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夢の記憶
第一話
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ーーあのおじさんの言うことは、正しかったのかもしれない。そう思ったと同時に、私はゆっくりと目を覚ました。
胃の中はまるでマグマがグツグツと煮立っているような、不快な感覚。今にも吐きそうになって、思わず嗚咽をこぼした。
激しい濁流のように私の中に流れる血は心臓に向かって勢いよく駆け流れ、それに伴って心臓がドクドクという音を立てている。その音を肌で感じながら私は、これは私が生きているという証でもあると思って、思わずきゅっと胸に両手を当てた。
パジャマはびっしょりと汗をかいていて、それが体にぴったりとへばりついている様子がとても気持ちが悪い。
私は一度ぎゅっと目を強く瞑った後、ゆっくりと起き上がった。
「あれはきっと、夢じゃない。ううん間違いなく、夢なんかじゃない」
思わずそうつぶやくほど、今回見たものは今まで以上に現実味を帯びていた。だって、今までは記憶がどこか途切れ途切れだったけれど、今回のものはそうじゃない。
私は全てを記憶していた。
最後に感じた後頭部の痛み。あの痛みに触れようとでもするように、私はそっと片手でその痛みを感じた場所に触れた。……けれど、そこには痛みどころか、瘤もなければ、何もない。
あれだけ強く打ち付ければ瘤どころか出血が伴ってもおかしくないのに、そこにはなだらかな丘を想像させるような、私の慣れ親しんだ平常な頭部があるだけ。
「佳代子、いつまで寝てるの。とっくにケンちゃんが迎えに来てるわよー」
そんな風に叫ぶお母さんの声を聞いたと同時に、私は部屋を出た。お母さんに返事をする気にもなれず、私はただ着替えの服を持って洗面所へと向かった。すると、もう私からしてみればお約束とも思える光景、ケンが洗面所の前で私を待っていた。
「どうしたんだよ。お前、顔色悪いぞ?」
自分がどんな表情をしているかは言われなくても分かってるし、鏡を見なくてもどういう顔色をしているのかも知っている。
私は前回この光景を見ている。ことりちゃんが事故に遭って、そこで目が覚めた。あの時も同じように、私の顔からは色というものが一切消えていた。
「ケン、先に行ってて」
私はそれだけ言ってケンを押しのけて洗面所の扉を開けた。すると不満そうなケンの声が後方から聞こえてきた。
「なんだよ、体調悪いのかよ。それならそうと先に言えよ。先にメッセージ送ってくれてたら俺ももっとゆっくり来れたじゃねーかよ」
なんでケンも遅れて行く気なのよ。……って思わずツッコミそうになって、気が滅入っていたはずなのに、なんだか笑えた。
「ケン、やっぱ待ってて。話があるの」
私はもう一度ケンにこの状況のことを話すことにした。初めはもう話をしなくてもいいやって思ったけれど、実際ケンの力が必要になるかもしれないって思って、話す事を決意した。
「……で、話ってなんだよ」
家を出たところで、ケンは早速口を開いた。家の中では話す気にもなれないし、そもそもすでに遅刻寸前なわけで、お母さんがゆっくり家で話をさせてくれるわけもない。
私は足元に目を向けて、自分が履いているスニーカーの靴紐をじっと見つめた。少し煤汚れた、それでいてなんの変哲も無い靴紐。それがこの後見事に切れる事を私は想像して、顔を上げた。
「私ね、どうやらタイムリープしてるみたいなの」
ケンが私の顔をマジマジと見ている。眉間にシワを寄せながら、はぁ? って顔を向けている。
だけど私は知っている。ケンが私の話を信じてくれるって事を。前回のタイムリープでそれは確認してるのだから、私はケンの顔を逸らす事なく真っ直ぐ見つめた。笑ったり、冗談を言ってごまかしたりしないで、ちゃんと……。
「真剣な顔で言うけど、冗談だよな?」
