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夢の始まり
第六話
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「顎はそんなにだけど、膝は結構腫れてるね。骨には異常もないみたいだし、奥で湿布を替えてもらって帰りなさい。湿布と包帯、あと顎のガーゼ等の替えも出しておくけど、もしまだ痛むようなら痛み止めの飲み薬出しておくからそれを痛い時だけ飲むように」
「あっ、はい、分かりました」
学校から一番近い病院に私達はやって来た。
診察してくれた医師は白髪混じりの年配先生で、テキパキと診察を終えたらカルテに視線を落として私の方には見向きもしなくなった。
私は少し足を引きずるようにして診察室の奥にある小部屋に移動した。そこには看護師さんが湿布と包帯を持って私を待ち構えてくれていた。
「すごく腫れたわね。転んだの?」
「はい、体育の時間に転んじゃいました」
「そうなのね。すごく痛かったでしょ? 先生がお薬出してくれてるから痛みがあるならこの後飲みなさいね」
「はい、そうします」
看護師さんはすごく手慣れた様子でパッパと私の腫れた足に湿布と包帯を巻いてくれた。顎もきた時と同じように湿布とガーゼを手早く貼ってくれた。
「はい、できた。お大事に」
「ありがとうございます」
ペコリと一度お辞儀をして、私はそのまま待合室へと向かった。するとスマホをかじりつくように見ているケンの姿が目に入った。
「何見てんの?」
「ゲームの実況中継」
毎回思うけど、知らない人がゲームをしてるのを見て何が楽しいんだろう。私には一生理解できない世界だ。
「そっちは終わったのかよ」
ケンはそう言いながら私の足を見た後、ずいっと視線を上げて私と向き合った。
「しつこくない? 人の顔見ていつまで笑ってんのよ」
教室では柄にもなく声を立てて笑ったくせに、今度は陰険な感じのするニヤリ顔。どっちにしてもムカつく笑いだ。
「顎にガーゼとかマンガだろ、それ」
「うっさいな。ちょっと薬貰ってくるから外で待っててよ」
「なんで外なんだよ、暑いだろ」
「だからでしょ。笑った罰に決まってんじゃん、運転手」
そうこう言ってるうちに、受付にいる看護師さんに呼ばれた。
「じゃ、“外”でね!」
私は有無も言わさず玄関口を指差して、ケンの背中を押した。そのままくるりと背を向けて、受付へと足を運んだ。ケンはきっと私とこれ以上言い合うのがめんどくさいんだと思う。言い合う労力を使うくらいなら、さっさと私の言葉に従って、外に出た方がマシだと思ったに違いない。どうせ外で待つって言っても、薬受け取るまでの短時間だし。
ゲームには睡眠時間も削ってするくせに、ほかのどうでもいいことに関しては、基本的にどこまでも省エネに生きてる。それが私の幼馴染のケンである。
今日は9月26日。貰った領収証の日付を見て改めて今日の日にちを認識した。時々日にちと曜日がわからなくなる時がある。
外はまだまだ蒸し暑くって、もう秋だというのにそれをまだまだ感じさせてくれない。きっとあっという間に冬が来るんだろうな。
「お待たせ。じゃ帰ろう」
こんな蒸し暑い中でもゲームの実況中継に集中しているケンは、なかなかのオタクだと思う。
私はケンの後ろの荷台にまたがった。するとケンはスマホをポケットにしまって、ゆっくりと自転車は加速を始めた。
「腹減った」
「今日ケンママはいるの?」
今朝もいなかったみたいだし、また仕事でどこか遠くまで飛んでってるのかな。
「いや、昨日からいない」
「そっか、ケンパパは?」
「知らねー、多分帰って来るんじゃね? いつになるかわかんねーけど」
「ケンパパは相変わらず研究の鬼だねー」
