10 / 114
本編
早朝の出来事 6
しおりを挟む
男はポンポンと肩を叩きながら、マーガレットにマッサージされるのを待っている。
「えーっと……」
「俺はただマーガレットの力量をみてみたい。ただそれだけだ。何も本気でマッサージしてみろと言っているのではないぞ」
男のこの口調がマーガレットには少し引っかかっていた。要望を言っている割に命令口調な感じが気に食わないとでもいうように。
しかし、男に大きな恩ができてしまったため、ボディチェックするくらいはいいかと思い、渋々ながらマーガレットは男の背後に立膝をつき、肩に触れ、そのまま上腕へと手を伸ばす。すると、指を跳ね返すような筋肉質な身体。見た目は細身に見えるが、立派な筋肉がそこにはあった。
「どうだ?」
「そうですわね……腕は右側の方が筋肉が発達していますわね。やはり右で剣を持つことのが多いせいか、右の上腕部分の筋肉が左よりも大きくなっていますわ。けれど肩は思っていたよりも両側とも凝っています。これだと首も凝っていらっしゃるのでは……ああ、やはり」
マーガレットは肩から今度は首に触れ、男の髪の生え際まで触れた。
「これほど張っているのであれば、頭痛をお持ちではございませんか?」
マーガレットは男の顔を覗き込むようにそう言うと、マーガレットの手を掴み、こう言った。
「……すごいな。頭痛のことは当たっている。その上マーガレットが触れる箇所も俺が時々身体に鈍さを感じるとこだ」
男は感嘆の言葉を述べ、男の澄んだマリンブルーの瞳は輝きをその奥に宿し、先ほどまで嫌味や偉そうに指図していた様子とは打って変わるほどの表情だった。その表情を見るだけで、マーガレットはマッサージの上で男の信頼を勝ち得た事を悟った。
「お褒めいただき、嬉しく思います」
男の素直な反応に感化されるように、マーガレットも素直にお礼の言葉を述べた。その表情には微笑みを携えて。
「俺はカインと言う。城で騎士団を統べるのが俺の仕事だ」
「統べる? と言うことは、騎士団長……?」
マーガレットは独り言のようにぼそりとそう呟いたが、カインはしっかりそれを聞き取り頷いた。
「しかし、騎士団長ともあろうお方がどうしてこんなところに? しかもお一人で……?」
マーガレットはこの世界に転生して日が浅いため詳しい情報は持ち合わせていないが、団長といえばもっと年配の人物を想像していた上、長ともなればきっと毎日が忙しいに決まっている。そんな先入観からの疑問だった。しかも男は今日だけではなく、昨日もこの付近にいたのだ。休暇とはそれほどたくさんあるのだろうか、とマーガレットが疑問に思っていると、男はマーガレットが思っているであろう事を読み取ったかのようにこう言った。
「こんなところで暇しているような奴が騎士団の長ではないと? もしくは俺のような若造に務まるのか、と?」
「あ、いえ、そう言う意味では……」
心の中を読まれた気になり、マーガレットは気まずさから思わず顔を背けた。けれど、カインは未だに掴んでいたマーガレットの手を引き、顔をカインの元へと向けさせた。
マーガレットがそろりとカインの顔を覗き見ると、カインは可笑しそうに笑った。カインのそんな笑顔を見るのは初めてだ。そしてそれは、マーガレットの予想の範疇外の反応だった。
「さっきまでの威勢はどうした? しおらしくなられては話しづらいではないか」
「いつも威勢がいいわけではございません。むしろこちらの方が普段の私でございます」
「そうか? 到底そうとは思えぬがな」
カインは相変わらず失礼なことを言うが、ずっとぶっきらぼうな表情ばかりだったカインの見せた笑顔に、マーガレットは思わず頬があからみそうになり、それを悔しくも思えて目を逸らした。口は悪く、物言いも偉そうで時々冷たくもあるが、初めてカインを見たあの時、正直王子様かと思ったほどだ。それほどの美貌を持ったカイン。
王子様に見えた理由は美貌だけではなく、もちろんその衣装のせいもあるが。けれどそんなカインが見せた不意打ちの笑顔は卑怯だと思った。胸が高鳴ってしまっても仕方がない……そんな風にマーガレットは自分が抱いたこの感情に言い訳をしながらも、カインを直視できずにいた。
「騎士は実力社会なのでな、年齢は関係ない。それに昨日も言ったが、マーガレットと同じで散歩の足を伸ばしついでにこのあたりの治安を視察しにきているのだから、立派に職務をこなしているとは思わないか?」
「ええ、まぁ……」
曖昧な返事をしつつ、マーガレットはカインが繋いだ手をどうすれば離してもらえるのかと考えていた。すぐに手を触れたりするのは女性に慣れているせいなのか、はたまた軽い男だからななのか、それともーー?
