サンドリヨン 〜 シンデレラの悪役令嬢(意地悪姉役)に転生したので前職を生かしてマッサージを始めました 〜

浪速ゆう

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本編

マッサージ開始 3

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「……っ、そこはなんだ?」

 痛みを感じたのか、カインは相変わらずうつ伏せの状態でそう聞いた。そんなカインの様子にほくそ笑みながらマーガレットはカインの腕と背中側面の付け根、ちょうど肩甲骨の終わりあたりを指圧していた。

「腕をよく使っている人には効果的なツボなの。痛い?」
「……いや、体に響く感じで効いている」

 上手い言い方をしているが、カインの呼吸は乱れていた。明らかに痛みを堪えている様子だ。
 カインがうつ伏せに寝ていることをいいことに、マーガレットはそんな様子がおかしくて仕方がない。

「ここは痛みを感じやすいツボではあるから、強すぎるなら言ってもいいよ」
「大丈夫だ。心地よい痛みだ」

 心地よいと言う言葉に思わず吹き出しそうになった。心地いいはずはない。圧の感覚はまだ取り戻せていないが、強めに押しているせいで、痛みを感じているはずだからだ。しかもカインは剣を振り回す上、今日は書類仕事で利き腕をよく使ったのだろう。明らかにコリを感じる上にたいていの人が痛みを感じやすいポイントを刺激されて痛くないはずがなかった。

「あと、カインは肩甲骨が筋肉で埋もれてるわね。ちょっとストレッチするから腕動かすよ」

 顔の横に手が来るように上げていた腕を下げ、そのまま肘を折り曲げて手のひらが上を向くように背中に乗せた。そしてマーガレットの腕を脇腹から滑り込ませて腰のあたりに手をつき、そのまま腕を押し上げるようにすると、胸を開くような形でカインの腕が反っていく。

「カインはあれね、三角筋から凝ってる。胸の開きも悪いから多分デコルテも詰まってるね」
「……っ!」

 明らかにカインの呼吸が止まってる。その様子を見てマーガレットは腕の力を緩めた。けれどその勢いで手を引き抜き、そっと腕の付け根に滑り込ませて反対側の手で肩甲骨の筋を指圧していく。

「あっ、ここは入るんだ。ふむふむ」

 マーガレットは楽しそうにカインの体を開拓していく。まるで新大陸の地図を作成していくかのように、マーガレットはカインの体を調べては頭の中に地図を作り上げていた。

「じゃあ、次、同じように反対いくわね」

 カインの返事は待たず、マーガレットは再び反対側の腕のツボを押し、ストレッチを始めた。

「とりあえず次は仰向けに寝てもらえるかしら? 胸元のタオルはどけて、枕の上に普通に頭を置いてみて」

 くるりと回転し、カインは仰向けになった。その上からタオルをかけて、マーガレットは再び足元に立膝をついて座った。

「……ふむ。やはりそのドレスはあまり良いものとは言えぬな」

 確かに良いものではない。普段マーガレットが着ているドレスに比べれば生地も古く安っぽい。

「でも私は好きよ。ゴテゴテとしたドレスより、これの方が動きやすいもの」
「だが、胸がもう少し開いていればとても良い眺め……うっ!」

 屈むような体勢から上体を起こしたマーガレットは、そのまま向こう脛を思いっきり拳で叩いた。

「あら、失礼。手元が狂っちゃったみたいだわ」

 明らかな棒読みでそう言った後、拳をカインに見せつけるように持ち上げている。

「変なことしないって言ってたよね? 騎士に二言ないんじゃなかったの?」
「俺は何もしていないだろう?」
「変なこと言うのもなしね。次また変なこと言ったら、今度はもっと痛いところ攻めるから」

 マーガレットは冷めざめとした顔でそう言った後、カインは静かに枕に頭を置いた。その様子を確認した後、マーガレットは別のタオルを手に取り、カインの目元に乗せてから再びカインの足元に膝をついてマッサージを始めた。同時に、次回マッサージをする時はカインと同じ服を借りようと心に誓いながら。

 そうして気がつけば数時間が経過していた頃、マーガレットは深く息を吐きながらカインの鎖骨より下を圧迫していた手を離した。その手でカインの目元に乗せていたタオルを外す。

「じゃあゆっくり起き上がってみて。体の調子はどう?」
「……」

 カインは目を閉じたまま動かない。

(……えっ? もしかして、寝てる?)

 そう思い、立ち位置を変えてカインの顔を覗き込もうとしたら、突然カインの目がカッと開き、両腕を伸ばしてマーガレットを捕まえた。あまりにも突然の行動に一瞬何が起きているの理解できずにいたマーガレットだが、カインから発する甘い香りが鼻腔内に広がりだした頃、やっと現状が見えてきた。
 カインの胸の上に寝そべるような形でマーガレットはカインに抱きしめられていた。

「……わっ、ちょっ!」

 慌てて腕を振りほどこうと躍起になるが、カインの力強い腕はテコでも動きそうにない。

「まるでタコにでもなった気分だ……」

 その言葉に一瞬不安を覚えそうになったこの状況に、マーガレットはホッと息をついた。明らかに変なことをするような様子は見受けられない。その上前に押し倒された時のような雰囲気も感じられない。カインは明らかにリラックスして、満足しているだけの様子だった。

(タコにでもなった気分と言う割に、その腕の力は相変わらず抜けてないじゃん)

 そんな風に思いながらも、マーガレットはカインの腕の中で目を閉じた。トクトクトク、とカインの心音が心地よくマーガレットの耳に響きわたる。運動なんてほとんどしたことがないのではないかと思えるマーガレットのこの体でマッサージをするのは、かなり体力を使った。それはじわりと汗が滲んでいるのを感じるほどに。
 疲れた体を癒すように、マーガレットもまたカインの腕の中でまどろんでいる。出会いは最悪だったはずなのに、今はこうして過ごしている現状に不思議と違和感がない。カインの甘い香りがマーガレットを癒しているのだろうか。甘いけれど、甘すぎない。匂いは人の感情を80%左右させる。人は匂いで嫌悪を抱く。だが、その逆も然り。人は匂いで好意も抱けるのだ。
 満里奈の時に働いていたサロンでは毎日のようにアロマオイルを焚いていた。香りは早番で出勤したものがその時の好みでリラックスできるようなものを選ぶ。満里奈はいつもオイルはその日嗅いで好みだと思うものを使用するようにしていた。たいていはローズの香りだった。アロマセラピーの要素で言うならば、今自分の体が足りないと感じる香りを好きな香りだと感じるらしい。逆に嫌いな香りは今自分が十分にそれを持ち合わせているということになる。
 そう考えると、マーガレットが安心感を感じているこの香りは、今マーガレットに必要なものなのかもしれない。

(……この匂い、ローズとジャスミンを混ぜたような香りね)

 香りの心地よさとカインの心音のリズム、そしてカインから伝わる暖かな体温。心地の良い体の疲れからくる自分の体の重みを感じながら、マーガレットは静かに眠りに落ちていった——。
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