14 / 114
本編
わだかまり 3
しおりを挟む
「お願い、ですか?」
ゆっくりと首を縦に振り、少し気まずそうにマーガレットはリュセットにこう言った。
「そのお願いというのはね……私にリュセットの服を貸してほしいの」
「えーっと……えっ?」
一度内容を噛み砕いたあと、再びリュセットはやはり言ってる意味が理解できなかったという様子で、もう一度首を傾げた後、マーガレットを見やった。
「マーガレットお姉様は私よりも上品なドレスを沢山お持ちかと思いますが……?」
「そうなのだけれど、その、もっと動きやすい質素なものが必要なの。リュセットは毎日掃除や洗濯をするような動きやすいものを持っているかと思ったのだけれど」
「そうですわね……」
顔を手で支えるような形で肘をつき、うーんと唸りながら頭を捻る。マーガレットはリュセットの返答をただ静かに待った。もしリュセットが服を貸してくれなければ、あの煌びやかなドレスの中から一番地味で動きやすいと思えるものを選んで着るしかない。だが、どう選んだところで動きやすいものなど、ましてやマッサージするのに向いているものなど無いことは間違いない。だからこそマーガレットはこうして今、リュセットに懇願するようにお願いしているのだから。
「貸すのは構いませんが、私とマーガレットお姉様とでは背丈や体格が違います。ですから、着丈が合うものがあればお貸しいたしますわ」
リュセットは小柄で細身な体型、マーガレットも決して大きいわけでは無いが、背はリュセットより頭一つ分高い。また、胸の膨らみはリュセットよりも大きく、腰のくびれに関してはリュセットの方が細い。
「ええ、分かっているわ。だからもし、私に合うものがあればでいいの。それを貸してもらえたらとても助かるわ」
「わかりました。でしたら一度、私の部屋へ行って一緒に確認してみましょう。サイズが合うものがあればいいですが……」
リュセットが今、記憶の中でクローゼットを開けているであろうことが想像できる。目線は右斜め上を見上げながらも、見えている先はそこではないと感じるほど、リュセットは首を傾げながら「んー?」と唸っている。
そんな様子で自室へ向かうリュセットの様子を見て、面白おかしく思いながらマーガレットは後をついて行った。
「さぁ、どうぞ」
リュセットに誘われながら部屋の中に入ると、光が差し込まない薄暗い部屋はどこか湿っぽい。部屋はマーガレットのものよりも半分くらいのサイズに、ベッドも質素なシングルサイズ。その上には以前マーガレットがリュセットにあげたキルトがきちんと畳んだ状態で置かれていた。さらに扉や壁には隙間やひびや割れた箇所がいくつか見受けられ、そこから外気が入り込んでいる。太陽の光が入らないせいか、外よりも部屋の中の方がひんやりとしていた。
「きゃっ!」
何かが視界の端で動いたのに気付き、マーガレットは思わず声を上げて身を縮めた。
「あら、シャルロット。お久しぶりね」
部屋の角へと消えた黒いなにかに向かってリュセットは手を伸ばした。するとリュセットの手に乗っていたのは、ネズミだった。
「マーガレットお姉様を驚かせてしまいましたね。こちらは私の友人、ネズミのシャルロットです」
「あ、ああ……」
ネズミが友達だというリュセット。先ほど言っていたあの言葉には嘘偽りはないようだ。前世の満里奈であればきっと、ネズミが友達だと言う人がいれば引いているところだろう。しかしマーガレットはすでに知っていた。リュセットの友人と呼べる者たちが鳥やネズミだということを。そしてその者たちが後にリュセットを助け、リュセットの人生とこの物語をハッピーエンドへと導く役割を担うのだということも。
「シャルロット、こちらはマーガレットお姉様よ。ほら挨拶をしてちょうだい」
この不思議な光景を受け入れられるのは、マーガレットに前世の記憶があり、大筋のシンデレラストーリーを知っているから。だからマーガレットは引きもせず驚きもせず、リュセットの手の上で大人しくしているシャルロットを見やった。
「こんにちは、シャルーー」
手を差し出しながら、そう声をかけようとした瞬間だった。シャルロットは勢いよくマーガレットの人差し指に噛み付いた。
「痛いっ!」
「マーガレットお姉様、大丈夫ですか!」
思わず手を引っ込め、噛まれた指先を見るとそこからジワリと赤々とした血が流れた。
「血が……!? シャルロット、なんということを……」
ネズミの表情など読めるものではないが、どことなくシャルロットはしたり顔をした気がした。それはマーガレットの思い過ごしか、もしくはこのネズミが特別なのか……。
「以前のマーガレットがマルガリータ同様に、リュセットをいじめていると知っていたから……?」
思わず声に出し、マーガレットはそんな風に独り言を呟いた。
「えっ? 何か言いましたか?」
「い、いえ……だた、びっくりしたわ、と言ったのよ」
リュセットは引き出しの中からガーゼを取り出し、マーガレットの指先にそれを巻いた。
「そうですわよね、ごめんなさい。けれど、普段はとても良い子なんです」
「ええ、分かっているわ」
それは本当にマーガレットもよく知っていることでもあった。ネズミは確か舞踏会の当日、魔法使いによって馬にされたのではないか。そんな風に細い記憶の糸を手繰り寄せていた。
