サンドリヨン 〜 シンデレラの悪役令嬢(意地悪姉役)に転生したので前職を生かしてマッサージを始めました 〜

浪速ゆう

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本編

早朝の出来事 1

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「マーガレットお姉様、おはようございます。今朝は早起きですわね」

 リュセットは驚いた様子でそう言った後、マーガレットに微笑みを送った。いつもならばその微笑みには春うららかな陽気さえ感じるはずだが、マーガレットはあくびをかみ殺しながら「おはよう」と言葉短く返事を戻すだけ。
 なぜならばマーガレットは寝不足だった。そのしるしが目の下にはくっきりと刻まれていた。
 いつもと様子が違うと感じたリュセットは、キッチンにすでに用意しておいたティーポットにすぐさまお湯を注いだ。

「昨夜は眠れなかったのですか?」

 ダイニングテーブルに溶けるように寝そべっているマーガレットは、顔を上げずに小さく頷いた。

「ちょっと寝つきが悪くなるようなことがあってね」
「そうでしたか……もし私でよろしければ、お話伺いますわ。気が紛れるかもしれませんもの」

 リュセットはそう言って、ティーセットをトレイに乗せてマーガレットの隣に座る。

「ありがとう、リュセット。でも大丈夫、話すほどの内容でもないの」
「そうですか。ですが、何かあればおっしゃって下さいませ。私が力になれるようなことがあればいつでも」
「リュセット……」

 マーガレットはリュセットの言葉に心を打たれ、顔を上げた。リュセットは家事だけでなく、人としても尊敬できる、とても出来た子だった。最近マーガレットの心の癒しは、この可愛い義妹とこうして話をしている時だった。

「そろそろ茶葉が開いた頃かしら?」

 金色の取っ手がついた上品なティーカップ。ティーポットから注ぎ入れる紅茶の湯気が柔らかくマーガレットの鼻先を撫でた。

「マーガレットお姉様、紅茶はいかがでしょうか? 温かい紅茶を飲めば少しスッキリとした気分になるかもしれませんよ」

 リュセットは微笑みながらカップをソーサーに乗せ、マーガレットに差し出した。

「そうね、ありがとう。リュセットこそ、ちゃんと眠れているの?」

 昨夜も暖炉のそばで眠っていたのだろう。スカートについたすすがそれを物語っていた。

「前にも言ったけれど、私の部屋と交代で使用するか、相部屋でも私は一向に構わないのよ? お母様が言ったことは気にしなくてもいいから」

 初めてリュセットが暖炉のそばで眠っているのを見た時、マーガレットは一緒の部屋で寝ようと提案をした。するとそれをマルガリータがイザベラに告げ口をした。リュセットが自分の部屋が狭い上に寒すぎてマーガレットに文句を言い、部屋を交代するように言っていると。さらに、そもそも元々この家はリュセットとリュセットの父親ウィルヘルムの家で、部屋を選ぶ権利はリュセットにある。そんな事を一番歳が近い為に、文句が言いやすいマーガレットにそう言っていたのを聞いた……と、マルガリータがイザベラに言っていた。更にそのことをイザベラはまんまと信じ込んだ為、いくらマーガレットがマルガリータの言葉を否定しようとも聞く耳を持たなかったのだ。
 むしろ前回同様にそうやってリュセットを庇っているマーガレットをイザベラは褒めていた。悪循環とはこの事だった。

「マーガレットお姉様。お気持ちはとても嬉しく思います」

 リュセットは頭に巻いていた三角頭巾を外し、金色の豊かな髪をほどいた。

「それじゃあ……」
「ですが、私なら大丈夫です。それに、いくらマーガレットお姉様のお部屋が私の部屋より広いとはいえ、ベッドはシングルサイズですし、二人で寝るには狭いと思いますわ」
「それでもリュセットの部屋で寝るよりは隙間風も防げてマシだと思うわよ」

 リュセットは微笑みながら、腰に巻いていたエプロンを外し、ダイニングテーブルの椅子にそっとかけた。

「それならば暖炉のそばの方が暖かいですから。それに、慣れれば床で寝るのも意外と快適なのですわよ」

 ほのぼのとした様子でそう言うリュセットの背後に立ったマーガレットは、リュセットの両方の肩を掴んだ。

「快適だなんて嘘。硬い床で寝ているせいで身体がガチガチになっているじゃない」

 マーガレットはマッサージするようにリュセットの小さな肩を掴んでいる。

「あっ、いたた、マーガレットお姉様、そこは痛いです」
「でもここがガチガチよ?」
「マーガレットお姉様……!」

 リュセットは慌てて逃げるようにしてマーガレットから距離を取った。マーガレットはリュセットの愛らしい瞳が痛みで歪んだ様子を見て、ハッと我に返り、肩をすくめた。

「ごめんなさい。強く揉みすぎたわね……」

 マーガレットは自分の両方の掌を見つめながら、マッサージする時の感覚を思い返していた。指の力は間違いなく衰えている。と言うよりも、力が無い。それもそのはずで、満里奈として生きていた前世では毎日のように使用していた指先とマッサージテクニックも所詮は前世での話。マーガレットというこの人物はマッサージなど生まれてこのかた、一度もしたことが無いのだ。
 それでもリュセットが痛みを感じたのは、リュセット自身マッサージを受けたことが無いため、マッサージを受け慣れている人よりも筋肉の反発力や、力の圧抑に対する抗体が無いからだろう。マッサージの感覚を取り戻そうとでもするように、リュセットが痛がっていても思わず手を止めることができなかった。

「いいえ、少し痛みを感じましたが大丈夫です。マーガレットお姉様はマッサージがお上手なのですわね。私知りませんでしたわ」
「えっ、ええ、まぁ……少し独学で勉強をしている最中なの」

 マーガレットの明らかにごまかしとも取れる返答と、あからさまに目が泳いでいる様子を見ても、リュセットは「そうでしたか、すごいですわ」と言って微笑んでいる。

「ひとまず私は今までの場所で満足していますので、マーガレットお姉様のそのお気持ちだけで私は十分ですわ。それにもうすぐ春がやってきます。暖炉も必要なくなる日が近いのですから」

 けれどそれはまだまだ先の話。春先も夜は冷え込むし、毎年冬になれば凍てつく寒さからリュセットはあの暖炉のそばで眠ることになる。マーガレットは異議を唱えようと口を開いたが、リュセットはキッチンに置いてある買い物かごを掴んで、玄関へと歩き始めた。

「お母様とマルガリータお姉様が起きてくる前に、少し市場で買い物を済ませてきますわ」

 リュセットはマーガレットとこのことについて議論するつもりは全くない。そのためそそくさと逃げるようにしてキッチンを後にした。これでこの会話はこれでおしまいだとでも言うように。
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