「違う、冗談なんかじゃない。こんなつまんない冗談、こんなに最悪なコンディションの時に言ったりしない」
物珍しそうに、それでいて疑わしそうに、ケンはマジマジと私を見つめた。
「嘘じゃ、ないんだな?」
「うん」
ケンはもう一度疑わしげに私を見た後、一つため息をこぼしてこう言った。
「分かった、信じる」
私はその答えを聞いて、ゆっくりと頷いた。
「うん。ケンはそう言うと思ってた」
「なんだよ、やっぱり嘘なのかよ」
さっきとは打って変わってケンがイライラとして口元を膨らませたりへこませたりしている。
「ううん、嘘じゃない。ただ私はこの話をケンにするのが二度目だから」
「はぁ?」
眉間にこれでもかってほどのシワを寄せられた。今日イチのシワの深さだ。
「タイムリープしてるって言ってるでしょ? 私はタイムリープして同じ日を何度もやり直しているみたいなの。前回の時にケンに初めてこの事を打ち明けたら、ケンが今と同じように信じるって言ってくれたから」
「まぁ……なんかそういう話どっかでも聞いたことあるからな」
「そうなの?」
それは驚きなんだけど。って言ってもケンの場合は間違いなくテレビかインターネットでなんだろうけれど。
「それに、タイムリープっていうのは現実的ではないってだけで、あり得ない話ではないからな」
「うん、それは聞いた」
私がそう言うと、ケンが変な顔をしている。何で聞いたんだって言いたげな顔。聞いたのは他の誰でもない、ケンからなんだけど。前回のケンもそう言ってた、って説明するのも面倒で、私はただ口をつぐんだ。
すると、代わりにケンが再び口を開いた。
「それで、お前はなんでまた何度もタイムリープしてるわけ? しかもどうやって?」
「それが分からないから、私は困ってるんだってば」
なんで、なんて理由。私の方が聞きたい。なんで何度もやり直せるのかも分かんない。ただ、わかってることはいくつかある。
「これは仮説なんだけど……たぶん、私はバッドエンドを回避するために何度もやり直しをしてるんだと思うんだ」
学校へ向かう途中の通学路。歩きながら、私の覚えている記憶をさかのぼって、ケンに伝えた。あのおじさんとの出会いと、靴紐が切れること。靴紐が切れて、ケガをすること。そのケガを回避するために体育を休んだら、代わりにことりちゃんがケガをしてしまった事。
一度目はトラックに轢かれ、二度目はケガをしていたことりちゃんが轢かれ……靴をローファーに変えてケガを回避しようとしたら、今度は靴底がめくれて、結果的に階段から落ちて私は大けがをすること。
トラックに轢かれた後も、階段から落ちた後も、どちらもその後の記憶はないけど、私は助からないんだと思う。思い出すだけでもあの痛みが蘇ってきそうで、私は瞼を強く閉じた。衝撃、痛み、嘔吐感。そのどれもが、あのケガには致命傷を与えるほどの威力があることを物語っている。
ケンにはもうひとつ重要なことーーあのおじさんとの話も、もちろん包み隠さず、覚えてる範囲で、全てを話した。
おじさんは私をトラックで轢いた。次は、道路で私を突き飛ばした。そしてそのあとは、付け狙うようにいつも危ないところで現れるあのおじさんを不審に思い、警察に依頼して捕まえようとした。
靴紐が切れて転びそうになったときは、助けてくれたのに、トラックで轢いたり、付け狙ったり、行動に一貫性がなく、どう考えても不審だ。だけどーー。
「……なるほどな。とりあえず聞いてる限りだと、確かにお前はこのループから抜け出すためにまた9月26日をやり直してるっぽいな」
「でも、どうやって繰り返してるかはまだ分かってないんだけど……」
ただ、前回のやり直しでひとつ分かったことがある。
どんどん迫り来るあの交差点がある方角に目を向け、つんと指をさした。
「さっきも言ったように、あの交差点の向こうで、おじさんと会うことになってるんだ。だから今回はね、何度も出会うあのおじさんと、きちんと話をしてみようって思ってるんだ」
だって、あの人はこう言ったんだ。