「けれど、そうだな。俺はそろそろ戻らなければならない」
カインは辺りを見渡しながら、立ち上がって馬の手綱を解いた。と同時に、カインはマーガレットの手もスッと離した。まるで解放された気分になったマーガレットは、握られていた手を空いた片方の手で撫でた。
「マーガレット、これは依頼なのだが、今度マッサージをお前に頼むことは可能か?」
「……えっ?」
「もちろん報酬は出そう。1回につき5小型銀貨でどうだ?」
「5ソルド!?」
ソルドとは通貨の名称のことで、小型銀貨、大型銀貨、金貨の3種類が存在し、小型銀貨をソルド、大型銀貨をグロ、そして金貨をフローリンと呼ぶ。5ソルドということは、織工の仕事を朝から晩まで働いた日給と同額になる。それを1回のマッサージでもらえるとなれば、かなり魅力的な金額だった。
「えーっと……」
「俺はただマーガレットの力量をみてみたい。ただそれだけだ。何も本気でマッサージしてみろと言っているのではないぞ」
男のこの口調がマーガレットには少し引っかかっていた。要望を言っている割に命令口調な感じが気に食わないとでもいうように。
しかし、男に大きな恩ができてしまったため、ボディチェックするくらいはいいかと思い、渋々ながらマーガレットは男の背後に立膝をつき、肩に触れ、そのまま上腕へと手を伸ばす。すると、指を跳ね返すような筋肉質な身体。見た目は細身に見えるが、立派な筋肉がそこにはあった。
「どうだ?」
「そうですわね……腕は右側の方が筋肉が発達していますわね。やはり右で剣を持つことのが多いせいか、右の上腕部分の筋肉が左よりも大きくなっていますわ。けれど肩は思っていたよりも両側とも凝っています。これだと首も凝っていらっしゃるのでは……ああ、やはり」
マーガレットは肩から今度は首に触れ、男の髪の生え際まで触れた。
「これほど張っているのであれば、頭痛をお持ちではございませんか?」
マーガレットは男の顔を覗き込むようにそう言うと、マーガレットの手を掴み、こう言った。
「……すごいな。頭痛のことは当たっている。その上マーガレットが触れる箇所も俺が時々身体に鈍さを感じるとこだ」
男は感嘆の言葉を述べ、男の澄んだマリンブルーの瞳は輝きをその奥に宿し、先ほどまで嫌味や偉そうに指図していた様子とは打って変わるほどの表情だった。その表情を見るだけで、マーガレットはマッサージの上で男の信頼を勝ち得た事を悟った。
「お褒めいただき、嬉しく思います」
男の素直な反応に感化されるように、マーガレットも素直にお礼の言葉を述べた。その表情には微笑みを携えて。
「俺はカインと言う。城で騎士団を統べるのが俺の仕事だ」
「統べる? と言うことは、騎士団長……?」
マーガレットは独り言のようにぼそりとそう呟いたが、カインはしっかりそれを聞き取り頷いた。
「しかし、騎士団長ともあろうお方がどうしてこんなところに? しかもお一人で……?」
マーガレットはこの世界に転生して日が浅いため詳しい情報は持ち合わせていないが、団長といえばもっと年配の人物を想像していた上、長ともなればきっと毎日が忙しいに決まっている。そんな先入観からの疑問だった。しかも男は今日だけではなく、昨日もこの付近にいたのだ。休暇とはそれほどたくさんあるのだろうか、とマーガレットが疑問に思っていると、男はマーガレットが思っているであろう事を読み取ったかのようにこう言った。
「こんなところで暇しているような奴が騎士団の長ではないと? もしくは俺のような若造に務まるのか、と?」
「あ、いえ、そう言う意味では……」
心の中を読まれた気になり、マーガレットは気まずさから思わず顔を背けた。けれど、カインは未だに掴んでいたマーガレットの手を引き、顔をカインの元へと向けさせた。
マーガレットがそろりとカインの顔を覗き見ると、カインは可笑しそうに笑った。カインのそんな笑顔を見るのは初めてだ。そしてそれは、マーガレットの予想の範疇外の反応だった。
「さっきまでの威勢はどうした? しおらしくなられては話しづらいではないか」
「いつも威勢がいいわけではございません。むしろこちらの方が普段の私でございます」
「そうか? 到底そうとは思えぬがな」
カインは相変わらず失礼なことを言うが、ずっとぶっきらぼうな表情ばかりだったカインの見せた笑顔に、マーガレットは思わず頬があからみそうになり、それを悔しくも思えて目を逸らした。口は悪く、物言いも偉そうで時々冷たくもあるが、初めてカインを見たあの時、正直王子様かと思ったほどだ。それほどの美貌を持ったカイン。
