サンドリヨン 〜 シンデレラの悪役令嬢(意地悪姉役)に転生したので前職を生かしてマッサージを始めました 〜

浪速ゆう

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本編

早朝の出来事 4

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 朝霧が立ち込める肌寒い空気の中、マーガレットはどこに向かうわけでもなく、ただ闇雲に歩いていた。空気は澄んでいて、今日という日が始まる……普段のマーガレットならばそんな風にこの光景を感じるはだが、今だけは状況が違っていた。冷たい空気は肌を刺し、凍らせようとしている。朝日が昇り始める淡い色の空は、まだ朝日が昇り切らない只々薄暗い景色としか捉えられずにいた。

「リュセットはきっと、わたしが本当は嫌がらせをするためにマッサージしようとしてたって思ったのかな……それとも普段からリュセットには猫かぶってるって思われたのかな。本当は自分のことなんて好きでもなんでもないくせにって」

 いつになくネガティブな考え方に、思わず自嘲気味に笑った。
 マーガレットは焦っていた。リュセットにマーガレットは姉や母親と同じで自分を痛めつける対象なのだと思われたらどうしよう、と。実際のところ、リュセット側についたところで、バッドエンドが回避できるかはわからない……そう思っていたにも関わらず、それでもできることは全てしたいというのがマーガレットの想いだった。
 それに、マーガレットはリュセットとせっかく仲良くなれてきていたのだ。前世では兄弟姉妹がいない一人っ子だったため、リュセットのように可愛らしく、気の利く妹ができて嬉しい気持ちも芽生えていた。それだけに、あのリュセットの態度はマーガレットにショックを与えていた。

「考えてても埒が明かない……いっそのこと、リュセットに謝って誤解を解こう」

 スゥーッと肺の深いところまで息が届くように大きく息を吸い込み、吐き出した。吐き出す時は細く、長く。肺の中の空気を全て吐き出すように。
 マーガレットはそれを何度か繰り返した。くよくよと悩んでいる時やストレスを感じた時はきちんと呼吸をするのが大切で、マーガレットは満里奈の時から何かあればこうやって呼吸を整える癖をつけていた。そうすることで新鮮な酸素が肺だけではなく、血液に乗って脳まで届き、物事がよりクリアになるからだ。
 何か考え事をする時やストレスを感じた時というのは、人間どうしても呼吸がおろそかになる。そうすると脳がきちんと機能しなくなると、昔働いていたマッサージサロンの店長がそう言っていた。それ以来満里奈はこの行動をする癖が転生しマーガレットとなった後でも続いていた。

「よし、そうと決まれば市場に行って……って、ここ、どこ?」

 街を少し抜けたところを歩いていたはずが、気がつけば身に覚えのない林の中。この間散歩で行った森とも違う。
 どこかで水が流れる音が聞こえる。それはきっと小川だろう。小川であれば、それを辿って行けば間違いなく街に流れる水路へと続いているはずだ。
 いくら考え事をしていたとはいえ、そんなに遠くへは来ていないはず。そう踏んだマーガレットは音のする小川へと向かおうとしたーーその時だった。

「……!」

 背後から突然何者かに腕を掴まれ、マーガレットはいともたやすく地面に叩きつけられた。
 それはあっという間の出来事で、驚きの声を上げることもできず、ただ今自分の身に起きている状況を必死に飲み込もうとした。

「へへっ、上玉じゃねーか」

 マーガレットの腕を掴み、地面に叩きつけた男は薄汚い衣服に身を包み、頭にはターバンを巻いている。男はいやらしい笑みを浮かべ、並びの悪い歯を舌舐めずりをした。
 マーガレットは、本能で悟った。このままではやばい、と。

「……だ、だれーー」

 震える唇を懸命に動かし声を発したが、男はいとも簡単にマーガレットの小さな口を汚れた手で塞いだ。

「おおっと、声を出すんじゃねーぞ。誰かに助けを呼ぼうったって、そうはいかねーからな」
「って、こんな街外れの早朝じゃあ誰もこねーよ」

 マーガレットに覆い被さりながら口元を押さえている男とは別に、もう一人男の背後に立っているのはきっとこの男の仲間だろう。

「それもそうだな。それじゃ、俺たちとじっくり楽しもうぜ」

 男はマーガレットの口から手を離し、その薄汚れた手でマーガレットのドレスの裾を手繰り寄せた。

「い、いやーー」

 そう言った瞬間、ザンッーーと耳のそばに何かを突き立てられた音に、マーガレットの声はかき消された。

「声出すなつっただろうが!」

 顔のそばに打ち立てられたもの、それは刃の鋭いナイフだった。それを目の端で捉えたマーガレットは、喉を震わせながら溢れ出す涙が頬を伝って落ちていく。それが落ちる様を感じながらも、微動だにすることができなかった。それを拭うことも叶わず、咽び泣くこともできないマーガレットの様子を見て、男は再びニヤリとほくそ笑んだ。

「初めからそうやって大人しくしてりゃいいんだよ」

 男は再びドレスの裾を手繰り寄せ、徐々に露わになるマーガレットの生足に触れた。マーガレットの涙は止まるどころか溢れるばかりだ。そんな涙を男は蛇のようにくねる舌を伸ばして舐めとった。
 男が触れる手に不快感を感じながら、ただ頭の中では昨日出会った男に言われた言葉がこだました。

『ーーいつ山賊が現れるとも限らんからな』

 自分の不甲斐なさと無力さに、マーガレットは転生したことを後悔した。転生をしたのはマーガレットの意思ではなないが、それでも後悔せずにはいられなかった。
 図書館で本棚の下敷きになり、気がつけばこの世界で別の人間として生を受けていた。けれど、そんな運命にさえ、今のマーガレットは憎悪を感じずにはいられなかった。

(前世のままで、満里奈のままで死んでいれば、こんな屈辱を味わわずにすんだのにーー)

 マーガレットはそっと瞳を閉じた。どうか今度は転生などしませんように……と、そう念じながら。
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