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夢の結末
第二話
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いつもの住宅街の通りを抜けて、私は景色を楽しむようにしていつも以上に辺りを見渡した。
いつもと変わらない、
なんてことない通学路。道路の脇に咲いた小さな花や雑草、そういうものにすら新鮮味を感じるほど、普段なら見落としていた景色を堪能しながら、私はあの横断歩道までやって来た。
道を曲がって横断歩道が目の前に広がった瞬間、反対側の歩道にいるはずのケンがこちら側の歩道で明らかに私を待っていた。
「カヨ……」
「ケン、話があるの」
私はケンが何を言おうとしているのか聞こうともせず、そう言った。ケンはどこか私の言おうとしている事を想定していたかのように、一度目を伏せてから、再び私に向き合った。
「分かった。ここじゃなんだからとりあえず俺の家で話を聞こう」
「それなら、私今はケンの家の鍵持ってないから、先に私の家に帰らせて」
さっきケンが学校に行くと言ってくれたからちょうど良い。そう思って未来のケンの申し出を受け入れた。
「いや、鍵なら俺も持ってる。だからその必要はない」
そう言ってケンは私の隣に立って、私が今来た道を戻るように促した。私が歩き出すまで、ケンは動かない。まるでガーディアンのようにケンは私の周りに存在するものを警戒しているのが手に取るように分かってちょっと笑いそうになってしまった。
「何がおかしいんだ?」
「いや昔、小学校の通学路でさ近くでよく吠える犬を飼ってる家があったじゃん? たまに首輪外れてたりしてあの犬外に出てることがあったから私がビビって通れなかった時、こうやってケンが警戒して守ってくれてたなー、ってのをフと思い出しちゃった」
「あー、そんなこともあったな。遠い昔すぎて言われるまで忘れてた」
そうだよね。今私の隣にいるケンは未来から来たケンで、私よりももっと先の人生までも歩んで来たんだ。だから私が懐かしいと思ったことも、このケンからすれば遠い遠い昔になるのかもしれない。
「ケンってさ、今はいくつになったの?」
私はケンの横顔を見ながら、今のケンの年齢を想像した。私の見る目はなかなか良くないって自他共に認めてる。
だからよく分かんないけど、30代とも取れるし、40代だと言われたらそうなんだって納得してしまうかも。
でも実際は20代だったりして……。
「さぁ? 年齢なんかいつから数えてないか……そんなもんとっくに忘れちまったよ」
「何その、どこじょの女子みたいな回答。年齢忘れるとかあるの?」
それとも隠してるとか? ケンも大人になってティーンエイジャーな私を前に、老いを隠したくなったとか。
「俺はお前が亡くなったこの日からずっと、時が止まったままなんだよ」
私の方に見向きもせずそう言ったケン。でもすぐに「なんてな」なんてちょっと笑いながらそう言ったけど、ケンは私の知らない大人になったんだと感じた。
年齢が幾つかどうか、見た目が変わったとかそういうの抜きにして、ケンは本心を隠すためにごまかし笑いができる大人になったんだ。
私の知るケンはいつもぶっきらぼうで、本当に楽しい時か、私を陥れようとして悪巧みしている時くらいにしか笑う姿を見せない。
そんなケンを見ていると、大人になるって良いことなのか、悪いことなのか。私にはちょっと分からないな、って思えてくる。
だけどそれはきっと、この先も分かることはないんだと思いながら、私は前を向いた。
「着いた。中に入ろう」
そう言って未来のケンは、ケンの家の玄関扉を開けた。
「あれ、鍵開いてる」
「俺の事だからな、閉め忘れたんだろ」
なんかその表現って変だな、って思いながら内心でちょっと笑いつつ、私はケンに続いて家に入った。
ケンの家にはちょくちょく遊びに行っているからか、人の家にあがるときの緊張感や新鮮さは、一切でてこない。もちろんケンがうちに遊びに来てる回数に比べたら、私の方が少ないんだけど。
それでもケンの家のにおいに安心感というか、我が家に帰ってきた時のような親しみやすさを感じるほどには、よく通っている。
しかしいつも思うことだけど、相変わらずケンの家は片付いてるとは言えない。
ケンパパの仕事の資料とか趣味関連の本や雑誌が雑に並べられてるし、ケンママは綺麗好きだけど仕事が忙しいし。仕事のたびに買い物好きに火がついちゃうものだから、家の中はいつも物が散乱しっぱなしだ。
「なんか飲むか?」
「ううん、大丈夫。それより話をしよう」
こんなにも時間が惜しいと思ったことは今まで一度もないと思う。私はいつもケンの家に来たら座るダイニングテーブルの椅子に座って、ケンが私の向かいの席に座るのを静かに待った。
「そうだな。これからの話をしよう」
ケンにそう言われた瞬間、私は生唾を飲み込んだ。それから両手をテーブルの上に置いてぎゅっと両手を組んだ。
「ケン、あのさ……」
なんて切り出そう? どう言えば納得してくれるんだろう。
そんな風にここに来るまでの間、自問自答を繰り返していた。
だけど、いくら考えたところでいい答えは見つからない。それに、ケンには小手先の嘘は通用しない。どんなに言葉を選んだとしても、ケンはきっと折れもしない。
だから私は、馬鹿正直にストレートな言葉を投げることにした。
「もう、終わりにしようよ?」
もう終わりにしよう。この繰り返される毎日を。地獄のような、9月26日を。
「ああ、俺も。今回で最後にしたいと思ってるよ」
あっさりとそう言ってのけるケン。でもそれは、私の言った言葉の意味とは違ってる。
「違う。そうじゃなくって……私はもう、誰も代わりに傷つくところは見たくないんだよ」
思わず語尾が浮ついてしまった。冷静に言うつもりでいたのに、言葉にすると感情がどうしても高ぶってしまう。
「私はお母さんやことりちゃんやケン、みんなが私の代わりになるところなんて見たくない」
私は目を閉じて、こみ上げてくるものをぐっと押しとどめた。それと同時に瞼の裏に浮かび上がるのは、ことりちゃんがトラックに轢かれた時の光景だった。
「だから俺が、こうして未来からやって来たんだろ。カヨを守るために――」
「私はもう、終わりにしたいの!」
思わず叫んでそう言うと、ケンの拳がドン! と音を立ててテーブルに落ちた。
「諦めんなよ!」
険しい剣幕で、ケンも叫ぶ。大人になったケンの怒った顔は、現在のケンの倍以上迫力を感じるけど、それでも私は引かない。ここでケンに押されるわけにはいかない。
「私だって……私だって死にたい訳じゃないって、なんで分かってくんないの⁉」
ケンの頑固者! 普段は無気力なくせに。
「でもさ、多分もうダメなんだよ」
「ダメとか言ってんなよ!」
ケンの方が大人のくせに、駄々こねる子供みたいに言う。
でもそれ本当は、私がとりたい態度なんだって、どうしてわかってくんないの⁉
「ケンがタイムリープする度、私の体が悲鳴をあげてるの! ねぇ知ってる? 私がトラックで轢かれる瞬間を、何度経験したか。その度に痛みだって、私は全部受けてるんだよ! 感じてるんだよ!」
気がつけば、私は握り締めていた拳が石のように固くなっていた。ぎゅっと強く握り締めすぎていたせいで、手を開くと手のひらが真っ赤だ。
ケンは驚いたような、ショックを受けた顔で口を開いたまま、目が小さく震えるように揺れていた。
その表情を見ると、カっとなっていた私の上がっていた熱が一気に下がったのを感じた。
……本当はこんなこと言いたくなかった。ケンはケンなりに懸命に助けようとしてくれている。それを知ってるだけにこんな話はしたくなかった。
だけどそうでも言わないとケンはきっと諦めてはくれない。ううん、これを言ったところで諦めてくれるかどうかもまだ分からない。
タイムリープの装置を考えて作った? このケンが? 私の知る幼馴染のケンが?
