31 / 114
本編
薔薇の刺繍 1
しおりを挟む
「ふぅ、今日もいい天気ね」
燦々と降り注ぐ太陽の光に向け、リュセットは手でひさしを作りながら太陽を見上げた。すると、洗濯紐を結んだ木の枝に止まっていた小鳥が、リュセットに向かって飛び立った。それはまるでリュセットにおはようの挨拶をするかのようだった。
「あら、リズとルーク。今日も二人は仲良しなのね」
リュセットの肩に止まった二羽は頬ずりをしながらチュンチュンと鳴いている。そんな様子にリュセットは微笑みながらくちばしの下を指の先でそっと撫でてやる。するとリズと呼ばれた小鳥は気持ちよさそうに目を閉じて、リュセットに身を委ねている。
リズとルークは同種の鳥で、鶯と同じ手のひらサイズの小鳥だ。顔から胸元にかけて黄色味がかったオレンジ色をしているのが特徴で、ルークはその範囲が目元より後ろから、リズは目元を境界線にして色づいている。二羽はいつもこの家の裏庭に立つプラタナスの木にで羽休めをしつつ、リュセットからパン屑などの餌をもらいに来ている。そして何よりリュセットにとってはこの小鳥達もネズミのシャルロット同様に友人の一人であった。
「洗濯物を干したら後でこっそり食事の残りものを持ってくるわね」
リズとルークはリュセットの言うことが理解しているかのように、首のない小さな顔を頷くように動かした後、リュセットの肩から飛び立った。
二羽が羽ばたく様子を微笑みながら見送り、リュセットはカゴに入った洗濯物に取り掛かった。洗濯物はプラタナスの枝に洗濯紐を巻きつけ、そこに干していく。天気の悪い日や天候が変わりやすい気候の安定しない季節は室内干しをすることが多いが、リュセットは天気の良い日にお日様の下で干すのがとても好きだった。
「マーガレットお姉様、早速この洋服をきてくださった。久しぶりに外に出られた気分はどう?」
リュセットは洋服に触れながら、そう問いかけた。それは母親が若き頃に着ていたという洋服。質素だけれど丈夫だ。昨日はマーガレットがそれを着ているのをみてとても嬉しい気持ちになっていた。これを着て外出をしていたマーガレット。ということは、マッサージの練習のためにこれを着て誰かに会っていたのだろうとリュセットは考えていた。マーガレットに口止めをされているため、余計なことは言わないようにしていたが、リュセットにとってはどちらにしてもこの服が再び日の目を見れることの方が何よりも嬉しく感じていた。
「灰かぶり、どこにいるんだい」
声の感じからすると、マルガリータだ。リュセットはそのことに気がつき、裏口に向かって返事を戻す。
「私はこちらですわ」
裏口からぬっと顔を覗かせたのは案の定マルガリータだ。リュセットの姿を見つけたマルガリータは手に持っていたドレスをドサリと床に置いた。
「このドレスと下着類を洗濯しておいてちょうだい」
「わかりましたわ、マルガリータお姉様」
嫌な顔一つ見せず、リュセットはそう答えると、マルガリータはふんと鼻を鳴らしてこう言った。
「間違ってもマーガレットのドレスのようになったら承知しないからね」
「はい、洗濯は任せてくださいませ。けれど、マーガレットお姉様のドレスはどうしてああなってしまったのか……ドレスは部屋の中に干すようにいたしますわ」
困惑した様子を見せてリュセットは今干したばかりの洗濯物に目を向けた。今干したものはほとんどがタオルやハンカチなど。リュセットの母親の服はあるが、太陽の下に干したいと思っているリュセットはあえて外を選んでいた。
「ところで灰かぶり、あんたマーガレットと最近仲がいいじゃない。何がきっかけでそうなったのか教えてちょうだい? 私だけ仲間はずれは寂しくてよ」
扇で目元から下を隠しながら目を伏せた。けれど扇の下では口角をここぞとばかりに引き上げ、ほくそ笑んでいる。一方そんなこととは露知らず、リュセットは眉を八の字へと形を変えて心を痛めていた。
「そんな、私達はマルガリータお姉様を仲間はずれになどしておりませんわ。ただ最近マーガレットお姉様が私のことをとても気遣ってくださるのです」
「あら、私もあんたのことを気遣ってるつもりでいたのだけれど、どうやら通じていないようね。あんたがお父様を亡くされて悲しみにくれてばかりにならないか心配で私は仕事を与えているのですわ。掃除や洗濯もそのためなのよ」
マルガリータは自分で言った言葉がおかしかったのか、肩を震わせて声を堪えながら笑っている。扇はすでにマルガリータの顔を全て隠してしまっていた。
けれどそんな状態ですらリュセットは疑うという考えを持ち合わせておらず、胸に手を当てて涙目で感謝の意を述べた。
「マルガリータお姉様……ありがとうございます。そんな風に思っていただけて私はとても幸せ者です」
「そう思うのなら、私の裁縫を手伝ってはくれないかしら?」
「あら、それでしたら私この後マーガレットお姉様と裁縫を一緒にやるつもりですので、ご一緒にいかがでしょうか?」
