サンドリヨン 〜 シンデレラの悪役令嬢(意地悪姉役)に転生したので前職を生かしてマッサージを始めました 〜

浪速ゆう

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本編

薔薇の刺繍 2

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「心配なさらないでマルガリータお姉様。お母様はきっとそのようなことは仰らないですわ。だってこんなに努力しようとされているのですから」
「おお分かってくれるのね。私は心配で焦ってしまって余計に上手くできずにいるの……だからもし、一つでもあんたが私のために繕ってくれたのなら、私は安心して自分の裁縫に集中できると思うの」
「分かりましたわ。私が一つ刺繍したものをお渡しいたします」

 まっすぐ澄んだ瞳は信念に燃えていた。そんな瞳を見つめながらマルガリータは心の中でほくそ笑みながら、こう言った。

「あるものではダメよ。それはもうお母様もご存知かもしれないし、マーガレットに知れたらあの子がお母様に告げ口するかもしれないでしょう?」
「マーガレットお姉様がそのようなことをなさるとは思えませんが……?」
「念のためよ。それに私はお母様の残念そうな顔を見たくはないの。だから新しいものを私のために刺繍してくれないかしら? もちろんマーガレットにも内緒で」

 リュセットは一瞬考えた後、小さく頷いた。気がつけばリュセットがマルガリータの両手を握りしめていたはずだが、今はもうマルガリータがリュセットの手を握りしめている。まるで逃がさないとでもするかのように。

「分かりました。私もお母様のそのような顔は見たくありませんもの」
「では、今夜のディナーの時間までに赤い薔薇の花の刺繍を縫ってもらえるかしら?」
「こ、今夜ですか?」

 さすがのリュセットもマルガリータのこの無茶なお願いには度肝を抜いたようだ。リュセットは家事を全て一人でやこなしている。母親を亡くした後、父親のウィルヘルムが仕事で家にいない間はいつもリュセットが家を切り盛りしていた。ウィルヘルムがいなくなった後は特に家計のことも考えて使用人を入れていないため、その仕事は全てリュセットに押し付けられていた。
 リュセットは家事をするのも好きなため苦ではない。その為裁縫も得意で、刺繍も大したものでなければあっという間に終わらせることができる。それは買い物や掃除洗濯、食事の準備という日常的なことを除けばの話だ。
 今はもう太陽が真上を通り過ぎている時刻。今から薔薇の大輪を刺繍するとなるとかなりの時間が必要だと、リュセットは頭の中で時間の逆算を始めていた。

「明日の夜まででは如何でしょう? 今日はマーガレットお姉様に裁縫を教える約束をこの後にしておりますので、少し難しいかと……」
「やっぱりあんたは私よりもマーガレットを選ぶのね!」

 マルガリータはヒステリックに叫び、リュセットの手をはね除けるように離して扇で顔を隠した。

「昨日お母様が私の裁縫の腕を見てお怒りで、今夜までにきちんと仕上げたものをお見せしなければきっと、お母様は私をお嫌いになるわ……」
「そのようなことは……」
「もしそうなれば私はきっとお母様に外出せず毎日部屋で裁縫をしろと言われ、ドレスも買ってもらえず、きっと気を病んでしまうわ」

 あまりにもマルガリータが悲劇的な様子で泣く為、リュセットはマルガリータのことが気の毒に思えてならなかった。困った様子で頬に手をついて、マーガレットとの約束を明日に変更できないか相談する案を講じた。

「それでは、一度マーガレットお姉様に相談して……」
「そうね! マーガレットとの約束は急ぎではないのでしょう? それなら日程変更も可能だわ。きっとマーガレットも了承してくれるわね。なんていい案なのでしょう」

 マルガリータはリュセットの言葉を遮り、顔を輝かせながら再びリュセットの手を取った。

「いえ、私は一度マーガレットお姉様と相談——」
「そうと決まればよろしくお願いするわね。出来を楽しみにしているから」

 マルガリータは有無も言わさぬ様子でリュセットにそう言い聞かせ、さっさと去っていった。リュセットは誤解を解こうとマルガリータを引き止めようとするが、聞く耳など持っていないマルガリータはそそくさとその場を去ってしまった。

「……はぁ、困りましたわね」

 再び頬に手をつきながら、リュセットは太陽を見つめて立ちすくんだ。そんな様子を遠くの陰で見ながらしたり顔でほくそ笑んでいたマルガリータは扇をパンッと勢いよく開き、顔を扇ぎながらこう言った。

「マーガレットのせいでなぜ私まで裁縫の練習をさせられて、昨日はお母様に叱られたのだもの。灰かぶりにさせるつもりなのでしょうけれどもそうはいかないわよマーガレット……あんたも失態を晒してしっかり怒られればいいんだわ」


  *


 コンコン、と控えめなノック音が聞こえ、マーガレットは返事もせずに扉を開けた。扉を開けた先に立っているのはマーガレットが待ち望んでいたリュセットだった。

「待っていたわ。さぁ中へ入ってちょうだい」

 笑顔でリュセットを招き入れ、机の椅子をベッドのそばへと移動させてそこに座るように促すが、リュセットは入り口で立ちすくんだままどこか気まずそうな表情でこう言った。

「マーガレットお姉様、本当に申し訳ございません。今日はちょっと裁縫のお手伝いができそうにないので、謝罪に参りました……」
「どうかしたの?」

 リュセットのいつもの様子とは違うことに気がついたマーガレットは、ひとまずリュセットを椅子に座るよう肩に手を置き促した。

「いえ、少しめまいがするような気がしたので、部屋で休もうと思いまして……マーガレットお姉様とお約束をしていたので大変心苦しいのですが……」
「それはいけないわね。私のベッドを使いなさい。私はその間居間にいるようにするわ」
「い、いえ、自分の部屋で眠る方が気が休まりますわ!」

 マーガレットの申し出に慌てた様子でリュセットは断った。

「そう? まぁ、日中であればリュセットの部屋でもさほど寒くはないわよね。もし体調が悪化するようなことがあれば隠さずに言ってちょうだいね。私はいつでも部屋を代わってあげるからね」
「マーガレットお姉様……そのお心遣いだけで充分ですわ。ありがとうございます」

 リュセットは後ろめたい気分だった。めまいがするというのは真っ赤な嘘で、本当は部屋に篭って一人、マルガリータの裁縫をしたいだけなのだから。それをマーガレットに言えもせず、さらに嘘をついて約束を破ることに心を痛めていた。

「明日は必ずお教えいたします。それまでの間にどういったものを刺繍したいかデザインを考えておかれるとスムーズにことが進むかと思いますわ。もしくはお一人で練習されるのであればハンカチに名前を刺繍するなどから始めてみるのも良いかと」
「ありがとう、リュセット。一度考えてみるわ。リュセットも無理はせず、夕食の準備など何か手伝えることがあれば言ってちょうだいね」

 リュセットがあまりにも申し訳なさそうに言うものだからか、マーガレットは安心させるかのようにほんのり笑みを携えてリュセットの手を握った。その手の暖かさがまた、リュセットの良心を締め付けていた。
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