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夢の結末
第一話
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「うげぇ……っ!」
心臓を絞られるような感覚の中で、私は目を覚ました。
「うぇっ、げほっ……」
内臓をミキサーでシャッフルされたような、そんな気持ちの悪さが私を襲っていた。
起き上がろうとしても体が重く、まるで何かで体をベッドに縛り付けられてるんじゃないかって思えるほど、指の先を動かすのすらかなりの苦労が必要だった。
「うっ……ううっ……!」
苦しい。なんで私だけこんな思いをしなくちゃいけないんだろう。私が一体何をしたっていうのだろう。
私はぼやける視界の中で、天井を仰いだ。いつもの景色、いつもの私の部屋。
何度も死んで、もしくは親しい誰かが死ぬ瞬間に立ち会って……こんなの、地獄じゃないか。
生きながらえながら、いつもの景色の中、いつもの生活の中で私は、地獄に落ちていく気がした。
「佳代子、いつまで寝てるの。とっくにケンちゃんは迎えに来てるわよー」
お母さんのそんな声が聞こえたのを合図に、私は重たい体を持ち上げた。上体を起こした瞬間、立ちくらみのようなめまいに襲われて、再び胃の中の気持ち悪さから嗚咽をこぼした。
行かなくちゃ。
くらくらとまだ視界が定まらない中、私の意思だけははっきりとしていた。
未来のケンに会いに行かなくちゃ。
私はベッドのそばに置いてあるスマホを手に取り、ケンに向けてテキストを手早く打った。画面を見るのも正直気持ち悪いけど、短い文章で済ませてそのままスマホをベッドに投げ置いた。
するとすぐに部屋をノックする音が聞こえて、ケンが私の名を呼んだ。
「カヨ、おい、大丈夫か」
「ケン、入って来ていいよ」
力なくそう言うと、部屋の扉は遠慮がちにゆっくりと開いた。その開いた向こう側からケンがそっと部屋の中を伺うようにのぞいている。
「学校休むってお前、大丈夫かよ。ちょっとやそっとの風邪くらいじゃ休んだりしないお前が休むなんて言うと思わなかったぞ」
「うん、休みたくないんだけどね……ちょっと吐きそうな感じだからさすがに今日は行くの諦める」
「顔色、悪いな。カヨママにはまだ言ってないよな? 俺言っといてやるよ」
「うん、ありがとう。ケンはどうするの?」
お前が休むんだったら俺も休むって言うかと思ったけれど、ケンはあっさりとした口調で想像とは反対意見を放った。
「今更だろ、もう来ちまったしカヨママの手前もあるから行くわ」
「そっか。分かった」
今日だけはケンが私にならって休むと言えばいいのに、って思った。実際過去のタイムリープでは、私が学校をサボろうとしたら一緒になってサボろうとしていたくらいなのに。
お母さんの前で猫を被ってるケンらしい回答といえば回答だけど。
「ケン、学校行く時、歩きスマホするのはやめなよ。絶対ダメだからね」
ケンが部屋を出て行こうとするその背中に向けて、私はそう言い放った。私のこのセリフを何度も聞いて飽き飽きしているケンは面倒くさ気に「へいへい」と相槌を打ったけど、私に向かって振り返りもしない。
「ケン」
「なんだよ、まだなんかあんのかよ」
いい加減にしろって言いたげな顔で扉を閉めようとしていたケンが、ちらりと私を見て、視線がカチリと合った瞬間——。
「色々と、ありがとね」
私はそう言いながら、小さく微笑んだ。
するとケンは深い谷を彷彿させるような深いシワを眉間に刻んで、嫌悪感をむき出しにした。普段表情はあまり変えない癖に、私が素直に言った言葉にそんな反応するのはどうなんだって思ったけど、何も言わなかった。
普段なら逆ギレするところも、今の私にはそんなパワーはないみたいだ。
「なんだよ気色悪いな。カヨママに伝言するだけだろ」
私的には色んな意味を込めて言った言葉だったけれど、ケンにはいつものやり取りの一部でしかないようだ。
……でもそれでいい。
ケンが扉を閉めて出て行ったのを確認してから、きっとこの後お母さんが様子を見にやってくると思う。その後に私はこっそり外へ出て、未来のケンに会いに行く。きっと今回もあの横断歩道でケンは待ってるって思うから。
今回はもう現在のケンには何も言わない。私はもう決めたんだ。
いつもタイムリープしていた時、私はシャワーを浴びてから遅刻ギリギリに家を出ていた。だから今回も私は同じ時間になるまで部屋でじっと大人しくして、体調が少しでも戻ってくるのを待った。
吹き出した汗がベタベタして気持ち悪いけど、タオルでそれを拭って動きやすい私服に着替えた。
時間が経てばいつものように体は軽くなってきて、体調もどんどん回復をはじめた。
私の体はリセットし、9月26日をもう一度始めようとしているんだと思う。
お母さんがキッチンでテレビを見ている事を確認した上で、私はこっそり玄関へと向かった。私は悪足掻きをせず、今回もいつものスニーカーに足を通した。
何を履いても結果は同じ。今回は新しい靴紐を持って行くこともやめた。もし紐が切れたら、その時は裸足で帰ろう……って潔くそう思って。
静かに玄関の扉を閉めて、家を出た。
朝日が眩しく、とても天気の良い日。きっと普段なら何かいいことが起きそう、って考えてもおかしくないくらい清々しい天気なのに、私はもうこの天気の良い9月26日を今回で5回繰り返している。
