この夢が終わったら、また君に逢いに行く

浪速ゆう

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夢の始まり

第五話

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「あっはっはっはっ!」
「ちょっと! 笑い過ぎだから!」

 膝の痛みに苦しみながらも、懸命に着替えを済ませて教室戻って来たというのに、心配の言葉をかけるどころか笑うとか、かなり失礼だと思うんだけど。
 しかもケンが豪快に笑うものだから、クラスのみんなが私達に注目しはじめた。普段は全然笑わないクセに、ツボに入るとすぐこれだ。

「いや、その顔見て笑うなって方が無理だろ」

 私は思わず顎を両手で覆った。

「最低。可哀想だと思わないわけ?」
「カヨ、むしろ美人になったんじゃね?」
「ハンっ! 元々ケンよりはハイスペックな顔の持ち主だし」
「自分で言ってて虚しくならね?」
「うっさい! 誰のせいだ」

 普段物静かな癖に、こういう時は本当に口が達者だ。

「カヨちゃーん、足どうだった? 大丈夫?」

 教室を離れてたことりちゃんが戻ってきたと思ったら、私を見つけて、私の席まで小走りでやって来てくれた。

「まだジンジン痛むけど、一応大丈夫。歩けるし」
「歩けなかったらそれ、即刻病院行きだろ」

 ボソリとツッコミを入れてきたケンのセリフには聞こえないフリをして、私は制服のスカートの裾をめくって、ことりちゃんに膝の包帯を見せた。

「えっ! なんか凄いことになってるね。その顎も痛そうだし……」
「なんせ見事な転けっぷりを披露したからね」

 誇らしげに言ってみたけど、ことりちゃんはとても深刻な顔で、私の膝をまじまじと見つめている。

「結構、腫れてるんじゃない? 保健室行く前の地点で、すでに痣すごかったよね」
「うん、歩けるから骨折はないだろうけど、一応病院で診てもらった方がいいって、先生も言ってた」
「そっかぁ、帰り病院までつき添おうか? その足一人で行くのは大変でしょ?」
「大丈夫だよ。これくらいどって事ないから」

 なんて思わず虚勢を張ったものの、座ってるだけなのに膝がギュッ、ギュッ、と締め付けられるような痛みに、私は思わず顔を顰めそうになった。

「そっか、分かった。でも無理しないで、何かあったら言ってね」
「ありがと、ことりちゃん。愛してる!」

 可愛い子に心配されるなんて、なんて罪作りな私。どさくさに紛れてことりちゃんをぎゅっと抱きしめた。

「でも大丈夫、大丈夫。それに、多分ケンもついてくるだろうし」
「俺? ついて行くなんて、一言も言ってないだろ」
「って言いながら、どうせついてくるんでしょ。性格の悪い弟よ」

 どうせ、暇してるくせに。家に帰っても何もないからって、よく私の家に寄ってくるやつは、どこのどいつだ。

「誰が性格の悪い弟だ。お前を姉だと思った事一度もないからな。ってか誕生日だったら俺の方が先だし」
「誕生日が先って……あんた、私と同じ誕生日でしょうが」
「生まれた時間は、俺の方が先だっただろ」
「そんなの、たった1時間差の話でしょ」

 わざわざそんな誤差まで言うなんて、子供か。しかもケンの両親は生まれた時間に関してあやふやだったし、そもそもその誤差も合ってるのか怪しいくらいだというのに。
 大体どう考えてもケンの方が年上だとも、兄だとも思えない。むしろそう考える事自体が癪だと私は思った。

「あははっ、本当に仲良いね。羨ましいなぁ。私もこんな幼馴染欲しかったなぁ」

 ことりちゃんはそうやってホワホワとした笑顔を見せてるけど、私達は本気なんだけど。ケンは私の弟で兄では決してないし、かと言ってケンもそう思ってるに違いないから、この話は一生平行線を辿るんだろうな。