なんの研究をしてるかは知らないけど、いつもこんな感じだ。ケンパパは熱中すると周りが見えなくなるらしい。で、気づけば一夜越えてたりとかするってケンママがよくぼやいてた。
ジャンルは違えど、ケンのオタクゆずりはケンパパから来てるのかもしれない。
「じゃあ、うちでご飯食べてきなよ」
病院につき合わせたお礼、という意味も込めて。
……って、別に私が作るわけじゃないんだけど。
「今日の献立なに?」
「ハンバーグ」
「じゃあ、行く」
ケンの味覚はお子様だ。ハンバーグにカレー、オムライスなどの子供が好きそうなものが大好物。お母さんもそれを知ってるからか、献立はいつもこんな感じ。昔からケンにはなぜか甘い。
「あっ、アイス買って帰ろうよ。ケン、ちょっとあのコンビニ寄って」
ケンはめんどくさそうな顔を私に向けた。
「俺、腹減ってるんだけど」
「私は冷たいものが今食べたいんだけど。ほら早く行って行って運転手ー」
私はまるで乗馬でもしているかのように、ケンのシャツを手綱のように引っ張って、コンビニへ向かうよう促した。そしたらケンは面倒くさそうにしながらも自転車をコンビニへと向けて走りだした。
ーーと、その時だった。
信号が赤から青に変わったはずなのに、トラックは停車せず私達に向かって突っ込んできた。
『あ、あの人……』
そう思ったのと同時に、こんな状況をどこか冷静に考えていた。
今朝靴紐が切れて転んだ時と同じように、自分以外の景色の全てがスローモーションに感じるくせに、私はこのトラックから避ける事はできないとどこかで感じていた。
逃げ出そうと慌てて走り出せばきっと、ここのスローモーションに動く“時”も通常の“時”の流れに戻って、最終的に結果は同じことになる、ってそう感じた。
私はこの後から来る衝撃に備えて瞼をぎゅっと閉じた瞬間、体に衝撃が走った。と、同時に衝撃音が私の耳に届いて、気がつけば私は地面に投げ出されていた。
「カヨ!」
ケンの叫ぶ声が聞こえたけど、もう瞼を開けられる状態じゃなかった。瞼だけじゃなく全てが重くて、呼吸も出来なくて、返事はできそうにないけど、とにかくホッとした。
……良かった。あの声だったら元気そうだ。
そう思った後、私の意識は深い暗闇の中に溶けるようにして、落ちていった。
「あっ、はい、分かりました」
学校から一番近い病院に私達はやって来た。
診察してくれた医師は白髪混じりの年配先生で、テキパキと診察を終えたらカルテに視線を落として私の方には見向きもしなくなった。
私は少し足を引きずるようにして診察室の奥にある小部屋に移動した。そこには看護師さんが湿布と包帯を持って私を待ち構えてくれていた。
「すごく腫れたわね。転んだの?」
「はい、体育の時間に転んじゃいました」
「そうなのね。すごく痛かったでしょ? 先生がお薬出してくれてるから痛みがあるならこの後飲みなさいね」
「はい、そうします」
看護師さんはすごく手慣れた様子でパッパと私の腫れた足に湿布と包帯を巻いてくれた。顎もきた時と同じように湿布とガーゼを手早く貼ってくれた。
「はい、できた。お大事に」
「ありがとうございます」
ペコリと一度お辞儀をして、私はそのまま待合室へと向かった。するとスマホをかじりつくように見ているケンの姿が目に入った。
「何見てんの?」
「ゲームの実況中継」
毎回思うけど、知らない人がゲームをしてるのを見て何が楽しいんだろう。私には一生理解できない世界だ。
「そっちは終わったのかよ」
ケンはそう言いながら私の足を見た後、ずいっと視線を上げて私と向き合った。
「しつこくない? 人の顔見ていつまで笑ってんのよ」
教室では柄にもなく声を立てて笑ったくせに、今度は陰険な感じのするニヤリ顔。どっちにしてもムカつく笑いだ。
「顎にガーゼとかマンガだろ、それ」
「うっさいな。ちょっと薬貰ってくるから外で待っててよ」
「なんで外なんだよ、暑いだろ」