もしそうだとすればリュセットがこのシャルロットを友人だと思っているのと同様に、シャルロットもまたリュセットのことを友人だと思っているに違いないない。
「気にしないで、驚いただけで痛くもないの。それにこうして止血してもらったからもう大丈夫よ。だからそんなに暗い顔をしないでちょうだい。ね?」
痛くないというのは嘘だ。シャルロットの歯は思ったよりも鋭く今でもジンジンと指先が痺れるように痛い。けれどそんなことを悟られればまたリュセットが気にすると思い、強がってみせていた。
「本当にごめんなさい。私がシャルロットの代わりに謝りますわ。シャルロットにもちゃんと怒っておきますから」
「ありがとう。それよりもリュセットの服を見せてもらえるかしら?」
「ええ、もちろんですわ」
ベッドの隣にある小さなクローゼット。その引き出しを開けると、普段リュセットが着ている服が現れた。それはマーガレットのものに比べれば数は断然少なく、その上煌びやかさや上品という言葉とは真逆をいくものだった。
ゆっくりと首を縦に振り、少し気まずそうにマーガレットはリュセットにこう言った。
「そのお願いというのはね……私にリュセットの服を貸してほしいの」
「えーっと……えっ?」
一度内容を噛み砕いたあと、再びリュセットはやはり言ってる意味が理解できなかったという様子で、もう一度首を傾げた後、マーガレットを見やった。
「マーガレットお姉様は私よりも上品なドレスを沢山お持ちかと思いますが……?」
「そうなのだけれど、その、もっと動きやすい質素なものが必要なの。リュセットは毎日掃除や洗濯をするような動きやすいものを持っているかと思ったのだけれど」
「そうですわね……」
顔を手で支えるような形で肘をつき、うーんと唸りながら頭を捻る。マーガレットはリュセットの返答をただ静かに待った。もしリュセットが服を貸してくれなければ、あの煌びやかなドレスの中から一番地味で動きやすいと思えるものを選んで着るしかない。だが、どう選んだところで動きやすいものなど、ましてやマッサージするのに向いているものなど無いことは間違いない。だからこそマーガレットはこうして今、リュセットに懇願するようにお願いしているのだから。
「貸すのは構いませんが、私とマーガレットお姉様とでは背丈や体格が違います。ですから、着丈が合うものがあればお貸しいたしますわ」
リュセットは小柄で細身な体型、マーガレットも決して大きいわけでは無いが、背はリュセットより頭一つ分高い。また、胸の膨らみはリュセットよりも大きく、腰のくびれに関してはリュセットの方が細い。
「ええ、分かっているわ。だからもし、私に合うものがあればでいいの。それを貸してもらえたらとても助かるわ」
「わかりました。でしたら一度、私の部屋へ行って一緒に確認してみましょう。サイズが合うものがあればいいですが……」
リュセットが今、記憶の中でクローゼットを開けているであろうことが想像できる。目線は右斜め上を見上げながらも、見えている先はそこではないと感じるほど、リュセットは首を傾げながら「んー?」と唸っている。
そんな様子で自室へ向かうリュセットの様子を見て、面白おかしく思いながらマーガレットは後をついて行った。
「さぁ、どうぞ」
リュセットに誘われながら部屋の中に入ると、光が差し込まない薄暗い部屋はどこか湿っぽい。部屋はマーガレットのものよりも半分くらいのサイズに、ベッドも質素なシングルサイズ。その上には以前マーガレットがリュセットにあげたキルトがきちんと畳んだ状態で置かれていた。さらに扉や壁には隙間やひびや割れた箇所がいくつか見受けられ、そこから外気が入り込んでいる。太陽の光が入らないせいか、外よりも部屋の中の方がひんやりとしていた。
「きゃっ!」
何かが視界の端で動いたのに気付き、マーガレットは思わず声を上げて身を縮めた。
「あら、シャルロット。お久しぶりね」
部屋の角へと消えた黒いなにかに向かってリュセットは手を伸ばした。するとリュセットの手に乗っていたのは、ネズミだった。
「マーガレットお姉様を驚かせてしまいましたね。こちらは私の友人、ネズミのシャルロットです」
「あ、ああ……」
ネズミが友達だというリュセット。先ほど言っていたあの言葉には嘘偽りはないようだ。前世の満里奈であればきっと、ネズミが友達だと言う人がいれば引いているところだろう。しかしマーガレットはすでに知っていた。リュセットの友人と呼べる者たちが鳥やネズミだということを。そしてその者たちが後にリュセットを助け、リュセットの人生とこの物語をハッピーエンドへと導く役割を担うのだということも。
「シャルロット、こちらはマーガレットお姉様よ。ほら挨拶をしてちょうだい」
この不思議な光景を受け入れられるのは、マーガレットに前世の記憶があり、大筋のシンデレラストーリーを知っているから。だからマーガレットは引きもせず驚きもせず、リュセットの手の上で大人しくしているシャルロットを見やった。
「こんにちは、シャルーー」
手を差し出しながら、そう声をかけようとした瞬間だった。シャルロットは勢いよくマーガレットの人差し指に噛み付いた。
「痛いっ!」
