サンドリヨン 〜 シンデレラの悪役令嬢(意地悪姉役)に転生したので前職を生かしてマッサージを始めました 〜

浪速ゆう

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本編

森の中 3

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 服装からして、一介のしがない兵士というには上品で飾り気のある衣類だ。とすれば騎士か……そうでなかったとしても、この男が城に仕えるくらいの貴族である可能性がある。そうなれば、この出会いを逃す手はない。

「ところで、その剣はやはり相当重いものなのですね」

 マーガレットは覗き込むような体制で木に立てかけられている剣を見つめた後、男の腰をちらりと見た。

「当たり前だろう。軽いものでは戦えぬからな」
「では鍛錬も相当なものだとお見受けいたします」

 ピクリと眉が揺れたかと思えば、男は腰に手を当て吐き捨てるようにこう言った。

「女になにがわかる? 剣を持ったことも、鍛錬をしたこともないだろうが」
「はい、剣を持ったことなど一度もございません。ですので、鍛錬の大変さはわかりかねます。が、あなた様のお身体を見ていればなんとなく……」

 マーガレットの言葉を聞いて、男はさらに険しい顔を向けた。背筋がゾクっとするような表情の男に、マーガレットは思わず後ずさった。すると、それが合図とでもいうように、男は一気にマーガレットに詰め寄った。
 そんな男の勢いに押されるかのように、マーガレットはさらに後ずさると、ドレスの裾が靴に引っかかり態勢を崩してしまった。

「きゃっ……」

 徐々に傾いてゆく自分の身体。思わず身を固め、この後やってくるだろう痛みを想像して眼を固く閉じた瞬間だった。

「いった……くない。あ、あれ……?」

 衝撃に備えていた身体は、不思議な事に痛みを感じず、マーガレットはそっと眼を開けた。すると、目と鼻の先にいたのは、あの男だった。男が寸前のところでマーガレットの身体を抱きとめていた。

「あ、あの、ありがーー」

 お礼を述べようとしたその時、男は険しい表情を崩す事なくマーガレットをそのまま乱雑に地面へと下ろした。一度は抱きとめたにも関わらず、マーガレットは地面に寝そべる形となり、戸惑いながらも立ち上がろうと上体を起こすがーー今度は男に両手を押さえつけられた。

「こんな森に女一人で変だとは思っていたが、貞操観念の薄い売春婦だったとはな」
「……!」

 男の言葉があまりにも衝撃で、状況が全く把握できていないマーガレットは口を開くことさえできずにいた。

「淫らな女とはどこにでもいるのだ」

 そんな風に吐き捨てるように言った後、男の左手がマーガレットの豊かな胸に触れた。その瞬間、脳裏に電気が走ったように、マーガレットは状況を把握した。

「な、なにを……!」

 暴れもがいたところで、男はビクともしない。力の差は歴然だった。

「俺の身分を聞いたのも、俺の位が高そうだと思ったからだろう。そうやって股を開いて男から金を貪り取るためーー」

 覆いかぶさるようにマーガレットに乗っていた男の力が緩んだ瞬間、力任せに男の体を蹴りつけ、押しのけて這い出した。男は動けず、ただ蹲って痛みを堪えるように肩を震わせていた。それもそのはず、マーガレットは渾身の蹴りを男の股間にヒットさせていたのだ。

「……っ、ざけないでよ!」

 マーガレットは奥歯を噛み締めながら、乱れた衣服を整えながら、立ち上がった。けれど、衣服を掴む手が震えている。

「だ、誰が売春婦ですって……」

 声も震えている。怒りに涙が滲み、同時に恐怖から足が震えていた。
 絶対的な力の差。そういったものをマーガレットは今までに感じたことがなかった。男女には力の差があることは十二分に承知していた。前世でマッサージの仕事をしていたため、男性の体にもたくさん触れてきた。体の使い方、筋肉のつき方が違うこと、体力だって違う。分かっていたはずだったが、こうしてまざまざと見せつけられたのは初めてで、マーガレットの心に恐怖心が生まれるのも至極当然のことだった。

「私は、ただ……」

 逃げてしまった方がいいのかもしれない。だが、逃げたところでこの男の足に敵うとは思えなかった。さらに男は馬も連れている。となれば、マーガレットが逃げ切るには不利がありすぎる。

「どうやら俺の勘違いだったようだな」

 股間にクリティカルヒットを食らった男は、今も痛みを引きずっているように見えるが、状況を察した男がマーガレットに頭を下げた。

「昔から寄ってくる女は人の身分や肩書き、もしくは金銭目的な輩が多いからな。こうやって言いよってくる女は五万といたからてっきりお前もその一人なのかと思ったのだ」
「か、勘違いにも程があるわよ!」
「だから、悪かったと思っている」

 男は謝罪の言葉を口にしながら頭を下げるが、マーガレットの心臓はまだあの恐怖心から興奮しっぱなしだった。男が襲ってくる様子がないのであれば、この場を去るのは今がチャンス。震える足を懸命に動かし、踵を返した。

「失礼致します!」
「待て」

 男は回り込んでマーガレットの前に立ちはだかる。けれどマーガレットは相手にしようとは思わない。

「怖がらせた詫びがしたい」
「お詫びはいらないので、私の前に二度と現れないでください!」

 マーガレットは男を振り切り、そのまま森を駆け抜けていった。一度も後ろを振り返ることなく。息が上がろうと、足がどんなに痛もうとも。
 森の出口に差し掛かったところで、マーガレットはやっと息を整えるために足を止めた。背後を振り返ってみるが、男が追ってくる様子はない。そこで初めてホッと安堵のため息をつき、そこからは歩いて家路に着いた。
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