「だからでしょ。笑った罰に決まってんじゃん、運転手」
そうこう言ってるうちに、受付にいる看護師さんに呼ばれた。
「じゃ、“外”でね!」
私は有無も言わさず玄関口を指差して、ケンの背中を押した。そのままくるりと背を向けて、受付へと足を運んだ。ケンはきっと私とこれ以上言い合うのがめんどくさいんだと思う。言い合う労力を使うくらいなら、さっさと私の言葉に従って、外に出た方がマシだと思ったに違いない。どうせ外で待つって言っても、薬受け取るまでの短時間だし。
ゲームには睡眠時間も削ってするくせに、ほかのどうでもいいことに関しては、基本的にどこまでも省エネに生きてる。それが私の幼馴染のケンである。
今日は9月26日。貰った領収証の日付を見て改めて今日の日にちを認識した。時々日にちと曜日がわからなくなる時がある。
外はまだまだ蒸し暑くって、もう秋だというのにそれをまだまだ感じさせてくれない。きっとあっという間に冬が来るんだろうな。
「お待たせ。じゃ帰ろう」
こんな蒸し暑い中でもゲームの実況中継に集中しているケンは、なかなかのオタクだと思う。
私はケンの後ろの荷台にまたがった。するとケンはスマホをポケットにしまって、ゆっくりと自転車は加速を始めた。
「腹減った」
「今日ケンママはいるの?」
今朝もいなかったみたいだし、また仕事でどこか遠くまで飛んでってるのかな。
「いや、昨日からいない」
「そっか、ケンパパは?」
「知らねー、多分帰って来るんじゃね? いつになるかわかんねーけど」
「ケンパパは相変わらず研究の鬼だねー」
なんの研究をしてるかは知らないけど、いつもこんな感じだ。ケンパパは熱中すると周りが見えなくなるらしい。で、気づけば一夜越えてたりとかするってケンママがよくぼやいてた。
ジャンルは違えど、ケンのオタクゆずりはケンパパから来てるのかもしれない。
「じゃあ、うちでご飯食べてきなよ」
病院につき合わせたお礼、という意味も込めて。
……って、別に私が作るわけじゃないんだけど。
「今日の献立なに?」
「ハンバーグ」
「じゃあ、行く」
ケンの味覚はお子様だ。ハンバーグにカレー、オムライスなどの子供が好きそうなものが大好物。お母さんもそれを知ってるからか、献立はいつもこんな感じ。昔からケンにはなぜか甘い。
「あっ、アイス買って帰ろうよ。ケン、ちょっとあのコンビニ寄って」
ケンはめんどくさそうな顔を私に向けた。
「俺、腹減ってるんだけど」
「私は冷たいものが今食べたいんだけど。ほら早く行って行って運転手ー」
私はまるで乗馬でもしているかのように、ケンのシャツを手綱のように引っ張って、コンビニへ向かうよう促した。そしたらケンは面倒くさそうにしながらも自転車をコンビニへと向けて走りだした。
ーーと、その時だった。
信号が赤から青に変わったはずなのに、トラックは停車せず私達に向かって突っ込んできた。
『あ、あの人……』
そう思ったのと同時に、こんな状況をどこか冷静に考えていた。
今朝靴紐が切れて転んだ時と同じように、自分以外の景色の全てがスローモーションに感じるくせに、私はこのトラックから避ける事はできないとどこかで感じていた。
逃げ出そうと慌てて走り出せばきっと、ここのスローモーションに動く“時”も通常の“時”の流れに戻って、最終的に結果は同じことになる、ってそう感じた。
私はこの後から来る衝撃に備えて瞼をぎゅっと閉じた瞬間、体に衝撃が走った。と、同時に衝撃音が私の耳に届いて、気がつけば私は地面に投げ出されていた。
「カヨ!」
ケンの叫ぶ声が聞こえたけど、もう瞼を開けられる状態じゃなかった。瞼だけじゃなく全てが重くて、呼吸も出来なくて、返事はできそうにないけど、とにかくホッとした。
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