に響いたが、それもやがて闇に飲まれていった——。
ふと目を開けると、マーガレットはベッドの上に横たわっていた。むくりと上半身を起こし、あたりを見やると部屋の中は薄暗く、夕日の朱が部屋の中を染め上げている。
「……あれ、私なんでベッドに……?」
ゆっくりと記憶を辿る。細い糸を手繰り寄せるように、この状況を必死に思い出していた。
「確か、リュセットと裏庭で話をしていて、それから……」
ベッドのそばにはブックライトが小さな明かりを照らしている。そのライトの下には埃がかかるのを避けるためにかけられた布があり、布をのけるとその下にはパンとスープ、そしてグラスに入った水が置かれていた。食事のすぐそばには小さなメモがあり、メモにはリュセットの字でこう書かれていた。
熱があるようなので、少しでも何か口になさって下さい。
薬は水の横に置いておきます。
ーーリュセットより
その手紙を読んで、やっと状況を理解した。裏庭でマーガレットは倒れたのだ。あんなところでうたた寝をしてしまったせいかもしれない。
体が重く、節々が痛い。喉はカラカラだった。熱いと思うのに、同時に寒いとも感じるこの感覚には身に覚えがある。マーガレットはリュセットの用意してくれているスープを二口飲んで、薬を水で流し込んだ。
「……苦い」
良薬口に苦し、とはよく言ったものだ。その苦味に顔を顰めた時、窓の外で何かが動く影が見えた。夕日がそれにより遮断されて、マーガレットは無意識に窓の外へと目を向けた。すると思わずハッとし、息が止まりそうになった。
「……えっ、どうして……?」
蜂蜜のような美しい金色の髪が、朱の色によって焼いたカラメルのように輝いている。逆光で影が差したその表情は、たとえ今は見えなくともどういうものなのかが、マーガレットには手に取るように分かっていた。
透き通るような海の色をその瞳に宿し、少し神経質そうな凛々しい眉。その眉に引っ張られるように鋭く尖る目尻。スッと筋の通った鼻を下れば薄い唇がいつもこう言う。
「マーガレット」
マーガレットは慌ててベッドから飛び起き、窓辺へと向かった。信じられない光景に、これもまた夢なんじゃないかと疑心暗鬼に陥る。そんな感情が窓の鍵へと伸ばしたマーガレットの手を止めた。
『やめた方がいいわよ』
そんな声が耳の奥で響いている。アリスと言う名の女性。彼女がマーガレットに警告し続ける。あれは夢だったのだ。そんな風に思う反面、あれは本当に夢だったのだろうかと思う気持ちも湧いてくる。
『彼とは会わない方がいい』
アリスの言葉がマーガレットを今だに警告し続ける。どうしてそんなことを言うのか。どうしてカインと会ってはいけないのか。
マーガレットは窓ガラス越しに、カインの瞳を真っ直ぐに見つめた。すると、カインはそっと窓に手を当てた。それはマーガレットが鍵を開けようか迷っているその手と重なるように。
「マーガレット、お前からの手紙を受け取った」
そう言って、カインは再びマーガレットを見つめる。窓ガラス越しに重ねた手をぐっと握りしめた後、カインはゆっくりと目を伏せた。
「俺はお前の顔を久しぶりに見て、話がしたいと思ったのだ」
ゆっくりと手は窓から離れていく。その様子に、マーガレットの手には力が加わった。手を伸ばせば届く距離にカインがいる。マーガレットもカインに会って、話がしたいと思っていた。
出会いは最悪。こうして会うようになったのもマッサージというきっかけがあったため。出会って間もないというのに、どうしてそんな風に思うのか、マーガレットは不思議で仕方なかった。
『やめた方がいい』
「会いに来て、悪かった」
アリスの声がカインの言葉と重なって聞こえた。と同時に、カインはマーガレットに背を向けた。それが合図になったかのように、マーガレットは窓の鍵に手を掛け直し、窓を大きく開いた。
「待ってカイン。私も約束を破ってごめんなさい」
窓の桟に片手をつき、そのままぐっと身を乗り出してカインのジュストコールの裾を掴んだ。すると、熱に侵された体は自分が思うよりも重く、体に力が入らない。そのせいで片手では体を支えることができなかったマーガレットは窓の外へ向かって落ちていく。
(また、倒れる……!)
そう思い、硬く瞼を閉じた瞬間、ふわりと甘い香りがマーガレットを優しく包んだ。
「まったく、おてんばは相変わらずだな」
そんな声がマーガレットの耳元を優しく撫でた。
甘い香りに酔いしれそうになりながらも、気を抜くと意識が遠のいてしまいそうだった。せっかくカインと会えたのだ、また意識を失うわけにはいかないと、マーガレットは唇を噛み締めた。するとーー。
「……熱いな」
マーガレットの額に、カインの手がそっと当てられる。外は冷えているせいか、カインの手はとても冷えている。しかしそれが今のマーガレットにとってはとても心地が良い。
「熱があるのか?」
部屋の中を覗き、ブックライトの下に食事と飲み干した薬の包み紙を見つけたカインは、マーガレットを抱きあげながら窓から部屋の中へと足を踏み入れた。
「ゆっくり眠れ。病の時はそれが一番の特効薬だ」
カインは優しくマーガレットをベッドの上に運び、キルトをかけてやる。そのままカインが窓から部屋を出て行こうとすると。
「待って、行かないで……」
マーガレットは甘えたような声で、カインのジュストコールを再び掴んだ。少し驚いたような顔でカインは振り向いた後、再びマーガレットのベッドのそばに寄り、ベッドの端に腰をおろしてマーガレットの手を握りしめた。
「眠るのは怖い。嫌な夢を見そうなの」
子供のようにそんなことを言うマーガレット。けれどそう言いながらも瞳はまどろんでいる。カインはマーガレットの額にかかった髪を優しく押しのけ、そこにキスを落とした。
「俺はお前が眠るまでここにいる。だから安心して眠れ」
甘い甘い香り。ローズとジャスミンを思わせるような、妖艶で、それでいて安心を誘うような、甘い蜜の香り。その香りが部屋に充満し始めた頃、マーガレットは溶けるように眠りに落ちていった。今度は夢も見ず、不安も恐怖も感じず。あのアリスという女性の声も、いつの間にか聞こえなくなっていた。
*
「……やっと、眠ったか」
カインはマーガレットの寝息が一定に落ち着いたのを確認し、ずっと握りしめていた手を解いた。ベッドサイドボードの上に食事の残りとリュセットのメモを見た後、そのすぐ近くにはあのネックレスが置かれていた。
カインはネックレスを掴み、ブックライトに照らしながらそれを見つめた後、それをそっとマーガレットの首元につけた。しばらくマーガレットの寝顔を見つめながら、紋章が刻まれたネックトップのプレートにキスを落とし、そしてマーガレットの額に再びキスをする。
「不思議なやつだ」
誰にいうわけでもなく、ぽつりとそう呟いた後、カインはポケットに入れていた一通の手紙を取り出した。それはマーガレットから受け取ったものとは違い、裏には赤い蝋封がされている。
窓の外に置いてあった大きな箱を取り、それをマーガレットのベッドのそばに置いた後、手紙をそこに乗せた。
カインは再びマーガレットを見下ろしながら、ブックライトに手をかける。するとカチリという音と共にライトは消え、辺りは闇に飲まれた。
「またな、マーガレット」
そんな言葉とともに、ライトを消す音よりも小さなリップ音が部屋の中に響いたが、それもやがて闇に飲まれていった——。
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