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本編
わだかまり 2
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マーガレットはマルガリータをやり過ごした後、キッチンへと向かった。けれどそこには誰もいない。すると、今度はキッチンから続く裏口へと向かい、裏庭に出た。するとそこには洗濯物を干すリュセットの後ろ姿があった。
マーガレットは腕に抱えるドレスを持ち直して一度深呼吸をついた。しっかり息を吸い、吐き出した後は胸を張ってリュセットの元へと向かった。
「リュ、リュセット」
思わず言葉がどもり、マーガレットは気を取り直して笑顔を作った。
「洗濯中?」
その言葉に、リュセットは振り向き、マーガレットに挨拶を交わす。
「あっ、マーガレットお姉様……」
どこか気まずそうに、リュセットは微笑みを返しながらもマーガレットと目を合わせようとはしない。そんな様子に一瞬心が挫けそうになりながらも、マーガレットは言葉を紡いだ。
「今朝は、ごめんなさい」
どうかリュセットが許してくれますようにと神に祈るような思いで頭を深々と下げ、同時に瞼も下げた。
「マーガレットお姉様、どうか頭をお上げください」
「いいえ、リュセットが許すと言ってくれるまであげないわ」
先ほどは泥だらけのドレスのことでマルガリータに子供扱いされて怒っていたが、この状況もまるで子供だ。駄駄をこねる子供のようなマーガレットにも愛想をつかす様子は微塵も見せず、むしろリュセットは屈みこんでマーガレットの顔を覗き込んだ。
「それならば私は、ここからこうしてマーガレットお姉様の顔を覗き込んでしまいます」
そんなことを言われて、固く閉じていた瞼を押し上げると、そこには無邪気に笑うリュセットがマーガレットの顔を下から見上げていた。
「そんな思いつめた顔をするようでは、マーガレットお姉様のせっかくの美貌が台無しですわ」
「リュセット……」
リュセットの思わぬ行動に、思わずマーガレットは顔を上げた。するとリュセットも立ち上がって、再び微笑んだ。それはまるで蕾の花が開花する瞬間をこの目で見るかのような衝撃と、その咲き誇った花の美しさに思わず酔いしれてしまいそうになるような感動が、今マーガレットの胸に押し寄せていた。
「本当にごめんなさい。けれどこれだけは信じて欲しいの。私はあなたをいじめようとしたり、騙そうなんてこれっぽっちも考えていないわ。マルガリータお姉様はああ言ったけれど、今朝のマッサージも決してあなたをあざ笑うためにしたわけでもないの」
「大丈夫ですわ、私はマーガレットお姉様のお言葉を信じます」
リュセットはマーガレットが抱えるドレスの上から、マーガレットの手をそっと掴んだ。
「私の方こそごめんなさい。今朝は動転してしまい、あのような態度をとってしまって……買い物から戻ると、マーガレットお姉様はもういらっしゃらなかったし、朝食も召し上がらなかったでしょう? だから私もマーガレットお姉様に愛想をつかされたのかと……」
マーガレットはドレス掴んでいた手をほどき、ドレスは重力に従って地面へパサリと落ちた。ドレスのことは気にもせず、マーガレットはリュセットの手を掴み直して、こう誓った。
「昔の私はマルガリータお姉様と同じようにあなたを蔑んだり、意地悪をしたことがあるかもしれない。けれど私は変わったの。リュセットにはとても感謝をしているわ。こうしていつも洗濯や掃除、買い物、料理までこなしてもらっているもの。それに私はね、あなたのことを本当の妹だと思っているの。たとえ私たちの身体には一滴も同じ血が流れていないとしても」
リュセットは一瞬、目尻を滲ませた。そして照れたように、目を伏せてマーガレットの誓いにこう答えた。
「私も、マーガレットお姉様を信用しています。いつも気にかけて下さるのは今はマーガレットお姉様だけですもの……」
その言葉を聞いて、マーガレットは思わずリュセットに抱きついた。
その言葉は、胸が引き裂かれそうなほどに苦しかった。イザベラやマルガリータにいじめられ、家の隅に追いやられても気丈に振る舞っているリュセットが、とても愛おしく思えてならなかった。
「私のお友達は空を舞う小鳥や、家の下に住む鼠達だけでした。父を亡くし孤独を感じておりましたが、マーガレットお姉様は私の本当のお姉様のようだと、私も思っていたのです」
「ええ、私はあなたの姉です。あなたにはたくさんの友人と家族がいるのを忘れないで」
