この夢が終わったら、また君に逢いに行く

浪速ゆう

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夢の終わり

第一話

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  ◇


 私はゆっくりと目を覚ました。

「変な夢見たな……」

 そんな風に思わず呟いてしまうほど、奇妙な夢だった。
 そもそも私が夢見た内容を覚えてる事の方が珍しいんだけど。

「どんな夢だったんだ?」

 そう言って部屋の扉からひょっこりと顔を覗かせたのは、隣の家に住むハル。

「ちょっ、ノックもなしで勝手に入ってこないでくれる?」
「よく言うよな。扉なんて開けっ放しだったじゃねーかよ」

 あれ、そうなの。ああ、そうかも。昨日は疲れて即ベッドにダイブしたから。
 昨日の予定を頭の中で整理しながら、私はふむっとハルの言葉を受け入れた。

「んで、どんな夢見たって言うんだ?」

 ハルはそう言いながらズカズカと部屋に入って来て、ちゃっかり私の椅子に腰をかけた。

「なんかちゃんとは覚えてないんだけどさ、何度も同じ日をやり直す夢」
「なんだそれ」
「ハル、あんたもいたよ。私の幼馴染でさ、私が何度も死ぬからハルが助けようとしてタイムリープしてたんだ」

 私が記憶を探りながらそう話すと、ハルは肩を揺らして笑った。

「何度も死ぬってなんだよそれ。カオは運動音痴で鈍臭いからな」
「失礼な奴だな!」

 私はハルに向けて枕を投げつけた。ハルはそれを簡単にキャッチして、それでもまだ笑っている。私の投げた枕は、今やハルの懐に置かれている。

「でもさ、私達今より少し若かったのよ。ハイスクールくらいかなぁ。しかもなんか景色がものすごく古いし、名前も違う呼び名で呼び合ってたし」
「ふーん。まぁ、それ夢だしな」

 いや、そうなんだけど……でもなんか夢にしてはとてもリアルだった。
 状況が、というよりも、私達の間柄や、夢の中での私の感情が……。

「あっ、あとさ。夢の中で私達、付き合ってなかったよ」

 あの様子だとまだ、と言う言葉を付け足した方がいいのかもしれないけど。
 幼馴染のまま、私達はとても近い距離にいた。私はハル……私が夢の中でケンと呼んでいた彼に、私が家族以外の感情を抱く前に、夢は終わってしまった。
 私とハルは幼馴染で、家族みたいなものだった。だけど私はある日、ハルが他の女の人と私以上に仲良くしている様子を見て、嫉妬した。そこで初めて私はハルに家族とも違う感情をいだいていたことに気がついた。
 ハルも私の相談にも似た告白を聞いて、同じ気持ちだったことを明かしてくれた。
 ……それは結構最近の話なんだけど。

「まぁ、だから夢だろ。現実と夢は違うって話だな」

 ハルは椅子を前後にゆらゆら揺らした。背もたれ部分を抱きかかえるみたいに座って、その背もたれとハルの体の間に私の枕は挟まれた。
 キャスター付きの勉強用に置いてある椅子は、ギギッという音を鳴らしてハルの行動に異論を唱えている。

「うん、夢だね」

 どこか懐かしさを感じるような、それでいて遠い遠い昔のビデオを見ているような、そんな不思議な夢だった。

「この夢が終わったら、私はまた逢いに行く。か……」
「ん? なんか言ったか?」

 ハルは椅子の異論に負けたのか、席を立って部屋を出て行こうとしているところだった。枕を私に投げ返し、それを受け止めて胸に抱きかかえる。
 ハルは大学生になってから、また背が伸びた気がする。まだまだ成長を見せるハルの姿を見つめながら、私はこう言った。

「ねぇ、もしさ。今こうしてるのも夢だったらどうする?」
「何だよ、それ?」
「もしもの話」

 ハルは首を小さく傾げながら、再び私に向き合う形で部屋に戻って来た。

「お前、そういうの信じないってか考えないタチじゃないっけ?」
「うん、そうなんだけどさ。信じるか信じないかではなく、それが本当にあったとしたら……って、そう考えるくらいはいいかと思って」

 もしもこの世に生まれ変わりなんてものがあるとすれば、私はどんな未来を歩むんだろう。
 今もまだ未来に向かう途中にいるのに、そんなこと考えること自体変かもしれないけど。でもなぜか、あの変な夢を見た今だけは、そんな事を考えずにはいられなかった。

「この夢が終わったら、ハルはどうする?」
「そうだな……」

 ハルは腕を組んでさらに首を傾げてこう言った。

「そしたらまた、カオに逢いに行くだろうな」

 いつものポーカーフェイス。表情を変えずにそう言ったあと、ハルは私に背を向けた。

「だって、カオがいないとつまんねーじゃん」

 表情は変えないけど、ハルは表情豊かな時がある。付き合ってから、ハルの言葉に温度や柔らかさを感じることがある。
 今の言葉にも、どこか羽が生えたように柔らかくて、私は胸の奥が温かくなるのを感じた。夢の中でケンがカヨに気持ちをぶつけていた時に感じた、あの温かさ。
 夢の中では温かさとと共に痛みもあった。私は枕をぎゅっと抱きしめなおして、それに顔をうずめる。
 ハルの温かい言葉で、夢の痛みを消し去ろうとでもするように。

“きっとまた、君に逢いに行く”

 幽霊もサイキックも信じない。
 ——だけど。

「そうだね、私もそうするかな」

 もし私が死んで、ハルも死んでしまったとしても。
 絶対また、逢いに来てね。
 私も逢いに行くから。


【Fin】
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