私の記憶する9月26日は、だけど。未来から来たケンが言うには今回ので私は同じ日を7回繰り返している事になる。
心臓を絞られるような感覚の中で、私は目を覚ました。
「うぇっ、げほっ……」
内臓をミキサーでシャッフルされたような、そんな気持ちの悪さが私を襲っていた。
起き上がろうとしても体が重く、まるで何かで体をベッドに縛り付けられてるんじゃないかって思えるほど、指の先を動かすのすらかなりの苦労が必要だった。
「うっ……ううっ……!」
苦しい。なんで私だけこんな思いをしなくちゃいけないんだろう。私が一体何をしたっていうのだろう。
私はぼやける視界の中で、天井を仰いだ。いつもの景色、いつもの私の部屋。
何度も死んで、もしくは親しい誰かが死ぬ瞬間に立ち会って……こんなの、地獄じゃないか。
生きながらえながら、いつもの景色の中、いつもの生活の中で私は、地獄に落ちていく気がした。
「佳代子、いつまで寝てるの。とっくにケンちゃんは迎えに来てるわよー」
お母さんのそんな声が聞こえたのを合図に、私は重たい体を持ち上げた。上体を起こした瞬間、立ちくらみのようなめまいに襲われて、再び胃の中の気持ち悪さから嗚咽をこぼした。
行かなくちゃ。
くらくらとまだ視界が定まらない中、私の意思だけははっきりとしていた。
未来のケンに会いに行かなくちゃ。
私はベッドのそばに置いてあるスマホを手に取り、ケンに向けてテキストを手早く打った。画面を見るのも正直気持ち悪いけど、短い文章で済ませてそのままスマホをベッドに投げ置いた。
するとすぐに部屋をノックする音が聞こえて、ケンが私の名を呼んだ。
「カヨ、おい、大丈夫か」
「ケン、入って来ていいよ」
力なくそう言うと、部屋の扉は遠慮がちにゆっくりと開いた。その開いた向こう側からケンがそっと部屋の中を伺うようにのぞいている。
「学校休むってお前、大丈夫かよ。ちょっとやそっとの風邪くらいじゃ休んだりしないお前が休むなんて言うと思わなかったぞ」
「うん、休みたくないんだけどね……ちょっと吐きそうな感じだからさすがに今日は行くの諦める」
「顔色、悪いな。カヨママにはまだ言ってないよな? 俺言っといてやるよ」
「うん、ありがとう。ケンはどうするの?」
お前が休むんだったら俺も休むって言うかと思ったけれど、ケンはあっさりとした口調で想像とは反対意見を放った。
「今更だろ、もう来ちまったしカヨママの手前もあるから行くわ」
「そっか。分かった」
今日だけはケンが私にならって休むと言えばいいのに、って思った。実際過去のタイムリープでは、私が学校をサボろうとしたら一緒になってサボろうとしていたくらいなのに。
お母さんの前で猫を被ってるケンらしい回答といえば回答だけど。
「ケン、学校行く時、歩きスマホするのはやめなよ。絶対ダメだからね」
ケンが部屋を出て行こうとするその背中に向けて、私はそう言い放った。私のこのセリフを何度も聞いて飽き飽きしているケンは面倒くさ気に「へいへい」と相槌を打ったけど、私に向かって振り返りもしない。
「ケン」
「なんだよ、まだなんかあんのかよ」
いい加減にしろって言いたげな顔で扉を閉めようとしていたケンが、ちらりと私を見て、視線がカチリと合った瞬間——。
「色々と、ありがとね」
私はそう言いながら、小さく微笑んだ。
するとケンは深い谷を彷彿させるような深いシワを眉間に刻んで、嫌悪感をむき出しにした。普段表情はあまり変えない癖に、私が素直に言った言葉にそんな反応するのはどうなんだって思ったけど、何も言わなかった。
普段なら逆ギレするところも、今の私にはそんなパワーはないみたいだ。
「なんだよ気色悪いな。カヨママに伝言するだけだろ」
私的には色んな意味を込めて言った言葉だったけれど、ケンにはいつものやり取りの一部でしかないようだ。
……でもそれでいい。
ケンが扉を閉めて出て行ったのを確認してから、きっとこの後お母さんが様子を見にやってくると思う。その後に私はこっそり外へ出て、未来のケンに会いに行く。きっと今回もあの横断歩道でケンは待ってるって思うから。
今回はもう現在のケンには何も言わない。私はもう決めたんだ。
いつもタイムリープしていた時、私はシャワーを浴びてから遅刻ギリギリに家を出ていた。だから今回も私は同じ時間になるまで部屋でじっと大人しくして、体調が少しでも戻ってくるのを待った。
吹き出した汗がベタベタして気持ち悪いけど、タオルでそれを拭って動きやすい私服に着替えた。
時間が経てばいつものように体は軽くなってきて、体調もどんどん回復をはじめた。
私の体はリセットし、9月26日をもう一度始めようとしているんだと思う。
お母さんがキッチンでテレビを見ている事を確認した上で、私はこっそり玄関へと向かった。私は悪足掻きをせず、今回もいつものスニーカーに足を通した。
何を履いても結果は同じ。今回は新しい靴紐を持って行くこともやめた。もし紐が切れたら、その時は裸足で帰ろう……って潔くそう思って。
静かに玄関の扉を閉めて、家を出た。
朝日が眩しく、とても天気の良い日。きっと普段なら何かいいことが起きそう、って考えてもおかしくないくらい清々しい天気なのに、私はもうこの天気の良い9月26日を今回で5回繰り返している。
私の記憶する9月26日は、だけど。未来から来たケンが言うには今回ので私は同じ日を7回繰り返している事になる。
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