『俺はお前を救いに来たんだ!』
どうして私は何度も同じ日を繰り返しているのか分からないし、今日がどうして私にとってこんなについてない日なのかも分からない。
だけど、あの人が間違いなく何かを知ってるのは確かだ。
「けど、大丈夫なのかよ。お前を危険にさらしたやつなんだろ?」
「うん。でも、何度も助けようとしてくれたのも確かだから」
私は再び靴元に目を向けた。そしてそのままポケットに入ってるものを取り出した。
「靴紐?」
「うん、この後必要になるからね」
家を出る前に新しい靴紐の予備を掴んできてた。靴紐が切れた後、変えたところでどう運命が変わるのかは分からないけれど、持ってるだけでお守り代わりくらいにはなる気がした。
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私は全てを記憶していた。
最後に感じた後頭部の痛み。あの痛みに触れようとでもするように、私はそっと片手でその痛みを感じた場所に触れた。……けれど、そこには痛みどころか、瘤もなければ、何もない。
あれだけ強く打ち付ければ瘤どころか出血が伴ってもおかしくないのに、そこにはなだらかな丘を想像させるような、私の慣れ親しんだ平常な頭部があるだけ。
「佳代子、いつまで寝てるの。とっくにケンちゃんが迎えに来てるわよー」
そんな風に叫ぶお母さんの声を聞いたと同時に、私は部屋を出た。お母さんに返事をする気にもなれず、私はただ着替えの服を持って洗面所へと向かった。すると、もう私からしてみればお約束とも思える光景、ケンが洗面所の前で私を待っていた。
「どうしたんだよ。お前、顔色悪いぞ?」
自分がどんな表情をしているかは言われなくても分かってるし、鏡を見なくてもどういう顔色をしているのかも知っている。
私は前回この光景を見ている。ことりちゃんが事故に遭って、そこで目が覚めた。あの時も同じように、私の顔からは色というものが一切消えていた。
「ケン、先に行ってて」
私はそれだけ言ってケンを押しのけて洗面所の扉を開けた。すると不満そうなケンの声が後方から聞こえてきた。
「なんだよ、体調悪いのかよ。それならそうと先に言えよ。先にメッセージ送ってくれてたら俺ももっとゆっくり来れたじゃねーかよ」
なんでケンも遅れて行く気なのよ。……って思わずツッコミそうになって、気が滅入っていたはずなのに、なんだか笑えた。
「ケン、やっぱ待ってて。話があるの」
私はもう一度ケンにこの状況のことを話すことにした。初めはもう話をしなくてもいいやって思ったけれど、実際ケンの力が必要になるかもしれないって思って、話す事を決意した。
「……で、話ってなんだよ」
家を出たところで、ケンは早速口を開いた。家の中では話す気にもなれないし、そもそもすでに遅刻寸前なわけで、お母さんがゆっくり家で話をさせてくれるわけもない。
私は足元に目を向けて、自分が履いているスニーカーの靴紐をじっと見つめた。少し煤汚れた、それでいてなんの変哲も無い靴紐。それがこの後見事に切れる事を私は想像して、顔を上げた。
「私ね、どうやらタイムリープしてるみたいなの」
ケンが私の顔をマジマジと見ている。眉間にシワを寄せながら、はぁ? って顔を向けている。
だけど私は知っている。ケンが私の話を信じてくれるって事を。前回のタイムリープでそれは確認してるのだから、私はケンの顔を逸らす事なく真っ直ぐ見つめた。笑ったり、冗談を言ってごまかしたりしないで、ちゃんと……。
「真剣な顔で言うけど、冗談だよな?」
「違う、冗談なんかじゃない。こんなつまんない冗談、こんなに最悪なコンディションの時に言ったりしない」
物珍しそうに、それでいて疑わしそうに、ケンはマジマジと私を見つめた。
「嘘じゃ、ないんだな?」
「うん」
ケンはもう一度疑わしげに私を見た後、一つため息をこぼしてこう言った。
「分かった、信じる」
私はその答えを聞いて、ゆっくりと頷いた。
「うん。ケンはそう言うと思ってた」