マルガリータは冷めざめとした表情でリュセットを見やる。神経質そうな眉の片側をピクリと揺らしながら。
「裁縫を一緒に? あの子あんたに裁縫させるつもりなんじゃ……」
「いいえ、マーガレットお姉様は裁縫を習いたいと仰っておいでですわ。ですので、私は微力ながらお手伝いできればと思っているのです」
「ふん、どーだか」
小声でそう呟いた後、マルガリータは再び顔を取り繕った。まるで別の仮面をその顔にかぶせるように。
「それよりも私はお母様に裁縫の腕が上がったと伝えたいのだけれど、まだまだ力量が足りなくてね。練習は毎日一人でしているけれど、もう少し時間がかかってしまうの。このままではお母様はいつか私のことも外出禁止にしたり、ドレスを買ってくださらなくなるのではないかと心配で心配で……」
扇に隠れて涙を流す……ふりをするマルガリータ。けれどそれを本当に泣いていると感じているリュセット。リュセットはマルガリータの元へと駆け寄り、マルガリータの手を取った。
燦々と降り注ぐ太陽の光に向け、リュセットは手でひさしを作りながら太陽を見上げた。すると、洗濯紐を結んだ木の枝に止まっていた小鳥が、リュセットに向かって飛び立った。それはまるでリュセットにおはようの挨拶をするかのようだった。
「あら、リズとルーク。今日も二人は仲良しなのね」
リュセットの肩に止まった二羽は頬ずりをしながらチュンチュンと鳴いている。そんな様子にリュセットは微笑みながらくちばしの下を指の先でそっと撫でてやる。するとリズと呼ばれた小鳥は気持ちよさそうに目を閉じて、リュセットに身を委ねている。
リズとルークは同種の鳥で、鶯と同じ手のひらサイズの小鳥だ。顔から胸元にかけて黄色味がかったオレンジ色をしているのが特徴で、ルークはその範囲が目元より後ろから、リズは目元を境界線にして色づいている。二羽はいつもこの家の裏庭に立つプラタナスの木にで羽休めをしつつ、リュセットからパン屑などの餌をもらいに来ている。そして何よりリュセットにとってはこの小鳥達もネズミのシャルロット同様に友人の一人であった。
「洗濯物を干したら後でこっそり食事の残りものを持ってくるわね」
リズとルークはリュセットの言うことが理解しているかのように、首のない小さな顔を頷くように動かした後、リュセットの肩から飛び立った。
二羽が羽ばたく様子を微笑みながら見送り、リュセットはカゴに入った洗濯物に取り掛かった。洗濯物はプラタナスの枝に洗濯紐を巻きつけ、そこに干していく。天気の悪い日や天候が変わりやすい気候の安定しない季節は室内干しをすることが多いが、リュセットは天気の良い日にお日様の下で干すのがとても好きだった。
「マーガレットお姉様、早速この洋服をきてくださった。久しぶりに外に出られた気分はどう?」
リュセットは洋服に触れながら、そう問いかけた。それは母親が若き頃に着ていたという洋服。質素だけれど丈夫だ。昨日はマーガレットがそれを着ているのをみてとても嬉しい気持ちになっていた。これを着て外出をしていたマーガレット。ということは、マッサージの練習のためにこれを着て誰かに会っていたのだろうとリュセットは考えていた。マーガレットに口止めをされているため、余計なことは言わないようにしていたが、リュセットにとってはどちらにしてもこの服が再び日の目を見れることの方が何よりも嬉しく感じていた。
「灰かぶり、どこにいるんだい」
声の感じからすると、マルガリータだ。リュセットはそのことに気がつき、裏口に向かって返事を戻す。
「私はこちらですわ」
裏口からぬっと顔を覗かせたのは案の定マルガリータだ。リュセットの姿を見つけたマルガリータは手に持っていたドレスをドサリと床に置いた。
「このドレスと下着類を洗濯しておいてちょうだい」
「わかりましたわ、マルガリータお姉様」
嫌な顔一つ見せず、リュセットはそう答えると、マルガリータはふんと鼻を鳴らしてこう言った。
「間違ってもマーガレットのドレスのようになったら承知しないからね」
「はい、洗濯は任せてくださいませ。けれど、マーガレットお姉様のドレスはどうしてああなってしまったのか……ドレスは部屋の中に干すようにいたしますわ」
困惑した様子を見せてリュセットは今干したばかりの洗濯物に目を向けた。今干したものはほとんどがタオルやハンカチなど。リュセットの母親の服はあるが、太陽の下に干したいと思っているリュセットはあえて外を選んでいた。
「ところで灰かぶり、あんたマーガレットと最近仲がいいじゃない。何がきっかけでそうなったのか教えてちょうだい? 私だけ仲間はずれは寂しくてよ」
扇で目元から下を隠しながら目を伏せた。けれど扇の下では口角をここぞとばかりに引き上げ、ほくそ笑んでいる。一方そんなこととは露知らず、リュセットは眉を八の字へと形を変えて心を痛めていた。
「そんな、私達はマルガリータお姉様を仲間はずれになどしておりませんわ。ただ最近マーガレットお姉様が私のことをとても気遣ってくださるのです」
「あら、私もあんたのことを気遣ってるつもりでいたのだけれど、どうやら通じていないようね。あんたがお父様を亡くされて悲しみにくれてばかりにならないか心配で私は仕事を与えているのですわ。掃除や洗濯もそのためなのよ」
マルガリータは自分で言った言葉がおかしかったのか、肩を震わせて声を堪えながら笑っている。扇はすでにマルガリータの顔を全て隠してしまっていた。
けれどそんな状態ですらリュセットは疑うという考えを持ち合わせておらず、胸に手を当てて涙目で感謝の意を述べた。
「マルガリータお姉様……ありがとうございます。そんな風に思っていただけて私はとても幸せ者です」
「そう思うのなら、私の裁縫を手伝ってはくれないかしら?」
「あら、それでしたら私この後マーガレットお姉様と裁縫を一緒にやるつもりですので、ご一緒にいかがでしょうか?」
マルガリータは冷めざめとした表情でリュセットを見やる。神経質そうな眉の片側をピクリと揺らしながら。
「裁縫を一緒に? あの子あんたに裁縫させるつもりなんじゃ……」
「いいえ、マーガレットお姉様は裁縫を習いたいと仰っておいでですわ。ですので、私は微力ながらお手伝いできればと思っているのです」
「ふん、どーだか」
小声でそう呟いた後、マルガリータは再び顔を取り繕った。まるで別の仮面をその顔にかぶせるように。
「それよりも私はお母様に裁縫の腕が上がったと伝えたいのだけれど、まだまだ力量が足りなくてね。練習は毎日一人でしているけれど、もう少し時間がかかってしまうの。このままではお母様はいつか私のことも外出禁止にしたり、ドレスを買ってくださらなくなるのではないかと心配で心配で……」
扇に隠れて涙を流す……ふりをするマルガリータ。けれどそれを本当に泣いていると感じているリュセット。リュセットはマルガリータの元へと駆け寄り、マルガリータの手を取った。
7
お気に入りに追加
95
あなたにおすすめの小説

小説主人公の悪役令嬢の姉に転生しました
みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
第一王子と妹が並んでいる姿を見て前世を思い出したリリーナ。
ここは小説の世界だ。
乙女ゲームの悪役令嬢が主役で、悪役にならず幸せを掴む、そんな内容の話で私はその主人公の姉。しかもゲーム内で妹が悪役令嬢になってしまう原因の1つが姉である私だったはず。
とはいえ私は所謂モブ。
この世界のルールから逸脱しないように無難に生きていこうと決意するも、なぜか第一王子に執着されている。
そういえば、元々姉の婚約者を奪っていたとか設定されていたような…?

悪役令嬢、第四王子と結婚します!
水魔沙希
恋愛
私・フローディア・フランソワーズには前世の記憶があります。定番の乙女ゲームの悪役転生というものです。私に残された道はただ一つ。破滅フラグを立てない事!それには、手っ取り早く同じく悪役キャラになってしまう第四王子を何とかして、私の手中にして、シナリオブレイクします!
小説家になろう様にも、書き起こしております。

悪役令嬢に転生したら手遅れだったけど悪くない
おこめ
恋愛
アイリーン・バルケスは断罪の場で記憶を取り戻した。
どうせならもっと早く思い出せたら良かったのに!
あれ、でも意外と悪くないかも!
断罪され婚約破棄された令嬢のその後の日常。
※うりぼう名義の「悪役令嬢婚約破棄諸々」に掲載していたものと同じものです。
【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う
ひなクラゲ
ファンタジー
ここは乙女ゲームの世界
悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…
主人公と王子の幸せそうな笑顔で…
でも転生者であるモブは思う
きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…
悪役令嬢はモブ化した
F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。
しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す!
領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。
「……なんなのこれは。意味がわからないわ」
乙女ゲームのシナリオはこわい。
*注*誰にも前世の記憶はありません。
ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。
性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。
作者の趣味100%でダンジョンが出ました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる