この夢が終わったら、また君に逢いに行く

浪速ゆう

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夢の結末

第五話

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「ケンは相変わらずバカだし、大人になったケン、あんたも今のケンと負けず劣らずやっぱりバカだよ!」

 ここからは私の反撃だ。二人そろってバカなんだから。
 私より頭が良くて、勉強ができたとしても、それでも二人はバカ者だ。

「私を助けるために自分が死ぬってなに? 普段からゲームのしすぎで、犠牲心とかを美徳と勘違いしてんじゃないの?」

 普段からゲームばっかりして、感情の起伏が少ないケン。そんなケン達が私の言葉を聞いて立ち上がった。二人の立ち上がる行動は、双子かと思えるほど息がぴったりだった。

「お前こそ分かってねーだろ!」

 そう叫んだのは、さっきまで黙っていた現在のケンだ。ポーカーフェイスは崩れ、怒りと不快感を露わにした表情で、彼は私にこう言った。

「俺は二回、同じ日を繰り返してんだ。俺の目の前でお前は二回も死んじまったんだぞ!」

 その言葉ににカチンときた私は、現在のケンに噛みつくみたいに身を乗り出した。

「だから何? 私はその理由のどこに、自分が死ぬなんていう発想になんのって言ってんのよ!」

 こっちは同じ日を何度繰り返したと思ってんの。二回どころの話じゃないんだから。
 私は何度、痛い思いをして死んで。ことりちゃんも死んで。ケンだって危かった状況を、何度見てきたと思ってるんの。

「私の人生は私のもので、私の運命も私のもの。そうでしょ?」

 だからこれ以上、勝手に私の運命の犠牲になんてならないで。

「私の運命は私以外、誰も変える権利はないし、誰にも変えさせたりなんてしない……!」

 ケンはそんな状況知らないじゃん。あんたの方が何も知らないじゃん!

「だからあんたらが、勝手に私の運命を決めるな!」

 いくつになってもケンはケン。だから大人になろうが、子供だろうが、ケンはバカだよ。
 でも、そんなバカなケンが未来まで会いに来てくれた。私を助けようとしてくれた。それで私は十分だった。
 だからケン、あんたはバカなまま、ちゃんと大人になってよ。
 眉間にしわを寄せながら、現在のケンは静かに視線を落とした。そんなケンの様子を見ながら、私はケンの手からあの小瓶を奪おうとした。その時だった。

「……勝手なこと言ってんのは、お前だって同じだろうが」

 そう言ったのは、今の今まで黙っていた、未来から来たケンだった。
 大人になったケンが、テーブルに向かって崩れるようにして、頭を打ち付けた。

「……お前は、俺の家族みたいなもんだろうが!」

 力強い言葉と相反するように、未来のケンの肩は小さくすくんでいた。

「俺達は家族よりも強い絆で繋がった、唯一無二の幼馴染だろ!」

 叫んでいるはずなのに、言葉にはどこか力が無い。言葉の途中途中が擦れて私の耳に届いた。
 肩が揺れている。言葉を発するたびに、ゴムでまとめきれなかったぼさぼさの髪が揺れる。未来から来たケンの頭が揺れると同時に、テーブルの上に落ちるのは、さっき私が飲んだ睡眠薬と同じ、無色透明なもの。
 私はケンの涙を、生まれて初めて見ていた。

「……血の繋がりはねーけど、でも血の繋がりよりも強い絆で結ばれた、幼馴染じゃねーかよ」

 私はさっきまでの怒りのボルテージが、一気に下がるのを感じていた。
 現在のケンよりも大きな手。ごつごつとしたその手が、今にも血が滲みそうなほど強く握りしめられている。

「同じ日に、同じ病院で生まれて。家も隣同士で、毎日のように一緒にいて。親同士もどっちがどっちの親かもわかんねーくらい仲良くて……」

 拳を震わせて、テーブルをドンッ! と叩いた。テーブルの上にあったものがばさばさと床になだれ落ち、そんな雑多も耳に入らないくらい、私はケンに見入っていた。

「誰が想像できんだよ、お前がいなくなるなんて!」

 さっきの薬がまだ効いているのかもしれない。さっきまでは脳が揺れるような感覚がしたけれど、今度は私の心が揺れていた。

「俺は、誰を恨めばよかったんだよ!」

 大人になったケンは体格こそ今のケンより大きくなったけれど、体はガリガリだ。
 いくら出不精でインドアだとはいえ、見た目を気にしないほど冴えない奴じゃない。それなのに無精髭は生えっぱなしで、髪だっていつ切ったのが最後なのか分からない。
 それはなりふり構わずここに来るため、私を助けるためだけに時間を費やしていたからに決まってる。

「諦めるなんてできるか……そんなもん、できるわけねーだろ……」

 私は未来から来たケンの隣に立ちつくしたままでいる、現在のケンに目を向けた。するとそこにいる等身大のケンも、袖で涙を拭っている。
 そんな様子に私の目頭が、じわっと熱くなる。心が震える。ケンの、ケン達の気持ちに、私の心が持っていかれそうになる。それくらい、普段から感情を見せないようなやつだった。だからこそ、そんな彼らが必死になってどうにかしようとしてくれる気持ちに、私は……自分が死ぬなんていう選択肢は間違いなんじゃないかって、気持ちがブレそうになる。
 ……だって、私だって本当は……死にたくなんかないんだから。

「……やっぱ、あんたバカでしょ」

 私はその選択肢を選んではいけない。もうそれは、何度も実証済みで、この自問自答は何度も何度も繰り返した。
 そしてその結果が、今の私を突き動かした。

「あんた達はバカだよ」

 ケンの方が頭は冴えてるし、勉強もできる。それは認める。だけど、やっぱり人としての根本のところがバカだよ。

「私が助かったとしてもケンが死んだら、私が悲しまないとでも思ったの? 私がケンと同じ思いをするとは想像できなかったの?」

 私は前回のタイムリープの時も、ことりちゃんがトラックに轢かれた時もそう、ケンももしかしたら車に轢かれるかも、自転車とぶつかって私と同じ運命を辿って死ぬかも――そう思った時、自分が死ぬ事以上に恐怖を覚えたんだ。
 私は私の体を抱き寄せるようにして、椅子に座りなおした。

「……ねぇ、ケン」

 ケンもきっと私と同じあの恐怖を感じたに違いない。だから未来からケンはやって来てくれて、現在のケンは自分が身代わりになって死ぬために、あの薬を受け取ったんだと思う。
 ……だけどさ。

「さっきも言ったけど、この運命は私のものだよ。だから誰にも譲らない」

 譲らないし、譲れない。

「それにね、私が避けるとどんどん悪化してったじゃん? 私は私の大切な人達が身代わりになんてなって欲しくないよ」

 私は二人のケンに向かってそう言った。やっぱりケンは兄なんかじゃなく、弟だと思う。
 でも正直、最近はこの発想すらちょっと違う気がしてるけど。

「薬は私がもらうから。ケンはさ、立派な発明家にでもなってよね」

 私がこう言うと現在のケンが目を真っ赤にしながら、さらに言葉を続けた。

「何だよその口ぶり……お前は死ぬのが怖くないのかよ」

 その言葉、そっくりそのままケンに突きつけたいところなんだけど。私の代わりに死のうなんて考えに至った人が、そんな言葉、普通言うかな。
 そう思ったけど、きっとケンは私と同じ気持ちなんだと思う。ただの幼馴染じゃない。ただのご近所さんでもない。そんな私とケンの関係だから、私はケンが自分の命と私の命を取り替えようとした気持ちがよくわかる。
 だから私は、ケンの手から淡い水色の液体が入った瓶を受け取って、こう言った。

「私は何度もこの状況を夢なんじゃないかって思ってたからかな……いつも同じように朝、目がさめるの。だからさ、これも夢なんじゃないか? って、もしかしたらどっかで思ってるのかもね」

 私はそう言って、少しだけ笑った。これが私の、最後の強がりだ。
 ちょうどその時、さっきからぼやけていた視界がクリアになった。それと同時に頬を暖かなものが伝うのを感じて、慌ててそれを拭った。

「嘘つけ。カヨは昔からポーカーフェイスが下手だからな」
「違う、この涙はそういうんじゃなくって……」

 なんて言ったところで、ケンはきっとすべてお見通しなんだと思う。
 この涙は死ぬのが怖くて流したわけじゃない。ただ、もうケンとこうして会話することも、バカバカ言い合うこともできないんだと思うと、なんだか泣けてくる。
 私はもう一度現在のケンを真っすぐ見つめて、素直にこう言った。

「……怖くないわけじゃない。けど、夢なのかなって思う気持ちがあるのも本当だから」

 もちろん、これが夢なんかじゃないってことはもう分かってる。だからこそ、私はもう一度、念を押した。

「ねぇケン。お願いだからもう二度と、タイムリープをするのはやめてよね。これだけは約束して。私はもうあんな地獄のような日々を繰り返したくない。もしケンまたタイムリープすれば、私はケンの行動を阻止しようとして、もっと酷いことになるんだからね」

 未来のケンにそう言うと、ケンは苦虫を噛み潰したような苦しい表情をした後、ゆっくりと頷いてくれた。

「……分かった、約束する」

 私はまだ、ケンのその言葉を聞いても安心はできない。なにせ一度、ケンに騙されたのだから。
 現在のケンからあの薬は受け取ったけど、これも本物なのだろうか……そんな疑問が湧いてくる。だけど――。

「嘘じゃない。……俺も、お前を絶望させるためにここへ来たわけじゃないんだ」

 その言葉とケンの表情を見て、私はやっとホッとした。
 ケンがイライラした時の癖、頬を何度も膨らませたりへこませたりするあの癖を見て、きっとケンは約束を守ってくれると思えたから。

「ケン、言霊って知ってる? 口に出して言うとそれが魂を持って真実になるんだって」

 いつかの時、保険医の先生がそんな話をしてくれた。私は現実主義者で、そう言うものは本来信じないタチだけど、これだけ不思議な事を私は体験したんだ。言霊くらいあったっておかしくないんじゃないかって今は思える。
 それに信じるか信じないかではなく、それが本当にあったとしたら――保険医の先生が言っていたように、そんな風に考えるとすれば、私は――。

「この夢が終わったら、私はまたケンに逢いに行くから」

 それはいつかの未来で。
 もしもこの世に、生まれ変わりなんてものがあるとすればの話だけど。

「言霊がきっと叶えてくれるよ。だって私達、最強の絆で結ばれてるんでしょ?」

 私がそう言うと、現在のケンは服の袖で顔を拭い、未来のケンはまた泣きそうな顔をして――最後は微笑んでくれた。

「ああ……この夢が終わったら、俺もまた、お前に逢いに行くよ」

 今回の夢は、長い夢だった。
 長い一夜だった。
 でも夢だと思えば……これが夢なんだったら、醒めないことはないよね。
 だからケン、またね。また、会おうね。
 ――それまで、ばいばい。
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