サンドリヨン 〜 シンデレラの悪役令嬢(意地悪姉役)に転生したので前職を生かしてマッサージを始めました 〜

浪速ゆう

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本編

マッサージ開始 4

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 遠くでパチパチと薪が炎にはぜる音を聞きながら、そっと瞼を押し上げた。目を開けた先には高い天井が薄暗い部屋の中でぼんやりとした視界に映った。
 頭を押さえながら上体を起こすと、どうやらマーガレットはベッドの上で眠っていたようだ。

「……あれ、私どうしてここに……?」

 記憶がおぼろげな中、ぼんやりとした記憶を辿る。

「ええっと……そうだ、私はカインにマッサージをしてそれから……」

 徐々に浮き彫りになる記憶に、マーガレットの脳は覚醒した。カインにマッサージをした後、そのままカインに抱きしめられて、その居心地の良さと疲れから眠ってしまったのだと。

「でも、なんでベッドで寝てたんだろう?」

 ひとまずベッドから這い出し、部屋を出た。ひんやりとした廊下を通り、そのままマーガレットは居間へと向かうと、暖炉のそばでソファーに座りながら優雅に本を読んでいるカインの姿が目に止まった。とっくに着替えたらしく、いつもの凛々しい服装に戻っている。
 暖炉の炎がカインの白い肌に赤みを差し、赤々と燃える炎はカインの金色の髪をキラキラと輝かせ、青い瞳が炎の揺らぎを映し出している。長い足を組み直し、肘掛に肘を立てて座っているそんな姿は、どこかの国の王子様の肖像画でもているようだとマーガレットは思った。
 と、その時、カインはマーガレットがいることに気がつき、視線を本から外した。

「なんだ、起きたのか」

 パタンと閉じた本は茶褐色の革表紙で、本来ならそっちに興味が出そうなものなのに、マーガレットは未だにカインから視線をそらせずにいた。まるで何かに繋がれているように、視線を外すことができない。
 寝起きのせいか、どこかまだ夢見心地のような気分だった。だからかもしれない、思わず胸の動悸を感じてしまったのは。

「よく眠れたか?」

 マーガレットの様子がいつもと違うと感じたカインは、不思議そうに首を傾げながらソファーから立ち上がった。それがきっかけにでもなったのか、マーガレットは慌てて目を逸らした。

「あ、あの、私……知らない間に寝ていたみたいね」

 髪を搔きあげ、耳の横にかける。それはまるで居心地の悪さを誤魔化すように。

「ああ、運ぶのに苦労した」
「……! それってもしかして……」

 脳内に浮かぶのはカインにお姫様抱っこをされている姿だった。すると同時に、自分の体の重さが恥ずかしくなる。

「ああ、こうやって運んだのだ」
「きゃっ!」

 カインはマーガレットの腰と膝を抱えて、いともあっさり抱き上げた。脳内で想像していた光景が目の前で繰り広げられている。その様子にマーガレットは口をパクパクとさせながら、脳が状況処理するのを黙って待っていた。まだ寝起きなせいか、脳の処理速度は遅く、マーガレットのそんな反応を見て、カインは「ふむ」と息をついた。

「なんだ、寝起きだと反応がつまらんな」

 そう言ってそっとマーガレットを降ろした。ちょうどカインが背中を向けてくれたおかげで、マーガレットはホッとした。なぜならそれは徐々に顔が赤らんでいくのを、熱を通して感じていたからだ——。


  *


 外は夕日が最後の力を振り絞り、赤々と輝きを保っていた。そんな頃、マーガレットとカインは家を出た。

「やはり夕刻は冷え込むな」

 外の景色を見ながら、カインは優しく愛馬を撫でている。黒馬はカインの手に頬を寄せながら気持ち良さそうに目を閉じた。

「本当にその格好で寒くないのか? 馬に乗ればもっと寒いのだぞ」
「大丈夫。このショールがあるから」

 カインがジュストコールを着るようにとマーガレットに提案したが、マーガレットはそれを断っていた。重いジュストコールを持って出るのも大変で、それをイザベラやマルガリータ達に見つかると厄介だからだ。

「頑固者め」
「カインに言われたくないけど」

 言われたら言い返す。強気なマーガレットにほくそ笑みながら、そんなマーガレットを軽々と抱きかかえた。

「……!」

 まるで空を舞うようにふわりと乗馬させられたマーガレット。驚きのあまり声が出なかった。軽々と女性を抱きかかえるカインの力強さ。突然変わった視界の高さに驚きつつも、しっかりと馬のたてがみを握りしめた。

「バスケットは持って帰らないのか?」

 ちょうどカインが乗馬しようと鞍を掴みあぶみに足をかけた時、マーガレットが来た時に持っていたバスケットがないことに気がついた。鐙から足を外し、再び家の中へと戻ろうとするカイン。その様子を見て、マーガレットはカインの服を掴んだ。

「いいの。特に大切なものは入っていないから。それに次回のマッサージで必要だと思った時、持ってくるのも面倒だから」

 その言葉を受けたカインは踏みとどまり、再び鐙に足をかけて馬に飛び乗った。すると、いつもならすぐに動き出すはずが馬が動かない。カインが馬に走り出すように指示を送っていないことに気がついて背後を振り向こうとすると……。

「本当に寒くないのか?」

 再びそんな質問が背後から浴びせられた。

「体が冷えているぞ」

 思ったよりも外は冷えていた。部屋の中で暖炉を囲んでいたせいで、余計に体の体温が外気の寒さに慣れていないせいだ。

「気のせいでしょ。もう遅いから早く帰りましょ……っ!」

 再び馬のたてがみをぎゅっと掴み直した瞬間だった。カインがマーガレットの腰をぎゅっと掴み、引き寄せた。

「そっ、そんな風に掴まなくても、ちゃんと馬に掴まっているから大丈夫よ」

 ここへ来る時、マーガレットは大きなバスケットを持っていた。そのせいで馬のたてがみにうまく掴まれず、代わりにカインがマーガレットの体を支えていた。今回はそんな風にならないように、マーガレットはバスケットを置いて帰ろうと考えていたのだ。もちろん中に必要なものが入っていないという点と、そうすることでカインはマーガレットを支える必要がなくなり、馬をゆっくりと走らせる必要がなくなるという点があった。
 けれど、一番の理由はやはりこの距離だ。

「暴れるな、俺が寒いのだ」
「……!」

 マーガレットの髪を耳にかけ、その耳に囁きかけるカイン。これはマッサージの時の仕返しだろうか。マーガレットの頬が熱を帯びて行くのを感じながらも、夕日が赤くてよかったと思わざるおえない。そうすればこの頬の赤みも夕日のせいだと言って誤魔化すことができるから……と、まるで自分に言い聞かすようにそう考えていた。
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