「なんだよ、やっぱり嘘なのかよ」
さっきとは打って変わってケンがイライラとして口元を膨らませたりへこませたりしている。
「ううん、嘘じゃない。ただ私はこの話をケンにするのが二度目だから」
「はぁ?」
眉間にこれでもかってほどのシワを寄せられた。今日イチのシワの深さだ。
「タイムリープしてるって言ってるでしょ? 私はタイムリープして同じ日を何度もやり直しているみたいなの。前回の時にケンに初めてこの事を打ち明けたら、ケンが今と同じように信じるって言ってくれたから」
「まぁ……なんかそういう話どっかでも聞いたことあるからな」
「そうなの?」
それは驚きなんだけど。って言ってもケンの場合は間違いなくテレビかインターネットでなんだろうけれど。
「それに、タイムリープっていうのは現実的ではないってだけで、あり得ない話ではないからな」
「うん、それは聞いた」
私がそう言うと、ケンが変な顔をしている。何で聞いたんだって言いたげな顔。聞いたのは他の誰でもない、ケンからなんだけど。前回のケンもそう言ってた、って説明するのも面倒で、私はただ口をつぐんだ。
すると、代わりにケンが再び口を開いた。
「それで、お前はなんでまた何度もタイムリープしてるわけ? しかもどうやって?」
「それが分からないから、私は困ってるんだってば」
なんで、なんて理由。私の方が聞きたい。なんで何度もやり直せるのかも分かんない。ただ、わかってることはいくつかある。
「これは仮説なんだけど……たぶん、私はバッドエンドを回避するために何度もやり直しをしてるんだと思うんだ」
学校へ向かう途中の通学路。歩きながら、私の覚えている記憶をさかのぼって、ケンに伝えた。あのおじさんとの出会いと、靴紐が切れること。靴紐が切れて、ケガをすること。そのケガを回避するために体育を休んだら、代わりにことりちゃんがケガをしてしまった事。
一度目はトラックに轢かれ、二度目はケガをしていたことりちゃんが轢かれ……靴をローファーに変えてケガを回避しようとしたら、今度は靴底がめくれて、結果的に階段から落ちて私は大けがをすること。
トラックに轢かれた後も、階段から落ちた後も、どちらもその後の記憶はないけど、私は助からないんだと思う。思い出すだけでもあの痛みが蘇ってきそうで、私は瞼を強く閉じた。衝撃、痛み、嘔吐感。そのどれもが、あのケガには致命傷を与えるほどの威力があることを物語っている。
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靴紐が切れて転びそうになったときは、助けてくれたのに、トラックで轢いたり、付け狙ったり、行動に一貫性がなく、どう考えても不審だ。だけどーー。
「……なるほどな。とりあえず聞いてる限りだと、確かにお前はこのループから抜け出すためにまた9月26日をやり直してるっぽいな」
「でも、どうやって繰り返してるかはまだ分かってないんだけど……」
ただ、前回のやり直しでひとつ分かったことがある。
どんどん迫り来るあの交差点がある方角に目を向け、つんと指をさした。
「さっきも言ったように、あの交差点の向こうで、おじさんと会うことになってるんだ。だから今回はね、何度も出会うあのおじさんと、きちんと話をしてみようって思ってるんだ」
だって、あの人はこう言ったんだ。
『俺はお前を救いに来たんだ!』
どうして私は何度も同じ日を繰り返しているのか分からないし、今日がどうして私にとってこんなについてない日なのかも分からない。
だけど、あの人が間違いなく何かを知ってるのは確かだ。
「けど、大丈夫なのかよ。お前を危険にさらしたやつなんだろ?」
「うん。でも、何度も助けようとしてくれたのも確かだから」
私は再び靴元に目を向けた。そしてそのままポケットに入ってるものを取り出した。
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