サンドリヨン 〜 シンデレラの悪役令嬢(意地悪姉役)に転生したので前職を生かしてマッサージを始めました 〜

浪速ゆう

文字の大きさ
上 下
28 / 114
本編

ネックレス

しおりを挟む
 馬を走らせ街へと向かっている間に、空はあっという間に闇へと飲み込まれていた。

「もう辺りは暗い。家まで送る」

 カインはマーガレットを抱きおろした後、やはり思い直したかのようにそう助言した。けれどそれをマーガレットはあっさりと辞退した。

「気にしないで。この時間でも街の中であれば明るいわ。それに時々、この時間に外に出ることもあるし、大丈夫よ」

 なんてそれは嘘だった。日が暮れてから一人で外に出ることをイザベラは良しとしない。女性の品格を問われるためだ。それに街の中とはいえ、夜遅くに家を出るのはやはり危険だった。けれどそれを言えばカインは間違いなく家まで送ろうとする上、カインが家に帰るのがさらに遅くなってしまう。マーガレットにとってはそちらの方が気がかりで、申し訳なく感じていた。
 本当はこんな予定ではなかった。マッサージを終えたら家に早く帰るつもりでいた。外出禁止を言い渡されていただけに、なるべく大人しくしておこうと思っていたからだった。だからこそ、マーガレットがうたた寝をしてしまったのは大きな誤算だった。

「暗くなってからも外出するのか? マーガレット、お前は本当に用心が足りない」
「毎回出てるわけじゃないわ」
「それでもだ」

 思わずカインの口調が強くなる。それに気づいたカインは、コホンと咳をした後再び元の調子に戻った。

「もしここの後マーガレットに何かあればと思うと、俺は心配でならない。それに、もし本当に何かあった時、俺が後悔するんだ。お前をどうして一人で帰らせたのだ、とな」

 カインはマーガレットが羽織っているショールを掛け直した後、カインはマーガレットの肩を掴みながら真剣な瞳でまっすぐ見据えた。そんな風に言われては、これ以上断りきれない。観念したマーガレットはふう、と肩を揺らしてため息をこぼした。

「……分かったわ。だけど家の近くまでね。馬はここに置いてちょうだい」

 その条件はせめてものあがきだった。家の前までくればイザベラ達に見つかる可能性がある。それに馬で向かえば知人に見つかる可能性が出てくる。そうすれば知人の噂話の恰好の的となり、いずれはイザベラの耳に届く可能性がある。

「お前はつくづく変わったやつだな」

 馬を預けた後、マーガレットの隣を歩きながらしみじみとそう言った。変わったやつの意味が聞きたくてマーガレットはカインに向けて視線を上げる。するとカインは遠くを見るような目でこう言った。

「普通なら歩くよりも馬で送ってもらう事を選ぶだろう」
「歩くのも気持ちがいいとは思うけど?」
「そう思う者はそれほど多くはない。特に女性はな」

 カインが可笑しそうに笑いながら言う様子を、マーガレットは首を傾げながら聞いていた。

「それに、マーガレットは男のようだ」
「なっ、失礼な!」

 思わず拳を握りしめ、カインの腕を叩いた。そんなマーガレットの拳を捕まえながら、カインはさらに言葉を紡いだ。

「落ち着け褒めているのだ。マーガレットは自立していて、媚びない。だから俺も接しやすいと言う意味だぞ」
「それでも男は失礼よ! そもそも男だと感じるのであれば、送ってもらわなくても結構よ!」

 カインの手を振りほどき、口元を尖らせながら腕を組んだ。けれどカインは再びマーガレットの腕に触れ、こう囁いた。

「あくまで例えだ。精神的なところを言ってるだけで、何もマーガレットを男だと思っているわけではない。それにお前が男ならば俺も送ろうなどと言うものか」
「あらそう」

 聞く耳持たずとはこの事だ。マーガレットの機嫌は直りそうもない。そんな中、数メートル越えた角を曲がればマーガレットの住む屋敷につく。それに気づいたマーガレットは立ち止まってカインに別れを告げようとした。

「ここまででいいわ。もう家はすぐそばなの」

 すると、カインはマーガレットにならって立ち止まり、服の下につけていたネックレスを取り出した。それを首から外し、マーガレットへとつけ渡す。

「これはお詫びのしるしと、お守りだ。取っておけ」

 胸元に楕円形のシルバープレートがついたネックレス。プレートには不死鳥が炎の翼を広げながら盾をその爪で掴み、その中には獅子に似た獣が二体向き合う形で描かれている。
 そのエンブレムには見覚えがった。町のあちこちに旗が掲げられ、その旗に描かれているエンブレムと同じものだからだ。