王子様に見えた理由は美貌だけではなく、もちろんその衣装のせいもあるが。けれどそんなカインが見せた不意打ちの笑顔は卑怯だと思った。胸が高鳴ってしまっても仕方がない……そんな風にマーガレットは自分が抱いたこの感情に言い訳をしながらも、カインを直視できずにいた。
「騎士は実力社会なのでな、年齢は関係ない。それに昨日も言ったが、マーガレットと同じで散歩の足を伸ばしついでにこのあたりの治安を視察しにきているのだから、立派に職務をこなしているとは思わないか?」
「ええ、まぁ……」
曖昧な返事をしつつ、マーガレットはカインが繋いだ手をどうすれば離してもらえるのかと考えていた。すぐに手を触れたりするのは女性に慣れているせいなのか、はたまた軽い男だからななのか、それともーー?
「けれど、そうだな。俺はそろそろ戻らなければならない」
カインは辺りを見渡しながら、立ち上がって馬の手綱を解いた。と同時に、カインはマーガレットの手もスッと離した。まるで解放された気分になったマーガレットは、握られていた手を空いた片方の手で撫でた。
「マーガレット、これは依頼なのだが、今度マッサージをお前に頼むことは可能か?」
「……えっ?」
「もちろん報酬は出そう。1回につき5小型銀貨でどうだ?」
「5ソルド!?」
ソルドとは通貨の名称のことで、小型銀貨、大型銀貨、金貨の3種類が存在し、小型銀貨をソルド、大型銀貨をグロ、そして金貨をフローリンと呼ぶ。5ソルドということは、織工の仕事を朝から晩まで働いた日給と同額になる。それを1回のマッサージでもらえるとなれば、かなり魅力的な金額だった。
6
お気に入りに追加
95
あなたにおすすめの小説

小説主人公の悪役令嬢の姉に転生しました
みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
第一王子と妹が並んでいる姿を見て前世を思い出したリリーナ。
ここは小説の世界だ。
乙女ゲームの悪役令嬢が主役で、悪役にならず幸せを掴む、そんな内容の話で私はその主人公の姉。しかもゲーム内で妹が悪役令嬢になってしまう原因の1つが姉である私だったはず。
とはいえ私は所謂モブ。
この世界のルールから逸脱しないように無難に生きていこうと決意するも、なぜか第一王子に執着されている。
そういえば、元々姉の婚約者を奪っていたとか設定されていたような…?

悪役令嬢、第四王子と結婚します!
水魔沙希
恋愛
私・フローディア・フランソワーズには前世の記憶があります。定番の乙女ゲームの悪役転生というものです。私に残された道はただ一つ。破滅フラグを立てない事!それには、手っ取り早く同じく悪役キャラになってしまう第四王子を何とかして、私の手中にして、シナリオブレイクします!
小説家になろう様にも、書き起こしております。

悪役令嬢に転生したら手遅れだったけど悪くない
おこめ
恋愛
アイリーン・バルケスは断罪の場で記憶を取り戻した。
どうせならもっと早く思い出せたら良かったのに!
あれ、でも意外と悪くないかも!
断罪され婚約破棄された令嬢のその後の日常。
※うりぼう名義の「悪役令嬢婚約破棄諸々」に掲載していたものと同じものです。
【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う
ひなクラゲ
ファンタジー
ここは乙女ゲームの世界
悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…
主人公と王子の幸せそうな笑顔で…
でも転生者であるモブは思う
きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…
悪役令嬢はモブ化した
F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。
しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す!
領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。
「……なんなのこれは。意味がわからないわ」
乙女ゲームのシナリオはこわい。
*注*誰にも前世の記憶はありません。
ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。
性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。
作者の趣味100%でダンジョンが出ました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる