この夢が終わったら、また君に逢いに行く

浪速ゆう

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夢の記憶

第七話

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「ねぇケン……本当に今までの話、信じてくれてるの?」

 私は公園を出た後、無言でいるケンに向かってそう聞いた。今のケンの表情からは感情がとても読みにくい。
 普段から読み取りにくいポーカーフェイスな奴だけど、幼馴染としてケンの癖や性格は知ってるつもりだ。だから周りが理解しにくいケンの考えてる事は結構わかるつもりだけど、今はそれを読み取るのがなかなか難しかった。

「ああ。完全に信じ切ってるかって言われたら嘘になるけどな。もしお前があいつと結託して口裏合わせてたら話は別だけど」
「そんなことするわけないじゃん」

 こんな大層で大掛かりな嘘つくわけがない。しかもあの人がケンじゃないとすると、あんな大人とそんな子供騙しな嘘をケンにわざわざつく意味もわからないし。

「分かってる、だから信じてるって。お前があいつと結託して俺を騙そうとしてるなんて考える方が非論理的だろ」

 そう言いながらもケンは相変わらず読み取れないポーカーフェイスを崩さないでいた。
 公園を出て小道を数分歩いた一本道。そこを抜けた後、道路沿いの歩道を数歩歩いた後の角を曲がれば、今朝の横断歩道に突き当たる。
 私達はその横断歩道で信号が青に変わるのを静かに待った。さっきまで仕事や学校に行き交う人がいた交差点で、今はもうほとんど人がいない。
 私はスマホをポケットに入れっぱなしで今朝から開いてもいなかった事に気付いて、信号待ちの間に電源を入れた。
 時刻はすでに学校が始まっている時間だった。その時間のすぐ真下にメッセージのポップアップが浮かび上がっていた。

“カヨちゃん遅刻なのー?”

 そんなメッセージをくれていたのは、ことりちゃんだ。

「カヨ、信号変わったぞ」
「あっ、うん」

 顔を上げると、信号が青に変わっていた。私はケンに続いて歩き出した。

「お前、普段俺に歩きスマホすんなとか言ってなかったっけ?」
「今ことりちゃんに短いメッセージ返してるだけだし。ってかあんたの場合は動画見てるでしょ。私は一瞬なんだから一緒にしないでよ」

 そう言い切ってる間に私はメッセージを送りきった。顔を上げてスマホをポケットに閉まってる間に、ケンはさっさと横断歩道を渡りきった。

 なんで男子っていつも女子より歩くのが早いんだろう。
 中学くらいからケンとの歩幅が合わないし、歩くスピードも合わない。身長差がある分、足のリーチがあるのはわかるけど、身長が同じくらいの男子とでも歩くスピードが合わないと思ったことが何度もあるからいつも不思議に思ってた。
 私がケンとの距離を縮めようと駆け足になったその瞬間だった。
 ——ブチッ、という音が耳に聞こえるほど足元に衝撃が走って、その勢いに飲まれるようにして私は前のめりに転んだ。

「いたっ……」

 コンクリートの地面が私の膝と顎を強打した時、一瞬何が起きたのかわからず、転んだ原因の足元に目を向けた。すると——。

「え……」

 替えたての靴紐が、再び見事に切れていた。それを見て私は思わず怖くなって、血の気が引いていくのを感じた。

「カヨ!」

 ケンがそう叫びながら掛けてくる様子が目に入って、ケンが何を見て焦っているのか、それはブレーキを踏む音を聞いて理由を知った。
 私めがけて信号を横断しようとやって来たトラック、それが急停車しようとする音だ。だけどどう考えても間に合わない。私は再びあの不思議な空間に誘われているのを感じた。
 景色が全てスローモーションで動いていた。
 立ち上がろうにも、体が動かない。動いたところで、間に合わないことは分かっていた。スローモーションに動く景色の中、私の脳細胞だけがこの空間の逆をいくように、高速で働いている。
 だめだ、避けられない。
 ケンが私を助けようとかけて来ていた姿も見えるけれど、突然逆走し出したケンのすぐそばには自転車が今にもぶつかろうと迫っている。
 その様子もスローモーションで私は見ていた。まるでアクション映画のワンシーンを見せられているかのように。ケンもあの自転車と衝突するであろうことは、目の前に広がる光景から私の脳がそう言っている。

『自転車と衝突した時に転んで、お前は頭を強く強打してそのまま死んだんだ——』

 さっき未来のケンがそう言っていた言葉が脳内に響いた。
 だめだ、このままじゃケンが死んでしまうかもしれない……そんなの、嫌だ!
 トラックが私を轢くであろう衝撃がどういうものか、想像なんてしたくもない。過去に轢かれた時の痛みだって忘れたわけじゃない。
 だけど、私がこれを避けてケンが死ぬんだとしたら、そっちの方が耐えられない……そう思って私はぎゅっと目を閉じ、下唇を噛み締めた。その瞬間、今まで聞いたことのないような衝撃音と、体全身の大きな揺れを感じた。
 痛みは感じた気がしたけれど、それを考える余裕もなく、私の意識はプツリと途絶えた——。
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