この夢が終わったら、また君に逢いに行く

浪速ゆう

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夢の記憶

第四話

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 おじさんは眼鏡を外して私に向かってゆっくりと微笑んだ。
 同時に、その顔、その笑顔にはとても見覚えがあって、私は思わず固唾を飲んだ。

「カヨ、俺は未来からお前を助ける為に来たんだ」

 無精髭が生えて、髪もずさんに伸びて、ガリガリに痩せちゃって服だってサイズ合ってないし、体型だけじゃなく身長や背格好までも私の知る人物とはかけ離れちゃってるけど……その目、その笑顔を見れば、一発だった。

「……ケン」

 私がそう呟くと、目の前にいるおじさん——大人になったケンが泣きそうな顔をして、笑った。


「ずっと、会いたかった。やっと会えた」


 髭で隠れてはいるけれどよく見ると痩せて頬骨は突起しているし、目尻には深いシワが刻まれている。どこか疲れたような表情は、大人になった証拠なのかもしれない。
 今とは違う姿のケン。声だって今よりももう少し低い気がする。だけどよくよく聞いて見るとケンだとわかるそれに、私はなんとなく悟った。

「……なんだよ、どういうことだよ」

 私の真横に立つ“現在”のケンは、疑心暗鬼な様子で私と未来から来たという大人のケンを右往左往するように見やっている。
 疑心暗鬼な表情をしているけれど、ケンは分かってると思う。この状況を、というよりも、目の前にいる人物が誰なのかを。

「ケン、私を助けるって言ったよね。それって、私が何度も9月26日をやり直しているのと関係があるって事?」

 ケンは知っていたんだ。私が何度もタイムリープしてるって事を。そして、それを知っているという事はケンも何度もタイムリープしているという事。

「それに未来から来たって、どうやって?」
「ストップ」

 未来から来たケンは私の言葉を制するように右手の平を私に向けた。

「順を追って話をしよう。時間もどれくらいあるのか分からないが、ちゃんと話すから」

 聞きたいことは山ほどある。今私が置かれている状況に、ケンはどこまで知っていて、そもそもどうして私はこんなことになっているのか。
 ずっとグルグルと脳内を巡る疑問。ケンを急き立てたい気持ちをグッと抑えて、私は小さく頷いた。

「うん、分かった」
「——けど、その前に」

 私の言葉に乗っかるようにしてそう言ったのは現在のケン。ケンはいつもの平静を装った顔をしていた。私のタイムリープの事を理解してくれたからこそ、この状況をケンなりに理解しようとしているに違いない。

「俺のスマホ、返してくれるか?」
「ああ、けど警察に連絡しようとするなよ」
「分かってるって……今のところはな」

 お互いに釘を刺し合うようにして、未来のケンは現在のケンにスマホを返し、現在のケンは未来のケンに挑むような眼差しを向けた。
 そんなやりとりを終えた後、未来のケンは一度外した眼鏡をかけ直し、再び口を開いた。

「俺は未来からやって来た。なぜならば、カヨ、お前は今日トラックに轢かれて死ぬからだ」

 心臓がドクンと大きな音を立てて、その衝撃に私は思わず倒れそうになった。心臓の鼓動なんて大した衝撃ではないはずなのに、今の私には足元を揺らす地震と同等の力を感じた。

「私、やっぱり死ぬんだ……」

 私はトラックに轢かれる夢を見た。ううん、それは夢じゃなかったんだって、今なら分かる。
 私はトラックに轢かれて、死んだ。

「私、初めは夢だと思ったんだ。あんまりよく覚えてなかったし、事故に遭った後は部屋のベッドで目が覚めて、またいつもと同じ日がやって来たから……」

 私は足元に視線を落とした。そこにはやたらと目立つ蛍光ピンクの靴紐がこれでもかってほどに眩しく主張を繰り返している。

「でもトラックに轢かれたのは一度きりで、次はことりちゃんが轢かれてたのはなぜ? それに前回は私は陸橋の上から落ちたんだよね?」

 そう、トラックに轢かれたのは実際一度きり。けど、その後に繰り返した9月26日は不幸の連続だった。前回陸橋から落ちた時もやばいって思ってたけど、やっぱり私は死んでたんだと思う。
 今はこうして存在している訳だから、それもよく分からないけれど。

「カヨ、あんまりよく覚えていないって言ったよな。いつから、どこまでを覚えているんだ?」
「初め、トラックに轢かれた時の記憶は本当に曖昧で、靴紐が切れる事とか、そういったその後のタイムリープで起きた内容と同じ共通点がある出来事くらいしか覚えてない……。その後のは徐々にしか記憶はないけど、前回のはちゃんと覚えてる」

 私は足元から視線を外し、再び目の前にいる未来から来たケンに目を向けた。

「それよりどうしてあの時、トラックを運転していたのがケンだったの?」

 それが始まりだった。初めて大人になったケン——私はこのおじさんがケンだと認識する前、未来のケンは私をトラックで轢いたんだ。あの時の記憶があったから私はこの大人になったケンの事を疑った。

「それにその後、ことりちゃんが轢かれる前、私を突き飛ばしたりもしたよね? あれはなんでだったの?」

 どんどん疑問が膨らんでいく。ううん、元々あった疑問がやっと解放されて膨れ上がってきているみたいに、私の質問は止まらない。

「私は最初、ケンが私を殺そうとしてるって思ったんだよ。だから前回の時も警察を呼んでケンを捕まえてもらえば——って」

 そうすれば何もかも解決すると思った。だけど解決なんてしなかった。

「カヨは自分がタイムリープをしていると言っただろ」
「う、うん。確証はないけど……そうなんだと思う」

 確証がないのは、自分の意思でしている訳でもないし、どういう仕組みでそれができているのかも分からないから。
 それに、タイムリープを繰り返しているとしても、いつも同じ9月26日だから。それ以上の過去に戻る訳でも、26日を過ぎる訳でもなく、毎回同じ1日だけ。
 未来のケンは小さく息を吐き出しながら、ため息をつくようにこう言った。

「違うんだ、カヨ」

 未来のケンは眼鏡を掛け直し、ブリッジ部分をクイっと持ち上げた。現在のケンは眼鏡なんてしてないし、コンタクトもしていない。視力は良い方とは言えないけれど、大人になってきっとキープしていた視力を落としたのかもしれない。
 だけどその眼鏡の向こう側にある瞳は、現在のケンと同じでとても澄んだ瞳をしている。

「タイムリープをしているのはカヨじゃなくて、俺なんだ」
「えっ……?」

 未来のケンは左腕につけてある時計をチラリと見やった後、話をこう続けた。

「順を追って話そう。聞いてる感じだとカヨは3回タイムリープを繰り返してるって思ってるんだよな? ここにいる今が4回目、そうだろ?」
「うん……違うの?」
「実際は5回、今は6回目のタイムリープになる」

 ……えっ、そんなに?
 私は記憶をたどるようにしてなんとなく空を見やった。空はいつもと同じ、晴れ。雲がゆっくりと流れる様子をじっと見つめながら、記憶を整理した。
 私がトラックに轢かれた時、ことりちゃんが轢かれた時、そして前回の陸橋……どうしてもその前に同じ日を繰り返したという記憶がない。
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