それってどれだけの時間を費やして、どれだけ努力して、どれだけの失敗と挫折を味わったのか、そんなの私には想像すらできない。
だけどケンはそれをやってのけて、ここにいる。それは並大抵の覚悟で挑んだことじゃないって事くらい、私にだって分かる。
そう、だからこそ私は――。
いつもと変わらない、
なんてことない通学路。道路の脇に咲いた小さな花や雑草、そういうものにすら新鮮味を感じるほど、普段なら見落としていた景色を堪能しながら、私はあの横断歩道までやって来た。
道を曲がって横断歩道が目の前に広がった瞬間、反対側の歩道にいるはずのケンがこちら側の歩道で明らかに私を待っていた。
「カヨ……」
「ケン、話があるの」
私はケンが何を言おうとしているのか聞こうともせず、そう言った。ケンはどこか私の言おうとしている事を想定していたかのように、一度目を伏せてから、再び私に向き合った。
「分かった。ここじゃなんだからとりあえず俺の家で話を聞こう」
「それなら、私今はケンの家の鍵持ってないから、先に私の家に帰らせて」
さっきケンが学校に行くと言ってくれたからちょうど良い。そう思って未来のケンの申し出を受け入れた。
「いや、鍵なら俺も持ってる。だからその必要はない」
そう言ってケンは私の隣に立って、私が今来た道を戻るように促した。私が歩き出すまで、ケンは動かない。まるでガーディアンのようにケンは私の周りに存在するものを警戒しているのが手に取るように分かってちょっと笑いそうになってしまった。
「何がおかしいんだ?」
「いや昔、小学校の通学路でさ近くでよく吠える犬を飼ってる家があったじゃん? たまに首輪外れてたりしてあの犬外に出てることがあったから私がビビって通れなかった時、こうやってケンが警戒して守ってくれてたなー、ってのをフと思い出しちゃった」
「あー、そんなこともあったな。遠い昔すぎて言われるまで忘れてた」
そうだよね。今私の隣にいるケンは未来から来たケンで、私よりももっと先の人生までも歩んで来たんだ。だから私が懐かしいと思ったことも、このケンからすれば遠い遠い昔になるのかもしれない。
「ケンってさ、今はいくつになったの?」
私はケンの横顔を見ながら、今のケンの年齢を想像した。私の見る目はなかなか良くないって自他共に認めてる。
だからよく分かんないけど、30代とも取れるし、40代だと言われたらそうなんだって納得してしまうかも。
でも実際は20代だったりして……。
「さぁ? 年齢なんかいつから数えてないか……そんなもんとっくに忘れちまったよ」
「何その、どこじょの女子みたいな回答。年齢忘れるとかあるの?」
それとも隠してるとか? ケンも大人になってティーンエイジャーな私を前に、老いを隠したくなったとか。
「俺はお前が亡くなったこの日からずっと、時が止まったままなんだよ」
私の方に見向きもせずそう言ったケン。でもすぐに「なんてな」なんてちょっと笑いながらそう言ったけど、ケンは私の知らない大人になったんだと感じた。
年齢が幾つかどうか、見た目が変わったとかそういうの抜きにして、ケンは本心を隠すためにごまかし笑いができる大人になったんだ。
私の知るケンはいつもぶっきらぼうで、本当に楽しい時か、私を陥れようとして悪巧みしている時くらいにしか笑う姿を見せない。
そんなケンを見ていると、大人になるって良いことなのか、悪いことなのか。私にはちょっと分からないな、って思えてくる。
だけどそれはきっと、この先も分かることはないんだと思いながら、私は前を向いた。
「着いた。中に入ろう」
そう言って未来のケンは、ケンの家の玄関扉を開けた。
「あれ、鍵開いてる」
「俺の事だからな、閉め忘れたんだろ」
なんかその表現って変だな、って思いながら内心でちょっと笑いつつ、私はケンに続いて家に入った。
ケンの家にはちょくちょく遊びに行っているからか、人の家にあがるときの緊張感や新鮮さは、一切でてこない。もちろんケンがうちに遊びに来てる回数に比べたら、私の方が少ないんだけど。
それでもケンの家のにおいに安心感というか、我が家に帰ってきた時のような親しみやすさを感じるほどには、よく通っている。
