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本編
不思議な女性 2
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「もしマーガレットでないのなら、私は誰なのか、私自身わかりません」
自分は一体誰なのか。もしマーガレットでないと言うのであれば、ここでこうしてマーガレットとして生活している自分は誰だというのか。
「……そうね。あなたはマーガレットかもしれない」
そう言って女性は回るのをやめ、笑うのもやめた。まるで夢でも見ているような夢うつつな表情をしているこの女性は、さらに言葉を紡ぐ。
「けれど、あなたはどこから来たのかしら? 私の知るマーガレットとは違っているわ。ウィルヘルムが再婚し、この家にやって来た頃のあなたと今のあなたでは、匂いが違う。あなたはそこに立っているけれど、立っていない。そんな風に私には感じるの」
女性はマーガレットの顎をその細い指先でクイっと持ち上げた。
「だってあなたは元々……この世界の住人ではないわよね?」
「……あなたは、一体何者なの?」
女性から距離を取ろうと背後に一歩下がると、踵にぶつかったのはプラタナスの木。それをチラリと盗み見て、再び女性と向き合う。が、女性はもう目の前にはいなかった。
「私はアリス。この家にリュセットが生まれる前から、そしてウィルヘルムがこの土地を買う前からいる者」
再び声はマーガレットの頭上から聞こえる。マーガレットが顔を上げると、そこにはもうアリスはいない。すると今度はマーガレットの背後から声が聞こえた。
「私は知っている~。この物語がどうなるのかを~。この先どういうストーリーが待ち受けているのかを~」
アリスは歌う。踊らず、回らず、笑顔を見せず。ただただ、淡々とそう言いながら、マーガレットの両手を背後から掴んだ。
「やめた方がいい~。あなたはやめた方がいい~。彼とは会わない方がいい~」
「どういうこと?」
アリスの手を振り払いながら振り向くと、今度は少し離れたところにアリスは立っていた。彼女が手を広げると、その細い指に引っ掛けられていたのは、カインのネックレスだ。そのネックレスを夢見心地な様子で、見つめている。
マーガレットは慌てて両手を開き、先ほどまでそこにあったそれを探す。が、ネックレスはもう手の中にはなかった。
「返して!」
マーガレットがアリスに向かって駆け寄り、彼女の手の中にあるネックレスへと手を伸ばすが、その手をひらりとかわし、アリスは逆に彼女の腕を掴み、そのままマーガレットを引き寄せた。
「彼とはもう会わない方がいい。それがこの世界のため。そしてそれはーーあなたのためでもあるのよ」
耳元で囁かれたその言葉の意味を確認しようとしたけれど、辺りは突然暗くなる。今まで上映中の映画が突然終わり、緞帳が閉まり出すように。太陽の光を眩しく感じていたはずの景色が、色をなくし、やがて闇に飲まれ始める。
「どういうこと? どうなってるの?」
マーガレットは手探りで辺りを歩き回る。が、何も掴めなければ、何もない。さっきまでそばにあった草や木。いくら歩いてもそれらに手が届かない。どんどん闇は濃くなり、やがて全ては闇一色になる。暗く、心細い、ただの闇。
「誰か、誰かいないの!?」
声を上げたところで、誰に届くわけでもなく、誰かが返事をするわけでもない。
「……!」
やがては、自分の声すら聞こえなくなった。
マーガレットは両手で顔を抑え、うずくまった。けれど自分の両手は自分の顔を抑えているのか、自分はちゃんと屈めているのかすらわからない。全ては闇で、全ては無だ。音もなく、光もない。
「——あなたが向かおうとする先は、こういう未来が待ち受けている」
何もない暗闇の中で、その声だけが聞こえた。それはアリスの声だった。笑っている様子も、怒っている様子もなく、ただ無の感情でそう言っているように聞こえる。
「私はアリス。プラタナスのアリス。私は世界のあり方を知っている」
聞こえるけれど、それはどこから聞こえているのかも分からない。マーガレットのそばからなのか、はたまた離れた先なのか。それともーー。