「マーガレットお姉様、大丈夫ですか!」
思わず手を引っ込め、噛まれた指先を見るとそこからジワリと赤々とした血が流れた。
「血が……!? シャルロット、なんということを……」
ネズミの表情など読めるものではないが、どことなくシャルロットはしたり顔をした気がした。それはマーガレットの思い過ごしか、もしくはこのネズミが特別なのか……。
「以前のマーガレットがマルガリータ同様に、リュセットをいじめていると知っていたから……?」
思わず声に出し、マーガレットはそんな風に独り言を呟いた。
「えっ? 何か言いましたか?」
「い、いえ……だた、びっくりしたわ、と言ったのよ」
リュセットは引き出しの中からガーゼを取り出し、マーガレットの指先にそれを巻いた。
「そうですわよね、ごめんなさい。けれど、普段はとても良い子なんです」
「ええ、分かっているわ」
それは本当にマーガレットもよく知っていることでもあった。ネズミは確か舞踏会の当日、魔法使いによって馬にされたのではないか。そんな風に細い記憶の糸を手繰り寄せていた。
もしそうだとすればリュセットがこのシャルロットを友人だと思っているのと同様に、シャルロットもまたリュセットのことを友人だと思っているに違いないない。
「気にしないで、驚いただけで痛くもないの。それにこうして止血してもらったからもう大丈夫よ。だからそんなに暗い顔をしないでちょうだい。ね?」
痛くないというのは嘘だ。シャルロットの歯は思ったよりも鋭く今でもジンジンと指先が痺れるように痛い。けれどそんなことを悟られればまたリュセットが気にすると思い、強がってみせていた。
「本当にごめんなさい。私がシャルロットの代わりに謝りますわ。シャルロットにもちゃんと怒っておきますから」
「ありがとう。それよりもリュセットの服を見せてもらえるかしら?」
「ええ、もちろんですわ」
ベッドの隣にある小さなクローゼット。その引き出しを開けると、普段リュセットが着ている服が現れた。それはマーガレットのものに比べれば数は断然少なく、その上煌びやかさや上品という言葉とは真逆をいくものだった。
5
お気に入りに追加
95
あなたにおすすめの小説

小説主人公の悪役令嬢の姉に転生しました
みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
第一王子と妹が並んでいる姿を見て前世を思い出したリリーナ。
ここは小説の世界だ。
乙女ゲームの悪役令嬢が主役で、悪役にならず幸せを掴む、そんな内容の話で私はその主人公の姉。しかもゲーム内で妹が悪役令嬢になってしまう原因の1つが姉である私だったはず。
とはいえ私は所謂モブ。
この世界のルールから逸脱しないように無難に生きていこうと決意するも、なぜか第一王子に執着されている。
そういえば、元々姉の婚約者を奪っていたとか設定されていたような…?

悪役令嬢、第四王子と結婚します!
水魔沙希
恋愛
私・フローディア・フランソワーズには前世の記憶があります。定番の乙女ゲームの悪役転生というものです。私に残された道はただ一つ。破滅フラグを立てない事!それには、手っ取り早く同じく悪役キャラになってしまう第四王子を何とかして、私の手中にして、シナリオブレイクします!
小説家になろう様にも、書き起こしております。

悪役令嬢に転生したら手遅れだったけど悪くない
おこめ
恋愛
アイリーン・バルケスは断罪の場で記憶を取り戻した。
どうせならもっと早く思い出せたら良かったのに!
あれ、でも意外と悪くないかも!
断罪され婚約破棄された令嬢のその後の日常。
※うりぼう名義の「悪役令嬢婚約破棄諸々」に掲載していたものと同じものです。
【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う
ひなクラゲ
ファンタジー
ここは乙女ゲームの世界
悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…
主人公と王子の幸せそうな笑顔で…
でも転生者であるモブは思う
きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…
悪役令嬢はモブ化した
F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。
しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す!
領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。
「……なんなのこれは。意味がわからないわ」
乙女ゲームのシナリオはこわい。
*注*誰にも前世の記憶はありません。
ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。
性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。
作者の趣味100%でダンジョンが出ました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる