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本編
夕食での討論 2
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「二人とも姉妹で喧嘩はおやめ!」
ぴしゃりと言い放つイザベラの言葉に、二人は一度開いた口を静かに閉じた。その様子を確認した上で、イザベラは鋭くつり上がった目尻を細めてマルガリータへと視線を移した。けれどイザベラから放たれた言葉は、リュセットに向けたものだった。
「サンドリヨン、以前あんたが縫った刺繍をいくつかここに持っておいで」
ハラハラと震えるようにしてこの光景を見やっていたリュセットは、突然舞台に上げられたことに驚きつつ、イザベラの言う通り自分が縫ったものを部屋に取りに行った。
数分と経たないうちに、リュセットはいくつか布を手に持っている。それをそっとイザベラへと渡した後、リュセットは部屋の隅の影に隠れるようにして立った。
「マルガリータ……この薔薇の刺繍は、本当にあんたが縫ったのかい? まるでサンドリヨンが縫ったかのような出来じゃないか」
イザベラはマルガリータとリュセットの布を見比べ、再びマルガリータへと視線を投げた。今度はその瞳に疑念の色を乗せて。
「マーガレットだけなら悪しからず、お母様まで疑うのですか?」
マルガリータはイザベラのそばに屈み込み、泣きつくようにしてイザベラのドレスに顔を埋めている。
「昨日見せてもらった刺繍は酷いものだった。一夜にしてこれほど上達するのは確かにおかしいねぇ」
「それは、お母様に早く見せないとと思い、プレッシャーを感じていたからですわ。だから不出来なものをお見せしたと先ほどお伝えしたではありませんか!」
「ではまた明日、別のものを見せてちょうだい。完成していなくてもいいから、プレッシャーを感じる必要はないわよ」
泣き落としが通用しないと感じたのか、不満の色に染まった顔を上げてマルガリータは抗議している。その様子を見てイザベラはさらにこう付け加えた。
「途中経過を覗きに行くから、しっかりやりなさい」
マルガリータは立ち上がり、椅子に座る母親を見下ろした後、睨みつけるような視線をマーガレットへ投げつけ、床を踏みつけるようにして去って行った。
いい気味だと内心ほくそ笑んでいたマーガレットだが、イザベラの矛先が今度はマーガレットへと向けられる。細くつり上がった瞳をマーガレットへ向けた後、テーブルの上で両手を組んだ。
「ところでマーガレット。あんたもちゃんと練習しているんだろうね?」
「……リュセットにお願いして見てもらう予定ですわ。今日はリュセットの調子が悪かったので、明日からするつもりですの」
「刺繍なんてのは一人でするものだよ、サンドリヨンに頼るんじゃない」
「ですが、一人でするよりも誰かと話しながらする方が楽しく針も進みます。それに私はリュセットの技術を学びたいのです」
細い瞳がさらに細まった。マーガレットはその視線から逃れる様子はなく、まっすぐ見つめ返している。マーガレットはマルガリータとは違い、リュセットに代わりに刺繍をしてもらおうとは思っていない。自分でやる気はあるのだ。ただ技術がやる気に見合わないだけ。
「刺繍ができたら見せに来なさい。さぁ、座ってご飯をお食べ、せっかくの料理が冷えてしまった」
イザベラはリュセットにスープを温めなおすように皿を渡している。マーガレットは席に着き、リュセットがスープを温めなおそうとするのを断り、スプーンでそれをすくってひとくち口に含んだ。ぬるくなったコーンポタージュ。それとともにパンへと手を伸ばした時、マーガレットは意を決してこう言った。
「お母様、一つ聞きたいのですが……」
「なんだい?」
「いつも将来は爵位の高い貴族の殿方と結婚するように仰いますが、はたまた騎士というのはどうなのでしょう?」
パンをひとくちサイズにちぎり、口に含んで咀嚼する。ほんのり塩味が効いた硬いパン。それをポタージュスープと共に飲み込んだ。
「騎士など話にならないよ」
冗談じゃないと言いたげに口元を引きつりながら笑っている。その様子からマーガレットの頭の中で浮かんでいたカインの笑顔が薄らいでいく。
「ですが、例えばお城の騎士団長とかであれば……」
「いいかいマーガレット。騎士はやめなさい」
笑顔は影を潜め、リュセットが運んできた温かなポタージュスープの上で手を組んだ。
「万が一怪我をすれば給与は下がり、さらに戦が始まれば死んでしまうかもしれない。あんたまで未亡人になる必要はないよ」
「けれど」
「それに、貴族であればお金に困ることがない。けれど騎士は違う。わかるね? 女は家にいて家庭を守りはするが、お金は作り出せないんだ。どっちが幸せなことかわかるだろう?」
マーガレットは手に持っていたスプーンをテーブルに置いた。代わりにイザベラはスプーンを手に取り、スープを飲み始めた。この話はこれで終わりだとでも言うように。
けれどマーガレットは納得がいかなかった。
「女性もきちんと手に職を持ては働くことはできると思いますわ」
言葉に揺るぎはなく、目の前に座るイザベラへとまっすぐ言葉を紡いでいく。
「もしきちんとした技術を得れば——」
「やめなさい」
声は決して大きくもない。それなのにどこか言葉に重みを感じるその物言いに、マーガレットは思わず口を閉ざした。
「女性は無駄な知識は必要ない。必要なのは立派な殿方を見つけて幸せに暮らすことだよ」
「ですが、そのような相手を見つけたとしても安泰とは限りませんわ。いつ経済は傾くかわかりませんし、現にお母様は二度も旦那となった相手がいなくなってしまったではないですか。お父様達は騎士でもないのに」
「マーガレット!」
今度はイザベラも怒りの様子を露わにしながら、叫んでいた。その声を聞いて、さすがに言いすぎたとマーガレットも思い、口を閉じて目を伏せた。
「さっさと夕食を済ませて寝なさい。最近のあんたは余計なことを考えすぎだよ」
食卓はその後お通夜かのように誰も何も言わなかった。ただスプーンが食器を擦る小さな音だけがダイニングに響いていた——。
ぴしゃりと言い放つイザベラの言葉に、二人は一度開いた口を静かに閉じた。その様子を確認した上で、イザベラは鋭くつり上がった目尻を細めてマルガリータへと視線を移した。けれどイザベラから放たれた言葉は、リュセットに向けたものだった。
「サンドリヨン、以前あんたが縫った刺繍をいくつかここに持っておいで」
ハラハラと震えるようにしてこの光景を見やっていたリュセットは、突然舞台に上げられたことに驚きつつ、イザベラの言う通り自分が縫ったものを部屋に取りに行った。
数分と経たないうちに、リュセットはいくつか布を手に持っている。それをそっとイザベラへと渡した後、リュセットは部屋の隅の影に隠れるようにして立った。
「マルガリータ……この薔薇の刺繍は、本当にあんたが縫ったのかい? まるでサンドリヨンが縫ったかのような出来じゃないか」
イザベラはマルガリータとリュセットの布を見比べ、再びマルガリータへと視線を投げた。今度はその瞳に疑念の色を乗せて。
「マーガレットだけなら悪しからず、お母様まで疑うのですか?」
マルガリータはイザベラのそばに屈み込み、泣きつくようにしてイザベラのドレスに顔を埋めている。
「昨日見せてもらった刺繍は酷いものだった。一夜にしてこれほど上達するのは確かにおかしいねぇ」
「それは、お母様に早く見せないとと思い、プレッシャーを感じていたからですわ。だから不出来なものをお見せしたと先ほどお伝えしたではありませんか!」
「ではまた明日、別のものを見せてちょうだい。完成していなくてもいいから、プレッシャーを感じる必要はないわよ」
泣き落としが通用しないと感じたのか、不満の色に染まった顔を上げてマルガリータは抗議している。その様子を見てイザベラはさらにこう付け加えた。
「途中経過を覗きに行くから、しっかりやりなさい」
マルガリータは立ち上がり、椅子に座る母親を見下ろした後、睨みつけるような視線をマーガレットへ投げつけ、床を踏みつけるようにして去って行った。
いい気味だと内心ほくそ笑んでいたマーガレットだが、イザベラの矛先が今度はマーガレットへと向けられる。細くつり上がった瞳をマーガレットへ向けた後、テーブルの上で両手を組んだ。
「ところでマーガレット。あんたもちゃんと練習しているんだろうね?」
「……リュセットにお願いして見てもらう予定ですわ。今日はリュセットの調子が悪かったので、明日からするつもりですの」
「刺繍なんてのは一人でするものだよ、サンドリヨンに頼るんじゃない」
「ですが、一人でするよりも誰かと話しながらする方が楽しく針も進みます。それに私はリュセットの技術を学びたいのです」
細い瞳がさらに細まった。マーガレットはその視線から逃れる様子はなく、まっすぐ見つめ返している。マーガレットはマルガリータとは違い、リュセットに代わりに刺繍をしてもらおうとは思っていない。自分でやる気はあるのだ。ただ技術がやる気に見合わないだけ。
「刺繍ができたら見せに来なさい。さぁ、座ってご飯をお食べ、せっかくの料理が冷えてしまった」
イザベラはリュセットにスープを温めなおすように皿を渡している。マーガレットは席に着き、リュセットがスープを温めなおそうとするのを断り、スプーンでそれをすくってひとくち口に含んだ。ぬるくなったコーンポタージュ。それとともにパンへと手を伸ばした時、マーガレットは意を決してこう言った。
「お母様、一つ聞きたいのですが……」
「なんだい?」
「いつも将来は爵位の高い貴族の殿方と結婚するように仰いますが、はたまた騎士というのはどうなのでしょう?」
パンをひとくちサイズにちぎり、口に含んで咀嚼する。ほんのり塩味が効いた硬いパン。それをポタージュスープと共に飲み込んだ。
「騎士など話にならないよ」
冗談じゃないと言いたげに口元を引きつりながら笑っている。その様子からマーガレットの頭の中で浮かんでいたカインの笑顔が薄らいでいく。
「ですが、例えばお城の騎士団長とかであれば……」
「いいかいマーガレット。騎士はやめなさい」
笑顔は影を潜め、リュセットが運んできた温かなポタージュスープの上で手を組んだ。
「万が一怪我をすれば給与は下がり、さらに戦が始まれば死んでしまうかもしれない。あんたまで未亡人になる必要はないよ」
「けれど」
「それに、貴族であればお金に困ることがない。けれど騎士は違う。わかるね? 女は家にいて家庭を守りはするが、お金は作り出せないんだ。どっちが幸せなことかわかるだろう?」
マーガレットは手に持っていたスプーンをテーブルに置いた。代わりにイザベラはスプーンを手に取り、スープを飲み始めた。この話はこれで終わりだとでも言うように。
けれどマーガレットは納得がいかなかった。
「女性もきちんと手に職を持ては働くことはできると思いますわ」
言葉に揺るぎはなく、目の前に座るイザベラへとまっすぐ言葉を紡いでいく。
「もしきちんとした技術を得れば——」
「やめなさい」
声は決して大きくもない。それなのにどこか言葉に重みを感じるその物言いに、マーガレットは思わず口を閉ざした。
「女性は無駄な知識は必要ない。必要なのは立派な殿方を見つけて幸せに暮らすことだよ」
「ですが、そのような相手を見つけたとしても安泰とは限りませんわ。いつ経済は傾くかわかりませんし、現にお母様は二度も旦那となった相手がいなくなってしまったではないですか。お父様達は騎士でもないのに」
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今度はイザベラも怒りの様子を露わにしながら、叫んでいた。その声を聞いて、さすがに言いすぎたとマーガレットも思い、口を閉じて目を伏せた。
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