しかしいつも思うことだけど、相変わらずケンの家は片付いてるとは言えない。
ケンパパの仕事の資料とか趣味関連の本や雑誌が雑に並べられてるし、ケンママは綺麗好きだけど仕事が忙しいし。仕事のたびに買い物好きに火がついちゃうものだから、家の中はいつも物が散乱しっぱなしだ。
「なんか飲むか?」
「ううん、大丈夫。それより話をしよう」
こんなにも時間が惜しいと思ったことは今まで一度もないと思う。私はいつもケンの家に来たら座るダイニングテーブルの椅子に座って、ケンが私の向かいの席に座るのを静かに待った。
「そうだな。これからの話をしよう」
ケンにそう言われた瞬間、私は生唾を飲み込んだ。それから両手をテーブルの上に置いてぎゅっと両手を組んだ。
「ケン、あのさ……」
なんて切り出そう? どう言えば納得してくれるんだろう。
そんな風にここに来るまでの間、自問自答を繰り返していた。
だけど、いくら考えたところでいい答えは見つからない。それに、ケンには小手先の嘘は通用しない。どんなに言葉を選んだとしても、ケンはきっと折れもしない。
だから私は、馬鹿正直にストレートな言葉を投げることにした。
「もう、終わりにしようよ?」
もう終わりにしよう。この繰り返される毎日を。地獄のような、9月26日を。
「ああ、俺も。今回で最後にしたいと思ってるよ」
あっさりとそう言ってのけるケン。でもそれは、私の言った言葉の意味とは違ってる。
「違う。そうじゃなくって……私はもう、誰も代わりに傷つくところは見たくないんだよ」
思わず語尾が浮ついてしまった。冷静に言うつもりでいたのに、言葉にすると感情がどうしても高ぶってしまう。
「私はお母さんやことりちゃんやケン、みんなが私の代わりになるところなんて見たくない」
私は目を閉じて、こみ上げてくるものをぐっと押しとどめた。それと同時に瞼の裏に浮かび上がるのは、ことりちゃんがトラックに轢かれた時の光景だった。
「だから俺が、こうして未来からやって来たんだろ。カヨを守るために――」
「私はもう、終わりにしたいの!」
思わず叫んでそう言うと、ケンの拳がドン! と音を立ててテーブルに落ちた。
「諦めんなよ!」
険しい剣幕で、ケンも叫ぶ。大人になったケンの怒った顔は、現在のケンの倍以上迫力を感じるけど、それでも私は引かない。ここでケンに押されるわけにはいかない。
「私だって……私だって死にたい訳じゃないって、なんで分かってくんないの⁉」
ケンの頑固者! 普段は無気力なくせに。
「でもさ、多分もうダメなんだよ」
「ダメとか言ってんなよ!」
ケンの方が大人のくせに、駄々こねる子供みたいに言う。
でもそれ本当は、私がとりたい態度なんだって、どうしてわかってくんないの⁉
「ケンがタイムリープする度、私の体が悲鳴をあげてるの! ねぇ知ってる? 私がトラックで轢かれる瞬間を、何度経験したか。その度に痛みだって、私は全部受けてるんだよ! 感じてるんだよ!」
気がつけば、私は握り締めていた拳が石のように固くなっていた。ぎゅっと強く握り締めすぎていたせいで、手を開くと手のひらが真っ赤だ。
ケンは驚いたような、ショックを受けた顔で口を開いたまま、目が小さく震えるように揺れていた。
その表情を見ると、カっとなっていた私の上がっていた熱が一気に下がったのを感じた。
……本当はこんなこと言いたくなかった。ケンはケンなりに懸命に助けようとしてくれている。それを知ってるだけにこんな話はしたくなかった。
だけどそうでも言わないとケンはきっと諦めてはくれない。ううん、これを言ったところで諦めてくれるかどうかもまだ分からない。
タイムリープの装置を考えて作った? このケンが? 私の知る幼馴染のケンが?
それってどれだけの時間を費やして、どれだけ努力して、どれだけの失敗と挫折を味わったのか、そんなの私には想像すらできない。
だけどケンはそれをやってのけて、ここにいる。それは並大抵の覚悟で挑んだことじゃないって事くらい、私にだって分かる。
そう、だからこそ私は――。
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