サンドリヨン 〜 シンデレラの悪役令嬢(意地悪姉役)に転生したので前職を生かしてマッサージを始めました 〜

浪速ゆう

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本編

マーケットで

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 活気のあるマーケットを横切り、マーガレットはそそくさを人混みに紛れるようにして街の外まで向かう。本当は待ち合わせの時間にはまだまだゆとりがあるため、この辺りで時間つぶしをしたいところだが、いつどこでイザベラやマルガリータの知り合いに出会うかわからない。もし出会ってしまったものなら、この脱走劇は終了となる。おしゃべり好きな人達だ、間違いなくマーガレットが街にいたことは二人の耳にも入るだろう。挙句今日はリュセットの服を借りているため、ゴシップに飢えている人達の恰好の餌食にされてしまう。とうとうリュセットだけではなく、マーガレットまでみすぼらしい姿になった。いよいよあの家にはお金がないなど……。それを聞けばあのイザベラがどう思うか。考えただけで身の毛がよだった。
 今日の天気は曇り。はっきりとしないくぐもった空の日は気分が上がらない。けれど今日のマーガレットは違った。そんな天気すら打ち破るように心は踊り、ワクワクしていた。

「私でも、お金が稼げる。そして、本が借りられる!」

 それが何よりも嬉しかった。
 この世界に転生してからというもの、マーガレットは毎日が退屈だったのだ。毎日締め付けられる苦しいドレスを着て、できることといえば家事や裁縫、時々社交ダンスの練習、その程度。そしてそのどれもがマーガレットの不得意分野。楽しいはずがない。
 そんな中で貸本屋に出向いた際の感動はマーガレットの中に今でも鮮明に覚えていた。天井の高い建物の中、360度見渡す限り埋め尽くされた本。あの圧巻ときたら、思わずマーガレットの体が身震いするほどのものだった。重厚な作り、革の装丁、羊皮紙を使われた紙。それは見た目だけでもうっとりとさせてくれる代物だった。本を部屋に置いておくだけで部屋がぐっと引き締まるような、インテリアとしても楽しめるほど美しい物たち。早く手に取り、中身を読んで見たい……その衝動が、マーガレットの足を街の外まで走らせる。
 ーーと、そんな時だった。

「あら、リュセットじゃないか」

 リュセットとという名前に思わず足が止まった。それがマーガレットの最大のミスだ。足を止めず走り去るべきだったのだ。
 けれどマーガレットは止まってしまい、振り返ってしまった。貸本屋での思い出に我を忘れて、浸りすぎていたせいだろう。

「……? リュセットじゃないね。もしかして、マーガレットかい?」

 しまったと思った時にはもう遅い、ドレスの裾を引きながらどんどんマーガレットへと近づいてくる。

「……おはようございます、シャーメイン夫人」

 観念したマーガレットはスカートの裾を持ち上げ、いつものように挨拶を交わす。

「どうしたの、その……みすぼらしい格好は。私は思わずリュセットだとばかり思ったよ」
「実は今日は体調が悪いのでコルセットのないこの洋服を着ることにしたのです。外にも出るつもりもなかったもので、このような格好で失礼いたします。すぐに戻るつもりでしたので、まさか知り合いに会ってしまうとは……」

 マーガレットは動揺した様子で、視線を右から左、上から下へと忙しなく動かした。

「このような格好で外を出歩いていたことがお母様に知られたら、きっとお怒りになられますわ……どうしましょう……」

 口元に両手を当てて、顔を青ざめている。今にも泣き出してしまいそうな、そんなマーガレットの様子を不憫に思ったのか、シャーメイン夫人は開いていた扇を閉じてマーガレットにそっと歩み寄った。

「体調が悪い時に出歩くものではないよ。しかもこのような格好をしているのであればなおさらね。イザベラ夫人には黙ってておくから早く家へ戻りなさい」
「本当ですか……ありがとうございます……!」

 マーガレットは再び深々と会釈をし、家のある方角へ向けてそのまま駆けて行った。けれどもちろん家には戻るつもりもなく、シャーメイン夫人の手前家に帰るように見せかけたのだ。夫人から見えなくなるように道をすぐに左折し、壁にもたれながら息を整えた。それは走ったせいもあるが、何よりも知り合いに出くわしたことによる動機からだ。
 ド、ド、ド、ド、とリズミカルに心臓が跳ねている。胸を抑え、深く深呼吸を何度か繰り返した。

「なんて運が無いんだろう……よりによってお母様の友人に会ってしまうとは……」

 シャーメイン夫人はおしゃべりで有名な夫人だ。イザベラとも仲が良い。先ほどははああ言っていたけれど、本当に黙っていてくれるのかどうかは疑問だった。

「ひとまず、これ以上誰にも見つからないようにしなくちゃ」

 手に持っていたバスケットの中から淡いグレイカラーのショールを取り出し、頭からそれを被る。ここまできたらこのまま引き下がるわけにはいかない。

「もし次も誰かに声をかけられたら、今度は絶対立ち止まったりしない」

 そう心に誓って、マーガレットは顔を隠すようにショールを掴んで、駆け出した。
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