リュセットが鼻をすする音が抱きつくマーガレットの耳元で聞こえたけれど、マーガレットはそのまま黙って自分よりも小さな妹をただ抱きしめ続けた。
幾分かお互いに気持ちが落ち着きはじめていた頃、リュセットが足元にあるあの泥だらけのドレスを指差して、マーガレットに聞いた。
「ところでマーガレットお姉様、このドレスはどうなさったのですか? 今朝お召しになっていたドレスかと思うのですが」
マーガレットはやっとリュセットの身体を離し、ドレスを拾い上げた。
「これはその、泥濘にはまった衝動で転んでしまって……」
「まぁ、それは大変! お怪我はございませんでしたか?」
マーガレットの嘘に対し、イザベラとは打って変わって心配してくれる可愛い妹に思わず罪悪感が生まれた。
「ええ、運が良かったことに怪我はないわ。だけど、その代償としてドレスが汚れてしまったのでお母様がお怒りなの」
気まずい気持ちで苦笑いをこぼした。けれどリュセットは全く笑ったりせずに、マーガレットからドレスを奪い去るように掴んだ。
「お怪我がなかったことが一番です。このドレスは私に任してください。きっと綺麗にしてみせますわ」
「けれど……」
マーガレットがドレスを持ってここへ来たのには訳があった。今朝の一件でリュセットと気まずさがあったせいで、上手く話ができるか不安があった。ドレスはそのきっかけになればいいと思ったが、決してリュセットに洗濯を押し付けようと思っていたわけではない。
たとえ、マーガレット本人が洗濯をし、ドレスが破れ、イザベラの逆鱗に触れることになるとしても。
「またお母様に怒られますわ。その前に私が洗って差し上げます」
「あー、それが……もうバレてしまっているの。だから気にしなくても大丈夫よ」
「それではなおさらですわ。このドレスにダメージを与えてしまえば、お母様はさらにお怒りになることでしょうから」
ぐうの音も出ないとはこのことだ。実際にイザベラからはすでにそのことについて釘を刺されているくらいだ。マーガレットは言い返すすべを見出せず、リュセットはそんなマーガレットの様子を見てこれでマーガレットは自分の意見に同意したと察し、ドレスを洗濯カゴの中に入れた。
「それよりお姉様、今朝は何も召し上らなかったようですが、少し早いお昼を召し上がりますか? それでしたらすぐに支度をーー」
リュセットは慌ただしく裏口へと向かおうとするので、マーガレットはそれを制した。
「大丈夫よ、まだお腹は空いていないの。それよりも一つお願いがあるのだけれど……」
改まった様子のマーガレットを見て、リュセットは小さく首を傾げた。
マーガレットは腕に抱えるドレスを持ち直して一度深呼吸をついた。しっかり息を吸い、吐き出した後は胸を張ってリュセットの元へと向かった。
「リュ、リュセット」
思わず言葉がどもり、マーガレットは気を取り直して笑顔を作った。
「洗濯中?」
その言葉に、リュセットは振り向き、マーガレットに挨拶を交わす。
「あっ、マーガレットお姉様……」
どこか気まずそうに、リュセットは微笑みを返しながらもマーガレットと目を合わせようとはしない。そんな様子に一瞬心が挫けそうになりながらも、マーガレットは言葉を紡いだ。
「今朝は、ごめんなさい」
どうかリュセットが許してくれますようにと神に祈るような思いで頭を深々と下げ、同時に瞼も下げた。
「マーガレットお姉様、どうか頭をお上げください」
「いいえ、リュセットが許すと言ってくれるまであげないわ」
先ほどは泥だらけのドレスのことでマルガリータに子供扱いされて怒っていたが、この状況もまるで子供だ。駄駄をこねる子供のようなマーガレットにも愛想をつかす様子は微塵も見せず、むしろリュセットは屈みこんでマーガレットの顔を覗き込んだ。
「それならば私は、ここからこうしてマーガレットお姉様の顔を覗き込んでしまいます」
そんなことを言われて、固く閉じていた瞼を押し上げると、そこには無邪気に笑うリュセットがマーガレットの顔を下から見上げていた。
「そんな思いつめた顔をするようでは、マーガレットお姉様のせっかくの美貌が台無しですわ」
「リュセット……」
リュセットの思わぬ行動に、思わずマーガレットは顔を上げた。するとリュセットも立ち上がって、再び微笑んだ。それはまるで蕾の花が開花する瞬間をこの目で見るかのような衝撃と、その咲き誇った花の美しさに思わず酔いしれてしまいそうになるような感動が、今マーガレットの胸に押し寄せていた。
「本当にごめんなさい。けれどこれだけは信じて欲しいの。私はあなたをいじめようとしたり、騙そうなんてこれっぽっちも考えていないわ。マルガリータお姉様はああ言ったけれど、今朝のマッサージも決してあなたをあざ笑うためにしたわけでもないの」