「忘れないで、私の言葉を」
それが、マーガレットに届いた、アリスの最後の言葉だった——。
自分は一体誰なのか。もしマーガレットでないと言うのであれば、ここでこうしてマーガレットとして生活している自分は誰だというのか。
「……そうね。あなたはマーガレットかもしれない」
そう言って女性は回るのをやめ、笑うのもやめた。まるで夢でも見ているような夢うつつな表情をしているこの女性は、さらに言葉を紡ぐ。
「けれど、あなたはどこから来たのかしら? 私の知るマーガレットとは違っているわ。ウィルヘルムが再婚し、この家にやって来た頃のあなたと今のあなたでは、匂いが違う。あなたはそこに立っているけれど、立っていない。そんな風に私には感じるの」
女性はマーガレットの顎をその細い指先でクイっと持ち上げた。
「だってあなたは元々……この世界の住人ではないわよね?」
「……あなたは、一体何者なの?」
女性から距離を取ろうと背後に一歩下がると、踵にぶつかったのはプラタナスの木。それをチラリと盗み見て、再び女性と向き合う。が、女性はもう目の前にはいなかった。
「私はアリス。この家にリュセットが生まれる前から、そしてウィルヘルムがこの土地を買う前からいる者」
再び声はマーガレットの頭上から聞こえる。マーガレットが顔を上げると、そこにはもうアリスはいない。すると今度はマーガレットの背後から声が聞こえた。
「私は知っている~。この物語がどうなるのかを~。この先どういうストーリーが待ち受けているのかを~」
アリスは歌う。踊らず、回らず、笑顔を見せず。ただただ、淡々とそう言いながら、マーガレットの両手を背後から掴んだ。
「やめた方がいい~。あなたはやめた方がいい~。彼とは会わない方がいい~」
「どういうこと?」
アリスの手を振り払いながら振り向くと、今度は少し離れたところにアリスは立っていた。彼女が手を広げると、その細い指に引っ掛けられていたのは、カインのネックレスだ。そのネックレスを夢見心地な様子で、見つめている。
マーガレットは慌てて両手を開き、先ほどまでそこにあったそれを探す。が、ネックレスはもう手の中にはなかった。
「返して!」
マーガレットがアリスに向かって駆け寄り、彼女の手の中にあるネックレスへと手を伸ばすが、その手をひらりとかわし、アリスは逆に彼女の腕を掴み、そのままマーガレットを引き寄せた。
「彼とはもう会わない方がいい。それがこの世界のため。そしてそれはーーあなたのためでもあるのよ」
耳元で囁かれたその言葉の意味を確認しようとしたけれど、辺りは突然暗くなる。今まで上映中の映画が突然終わり、緞帳が閉まり出すように。太陽の光を眩しく感じていたはずの景色が、色をなくし、やがて闇に飲まれ始める。
「どういうこと? どうなってるの?」
マーガレットは手探りで辺りを歩き回る。が、何も掴めなければ、何もない。さっきまでそばにあった草や木。いくら歩いてもそれらに手が届かない。どんどん闇は濃くなり、やがて全ては闇一色になる。暗く、心細い、ただの闇。
「誰か、誰かいないの!?」
声を上げたところで、誰に届くわけでもなく、誰かが返事をするわけでもない。
「……!」
やがては、自分の声すら聞こえなくなった。
マーガレットは両手で顔を抑え、うずくまった。けれど自分の両手は自分の顔を抑えているのか、自分はちゃんと屈めているのかすらわからない。全ては闇で、全ては無だ。音もなく、光もない。
「——あなたが向かおうとする先は、こういう未来が待ち受けている」
何もない暗闇の中で、その声だけが聞こえた。それはアリスの声だった。笑っている様子も、怒っている様子もなく、ただ無の感情でそう言っているように聞こえる。
「私はアリス。プラタナスのアリス。私は世界のあり方を知っている」
聞こえるけれど、それはどこから聞こえているのかも分からない。マーガレットのそばからなのか、はたまた離れた先なのか。それともーー。
「忘れないで、私の言葉を」
それが、マーガレットに届いた、アリスの最後の言葉だった——。
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