 ーーその後の授業には全く身が入らなかった。膝は相変わらずジンジンするし、膝の痛みに誤魔化されてるけど、顎だってなかなかの痛みを放っている。

「やっと終わったー。いつになく長い一日だった」

 授業が終わるチャイムが鳴るとともに、クラスメイトはそそくさと帰宅の準備を始めている。

「カヨちゃん、病院行くの? 本当に、あたし付き合うよ」

 ことりちゃんは心配そうな顔をしながら、リュックを握りしめて私の元までやって来てくれた。そのことりちゃんが眉尻を下げて心配そうにしてくれる表情が、何より私を癒してくれる。

「ことりちゃんありがと。その気持ちだけで十分だよ。でもとりあえず病院には行っとこうと思う。家に湿布とかも無いし」

 ことりちゃんがまだ何か言いたそうにしてる横から、ケンが私の机にかけてあるリュックを掴んだ。

「病院行くんだろ。さっさと行くぞ」
「あれ、付き合わないんじゃなかったっけ?」
「カズマに自転車借りといたけど、やっぱいらねーつって返すか」

 カズマとははケンと仲が良い友達で、一年の時に同じクラスだったらしく、今でもケンがつるむ数少ない友達だ。

「さっすが、気が効くね! よっ、未来の大統領! デキる奴だと知ってたけど、ここまで気が効くなんて知らなかったよ。驚きすぎてひっくり返ってそのまま三回転くらいしちゃいそって、あいたっ!」

 これでもか、というくらい褒めちぎったのに、肩をグーで殴られた。もちろん軽くだけど。

「ほら、さっさと行くぞ」

 ケンは私の腕を掴んで立ち上がらせた後、私の荷物を持ったまま教室を後にした。

「大久保くんって、優しいよね」
「口、悪いけどね」

 優しいのは認める。ぶっきらぼうだから、冷たいヤツだとか勘違いされることもあるけど、実際はとても優しいヤツなんだ。私は付き合いが長いし、兄弟のように接して来たからよく分かる。
 腐れ縁とも言える付き合いは伊達じゃない。もちろんこんな事本人の前では言わないけど。

「あたしにも、大久保くんみたいな幼馴染いたら良かったのになぁ」
「そんなに欲しけりゃ、あげるよ」
「あはっ、そんなこと言ったら大久保くんまた怒っちゃうよー」
「大丈夫、大丈夫。あいつもいい加減私に愛想尽かしてるから、ことりちゃんみたいな可愛い幼馴染いたら、テンション上がっちゃうだろうね」

 だけど、それはそれで癪だな。それなら私もかっこいい幼馴染をもらわないと割りに合わない。

「そんなことないよー。きっと大久保くんはカヨちゃんと幼馴染でいることを選ぶと思うよ。って、ほらカヨちゃん早く行かないと大久保くんが戸口の前で待ってるよー」
「あっ、やばっ、あいつちょっとイライラしてきてる」

 今朝も待たせたし……ってか今朝は一言も待てとは言ってないけど、今日2度目だからかイライラしてる。朝はまだいいけど、放課後に関しては、さっさと用を済ませて家でゲームしたいんだろうな。

「えっ、そうかな? 大久保くんいつもと変わんないよ?」
「確実にイライラし始めてる。片方の頬をやたらと膨らませたりへこませたりしてるでしょ? あれ、ケン的には貧乏ゆすりと同じ発想でイライラを誤魔化そうとしてる時によくするの」

 ことりちゃんは目をまん丸と見開いて、ぽかんと口を開けた。

「へー、表情はいつもと変わらないから全然分かんないね。ってかカヨちゃんよく分かってるね、大久保くんの事」
「無駄に付き合いだけは長い腐れ縁だからね。じゃ、ことりちゃんまた明日!」

 駆け出したいところだけど、足がジンジンと痛むからなるべく競歩でケンのいる場所まで向かった。
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