この夢が終わったら、また君に逢いに行く

浪速ゆう

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夢の記憶

第三話

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「……っで、おっさんどこまで行く気だよ」
「すぐそこの公園だ」

 あの横断歩道を抜けてから少し経った頃、目の前に小さな公園がひっそりと住宅地の中に佇んでいた。小さな滑り台一つと、ブランコが二つ。あとは木製のベンチがあるだけの本当に小さな公園だった。
 どれも年季が入っていて、ここの近くに住む住人以外は使用しないだろうと思われるほどこじんまりとした、殺風景な光景だけが広がっていた。

「ここで、話をしよう」

 そう言って、おじさんはベンチのそばで立ち止まった。

「おっさんは、なんでカヨの事を知ってるんだ?」

 最初に口火を切ったのはケン。ケンはおじさんが立ってるそばにあるベンチの手すりに軽く腰を下ろしておじさんに挑むような目でそう言った。
 そんな眼差しにも動じる様子もなく、おじさんはかけていた眼鏡のレンズとレンズの間のブリッジ部分をクイッと中指で持ち上げてから口を開いた。

「一つ先に言っておきたいんだが、おっさんってお前に言われるととてもなんとも言えない気分というか……腹が立つからやめろ」

 腹が立つと言いつつ怒る様子は見せず、そう淡々と言いのけた。
 そりゃそうだ。こんな幾つも年が離れた高校生に偉そうにタメ口でおっさんなんて呼ばれたら誰だって腹が立つに決まっている。

「じゃあ、まずおっさんが誰なのか教えろよ。じゃないと俺はあんたの名前だって知らないんだ」
「……分かった。だがしかし、その前に俺も聞きたいことがある」

 そう言っておじさんは私に向き合った。私はベンチのケンが座っている手すり部分のすぐ隣にちょこんと座った直後だった。

「カヨは俺のことを知っている、よな?」

 思わず膝の上に置いていた手をぎゅっと握りしめた。眼鏡のレンズ越しに見えるおじさんの瞳はまっすぐ私を捉えていた。
 血色の悪い肌に無精髭、そして不精に伸びたであろう肩までかかる長い髪を一つに結ぶ風体は、どこか不信感を煽るはずなのに、おじさんの目をまっすぐ見つめると、どこか懐かしさというか身近な感じがして、私は素直に口を開いた。

「はい」

 言葉短くそう答えると、おじさんはやっぱりと言わんばかりに小さく肩で息をついた。

「どこで俺を知ったんだ? さっきの横断歩道で会うのが初めてだろ? その割にお前は横断歩道越しに俺をじっと見ていた。違和感を感じるほどにな」
「それを言うならおっさんこそ、カヨの事をどこで知ったんだよ。そもそもさっき横断歩道でのことを言うのなら、俺だってあんたを見てたんだぞ」

 ケンが間に入ってきたけれど、おじさんはケンの方には見向きもしないで、ケンの質問の答えを私に向けて放った。

「俺はカヨの事を昔から知ってる。それに横断歩道でお前も俺の事を見てるのは知ってたが、カヨはもっと強い眼差しで俺を見据えてた。知らない相手を見るようなそんな目じゃなかった」

 なんとなく客観的にこの口ぶりだけを聞いているとストーカーかと思えるけれど、不思議と変な気がしない。だって私もこの人の事を知っている。何度も夢を見るようにこの人に会っている。それも何度も何度も。

「昔から知ってるって、なんだよ。あんたやっぱ変質者か、カヨのストーカーなのかよ」
「それは違う」
「なら、どう違うって言うんだよ」
「俺の質問に答えるのが先だ」

 この言葉にケンが珍しく苛立ちを露わにして、静かに席を立った。その様子を見て私は、慌ててケンとおじさんの間に立った。そして、ケンが何か言う前におじさんに向かってこう言った。

「私はあなたを今日、会う前から知っていました。私は何度も、あなたを見かけていました」

 ケンがポケットからスマホを取り出したのが視界の端で見えた。警察にでも連絡する気かもしれない、ってそう思ったけれど、私はケンに構わずさらに話を続けた。

「信じてもらえるかは分からないんですけど、実は私……何度も今日という日を繰り返してるんです」

 このおじさんの言動をおかしいと言うのなら、私のこの説明だって、相当頭がおかしいと思う。そう思って目を伏せたその時、目の前にいるおじさんが肩で息をついたのが視界に入った。
 信じてもらえるか分からない。自分でも変だと思っている話を知らない人にするのは、少し勇気がいる。だからこそ、そのため息は私のそんな気持ちをぎゅっと縮めて、羞恥心を増大させる結果となった。

「あ、あの、変なこと言ってすみません」

 慌てて言葉を付け足した私の声に重ねるようにして、おじさんはさらりとこう言いのけた。

「……やっぱり、気づいてたのか」

 背筋を無数の虫が駆け抜けるようなそんなおぞましさを感じて、瞬時に脳が危険信号を出した。

 ーーこの人はやばい、って。

 そう思ったと同時に、ケンがスマホのタップし始めた。けどそれをおじさんはすぐさま阻止してケンのスマホを取り上げた。

「返せよ!」
「警察に電話なんてするな、時間を無駄にするだけだ」

 おじさんはケンのスマホを取り上げた後、向かってくるケンをひらりと交わして私に向かってこう言った。

「前回のタイムリープで言っただろ。俺はお前を助けに来た、俺はお前の敵じゃないって」

 ガツンーーと脳をダイレクトに殴られたような感覚の中、私は今もクリアに記憶している前回の記憶を辿った。
 警察の人に捕まえられて身動きが取れなくなっていたこの人は、私にそんな言葉を投げかけていた。
 それも切に、それでいて苦しげに。

「あなたも……?」

 あなたも私と同じで、同じ日を繰り返しているんですか?
 そう言いたかったのに、続きのセリフが全く出てこない。喉の奥で何かが詰まって上手く話せないでいた。
 ずっと自分がどうしてこうなっているのか、どうして私だけが同じ日を繰り返しているのか。誰も分かってくれない、誰も同じ日を繰り返しているなんて思っていない世界で、私だけが異物のように存在していた。
 出口の見えない迷路の中で、私は孤独と不安を感じていた。この迷路の中は地獄でしかない。

 だって、ラストはいつも悲しみと絶望だった。

 そんな中で、初めて同じ境遇をしている人を見つけた。そんな人を見つけようなんて思ってもいなかっただけに、ホッとして、思わず涙が出そうになった。
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