「大丈夫ですわ、私はマーガレットお姉様のお言葉を信じます」
リュセットはマーガレットが抱えるドレスの上から、マーガレットの手をそっと掴んだ。
「私の方こそごめんなさい。今朝は動転してしまい、あのような態度をとってしまって……買い物から戻ると、マーガレットお姉様はもういらっしゃらなかったし、朝食も召し上がらなかったでしょう? だから私もマーガレットお姉様に愛想をつかされたのかと……」
マーガレットはドレス掴んでいた手をほどき、ドレスは重力に従って地面へパサリと落ちた。ドレスのことは気にもせず、マーガレットはリュセットの手を掴み直して、こう誓った。
「昔の私はマルガリータお姉様と同じようにあなたを蔑んだり、意地悪をしたことがあるかもしれない。けれど私は変わったの。リュセットにはとても感謝をしているわ。こうしていつも洗濯や掃除、買い物、料理までこなしてもらっているもの。それに私はね、あなたのことを本当の妹だと思っているの。たとえ私たちの身体には一滴も同じ血が流れていないとしても」
リュセットは一瞬、目尻を滲ませた。そして照れたように、目を伏せてマーガレットの誓いにこう答えた。
「私も、マーガレットお姉様を信用しています。いつも気にかけて下さるのは今はマーガレットお姉様だけですもの……」
その言葉を聞いて、マーガレットは思わずリュセットに抱きついた。
その言葉は、胸が引き裂かれそうなほどに苦しかった。イザベラやマルガリータにいじめられ、家の隅に追いやられても気丈に振る舞っているリュセットが、とても愛おしく思えてならなかった。
「私のお友達は空を舞う小鳥や、家の下に住む鼠達だけでした。父を亡くし孤独を感じておりましたが、マーガレットお姉様は私の本当のお姉様のようだと、私も思っていたのです」
「ええ、私はあなたの姉です。あなたにはたくさんの友人と家族がいるのを忘れないで」
リュセットが鼻をすする音が抱きつくマーガレットの耳元で聞こえたけれど、マーガレットはそのまま黙って自分よりも小さな妹をただ抱きしめ続けた。
幾分かお互いに気持ちが落ち着きはじめていた頃、リュセットが足元にあるあの泥だらけのドレスを指差して、マーガレットに聞いた。
「ところでマーガレットお姉様、このドレスはどうなさったのですか? 今朝お召しになっていたドレスかと思うのですが」
マーガレットはやっとリュセットの身体を離し、ドレスを拾い上げた。
「これはその、泥濘にはまった衝動で転んでしまって……」
「まぁ、それは大変! お怪我はございませんでしたか?」
マーガレットの嘘に対し、イザベラとは打って変わって心配してくれる可愛い妹に思わず罪悪感が生まれた。
「ええ、運が良かったことに怪我はないわ。だけど、その代償としてドレスが汚れてしまったのでお母様がお怒りなの」
気まずい気持ちで苦笑いをこぼした。けれどリュセットは全く笑ったりせずに、マーガレットからドレスを奪い去るように掴んだ。
「お怪我がなかったことが一番です。このドレスは私に任してください。きっと綺麗にしてみせますわ」
「けれど……」
マーガレットがドレスを持ってここへ来たのには訳があった。今朝の一件でリュセットと気まずさがあったせいで、上手く話ができるか不安があった。ドレスはそのきっかけになればいいと思ったが、決してリュセットに洗濯を押し付けようと思っていたわけではない。
たとえ、マーガレット本人が洗濯をし、ドレスが破れ、イザベラの逆鱗に触れることになるとしても。
「またお母様に怒られますわ。その前に私が洗って差し上げます」
「あー、それが……もうバレてしまっているの。だから気にしなくても大丈夫よ」
「それではなおさらですわ。このドレスにダメージを与えてしまえば、お母様はさらにお怒りになることでしょうから」
ぐうの音も出ないとはこのことだ。実際にイザベラからはすでにそのことについて釘を刺されているくらいだ。マーガレットは言い返すすべを見出せず、リュセットはそんなマーガレットの様子を見てこれでマーガレットは自分の意見に同意したと察し、ドレスを洗濯カゴの中に入れた。
「それよりお姉様、今朝は何も召し上らなかったようですが、少し早いお昼を召し上がりますか? それでしたらすぐに支度をーー」
リュセットは慌ただしく裏口へと向かおうとするので、マーガレットはそれを制した。
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