「これって、お城の紋章よね……?」
「ああ、騎士が手柄をあげると王族から直々に送られるものだ」
「……! そんな大切なもの、もらえない」

 決して重くはないはずのそのネックレスが、突然重みを増した気がした。マーガレットは慌てて首の後ろに手を回しそれを外そうとするが、カインはそれを制した。

「外すな、お守りだと言っただろう。それに貸すだけだ。いつか返してもらうまでな」

 そのいつかっていうのはいつのことなのか……マーガレットは困惑しながらどうしたものかとネックレスのトップに触れていると、その手を掴んでカインは何かをマーガレットの手の中に握らせた。

「こっちが今日の報酬だ。受け取れ」

 手を広げるとその中には大型銀貨グロ一枚が握らされていた。それは約束の小型銀貨ソルド5枚をゆうに超える金額だった。

「こんなに受け取れないわ!」

 今日は手の感触とカインの体の状態をチェックしたまでで、本当に何もしていないのと同じだった。だがしかし、マーガレットはそう思っても、カインは違った。初めての体験にいたく感動していた。

「受け取れ。次回も同じ金額を出すとは限らん。あくまで初回のマッサージに箔をつけたまでだ」
「箔って……」

 こんなによくしてもらってもいいのだろうか。不安から顔を上げると、カインは笑ってマーガレットの髪を耳にそっとかけてやる。

「欲がない女だな。あんなに普段は着飾っていたのに、今日は地味なこのような服に身を包み、報酬に色をつければ怒るのだからな」
「私はちゃんと自分の身の丈を知っているからよ」

 強欲に飲まれてはいけない。山より高い理想を掲げてはいけない。自分の立ち位置と自分のあるべき姿をきちんと見極める。

 ——さもなければ、きっと最後は地獄に落ちる。

 マーガレットは知っている。自分の人生の物語がどういう方向へ向かうのかを。だからこそ自分の足で歩き、足を地につけて前を向いていかなければならない。
 この世界に転生した初日からマーガレットはそう心に誓っていた。

「だからお前は面白い」

 カインはマーガレットに渡したネックレスのトップを指で弄んだ後、そこにそっとキスを落とした。

「次はいつ会える?」
「一週間後。また同じ時間に同じ場所で」

 ネックレスから手を離し、そのままマーガレットの頭を撫でた。

「一週間後か。先だな」
「マッサージにはそれくらいの時間をおいた方がいいから。いくら練習とはいえ、あまり受けすぎるのは良くないのよ」

 その理由も嘘ではない。けれどそれよりもマーガレットはしなければならないことがある。イザベラに言われた裁縫をすること。そもそも一週間は外出禁止を言われている。今朝イザベラの友人に会ったように、次回も抜け出したところで知り合いに会う可能性は大いにある。それをなるべく避けたかった。

「では一週間後に。腕を磨いておけよ」
「そちらこそサボってばかりいないで、職務と鍛錬、怠らないようにね」
「はっ、生意気だな」

 カインは最後にもう一度マーガレットの頭をクシャリと撫で、そのまま来た道を歩いて行く。マーガレットはマーガレットで、ネックレスのトップをぎゅっと握りながら、カインの背中を見送ったーー。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小説主人公の悪役令嬢の姉に転生しました

みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
第一王子と妹が並んでいる姿を見て前世を思い出したリリーナ。 ここは小説の世界だ。 乙女ゲームの悪役令嬢が主役で、悪役にならず幸せを掴む、そんな内容の話で私はその主人公の姉。しかもゲーム内で妹が悪役令嬢になってしまう原因の1つが姉である私だったはず。 とはいえ私は所謂モブ。 この世界のルールから逸脱しないように無難に生きていこうと決意するも、なぜか第一王子に執着されている。 そういえば、元々姉の婚約者を奪っていたとか設定されていたような…?

悪役令嬢、第四王子と結婚します!

水魔沙希
恋愛
私・フローディア・フランソワーズには前世の記憶があります。定番の乙女ゲームの悪役転生というものです。私に残された道はただ一つ。破滅フラグを立てない事!それには、手っ取り早く同じく悪役キャラになってしまう第四王子を何とかして、私の手中にして、シナリオブレイクします! 小説家になろう様にも、書き起こしております。

悪役令嬢に転生したら手遅れだったけど悪くない

おこめ
恋愛
アイリーン・バルケスは断罪の場で記憶を取り戻した。 どうせならもっと早く思い出せたら良かったのに! あれ、でも意外と悪くないかも! 断罪され婚約破棄された令嬢のその後の日常。 ※うりぼう名義の「悪役令嬢婚約破棄諸々」に掲載していたものと同じものです。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う

ひなクラゲ
ファンタジー
 ここは乙女ゲームの世界  悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…  主人公と王子の幸せそうな笑顔で…  でも転生者であるモブは思う  きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…

悪役令嬢はモブ化した

F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。 しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す! 領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。 「……なんなのこれは。意味がわからないわ」 乙女ゲームのシナリオはこわい。 *注*誰にも前世の記憶はありません。 ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。 性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。 作者の趣味100%でダンジョンが出ました。

処理中です...